【叛逆の物語続編創作】魔法少女まどか☆マギカ窮編 慟哭の物語【完結】   作:エルアインス

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第十話「美樹 さやか」

 第十話「美樹 さやか」

 

 見滝原中学校に鐘のような独特の音が鳴り響き、授業が終了したことを告げた。

 周りが騒々しく片付けを始めるなか、私もてきぱきと机に出していた筆記用具を鞄にしまって、立ち上がる。

 ――早朝にまどかと美樹 さやかに会ってから魔女が出現していないか、街のパトロールをし、授業が始まる前に私は学校へ登校してまどかとの約束どおり、授業を受けていた。

 その間は魔女と魔獣が世界を荒らしまわることなく、世界は寂しいくらいに穏やかで。

 嵐の前の静けさのように不気味な感じがして、背筋に悪寒が走る。

 もし、どうしようもない事態にこの世界が陥るのであれば、使いたくはないけれど円環の理の力を行使するのも考えなければならない。

 まどかの希望を奪って手に入れたこの力を……。

 

「お先に行ってるから」

 

 後方の席で授業を受けていた美樹 さやかが、教室から出る前に一々、私の前までやってきて去り際に告げてくる。

 

「……」

 

 冷ややかでじりじりとした視線を肌に感じつつ、目線を無視する。

 相手の誘いに乗るとはいえ、わざわざ挑発に乗ることもない。

 反応がないことに、不満はなかったのか美樹 さやかは何も言わずに私から去っていく。

 そう、私たちはここで話すべきではない。

 きっと会話を始めてしまったら、戦いは避けされないだろうから。

 軽やかに歩き、教室からでていく間際にまどかを一瞥する。

 まどかは、友達と楽しそうにこれからどこへ行くだとか普通の中学生のような相談をしながら、談笑していた。

 あれは私が望んでいたたくさんの人に囲まれて、慕われているまどかの光景なのに、少しだけ心が痛む。

 私もまどかの傍に居たい。

 でも、私と一緒に居たらあなたはいつか円環の理としての役割を思い出すかもしれない。

 だから、あなたはそこで笑っていてくれればいい……。

 私があなたに害を及ぼすものを排除するから。

 しばらくまどかの様子を観察して、足を動かし始める。

 魔女や魔獣が現れる前に、屋上で痺れを切らしながら私を待っているであろう美樹 さやかを追いかけよう。

 

 ……

 

 しんとした冷ややかな空気を肌に感じ、屋上へ続く階段を昇る。

 放課後なのに静かな校内は、これから先起こる血生臭い戦いを表しているかのように思えた。

 屋上へ出れば、確実に美樹 さやかと戦闘になる。

 魔法少女と魔法少女が戦闘するなんてさほど珍しいことではないけれど、私たちは円環の理という世界から外れた力と繋がっているのだから、戦いの規模も大きなものになるだろう。

 それこそ、力の加減を一歩間違えれば街は滅茶苦茶になるかもしれない。

 私に、美樹 さやかを押さえつけることができるのだろうか。

 今の彼女は以前とは比べ物にならないほど、強い。

 それは以前、私のソウルジェムの中で戦ったときに実感したことでもある。

 あの頃の私は時間停止に頼りっきりで、実際、巴 マミと美樹 さやかに対して遅れをとっていたけれど、繰り返した時間から戦闘経験は私のほうが上のはずだった。

 巴 マミは時間遡行を繰り返す間、真実を突きつけられると心が折れて、戦闘に対するポテンシャルを引き出せなくなることが多かったが、元からの戦闘センスと技量の高さは脅威すら感じられる強敵に違いない。

 反面、美樹 さやかは精神的に病むことが多く、それが原因で魔女と化してしまうことが多かった。

 時間遡行の間に魔法少女へ至ることがあって、経験に乏しく魔女との戦いでも荒削りに自分を犠牲にして戦うことが多かったけれど、今の彼女は違う。

 円環の理と繋がった彼女は、これまで繰り返した世界の記憶を経験として手に入れている他、精神的にも大きく成長していた。

 美樹 さやかは一直線の迷うことのない道が敷かれているときに、いつも本領を発揮している。

 今回は私から円環の理を――私が繋がっている円環の理の一部、さらに断片のまどかの人格を奪い返そうとしていて、辿る道がはっきりとしているが故に、今の美樹 さやかは強敵だ。

