【叛逆の物語続編創作】魔法少女まどか☆マギカ窮編 慟哭の物語【完結】   作:エルアインス

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第十三話「佐倉 杏子」

 第十三話「佐倉 杏子」

 

 

 あたし――佐倉 杏子にとって、世界とはどうにもならないもので、抗いようのない濁流のようなものだ。

 荒れ狂う世界の奔流に抗おうとしても、一人の抗いなんて、大衆の前では無力に、消えていく。

 あたしの親父が、正にその体現者だ。

 聖職者だった親父は、あるとき教義にないことまで信者に説き始め、そのせいで本部や信者に追い出された。

 親父が正しいことを言っているなんて、誰から見ても明らかだったのに、誰も耳を貸そうとしない。

 それが嫌で、どうしようもなく悔しくて……正しいことをしているという自負があったから、あたしは自分ではなく人のために祈り、魔法少女になった。

 裏の世界で蔓延る悪い魔女を私が片付けて、表の世界では親父が正しいことを説く日々が始まった。

 その幸せな日々の中で、家族がにこやかに暮らしている。

 なんて素晴らしいことだろう。

 世界は、こんなにも正しいことに満ち満ちているとすら、感じられた。

 思えばあたしは、正義の味方ごっこに酔っていたのだ。

 幸せで世界が回っているとすら、錯覚していた。

 幸福な日が続いたある日、親父は私の願った祈りに気づいてしまい、全てが音を立てて崩れ始めた。

 親父は、あたしのことを人を惑わす魔女と呼んで侮蔑し……最終的には、妹と母を連れて心中していった。

 他者を救おうとする歪んだ願いが、巡り巡って身を滅ぼしてしまうこともあるということを、あたしは学んだ。

 そう思ったからこそ、あたしは全ての物事をあるがままに受け止めて、その中で望むものを手に入れることした。

 あたしはそうやって自分勝手に、自由気ままに生きてきたつもりだ。

 きっと……あたしの心は、そこで止まってしまっていたのだろう。

 これ以上、先へ心を進ませて、心に嘘をつけなくなってしまったら、私は絶望を知ることになる。

 だから、心を止めてしまった。

 でも、それは不自然なことでもあったのかもしれない。

 さやかに出会って、それを色濃く感じた。

 さやかは、他人のために願いを使ってしまった、私とまったく同じ境遇の魔法少女で……それ故に、あたしはさやかを放って置けなかったのだと思う。

 でもさやかは、最終的に私の手の届かないところまで行ってしまった。

 折角友達になれたのに、まともに遊ぶ暇も会話もなく、手のひらからするっと抜けていって。

 ほむらのソウルジェムの世界でも、あたしは、諦めてさやかを見送ることしかできなかった。

 だからだろうか、さやかもあたしの家族も居るほむらの作った世界が燦然と輝き、太陽のように思いの中で煌く。

 あたしにとって、それは魔法少女としての記憶がなくとも幸福で、失いたくないと思えるほどに、かけがえのないものだった。

 もし、もしもだ。

 世界がいつか滅びるような、どうしようもない不具合が起きるとしても、さやかの手を取れるのなら……次は手を離したくないと、世界を変えるほどまでに誰かを想うほむらを見て、少しだけそう思ってしまった。

 

 …… 

 

 ほむらがまどかを連れて、この不可思議な空間から離脱したことを確認して、あたしは口元で笑みを浮かべた。

 

「へっ、やっと行ったか」

 

 既に姿は見えないが、誰かに邪魔されないくらいには、遠くへ行っているに違いない。

 あんたたちの行き違いが、この世界を生み出したと言っても過言じゃないんだ。

 しっかりと、あんたの心に決着つけてきなよ、ほむら。

 

「杏子……あんた、なんてことしてくれたの!?」

 

 さやかの怒気と戸惑いを孕ませた声に、きゅっと口を硬く結んで、ほむらの進行した道筋を守るように立つ。

 

「なにって……見ての通りだよ」

 

 おどけるように、左手をひらひらと振る。

 

「……あんた、ほむらの味方になったの?」

「味方ってわけじゃないよ。でも、あいつのやりたいことには賛同できるから、手を貸してやった。それだけさ」

「それが世界を滅茶苦茶にすることでも……?

 まどかを連れていったのは、魔法少女から悪魔に身を移し変えたほむらなんだよ!

 あんたは自分のやったことが分かってるの!?」

「分かってるよ」

「分かってない! 

 杏子、あんたも知ってるはずだ!

 ほむらは、自分勝手に世界を改変して、まどかの願いを裏切った! 願いが裏切れらる辛さは、よく知ってるでしょ!

