【叛逆の物語続編創作】魔法少女まどか☆マギカ窮編 慟哭の物語【完結】 作:エルアインス
第十一話「夢と真実」
視界がぐるぐる、ゆらゆらと回って揺れる。
私が回っているのか、それとも世界が回っているのか。
視界から見える世界も黒く染まっていて、自分がどこにいるのかすら把握できない。
唯一わかるのは、重力に従って私は地面で寝ているということだけだ。
私は、何を……していたんだっけ?
前後の記憶が定かじゃない……でも。
全身から力が抜けて、起き上がる気力すら沸いてこない。
虚ろに、鬱々とした真っ黒を見つめ続ける。
とっても大事なことをしていたような気がするのに、ひとつも思い出せない。
気づけば、沼のようなものに落ちていく感覚が体を包み込んでいた。
このまま行けば、数分足らずで体は沼のような地面に飲み込まれてしまう。
でも疲れたから、いいわよね。
もう、この腐食するような感触に全てを任せてもいいと思ってしまう。
いいわよね、私は負けてしまったのだから。
心が訴えかけてくるように、鼓動を鳴らし続ける。
でも、脱力感に包まれた私には届かない。
私は何に、負けてしまったのだろう?
疑問を心で浮かべながら、私は瞳を閉じた。
……
いつの間にか、私は見滝原中学校の教室で自分の席に座っていた。
前後の記憶があやふやで、何をしていたのかいまいち、思い出すことができない。
周りでは楽しげな同級生の声が耳を柔らかく包み込んでくる。
前は……この声を少し耳障りに思っていた気がするのに、心地よく聞くことができた。
それを聞きながら神妙に俯いて、膝小僧を見ながら考え込む。
「おはよう、ほむらちゃん。そんなに暗い顔して、どうしたの?」
体ごと包み込まれるような声に気づいて、自分の膝から顔をあげる。
可愛らしくてくりくりとした瞳で、まどかは私を覗き込んでいた。
何気なく不思議な光景を、ぼーっと見つめてしまう。
「ほ、ほむらちゃん。そんなに見つめられても、何もでないよ?」
言うと、恥らうようにまどかは頬を手で掻く。
その光景がとても懐かしく思えてしまって、自然と笑みを浮かべる。
「ふふっ知っているわよ」
「ほむらちゃんの笑顔って珍しいね」
まどかに言われて、疑問に思う。
私は……そこまで笑わない人間だっただろうか?
病院で入院していた私は、根暗で自分に自信を持っていなかった。
笑うことなんて、殆どなかったかもしれない。
それとは違う要因があったような気がするけれど……なんだったかしら。
頭の中で、靄がかかったように思い出せない。
思い出せないなら、思い出す必要もないだろう。
思い出せないというのなら、今の私には必要のないことということでしょうし。
「そうかもしれないわね……。笑う私は、変……かしら?」
「ううん。ぜんぜんそんなことないよ!
笑ったことを変だって言ってるわけじゃないんだ」
まどかは慌てたように両手を右往左往させる。
私が口を開こうとしたとき、そこに明るい声が入り込む。
「おーっす! ご両人! おはよう! 今日も元気かなー?」
この声は……!
背筋に寒気を感じて椅子と地面を擦りながら、席から勢いよく立ち上がる。
その光景に、まどかとさやかは目を丸くした。
「急に立ち上がってどうしたの?」
「ん……? ほむら、当然どうしたのよ」
立ち上がった先では、さやかが呆けた瞳で見つめてくる。
彼女が現れたときに背筋へ走った悪寒も、いつの間にやら消え去っていた。
「いえ……なんでもないわ」
そう言いつつ、席に座りなおす。
現れた寒気は一体、なんだったのだろう……。
私がさやかに思うところがあるということなのだろうか?
先ほどと同じく、考え込んだ私にさやかは近づいてくる。
「突然立ち上がったと思ったら大人しく座りだして……今日のほむら変じゃない?
なにかあったなら、親友の私に相談してくれたまえよ~!」
「親友?」
反射的に返しつつ、顔をあげる。
私とさやかは親友と呼べるほどの仲だっただろうか?