 そんなことを考えながら、私は屋上へあがり、空を見上げた。

 早朝に現れていた私たちにいつも不運を与える、灰色の雲が段々とこちらに迫ってきていて、心にざわつきを感じつつ正面を視界に納める。

 美樹 さやかは、屋上のど真ん中で私を待ち構えるように立っていた。

 

「待ってたよ、ほむら。来ないかと思った」

「そちらから誘ってきたのでしょう」

 

 皮肉を込めるように言ってから少しだけ歩み寄り、美樹 さやかと対峙する。

 彼女の険しい瞳が私を非難するように、大きく揺らめく。

 

「あんたが奪った、円環の理――まどかの人格を返してもらうよ」

「それは、私と戦うということ? だとしたら無謀ね、私は希望を食らった悪魔よ、あなたが勝てる道理があるとでも?」

 

 虚勢を張るように宣言する。

 私は絶対に負けられない。

 例え何度も仲間として戦った魔法少女が相手でも、まどかの幸せのために退くわけにはいかなかった。

 吹いた言葉に、美樹 さやかは一歩前へでて、戦闘態勢を取る。

 

「やってやろうじゃない。あんたが悪魔だっていうなら私が成敗してやるわよ!」

 

 美樹 さやかの言葉と共に、風が踊り、駆け抜けていく。

 油断すれば肌が切り裂かれそうになるほどの威圧感が私を包み込んでくる。

 美樹 さやかを言葉でき伏せるなんてことは、最初から想定していないし、戦うことに迷いはない。

 しかし、私は彼女を制する。

 

「待ちなさい。学校の屋上なんかで戦うつもり? もっと迷惑にならない場所があるでしょう」

 

 ここにはまだ、下の階層で友達と談笑しているはずのまどかが居る。

 彼女に正体を悟られるわけにはいかない。なにがきっかけで、まどかが円環の理のことを思い出すのかわからないのだから……。

 それに、美樹 さやかとの戦闘は全力で行うことになるだろう。

 円環の理を取り戻したい美樹 さやかは、奪った円環の理を死守したい私とは相容れない存在だ。

 私たちが本気で戦えば、屋上なんて構造物は脆すぎる、戦闘にすら適していない。

 言葉が耳に届いたらしい美樹 さやかは、私の提案を受け入れたように戦闘態勢を解く。

 

「もっと迷惑にならない場所、ね。なら私が連れていってあげるよ!」

 

 停滞から抑揚を持って紡がれた言葉に、思考が追いつかず反応が遅れる。

 美樹 さやかから、不可思議な帯が広がり空間を侵食するように覆いつくす。

 私も当然のようにその中へ吸収されていく。

 外界と遮断されたかのように風が止み、自分がどこにいるのかもわからない不安定な足場を踏みしめようとする。

 眼前に広がる景色が、次々と節操なしに変わっていく。

 プリンタが次々と紙を印刷していくように、壁が塗りつぶされる。

 これは……しまった……!

 瞬時に、巻き込まれた事態を把握する。

 頭の奥にある既視感が、ここは魔女の結界であると教えてくれて、相手の領域に引きずり込まれたのだと理解できた。

 赤いカーペットのようなものが中央に敷かれて、地面が引っ張られるように移動を始める。

 私は動いていないのに、勝手に壁だけがころころと変わっていく。

 次々と行く手を遮るように現れるドアが自動的に開き続けて、いつの間にかコンサートホールをイメージさせる場所に放り投げられていた。

 突然として地面がなくなったことに慌てることもなく、空洞のホールに着地する。

 この場所は何度も目に焼きつくほどに訪れた、魔法少女にとって魔女になることを知る災厄の場所だ。

 相変わらず観客のいない客席が目立つ。

 それだけじゃない、いつも目を惹くところに居た、青年の後姿をしたシルエットがいない。

 あれは上条 恭介に酷似した姿をしていて、魔女になった美樹 さやかが執着する人間だったはずだ。

 過去の執着を捨て去った、ということなのだろうか。

 時間遡行の輪廻を経ても、またこの空間を見ることになるなんて。

 