 ……どいて。今ならまだ、間に合うはずだから!」

 

 さやかの言葉が心の片隅に深く、抉りこむように突き刺さる。

 あたしは、祈りの願いを裏切られ、自分のためにしか願わなくなった魔法少女だ。

 願えなくなった、と言っても過言じゃない。

 他人のために尽くした祈りが奪われる辛さも、もちろん知っている。

 それでも、まどかには悪いが、あたしは今回に限ってほむらを支持させてもらう。

 大切な親友が、遠くへ行ってしまわないように。

 

「あんたの願いは聞けない。ほむらの邪魔はさせねぇ」

 

 パフォーマンスするように、槍を右手で無造作に振り回し、さやかへ槍の先端を突きつける。

 

「ここを通ろうってんなら、あたしを倒してからにしな、さやか」

「あんたとは、戦いたくないんだ。そこを通して」

「ダメだ。

 ……さやか、あんたはさ、どうしてそんなにまどかの世界に拘るのさ?」

「その質問に答えたら、あんたはそこを退くの?」

「いや、無理だね。今のあたしには、これしかできない」

 

 戦う意思を示すかのように、槍をより一層突き出し、瞳に堅牢な意志を宿す。

 さやかになんと言われようとも、あたしはここを退くつもりはない。

 それこそが、今のあたしが望む、あたしの姿だ。

 あたしの瞳を見てか、さやかの頭が垂れて、前髪で表情が窺えなくなる。

 さやか、あんたはどうする……?

 あたしたちの中で、唯一最果てまで進んでしまった円環に導かれし魔法少女になった、あんたは何を望む?

 しばらくして、さやかはぽつりと、短く言葉を紡いだ。

 

「あんたが、負ければ……そこを退くんだね」

「あたしが諦めたらな。例え今のあんたが相手でも、ただで倒れる気はない」

 

 今のあたしとさやかの実力は、あたしが抗えないほどに、さやかとの差がある。

 以前なら、あたしのほうが戦闘経験も多く、心を覆い隠して非情に徹せられた分、あたしが実力では上だっただろう。

 ただ、今のさやかは円環の理に導かれた者としての力だけでなく、繰り返した世界での戦闘経験も持っている。

 冷静に考えるなら、負けるのはこっちだろう。

 でも、それは以前のほむらにだって、言えたことでもある。

 まどかは円環の理として、決してほむらの手の届かない場所に居るはずなのに、それを、ほむらは世界の構図ごとひっくり返してしまった。

 その先に絶望があっても、諦めることなく、まどかへ向けて、今もほむらは前へ進んでいるはず。

 思考を巡らせ、さやかに悟られないように、小さく震えた息を吐く。

 ここで全てを終わらせちまったら、何もかもが失われる。そんなこと、あたしは許せない。

 魔法少女の根本的な原動力は、願いだ。

 ほむらは、その執念にも似た愛という願いを根本的に変えて、まどかを引き戻す力としていた。

 あたしにも同じことができる、なんてことは思っていない。

 それでも、あたしの今の願いは少しくらい、力になってくれるはずだ。

 時間を稼ぎながらも、さやかと話せるくらいの余裕はどうにか生まれさせられるはず。

 考えが纏まったところで、さやかが一歩前へ踏み出した。

 俯いていた顔は、あたしを真っ直ぐに貫き、戦う覚悟を決めたのだと瞳が物語っている。

 

「やっと戦う気になったか?」

「あんたがそこを意地でも退かないっていうなら、戦うしかない。あんたを倒してから、ほむらを追いかけさせてもらう」

「さやか、なぎさも手伝うのですよ?」

 

 今まであたしたちを静観していた百江 なぎさが、さやかへ話しかける。

 そういえば、あたしと同時期くらいに、この場所へ現れたはずだったマミの声がしない。目線を彷徨わせて探してみると、百江 なぎさの後方で、どこか神妙な顔つきをして、あたしを見つめていた。

 今のところ、マミはあたしに手を出すつもりはないらしい。

 あたしがほむらの味方になったという、この状況なら、いの一番にあたしへ突っかかってきそうなものだけど、どうしたのやら。

 

「いや、なぎさはそこで待ってて。これはあたしが決着つけなきゃいけない問題だから」

「まどかさんを追いかけるの、遅れますけど、よいのです?」

「……いいよ。だから、なぎさも手を出さないで」

「さやかが、そこまで言うなら構わないのです」

「ありがと、なぎさ」

 

 納得していないような顔をしながら、百江 なぎさがすごすごと引き下がる。

 さやかは、右手に持った剣を試すように一振りし、あたしへ向ける。

 

「あんたにはすぐ、そこを通してもらうから」

「やれるもんなら、やってみな」

 

