【叛逆の物語続編創作】魔法少女まどか☆マギカ窮編 慟哭の物語【完結】 作:エルアインス
第一話「私とまどか」
あるとき私は、まどかの神にも等しい力の一部を強奪し、世界を狂わす悪魔となって世界を改変した。
神が下界に堕ち、世界を守るべき円環の理が築く秩序は壊れ、狂い、全てが変わった世界で私は生きている。
差し伸べられる手はいらない。私は、自らの利己で私の秩序と安寧を手に入れる。
まどかのためなら、どんな暗闇に落とされても私は構わない。私のソウルジェム、その内側の世界の花畑で、そう誓った。
二度と這い上がれないような高い壁が現れても、壊そうとも登ろうとも思えない。
平坦でありながら幸せに何かが起こることなく暮らせる世界、それが私の選択した最良の選択であり、その結果が今の世界だ。
この世界のまどかは、改変される前の世界と違って神の力を持っていない。
さらに昔の世界で、私たちを弄んだ地球外生命体インキュベーターとの接点もない。
普通の人間として存在することのできる、まどかにとって幸せの最大公約数が存在する最良の世界で、彼女は幸せを享受し、笑っている。
暖かで、温もりある家族に囲まれて、まどかの全てがうまく回っている。
「あはっ……あはははっ……」
地面に寝そべって、不気味に笑い声をあげる。
不意に声をあげたものだから、路上に居た猫が驚いて、私を避けるように雪がしんしんと降り積もる世界に消えていく。
人間のような知性を持たない動物でさえも、私を畏怖の対象だと捉える、そんな世界だ。
この体は喉も乾かない、お腹も空かない、疲れもしない、死ぬこともできない。
体が裂けそうになるのに、実際は裂けることのない耐え難い、途方もない絶望感が私を永遠に蝕み続ける。
魔女になってしまったときより、ずっと辛くて苦しい。
寝そべった体を億劫に路上で回転させて、仰向けになり、頭上を見上げる。
視界に、解れたぬいぐるみのようにぼろぼろの体で怯えた目をしたインキュベーターが映り、思わず、自然と唇を吊り上げた。
それだけで、怯えた目はさらなる絶望を抱える。
彼らは個が全であり、全が個であり、その存在に私は認識させてやった。
一人で居る絶望を。最後の一人までインキュベーターを殺したとき、彼の目はソウルジェムのように黒く、絶望に濁った。
初めて個であることを彼が認識した瞬間に、背筋の筋肉が震えて、私は恍惚に打ち震えた。
ある意味では全ての加害者であり、被害者であるインキュベーターはもう動く素振りすら見せようとはしない。
希望を願った魔法少女の絶望を糧にしていたのだから当然の仕打ちとも言える。
今は私自身も、インキュベーターと同じようなもの。
私は自らを犠牲にしてまで、希望を願った魔法少女の願いを絶望に変えた、忌むべき者だ。
私は、まどかの幸せを願う。そのためだけに、魔法少女になったのだから、それが私の希望であり、絶望だ。
ああ、耳鳴りが五月蝿い。
また、魔獣が現れたのだろう。私は、それを感知できる。
まどかのために、幸せなまどかが死ぬことのないように、人の心から生まれた膿を排除しないと。
よろよろと生まれたての馬のように立ち上がる。もっと気持ちに力を入れればこんな姿を晒す必要もない、それでも心に力は入らない。
どこまでも私を満たすのは、漆黒に染まる心だ。
広大に感じられる街を見据えて、いつもと同じく、魔獣の姿を確認する。
もう、ため息をつくことすらない。
「いくらでも、戦ってやるわよ。まどかを、愛しているまどかの幸せを叶えてあげられるのなら……私は、どんな絶望に身を落とされても構わないのだから」
私は闇夜に紛れるよう、跳躍した。
……
魔獣――それは、人の世に必ず生まれる心の膿を体現したもの。幸せの最大公約数があれば、不幸の最大公約数もまた対を為すように存在する。
幸せを象徴するのは、人の祈りから生まれる幸福であり、人の希望で。不幸の象徴が、人の呪いから生まれる魔獣であり、人の絶望だ。
「今日はやけに数が多いのね。いいわよ、きなさい」