「悪趣味ね」

 

 大きなホールで、反響するように響く言葉へ返答を寄越したのは、切っ先だった。

 一粒の点にしか見えなかった鋭い切っ先を持つ剣は、私の右肩を狙って飛んでくる。

 美樹 さやかが正面から、投げてきたということだろう。

 目視している限りこのまま行けば、剣は直撃するが、私はそれを避けずに立ったまま過ごす。

 耳をつんざく、空を裂く音が過ぎたあとに、後方で剣が地面へ突き刺さる。

 不意打ちで当てる気のない、甘い剣だ。

 美樹 さやかにしてみれば、これは挨拶のようなものなのだろう。

 彼女はどんなときであっても、正面から正直に戦いを挑んでくる。

 どうやら、それは円環の理に導かれた今でも変わらないらしい。

 この魔女結界を見る限り、美樹 さやかの悔恨を示すように居た上条 恭介や志筑 仁美のことは振り切ったようだが。

 

「どうして避けなかったの」

 

 攻めるような口調を放ちながら、美樹 さやかは白と青を基調にした剣士を思わせる服装に、純白のマントを揺らして正面から現れた。

 相手の領域へ引きずり込まれた時点で覚悟していたけれど、美樹 さやかは魔法少女の服装を身に纏っている。

 魔法少女としての力を発揮させる前に行動不能へ追い込みたかったけど、仕方ない、か。

 ならせめて、彼女の調子を乱すような言葉を返すとしよう。

 

「当てる気がないものを避ける必要もないでしょう?」

 

 煽るように言いながら左手から、私の願いと希望と絶望が詰まった私だけの変化を遂げたソウルジェム――ダークオーブを取り出す。

 美樹 さやかは、その行為を止めようとしなかった。

 確実に勝利をもぎ取るという意味であれば、変身させないのが一番だというのに。

 あくまで正面から来てくれるというのなら、私もそれに答えよう。

 ダークオーブから黒い光が漏れでて、私を包み込む。

 素肌を多く晒す、黒く、陰鬱とした服を身に纏う。

 この服装は私の絶望から生まれ出た結晶のようなものだ。

 背中には悪魔のような翼が現れて、私を見た目から悪魔のように変える。

 黒い光が収束すると同時に、私は悪魔への変身を完了して地面に足を踏みしめた。

 

「それがあんたの、悪魔の姿……」

 

 美樹 さやかが、私の姿を見て侮蔑するように言い吐く。

 そういえば、彼女にこの姿を見せたのは初めてだったかしら。

 

「えぇ、そうよ。これが希望と諦念の成れの果てよ」

 

 耳に入ったのであろう言葉に、美樹 さやかは拳を握り締める。

 来る……。

 

「その力も全部、まどかのおかげで手に入れたじゃない! 円環の理の力、返してもらう!」

 

 美樹 さやかはホールに反響する大声を張り上げ、体に純白のマントを被せるように纏い、マントを広げる。

 それが、開始の合図だった。

 広がったマントの下には八本もの剣が規則正しく生まれて、彼女の手で剣が、私の四股を目指して連続投擲される。

 挨拶代わりに投擲された先ほどの剣とは比べ物にならないほどの速度で、空を斬りながら迫り来る神速の剣を空中へ飛び上がって回避する。

 

「唐突ね」

 

 私が避けることを元から承知していたのか、剣を七本投擲した途端に美樹 さやかは地面に刺さった剣を走り始めながら抜き取り、そこから楽譜のようなものに乗って空を駆ける。

 

「これを避けれないあんたじゃない、でしょっ!」

 

 放たれた矢のように接近してくる彼女が左手で振り上げる剣を避けられないと判断した私は、剣を受け止めるように右手を開き、突き出す。

 そして魔力を右手に集中させ、障壁のような壁を作りだして受け止める!