あり得ない。
親友や友達という以前に、私は彼女のことをいつもフルネームで読んでいた気がするのに、今はさやかと言っても何ら違和感がない。
思考の奥では違うと囁かれても、それは霧に阻まれるように覆いつくされていく。
疑問符を浮かべたのは予想外だったのか、さやかはとても悲しそうに顔を伏せる。
「私たち、親友じゃなかったんだね……酷い! まどかが本気で、私とは遊びだったんだ!」
まどかはその光景を少し苦笑いして見つめていた。
あれは演技、ということなのかしら。
驚くことにいつの間にか、私はさやかを親友と呼ぶことに躊躇いがなくなっていた。
まるで、それが当然のことであるかのように口が滑らかに動く。
「何を言っているの、さやか。私たちは親友に決まっているじゃない」
「もーいつも真顔でそういうこと言っちゃうんだから、たまには笑いなさいって」
「ほむらちゃんさっき笑ってたよっ」
「えー!? もー、そういうのはちゃんと私の居るところでやってよねー。
ところで、悪いんだけど宿題見せてー」
「あら、やってこなかったの?」
「もーさやかちゃん、いつもやってこないといけないって言ってるのに」
「いやーあはは。昨日も杏子と盛り上がっててさ――」
さやかが、にこやかに両手を目の前で合わせながら謝る。
そこに、さらっとした燃え上がるような赤髪が現れた。
「あん? 呼んだか?」
「あ、おはよう杏子ちゃん」
「おはよー杏子」
「……おはよう」
三者三様に返される挨拶に、杏子は手をあげて答えた。
見滝原中学校の制服を着ていることに、本能が違和感を覚えるものの、特に口を挟むべきことではないと判断する。
どうしてか分からないけれど、そうしたほうがいいと思ってしまったからだ。
何か言ってしまったら、この幸せな空間が壊れるような気がして……。
「で、あたしの名前が出てたみてーだけど何の話だ?」
「いやさ、昨日は杏子と盛り上がってたから宿題忘れてたねーって話よ」
「ん……? あー」
杏子は忘れてたとでも言いたげに、髪を掻いた。
「……まさか忘れていたの?」
「また杏子ちゃんまで……」
まどかは、じとっとした瞳で杏子とさやかを見る。
「あたしは悪くねーぞ!? さやかが遊ぼうっつったんだよ」
「あー、杏子! あんただけいい顔しようってのー?」
「ふたりとも宿題やってきてないなら変わらないっ!」
まどかはそう言って、さやかと杏子から顔を背ける。
さやかと杏子がそれを見て、睨みあっていた。
「あんたのせいで、まどかがそっぽ向いちゃったじゃない!」
「いーやお前のせいだね!」
「ぐぬぬ」
「ぬぬぬ」
どうしていつも、杏子とさやかは顔を合わせると言い合うのかしら。
喧嘩していたかと思いきや、その後は何もなかったかのように仲良くしだすし……。
喧嘩するほど仲が良いってことなのだろうか。
思わずため息をつきたくなる光景に、呆れながらも口を開こうとする。
「あなたたち、いい加減に――」
「あら、なんだか楽しそうね。何をやっているの?」
「マミさん。おはようございます」
「おはよう、ございます」
突如として現れた私たちの先輩――マミさんに、挨拶を交わす。
マミさんは、私たちと一年違いとは思えないほどに大人びていて、落ち着いた雰囲気をしていた。
私たちの尊敬できる先輩と言っても語弊がないくらいだ。
「おはよう、鹿目さん、暁美さん」
「今日はこんなところまで来て、どうしました?」
「通りすがりに見てみたら、美樹さんと杏子が睨みあっていたようだから気になって」
通りすがり……?
ふと、マミさんの言葉を頭で反復させる。
見滝原中学校の三年生教室は三階にあり、二年生の教室は二階にある。
普通に校門から入って行けば、まず二階になんてよる用事はないはずなのに、どうして通りすがることになったというの……?