私以外に、この世界の秩序を乱すものは、いらない。まどかの暮らす秩序を乱してもいいのは、私だけ。
まどかには、もう誰ひとり触らせない。そのために、私はここに存在している。
周囲を取り囲む魔獣の数は数十体にも及び、群れの全貌をうかがい知る事はできない。
どうして、こんなに魔獣が現れているのか。人がたくさん幸せだから、たくさん膿が生まれる。
単純な形式問題だ。
魔法少女である私たちがしてきたことと、なんら変わりない。
希望を望むから絶望が生まれ、絶望を望むから希望が生まれる。
そんな、どうしようもない日々を繰り返す。
何度世界が変わろうとも、世界を回る理の根本だけは、変わることがない。
「オア……アァアアァァ!」
私を取り囲む、複数の魔獣が空を震わせるほどに吼えて、突進してくる。
色褪せた世界に、その咆哮は悲しく響き渡っていく。
「そう、寂しいのね、苦しいのね。私にも、自分のことのように……理解できるわ」
抑揚のない感情で、魔獣を肯定する。
猪突猛進な攻撃をいなしながら、拳で殴り、時には蹴りで倒す。
この程度なら、悪魔になる必要すらない。
世界に、ただ存在しているという絶望を乗せて、八つ当たりするように殴り続ける。本気を出すまでもない。
こんなもの、ただの事務作業だ。
最後の魔獣を殴り終えて、私を嘲笑う、半分に欠けてしまった月を見上げる。
ああ、何もかもが闇に染まって見える。
「……?」
微弱な気配を感じて、首を捻り真後ろを見る。
どうやら、力の加減を見誤って、仕留め損ねたらしい。
魔獣がよろよろと、生まれたての子羊のように立とうとしていた。
「一発目で死んでおけばよかったのに。可哀想ね」
無意識に拳を握り締めた瞬間、桜色の矢が魔獣を射抜いた
魔獣は切ない唸り声をあげて、地面に力なく倒れる。
でも、そんなことはもう、瞳の中心にはなかった。
「え……?」
ありえない。
周りの空気が、私の心が沈み渡っていく。
今の矢は……あの子とそれを受け継いだ……私だけが使えたはずの力だ。
それがどうして、目の前に現れた?
魔獣を貫いた光景が、記憶の中で再生される。
輝かしく閃光する一筋の軌跡、そして煌びやかに舞う桜の花びらは、どれもまどかが使っていた弓そのもので、さらに頭が混乱する。
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。
嘘だ!
嘘だ!
たった一言が、反復するように頭を駆け巡る。
ついで、考えられる可能性が頭に浮かび上がっていく。
この世界で、幸せに暮らしていたまどかが魔法少女に?
まだ、私の見間違えかもしれない。
息を荒くし、髪をかき乱して、矢が飛んできた場所をじっと、深く見つめる。
月夜に照らされた女神のような、女の子がそこに居た。
桜色の髪に、私がもらい、そして返した赤いリボンをつけている。ふわふわとした可愛らしい魔法少女の服装も、何もかも、まどかそのもの。
私が見間違えるはずがない、まどか本人であると本能が訴える。
「う……そ……」
呟いた言葉に、感情が遅れてやってくる。
まどかが本当に魔法少女に?
何が起こっている?
まさか、まどかの力が戻った?
いや、そうなら私もその被害を多少なりとも受けるはずだ。
今の私はまどかの力を奪い、それに多少依存して、存在している。
まどかの人格と、世界を作り変える力以外を抜き取ったあとの半自動で動く円環の理が残る力を行使してくれば、私にはわかるはずなのに、その感覚すらない。
ならば、まどかの力が戻ったわけではないと判断できる。
いや、それなら目の前にいるまどかは何者なの!
感情に、思考が追いつかない。
まどかは微笑みを浮かべて、最早懐かしい、久々に私へ向けられる優しい口を開く。
「こんばんは、ほむらちゃん」
その笑顔は、私のよく知るまどかで、でもこの世界には存在するはずのないまどかで。
まとまることのない思考に、私は訳が分からなくなり、逃げるようにその場から跳躍してしまった。
第一話「私とまどか」終わり