 

「はああぁぁぁっ!」

「っ……!」

 

 剣を受け止めて力が均衡状態になったところで、美樹 さやかはさらに力を込めるため、剣に両手を添えて押し込んでくる。

 踏み込まれた力に、右手を突き出してさらに壁の力を高めて踏ん張ることで返す。

 

「どうしてまどかの力を奪ったの!?

 あれはまどかが悩みに悩んで……苦しんで、それでも誰かの絶望を希望に変えたくて、そこから出た希望の答えだったのに!」

 

 真っ直ぐで輝かしい瞳が、私の瞳を射抜くように貫く。

 間違っているのは私のほうだと、望まれてもいないのに世界を変えてしまったのは私だと分かってしまうから、唇を噛んでしまう。

 美樹 さやかが言い放つ言葉は、まどかにとっての真実だろう。

 魔法少女がたびたび亡くなるなかで、まどかは自らが願い思い描いた希望に、何度も絶望して自分の進む道を選択していった。

 最後に苦しみ足掻いて選び抜かれた答え……円環の理として概念になって生きることは、きっとあの世界にとって、魔法少女たちにとって、またまどかにとっても最善の結末だったはずだ。

 それでも、私は――。

 

「誰からも認識してもらえず、誰もまどかのことを覚えていない……そんな選択が最良の結末だったというの!?」

 声を上げながら、左手に魔力を込めて振り上げて、美樹 さやかに向ける。

「っ!」

 

 魔力によって形成された弾が発射される前に、彼女は眼前から消える。

 避けられて、行き場をなくした人の頭ほどもある弾丸はコンサートホールの客席へ着弾し、爆音を響かせた。

 乗っていた楽譜を消滅させることで、重力に従って落下し、回避するなんて……。

 自由落下したまま地面に着地した美樹 さやかは、再びマントから八本の剣を自然に生成し、立ち上がる。

 

「あれが最良の結末だったなんて言うつもりはないけど、あれが最善だったのは確かでしょ! あんたにあの状況がどうにかできた!?

 時間遡行を繰り返すうちに、歪んだ心で諦めようとしてたじゃない!」

 

 美樹 さやかの言葉に、心が鋭い剣で突かれたように錯覚してしまう。

 ワルプルギスが現れたとき、私はまどかを救えない絶望とまた繰り返せばまどかの因果を増やしてしまう時間遡行の副作用から、ソウルジェムを濁らせていた。

 あのまま、まどかが来ずに時間が進んでしまっていたら、私はあの段階で魔女になっていたかもしれない。

 私が脆くて弱かったから、まどかの手を握り締めることができず彼女をひとりにしてしまった。

 

「あなたの言うとおり、私にはワルプルギスの夜を打開する術は存在しなかった……。

 だからこそ! それを後悔したから、私はこの世界を作って、まどかが幸せになれる世界を望んだ!」

 

 どうしようもない怒りに身を任せるように右手を振り回すように広げて、紫の弾丸を空中で生み出し、弾丸は次々と標的目掛け高速で発射する。

 八本もの剣を美樹 さやかは迎撃するように弾丸の軌道に合わせ投擲し、弾丸と剣の衝突から耳をつんざく音が鳴り響く。

 それに混じりながらも、はっきりと聞こえる怒号がコンサートホールを震撼させる。

 

「まどかの幸せって……こんな状況を作りだしたあんたに、何が分かってるっての!

 あんたがまどかを幸せにしてるだって!? そんな思いあがり、私が叩き潰す!」

 

 今までとは比べ物にならないほどの威圧感が美樹 さやかから発せられ、体を貫く。

 この膨れ上がった気配……力をセーブしていたということだろうか。

 私のソウルジェムの中で、戦っていた姿が思い浮かぶ。

 意識は虚ろだったし、あまり覚えていないけれど魔女となった私の使い魔を美樹 さやかは圧倒していたことは覚えている。

 今はあのときより、幾分にも力が増しているように思えた。

 もしかして、あの状況でもまだ全力ではなかったということ……?