首を傾げ、答えへ辿りつくために疑問符を浮かべる私をよそに、喧嘩がひと段落したのかさやかと杏子がマミさんに向き直る。
「おっ? マミじゃん。二年生の教室になんて寄って、どうしたんだよ?」
「教室に行く道すがら、あなたたちが喧嘩していたのが見えてね」
マミさんの言葉に、杏子は私と同じ疑問を抱いたのか言葉を紡いだ。
「三年の教室って三階のはずだろ?」
「えぇ、その通りだけどどうしたの?」
「それっておかしくねぇか? あたしたちの教室って二――」
途中まで紡がれた杏子の言葉を、さやかが杏子の口に手をあてて遮る。
杏子は二年生の教室が二階にあるということをマミさんに言いたかったようだけど……。
どうやら、さやかの行動を見る限り、言ってはいけないことだったようだ。
マミさんに聞かなくて正解だったのかもしれない。
「わーわー! 杏子、ちょっとこっち来なさい!」
「ああ? なんだよ。あたしはマミと話してたんだけど」
「いいから! こっち来なさい!」
「たくっわかったよ」
再び、さやかと杏子は遠くに行き、ひそひそと話始めた。
ぼそぼそとした小さめの声が、少しだけ聞こえてくる。
まどかとマミさんは、さやかと杏子を特に気にした様子もなく、話し始めていた。
どちらの話を聞こうか迷い、マミさんがどうして二階に来てしまったのかを説明してくれそうな、さやかたちの会話に耳を傾けることにする。
「マミさんはね、私たちのこと心配してきてくれてたのよ?」
「それでも三階にある教室から通りすがりで二階の教室まで来るのはおかしいだろ……どういう理屈だよ?」
呆れるように流れ出た言葉に、心で同意する。
三年生であるマミさんだって別に暇ではないだろうし、一々二階まで早朝に来る必要はないだろうし……。
「えーとね、杏子。今から言うことはマミさんに言っちゃダメだからね?」
「そんなもったいぶって、なんかあるのかよ?」
さやかは一度こほんと咳をしてから言葉を紡ごうとする。
「ほむらちゃん、聞いてる?」
さやかの言葉が発せられる前に、まどかから声をかけられた私は、意識をさやかたちから正面に居るまどかへ戻す。
私が聞いていない間に、まどかとマミさんの間では話が進んでいたらしい。
「な、なに?」
「ふふっ今日の暁美さんは随分とぼーっとしてるのね」
「えっとね。マミさんと今日の放課後みんなで遊ぼうって話してたんだ。ほむらちゃんは用事とかある?」
眩しい笑顔で、提案される。
その笑顔を見ていると、心の奥底で傷が疼くように痛む。
私は忘れているだけで、まどかに何か酷いことをしてしまったような……そんなっ気がする。
でも、今はまどかと一緒に居られる幸せをかみ締めようと素直に思えてしまった。
「今日は特に用事なんてないから、まどかの好きなところに行きましょう」
「えぇ!? 私の好きなところ?」
マミさんは、私の意見に同意するように胸の前で両手を合わせる。
「いいわね! いつも私たちの行きたいところに行ってるから鹿目さんの好きなところにいきましょう」
「おっ? なんだなんだ。何の話してんの?」
「まどかの行きたいところか~いつも音楽ショップとかに行ってるけど、どうなの?」
話が終わったらしいさやかと杏子が私たちに合流する。
そこからも、放課後の予定が段々と練りこまれていく。
誰もが笑顔で、幸せそうに今日の予定や明日の予定を組み立てていることがとても不思議に思えて、自然と口元が笑う。
……
時がいつの間にか移り変わって、歩道をまどか、さやか、杏子、マミさんと私の五人で歩く。
夕暮れが顔の半分を黄金に包み込んで、爽やかな風が吹き抜けていく。
さやかと杏子とマミさんが仲良く喋りながら前を進む。
まどかも楽しそうに私の隣で沈み行く夕日を見ていた。
まどかは風で少しだけ乱れる髪を押さえ込みながら、私に振り向く。
「気持ちいい風……ね、ほむらちゃん」
「えぇ……まるで夢を見ているみたいだわ」
そう言いながら前を見ると、いつの間にかまどかたちが遠くへ行っていた。
まどかが振り返って手招きしてくる。
「待って!」
走る。
手を伸ばしながら、まどかの手を握ろうと必死に足を動かすけれど、差は狭まるばかりか広がるばかり。
「まどかっ! まどかっ!」
肺に酸素が行き渡らなくなっていく。
呼吸が乱れて、足取りもおぼつかない。
待って、まどか!
もう言葉にすらできないほど、疲れているのに
あなたが行ってしまったら、私がしてきたことは――!
