推しの心の傷になりたい!!   作:じんさんぽ

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推しの心の傷になれたら

 

 

七海side

 

あの後、灰原は助かった。

家入先輩の反転術式が間に合い、命に別状はなかった。

けれど後遺症は残ってしまった。呪術師としては戦うことは、もうできない。

本人は「生きてるだけで十分ですよ!」なんて笑っている。

今では補助監督になるための勉強を頑張っている。

あの笑顔は変わらない。

それだけが救いだった。

夏油先輩は高専を去った。

五条先輩はあの人らしくないほど荒れていた。

誰もが何かを失って、それでも前に進むしかなかった。

一年が過ぎて先輩たちは卒業した。今度は私たちが卒業する番が巡って来た。

時間だけは、残酷なくらい平等に流れていく。

 

灰原は明代が最期、何を言ったのかを聞くと三日三晩泣いた。子供のように、声が枯れるまで。泣いて、泣いて、泣いて……それでも四日目にはいつもの笑顔でこう言った。

「俺、補助監督になります!明代の分まで、皆を支えたいです!」

その言葉を聞いた時、私は何も言えなかった。

 

私は呪術師を辞めることにした。

もう十分だった。

人が死ぬところも、守れない自分も。

もう術師は懲り懲りだった。

普通の会社員になり、朝起きて、仕事して、帰って寝る。

そんな退屈な人生でいい。

いや、そんな退屈さを心のどこかで求めていた。

 

形見分けをした。

明代さんが最後まで身に着けていた制服の第二ボタンは灰原が受け取った。

私は彼女がいつも左手首に着けていた数珠のブレスレットを受け取った。

小さな木玉は何度も撫でられたのだろう。

角が少しだけ丸くなっている。

それを掌に乗せるたびに温もりが残っているような気がした。

そんなはず、ないのに。

 

あの時の光景は今でも夢に見る。

森の中にいるあの呪霊。血だらけの灰原。

そして、こちらを振り返る明代さん。

『七海くん』

『死なないでね。』

『私が死んだ時さ……』

『……泣いてほしいから。』

私は夢の中で叫ぶ。

やめてください、と。

行かないでください、と。

体は動かないし、声は届かない。

何度見ても結末は変わらない。

私を置いて死んでいく。

目が覚めるたび、汗で濡れた手の中には無意識に握りしめた数珠があった。

考えてしまう。

もし、あの時私がもっと強ければ。

自分に力があれば、灰原は今も術師として活躍していたかもしれない。

明代さんも生きていたかもしれない。

そんな「もし」を何度も、何度も考えてしまう。

答えなんて出ないと分かっているのに。

もっと馬鹿なことも考える。

あの日、放課後に話そうとしていた言葉。

もし放課後でいいなんて思わずに朝、一番に伝えていたら。

あの時、こっそり胸ポケットにしまっていた小さな箱。

少し前に雑貨屋で見つけて彼女に似合うなと思い、いつの間にか買っていたもの。

結局、渡すことが出来なかった。

中には桜を模した銀色の髪飾り。

今も、その箱は机の引き出しの奥に眠っている。

開けることも出来ないまま。

 

春、会社に向かう途中。

桜の花びらが風に舞った。

一枚、また一枚。ひらひらと落ちてくる。

私は立ち止まり、桜を見上げる。

その光景が最期の彼女の笑顔と重なった。

気がつけば声が漏れていた。

「……明代さんのことが。」

喉が震える。

「好きだったのか。」

今さら。本当に今さらだ。

あの時は名前を付けられなかった感情。

一緒にいるのが当たり前で。

笑ってくれるのが嬉しくて。

無事に帰ってくると安心して。

彼女が他の誰かと話していたら落ち着かなくなる。

それを、恋だと私は知らなかった。

「好きだったよ。」

そう言ってくれた時も、悲しみが大きすぎてその意味を考える余裕なんてなかった。

なのに今になってあの告白が嬉しいと思ってしまう。

なんて残酷なんでしょう。

…あぁ、本当に、恋しい。

彼女に会いたい。抱きしめたい。

もっと話したかった。一緒に行きたい場所があった。休日には三人で出掛けたかった。

新しく見つけたパン屋も紹介したかった。

側で彼女の笑顔が見たかった。

笑う顔ばかりでなく貴方の弱いところも見せて欲しかった。

泣く時くらい頼って欲しかった。

もっと、もっともっと……一緒に生きたかった。

私はブレスレットを握り締める。

木玉が掌に食い込み痛みが伝わってくる。

それでもこの胸の痛みには到底及ばない。

「……あぁ。」

思わず笑ってしまう。皮肉だった。

「本当に。」

空に舞う桜を見つめながら、誰にも届かない声で呟く。

「……愛ほど歪んだ呪いはない。」

その春の日。

風が一枚の桜の花びらを運んできた。

それは数珠の上へ、そっと落ちた。

まるで。

「またね。」と彼女が笑っているようだった。

 

 

 

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