 じりじりと、肌が焦げるような視線を交差させる。

 どちらが先に動くか、なんて千日手みたいに考えるまでもなく、判断は一瞬だった。

 さやかが、大地のない空間を蹴り、神速の勢いで一直線に突っ込んでくる。

 とっとと勝負を決めたいという焦りが、その行動からはっきりと読み取れた。

 あたしは、あたしの言いたいことを言うまで、終わらせる気はねぇぞ、さやか。

 心で、さやかの行動に言葉を入れつつ、手を動かす。

 突撃される前に、槍の柄を伸縮し、湾曲させて分割する。

 大蛇のようにすら見える柄を、さやかの進行方向に投げ入れ、あたし自身もさやかへ向けて動き出す。

 

「前みたいに同じ手が、通用すると思わないことだよ!」

 

 声と共に、標的へ向かっていた柄が剣に捌かれて、すべて弾き返される。

 今のさやかに、全て弾き返されることなんて、想定の範囲内だ。

 一瞬でも剣を振り切って、硬直する隙を作れれば、それでいい。

 弾き飛ばされた柄をすぐに一本の状態に戻し、さやかの剣が届かない範囲へ移動して、得物で剣を持ったさやかの右腕を鋭く突く!

 さやかは手首を細かく動かして、剣を切り返し、槍が弾かれる。

 無理な体勢から剣を振るったせいか、槍を弾いた直後に、剣はさやかの手から吹き飛ぶ。

 その隙を見逃さず、もう一度突こうとするものの、さやかは素早い判断で地面を蹴り、真後ろへ後退していた。

 張り詰めるような空気のなかで、後退したさやかが、顔に影を落とし、ぽつりと声を漏らす。

 

「ね、杏子。もう……やめない?」

「なに言ってんのさ。怖気づいたのかよ」

「あんたが、ほむらの時間稼ごうとしてるのは、分かってるんだよ。

 円環の理が、再びほむらに渡る事態になったら、また円環の理は暴走する……そうなったら、また魔女たちが再び世界に望んでいない絶望を覚えてやってくる。

 あんたも知ってるはずだよ。希望が絶望に塗り替えられる、恐さってのを」

 

 希望が絶望へと移り変わる。

 あたしは、まさにそれを身に受けた魔法少女だから、さやかの言葉に心臓を鷲づかみされたような気がした。

 辛い、哀しみを知っているのなら、それは心が学習したことで。

 さやかも希望と絶望が変わる瞬間を知っているから、こんなにも円環の理に導かれた魔法少女たちのことを、思ってしまうのだろう。

 あんたは変わらないね、さやか。

 人間以外の存在になったってのに、誰かを想い、誰かの希望を守ろうとする。

 でもそんなんじゃ、自分があまりにも救われない。

 あんなに、頑張ってたのに報われないじゃないか。

 さやか、あんたのその厚い面の皮、剥がしてやる。

 

「さやか、あんたは少し……勘違いしてるよ」

「……勘違い? 何が言いたいの」

「ほむらの時間を稼ごうとしてるのは確かさ。けどね、あたしはあたしの願いのために、ほむらを行かせて、ここで立ち塞がってんだよ」

「あんたが望む願いって、家族が生きてる世界とか……そういう世界のこと?」

「……心のどっかじゃ、望んでる。 あたしのせいで、崩壊した家族が笑顔に……笑って暮らしてんだからね」

 

 さやかは目を細めて唇を噛み、あたしを糾弾する。

 

「でも、それは不自然なことじゃない! 杏子、それは叶えちゃいけない夢想なんだ!

 一度起こった回避不可能なことを無理やり、根底から覆してしまったら、どっかで歪みが生まれる……。

 あんただって、幾らでも現れる魔女を見たででしょ。あの世界をそのまま続けていけば、いつか、魔女が世界を滅ぼすことになる。

 皆が不幸になって、誰も救われない……そんな世界を、あんたは肯定するっての!?」

 

 空気が揺さぶられるように振動し、耳に威圧感が入り込む。

 ほむらの世界を肯定するとあっては、さやかが怒るのも無理はないし、非難するつもりもない。

 だけど、あたしにも譲れないものはある!

 心に嘘をつかず、迷いなくさやかの問いに頷く。

 

「あたしは、あの世界を肯定する。

 だって、考えてもみなよ。失った人が、失ったはずの誰かと過ごす時間が……あの世界にはたくさんあんだよ?

