私の心霊体験   作:椋玖 

2 / 3
第二話:静寂

どれほどの時間が経ったのだろうか。

深い闇の底に沈んでいた私の意識は、ふっと頼りなく海面に浮上するように覚醒へと向かった。

 

(……静かだ)

 

最初に自覚したのは、耳が痛くなるほどの静寂だった。

先ほどまでアパートの窓ガラスを狂ったように打ち鳴らしていた、あの激しい音は完全に消失していた。

遮光カーテンの向こうを吹き抜ける風の音も、遠くを走る車のエンジン音すらも聞こえない。

世界からすべての音が消え去ってしまったかのような、完全な無音。

 

あの恐ろしい怪異は去ったのだと、そう思いたかった。

しかし、肌を刺す部屋の空気は、安堵とは程遠い緊迫感に満ちていた。

 

何かが「終わった」のではない。より最悪な何かが、すでに『始まっていたのだ』。

 

息苦しさを覚え、寝返りを打とうとした。

しかし――体が、動かない。

 

異変に気づき、悲鳴を上げようとした。

しかし、喉が完全に肉壁に押し潰されているかのように、出たのは微かな呼気の漏れる音だけだった。

頭でどれだけ「動け」と思っても、体は微動だにしない。

まるで冷たいコンクリートの中に全身を埋め込まれてしまったかのような拘束感だった。

 

さらに、胸の上に目に見えない鉄板でも置かれたかのように肺が広がらず、呼吸すら満足にできない。

浅く微弱な息を繰り返すうち。

私はこれが『金縛り』という現象なのだと気づいた。

人生で一度も経験したことのない異常事態に、私はパニックに陥っていった。

 

この身動きのとれない地獄の中で、唯一、自分の意志で制御できるパーツがあった。

眼球と、それを覆う瞼だけだ。

 

私は恐怖に突き動かされるように眼球を動かした。

視界に飛び込んできたのは、見慣れたはずの自分の部屋の天井だ。

しかし、PCの青白い光が消えた暗闇の室内は、昼間とは全く異なる異界の表情を見せていた。

 

私は動かない頭の代わりに、目だけを狂ったようにギョロギョロと動かして周囲を探索した。

視線を右へ、左へ、さらに限界まで下へと向ける。

暗闇に浮かび上がる机の上に置かれたモニターの影、カーテンの煤けた色彩。そのすべてが、今にも動き出す怪物の影に見えて仕方がなかった。

 

何かが見えるわけではない。

だが、この部屋の『どこか』に、私以外の別の意志が存在している。

それも、明らかな悪意を持った何かが、じっと息を潜めて私を見つめている。

 

そんな気がしてならなかった――。

 

もしも暗闇の奥に『それ』の姿を捉えてしまったら、その瞬間に正気を失ってしまう。

私は恐怖に震えながら、何かが視界に飛び込んでくるのを恐れ、逃げるようにもう一度瞼を硬く閉じるしかなかった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。