景色も、何もかもが黒く墨汁を垂らされたように点々と塗りつぶされていく。
いつの間にか、どこへ向かって走っているのかすらも分からないようになってくる。
もしかしたら、前になんて進んでいないのかもしれない。
「はぁ……はぁ……」
膝を押さえて、立ち止まる。
ああ、そうか……。
私は……本当に夢を見ていたんだ、と心の底で本当の私が囁いた。
その瞬間に、頭がここは本当の世界ではないと理解し始める。
あの優しい空間に、私は浸ることすら許されないほど穢れているはずだ。
ずっと望みながらも、叶えられるはずがないと思っていたみんなと一緒に居る……まどかと一緒に居る夢は、終わりなんだ。
まどかが誰かと笑えて、私もその輪の中にいる。そんな理想のような世界を私は望んでしまっていた。
本当に、馬鹿馬鹿しい。
巧妙に蜘蛛の巣の中心で円環の理の力を狙っていた百江 なぎさに出し抜かれ、こんな夢を見てしまった心の弱さに、嫌気が差す。
何度も挫け、それでも立ち上がって見せたのが私だったはずだ……執念で、ここまできたのだから、今更立ち止まることなんて許されない。
まどかの幸せ、まどかを救うためなら……なんだってする。
力を奪われたのなら、逆に奪い返す手段もあるはずだ。
私の意識がこうやって自由な夢を見れるような形で存在しているのなら、まだ円環の理の力はまどかへ渡ってしまったわけじゃない。
もし、まどかに円環の理が戻ってしまったら私をどうにかしようとするはず……。自由を奪われていないのなら、まどかと接触できる位置に私がまだ居るなら、やりようはいくらでもある。
火の灯った心が、鼓動を鳴らす。
私自身の力であるダークオーブも未だに衰えていないのだから、まだ戦える!
そうして私は、深く絶望の海の底へ沈んだ意識を浮上させた。
……
深く沈みこんだ意識から、ゆっくりと五感が覚醒する。
「……っ」
まぶたを開けると、ぼやけた視界が移りこむ。
視界が明瞭になるまでの間に、自分がどんな体勢でいるのか把握しようとする。
気を失う前の私はうつ伏せだったはずなのに、首を項垂れて床と思しき空間に座っていた。
誰かに移されたということだろう。
考えている間に、視界は輪郭を成してゆく。景色は黒を基調にしたもので、周囲に虹色の光が満遍なく散らばっていた。
まるで夢の中にでもいるような……そんな幻想的な光景だったけれど、私はこの光景に見覚えがある。
まどかが世界を改変したとき、私だけが連れてこられた……次元の狭間とも言うべき空間だ。
ここで私はまどかから新しい世界を託され、手を離されて。
必死に手を伸ばせば、掴めたはずの手を伸ばさずに見送った私の悔恨が詰まったような場所と言える。
「随分とお目覚めが早かったね、ほむら」
頭を必死に回転させていると、真後ろから声が聞こえてきて、ひんやりとしたものが首筋に押し当てられる。
感覚からして、剣だろう。
少しでも動けば、彼女は私の首を裂くだろう。例え私が悪魔であり、魔法少女である存在で、首を裂かれた程度では死にはしなくても、人の首筋に剣を押し当てるというのはそれだけ覚悟のいることだ。
そんな覚悟も読み取れる、冷ややかな剣だった。
私の後方、斜め左に立つ美樹 さやかへ振り向くことなく正面だけを見つめながら言う。
「目覚めたばかりだというのに、ご挨拶ね。美樹 さやか」
ここからでは、美樹 さやかが何をしようとしているか、把握することはできないけれど、私の挙動を一手でも見逃さないようにしているらしく、肌にひりひりとした視線を感じる。
「あんたをやっと拘束できたんだからね。これ以上、あんたの思い通りにはさせない」
そう言われて、手首の自由が利かないことに気づく。
ごわごわとした感触からして、縄で縛られているのだろう。原始的なものだけど、動けないようにして相手を見張るというのであれば十分、役割に適ったものだ。
私が少しの間無言でいると、美樹 さやかはふと口を開く。
「なぎさ、準備できたの?」
声に反応して、顔をあげる。
何の準備をしていたというの……?
「問題ないのですよ。もう少しで来るのです」
私の正面にはいつの間にか、無防備に腕をだらんと気だるげに下げた百江 なぎさが居た。
踊るように長い銀髪が、虹色の空間を彩るかのように揺れる。
ただのほほんとしてるような雰囲気を出している子が、円環の理の力を奪還するために私を狡猾に貶めようとした張本人か……。
円環に導かれた魔法少女たちが、未だ私を警戒しているということは、私をどうにでもできるまどかにまだ力を返せていないということの証明になるはずだ。
どうにかして、円環の理の力を奪い返せれば……まだ私にもチャンスはある。
ただ見た限り、気がかりなのは円環の理の力が美樹 さやかと百江 なぎさから感じられないことだ。
まだまどかに返していないと仮定するのなら……どこかに円環の理との繋がりを持っているはずなのだけど、それが見当たらない。
一体どこに隠してあるというの……?