 美樹 さやかは重く息を吐くと、素早く右手で持った剣の切っ先を見せるように構える。

 抜き身のような姿は、確実に私の思い描いていた美樹 さやかより、鋭いものだ。

 一手の行動すら油断ならない姿に、注視する。

 動けない……。

 こっちが迂闊に動けば、まず隙を突かれて斬られるだろうと感じさせるものが彼女にはあった。

 風もなく、ただ威圧感だけが増大するコンサートホールで、息を呑む。

 霞掛かったように、美樹 さやかの体が掻き消える。

 来るっ!

 今まで戦闘を積み重ねた経験から、殺気を感じ、空中で左方向に飛びのく。

 私が目で追える限界ぎりぎりの速度で、美樹 さやかは音譜に乗って突撃を慣行しているらしく、目線が交差する。

 速い!

 

「……くっ」

 

 薄皮を斬られたようなジクジクとした痛さに、顔を少ししかめる。

 どうやら完全に回避はできず、右腕の二の腕あたりに切っ先が当たったらしく、血がじわっと広がるが、すぐに魔力を使って修復しながら後方へ通り過ぎたのであろう美樹 さやかに向き直る。

 しかし、そこに居るはずだった美樹 さやかの姿はなく、感と気配を頼りにして左手に魔力で障壁を作りあげて正面に突き出す。

 その直後に、衝撃が手を襲う。

 障壁を抉るように突進してきたのは、美樹 さやか自身ではなく、ただの剣だった。

 両手に力を込めて、剣の勢いを殺すと、重力に引かれて剣は落下していく。

 そこからさらに美樹 さやかが、音譜に乗って突進してこようとする姿が視界に捉えられた。

 白地のマントから剣を生成し、即座に投擲する姿に、咄嗟の判断で美樹 さやかから逃れるよう、体を捻って空中で加速する。

 半円状ののコンサートホールで駆けっこをするかのように、上下左右、縦横無尽に動く。

 その間も、剣は鋭く私の心臓を狙って投擲される。

 ダークオーブを狙ってこないあたり、私を殺すつもりまではないようだが、さすがの私でも心臓を貫かれれば一定時間の動きが制限されることは明白だ。

 

「あんたがこの世界を続ければ続けるほど、魔法少女の希望を願ったまどかの願いが無駄になっていく!

 どうしてそれに気づかないの!」

「なにをっ……!」

 

 ランダム的に移動しながら、適度に的を捉えて来る剣を一瞬振り向き右手から弾丸を生み出して迎撃する。

 

「円環の理から溢れ出た魔女たちは、折角まどかから希望をもらったのに、再び絶望の中でもがいて苦しんでる!

 あんたも一度魔女になった身なら分かるでしょ! その苦しみが!」

 

 美樹 さやかが投擲する隙をついて、弾丸を左手で送り込む。

 これで当たるとは思えないけれど、少しばかり時間稼ぎにはなるはずだ。

 弾丸が迫りくると分かった途端に、標的を弾丸に変えて美樹 さやかは剣を放り投げる。

 剣と弾丸の爆発を確認しながら、口を開く。

 私にだって、魔女になったときの苦しみは痛いほど理解できる。

 心がどこまでも沈んでいって、底なしの沼に落ちていっているかのような感覚が、全身を包み込んでくるのだ。

 全ての思考が悪い方向に傾いて、全てを壊したくなってしまう……。

 そんな衝動に耐え切れるわけがない。

 

「だからって、まどかをひとりにすることなんてできるわけがないでしょう!

 まどかがたったひとりで孤独に苦しむっていうのなら、私はそんなこと認められない!」

「それで……こんなことをずっと続けたって円環の理から魔女が溢れ出て世界が不安定になるだけじゃない!

 いつまで歪んだ世界を続けるつもり? あんたの大好きなまどかが幸せに死ぬまで!?」

 

 怒号を響かせつつも、美樹 さやかは二十本もの剣を連続で投擲する。

 どれもが私の進行を阻止するかのように広がり、逃げ道を無くす。

 避け切れないと判断した私は再び振り向いて紫の弾丸を無数に召喚し、無造作に着弾点を決めずに飛ばした。

 それと同時に、私らしくなく心をぶつけるように口を開く。

 行き着く場所のなかった感情を吐き出すように。

 

「そうよ……!

 彼女が真っ当に人生を終えられるまで、私が彼女を幸せにし続ける!」

「それまでずっと際限なく現れる魔女と魔獣を狩り続けるっていうの!? いつまでも終わらない膿を増やして……魔女を円環の理に送り返すなんていうことまでして!」

 

 無数の弾丸はこちらに迫る一本の剣に当たり、煙を撒き散らす。

 雨のように降り続ける弾丸の中を、美樹 さやかは駆け抜けるように、剣を構える。

 避けられる距離ではないと判断した私は、右手を突き出して弾丸をまた生み出そうとする。

 これが最後……!

 

「それが私の覚悟よ……絶望の輪廻から脱出した私の唯一の答え!」

 

 私がこの世界で見出せた、私だけの答えがまどかの幸せを守り続けること、それだった。

 誰に邪魔されようと、例えまどかに邪魔されようともこれだけは絶対に譲れない。

 まどかの本音を聞いてしまった私は、もう止まることなんて許されない。

 猪突猛進してくる美樹 さやかの顔面目掛けて手を向ける。

 私の眼前で剣を振り上げた美樹 さやかより速く弾丸を発生させて顔を射抜こうとする。

 そこで直感的に頭を押しつぶすような何かを感じ、魔力が自然と止まってしまう。

 美樹 さやかも同様に、何かを感じたとったのか止まる。

 私は美樹 さやかの顔面に右手を固定し、美樹 さやかは振り上げた剣を私の首筋に沿うように止めている。

 もう少し力を入れれば、軽々しく私の胴体は切り裂かれるだろう。

 傍から見れば不恰好で危険な姿でも、今は気にしている余裕がなかった。

 なに、この気配は……?

 外界から遮断されていたはずの結界から隙間が空いたかのように外から異質なものが流れ込んでくる。

 本能的な恐怖が頭から訴えられ、喉を鳴らす。

 どこかで感じたことのある絶望を体現したかのような重みに、正解を見出そうとする。

 まさか、ワルプルギスの夜が来てしまった……?

 でも、と心で否定する。

 この頭の中を押しつぶすような感覚は、今まで味わったことがないものだ。

 頭の中で推論を立てていると、コンサートホールが地響きのような音を立てて崩れ去っていく姿が視界に入った。

 まるで、何かに押しつぶされているように上から外壁が落下してコンサートホールを蹂躙していく。

 円環の理へ導かれた魔法少女の魔女結界が破られている……?

 美樹 さやかは結界を壊されている驚きからか、愕然とした表情を晒しながら、唇を噛む。

 

「そんな……間に合わなかった……」

 

 美樹 さやかの構えた剣が、するりと首筋から外される。

 最早、私を倒す意味はないということだろうか。

 威勢のよかった先ほどまでの美樹 さやかと違う妙に落ち着いているトーンに、何かが起きてしまったのだと確信すると同時に、結界が全て破られた。

 外界と遮断されていた感覚から、足元に地面が現れ、踏みしめる。

 周りを見渡そうとして異変に気づく。

 結界から出たと思ったら――私はまだ、結界の中に居た。

 

「え……?」

 

 思わず、間抜けな声が飛び出してしまう。

 美樹 さやかの結界が潰されたのは確かなようだが、それより遥かに大きい結界が外側で展開されていた。

 いや、これは大きいなんて言葉で表現できる代物じゃない。

 本来、この世界にあり得るはずのない代物だ。

 情報を視界的に得るため、街が見える方向を見る。

 

「……」

 