冷静に考えつつも、美樹 さやかが紡いだ言葉に対して口を開く。
「何の準備ができたの?」
「……あんたに答える言われはないね。首、斬られたくなかったら大人しくしてなさいよ」
「その程度で私が動揺するとでも思っているの、あなたは」
「思ってないよ。だから、少しでも動いたら私はあんたの首に剣を滑らせる」
「……そう。ところで、あなたたち魔法少女に記憶を取り戻させたのは、あそこに居る百江 なぎさ?」
「あんたに情報を与える意味があると思ってるの?」
拘束された両腕を美樹 さやかへ見せつけるように揺らす。
「私はこの通り拘束されて動けないでしょう。少しくらい教えてくれても罰は当たらないはずよ」
「魔法少女の記憶を取り戻させたのは私なのですよ、暁美 ほむら」
聞いている人間とはまったく別の、正面に陣取った百江 なぎさから回答がやってくる。
「なぎさ、別に答えなくてもいいよ」
「私も退屈なのですよー」
百江 なぎさは子供ように、その場で体を捻らせて回転した。
美樹 さやかは嘆息すると、私の監視に力を注ぐようにしたらしく口を閉じた。
美樹 さやかに邪魔されないというのなら、聞きやすいというものだ。当然ながら、彼女はまどかを裏切った私を軽蔑しているし、ここで百江 なぎさが出てきてくれてむしろ助かったというものだ。
正面でにこにこと笑顔を浮かべる百江 なぎさを見据える。
彼女は私から円環の理を奪った人間でありながら、推測しかできないけれどこの事象の裏で全てを引っ張っていた人間のはずだ。
私のしでかしたことを考えると報復をされるのは当然なのだけど……やはり心では納得がいかない。
どこかで百江 なぎさを恨みたくなる気持ちもある。けれど、あくまで私のするべきことは、まどかの幸せを守ることであり、全てを巻き込んだ事象の解決を図ることに他ならない。
百江 なぎさと話をしていれば、どこかで私を監視している美樹 さやかの隙をつけるような話題も出るかもしれないし、円環の理の力を奪い返したときのことを考えれば、ここでもう一度起こるかもしれない事象を把握しておくのは悪くないことのはずだ。
湧き上がる気持ちに整理をつけ、顔をあげて百江 なぎさへ話しかける。
「あなたが私の作った世界で、私を絶望させるために暗躍していた人物でいいのかしら?」
確かめるように言うと、百江 なぎさは頷いた。
「正解なのです。私が美樹 さやかさん、佐倉 杏子さん、マミの記憶を思い出させたのですよ。聞きたいことはそれだけなのです?」
「魔法少女の記憶を取り戻させたのはあなたらしいけれど、一体いつ記憶を取り戻したの?
あなたたち魔法少女の記憶は私が心の片隅に封じ込めていたはずよ」
「それは――きっと円環の理に説明してもらうほうがいいと思うのですよ」
「円環の理……?」
突然飛び出た単語に、眉をひそめる。
円環の理とは、まどかのことを言っているのだろうか?
まさか……私が知覚できなくなっただけで、まどかに円環の理の力を貸していたということ?
以前は、まどかが油断して不意打ちをつけたから奪えたというだけの話なのだから、不意打ちをつけない今の状況で力が戻っているとしたら、力を奪うのは至難を極めることになる。
心で最悪の事態に対して考えていると、百江 なぎさが待っていたとばかりに、突然、手を叩いて一メートルほど離れた空虚の空間を指差した。
まるで、そこに何かが現れるのを待っているかのように見えるし、何かが始まろうとしているようにも見える。
悪い予感が背を駆け抜けるように走っていく。
「何を、しているの……?」
「円環の理が現れるのですよ。私とさやかさん以外はあなたの世界改変に巻き込まれてしまったのですからね、サルベージするのに苦労したのです」
百江 なぎさから流れ出た言葉と同時に、彼女はそこに居るのが当然であるかのように、忽然と現れた。
赤いリボンをした桜色の髪が、細やかに揺らめく。
見覚えのある姿でありながら、私の世界に居たまどかではあり得ない姿――魔法少女の姿をしたまどかだった。
第十一話「夢と真実」終わり