 そこで私は、街中の光景に頭が空っぽになって絶句した。

 先ほどまで綺麗なはずだった高層ビルが立ち並ぶ街中は、元の情景を想像させないほど粉々に潰されて、廃墟のようになっており、人影すら見えない。

 そんなことより、目を惹くのは束になるようにして街に襲いかかる魔女たちだった。

 ざっと把握できるだけでも、委員長の魔女、芸術家の魔女、薔薇園の魔女、ハコの魔女そして、ワルプルギスの夜が一同に会している。

 また、魔獣もそれに乗じて現れていて、地獄と呼ぶに相応しい情景が広がっていた。

 

「なに……あれは……」

 

 あれだけ多くの魔女が一緒に出現したことはこれまでにない。

 私が美樹 さやかと戦闘している間に、何が起こったというの!?

 美樹 さやかは自分の不甲斐なさを嘆くように、手を力強く握り、静かな怒りを灯した声をあげる。

 

「暴走した円環の理から送り込まれた魔女だよ……あんたは世界に膿を溜めすぎたんだ。

 最初は一体の魔女が現れる、なんて暴走だったけど、まどかを失った円環の理に限界が来てるんだよ。

 それに、この世界は誰もが幸せになれる、なんて歪みがあるから世界に限界が来てるんだ。

 もう一時間に一体なんてペースじゃない。

 魔女はもう、際限なくこの世界に溢れ出てくる……空を見てみなよ」

 

 促されるがままに、空を見上げる。

 広がっているのは空一面を覆いつくす巨大な手だった。

 そして、やっと気づく。

 この結界がどこから張られているのか、張った魔女の正体が――。

 

「誰でもない魔女……」

 

 まどかが円環の理に至ってしまったときに現れた全ての魔法少女の絶望が概念となってでてきたような存在、それが誰でもない魔女だ。

 心の片隅が深い絶望に染まり始める。

 まどかの願いがあったからこそ倒せたような絶望を体現した存在が、再び現れてしまったら一体、誰があの魔女を止められるというの……。

 目の前が突然真っ暗になってしまったように、視界が狭まる。

 全身の力が抜けていくのを感じ、気づくと私は地面にへたり込んでいた。

 

「どうして……私はまどかを幸せにしたいだけなのに……まどかが幸せに暮らせれば、それだけでいいのに……」

 

 この一帯に現存する魔女はおそらく、今の私の力なら片付けられる。

 ワルプルギスの夜にだって、勝つ自信はある。

 しかし、誰でもない魔女は根本的にこれまで円環の理から出現していた魔女と違う。

 あれは円環の理になったまどかと同じく、世界にとってあり得ない生まれ方をした異質な存在だ。

 そんなものに、どうやって対処しろというのだろうか?

 どうして、まどかの幸せを掴もうとする前には、数多もの壁が立ちふさがるのだろう……。

 まるで、まどかは幸せになれないと言われているようで、悔しい。

 

「あんたがこんな世界を、まどかを奪っていったから、こんなことになった……!」

 

 美樹 さやかの糾弾する声ですら、もう私の心に届かない。

 頭は必死に事態の収集をつけるため、回転を続ける。

 どうしようもない事態に正解を見出すには、私と繋がっている円環の理の力を使うしかない。

 だけど、どう使えば誰でもない魔女を打開できる?

 円環の理全ての力を使う権限なんてものは、私はないから誰でもない魔女を倒すことなんてできない。

 不確定な要素がいくつか介在するけれど、できるかもしれないのは、もう一度世界を作り変えるくらいだ。

 

「……そう、そうよね……無理だったら、そうすればいいのよ」

 

 何度も繰り返してきたことをまたするだけだ。

 今度は、時間遡行で可能性を切り替えるわけじゃなく、世界を異変が起きる前にやり直すことで、始める。

 誰がこの事象の中心にいる人物なのか把握できていないけれど、全てをなかったことにしてまた世界を作り直せば、再びまどかを狙って動きだすに違いない。

 それまで永遠に鬼ごっこを続けましょう。

 やり直せる手段があるのなら、私は何度だってやり直す。

 時間さえあれば、暴走する円環の理を止める手段だって見つかるかもしれない。

 今までだって僅かな希望にすがって、足掻いてきたのだから、何も辛くない。

 自分勝手でも、二度とまどかをひとりにさせたりしない……幸せにるために、円環の理を使う。

 何をやるか悟らせないために、顔を俯かせ、硬いコンクリートの地面に手を置いて、円環の理の力を使おうと魔力を集中させる。

 

「ほむら、あんた何を……まさか!」

 

 意図に気づいた美樹 さやかが、私を止めようとして手を伸ばす。

 でも、もう手遅れだ。

 私を中心として、世界を構成していた何もかもを黒く埋め尽くしていく。

 

「また自分だけの時間に逃げ込むつもり!?」

 

 美樹 さやかが苦し紛れに発しただろう声が、闇に消える。

 これで、また始まる。

 私だけが記憶を引き継いで、もう一度最初からやり直す。

 まどかを幸せにするためなら、私は不幸を被ろうと何度だって世界を――。

 

「この瞬間を待っていたのです!」

 

 世界が書き換わっていくことを確信した私の耳に、今この場所には存在してはいけないはずの声が聞こえる。

 

「なぎさ!」

 

 続いて、美樹 さやかの声まで聞こえてくる。

 彼女はこの場所にはもう居ないはずなのに……!

 事態を確認しようとして、体を動かそうとする。

 でも、壊れた機械のように体は言うことを利かない。

 どうして……?!

 地面を支えていたはずの手から力が抜けて、前のめりに倒れこむ。

 続けざまに、頭の中で神経が切れたように、ぷつっと何かが途絶える。

 円環の理との繋がりが、力が、なくなっていっていることにようやく気づく。

 まどかの手が、円環の理が離れていく。

 手を伸ばしても届かないところに行ってしまう!

 ……何が起こっているの!?

 急速に力がでなくなる体に抗い、思考が闇に呑まれようとするなか、必死に顔を動かして現状を把握しようとする。

 何もない真っ黒な景色では、一層目立つ白髪が視界で揺れた。

 あれは……今朝、通学路に居た快活そうな小学生の女の子だ。

 あの子が今の現象を起こしているの?

 そんな力が、普通の人にあるわけが――。

 

 違う。

 

 心で囁くように呟かれる。

 胸を打つような鼓動が広がっていく。

 あの少女を、私は知っているはずだ。

 いつ、どこで会った?

 時間遡行を繰り返しているとき?

 違う、もっと後だ。

 まどかが改変したあとの世界で……ソウルジェムの中で……。

 途端に靄が晴れて、記憶が鮮明に蘇り、あの子が何者だったかを頭が急速に理解し始めた。

 そうだ……私のソウルジェムの中で、彼女はベベと名乗っていた。

 巴 マミといつも一緒にいたお菓子の魔女で、私の目の前に現れた美樹 さやかに続く、円環の理に導かれし、もうひとりの魔法少女だ。

 そう、そういうことだったのね……。

 彼女が、正体を現したのは私が魔女へ至ったときと、まどかが私を迎えにきてくれたときだけ。

 通りで思い当たらなかったはずだ。私の知りうる中に魔法少女の記憶を取り戻させている人間がいるはずもない。

 私の世界改変に直接近くで巻き込まれていて、魔法少女との関連性がある人物で、その中から絞り込めば自ずと答えは出るはずだったのに、今まで気づかなかった。

 異変の中心に居て、円環の理を取り戻そうと魔法少女たちの記憶を復活させ、私を絶望に追いこみ、円環の理の力を使わせて力を奪おうとしていたのは……!

 

「百江、なぎさ……!」

 

 狭まっていく視界で、白髪が大袈裟に揺れる。

 彼女が揺れているわけじゃない。私の限界が近いんだ。

 吸い取られていく力に耐えきれず、意識は底なしの闇に沈んだ。

 

 第十話「美樹 さやか」終わり

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