 あたしたちが、魔法少女としての使命を負う必要のない、世界だ。

 なぁ、マミもそう思うだろ」

 

 あたしたちの言葉を、今まで会話に混ざることなく、思案しながら聞いていただろうマミに問いかける。

 マミは、ゆっくりとした動作で顔をあげるが、その顔には、苦渋に満ちた眼差しが垣間見えた。

 あんたが正義の魔法少女だとしても……、元は、あたしたちと同じ子供なんだから、いくら口で強がりを言っても、心の片隅で自分と世界を包む不条理さをマミも嘆いていたはずだ。

 

「私は……」

 

 マミは、聞きたくないとでも言うみたいに一歩、後ずさる。

 

「あんただって、ほむらの作った世界がずっと続けばいいって、思ったことないか?」

「私はッ、正義の魔法少女。人の世を乱す存在がいるのなら、それと戦うのが使命よ。

 だから、暁美さんの描く世界には賛同……できない」

「賛同できない? そりゃおかしなこと言うもんだね、マミ。

 あたしがさやかと戦うとき、あんたは、どうして手をこまねいてたんだよ?

 ほむらの世界を否定するってんなら、さやかと一緒にあたしと戦うべきだったはずだろ。

 もし、さやかに協力が否定されても、いつものあんたなら絶対にあたしと戦おうとした。

 口では、ほむらの世界を否定してる、正義の魔法少女だと言う。

 けど根本的なところで、あの世界の居心地がいいと感じて、まだあの世界に居たいと思ってる、違うか? マミ!」

「……ッ!」

 

 マミの覆い隠された心を抉り出すように、あたしは遠慮なく言葉を、真実を告げる。

 瞳は見開かれ、見たくないものに触れてしまったかのように、俯く。

 あんたは、いつも強情すぎるんだ。

 あたしたちの先輩だからって、いつも上辺を仮面で覆って、弱いところを、てんで見せようとしない。

 だから、自分の本当の気持ちさえも偽って、誰かのために動こうとする。

 際限なく他人を思い、他人のために自分を行動させ、その中で心をすり減らす。

 言動の裏側に、いつも自分の感情を隠して強がって……、それで死んだりしたら世話ないじゃないのさ。

 マミは、考え事でもしているかのように、微動だにしない。

 心の中で、何度も何度も自分に問いかけているのだろう。

 自分が本当に欲しているのは、何なのか。

 どうしたいのかを。

 あたしは、マミとの会話に一区切りついたことを確認して、険しい顔をしているさやかに、声をかける。

 

「さやか、あんたもだよ。

 ほむらを捕まえたとき、どうして手を拘束するだけで放っておいた?」

「……それ以上のことをする必要はないと思ったまでだよ」

「そんなはずはねぇだろ。今までほむらに散々、邪魔されてたんだ。安全を期すなら、意識を目覚めさせないようにすべきだ。

 あんたは甘ぇのさ。

 心のどっかで、ほむらの世界が続けばいいと思ってたから、動きが鈍る。心も鈍る」

「……どうして、そう思ったの?」

「さやかのことなら、少しは分かってるつもりだからね。

 ソウルジェムの中でも、この世界で因果が変わっても……それだけは変わらず、ずっと親友だったんだから」

 

 あたしの言葉に、さやかは緩やかに空中を見上げて、腹の底から重たく息を吐いた。

 上向いた瞳は、空間に多く点在する虹色の粒のさらに奥、自分の心を空に見ているかのようで。

 心を整理するような時間を置いて、独り言でも言うように、さやかの口が動き始める。

 

「……いつでも最初は敵対してるのに、私とあんたは、いつの間にか仲良くなってたね」

 

 さやかは、上向いていた視線を胸の辺りまであげた左手に向け、迷うようにしながら開けた左手を握り締めて、言葉を紡いだ。

 

「……杏子の言う通り、私は迷ってたのかもしれない……。

 ほむらがまどかを邪魔できる要因を残してないと、恭介とも仁美とも日常を一緒に過ごすことのできる可能性がなくなる。

 一度、絶望の淵に落ちた私が手に入れられるはずのない、穏やかで……大切な思い出に、私は縋ってたんだと思う……」

「それで、あんたはどうする?」

 

 あたしの発した言葉の意味に、さやかはようやく納得したらしく、呆れたように首を左右に振る。

 

「はぁ~……あんたも回りくどいよね。直球的に行動してるけど、行動の意図までは読みづらいっていうか、天邪鬼というか」

 

 さやかは目を瞑り、深呼吸してから、あたしを澄んだ瞳で見つめてきた。

 その瞳は青空のように青く透き通っていて、どこにも迷いが介在せず、誰かを激しく疎むような視線すら消えている。

 強がりすらない、いつもの自然なさやかが、そこに居た。

 

「ほむらの作った世界は、いつまでも居たいって感じるくらいに幸福で、楽しかった。

 できるならずっと、あの場所にいたい。

 でも、円環の理に導かれた者としての記憶が戻った今だからこそ、言えるよ。私は、絶対にあの世界を肯定しない。

 例え恭介と仁美……それに、あんたともう会えなくても、私たちが――円環の理が世界に居るだけで世の中が狂っていく……。

 ううん、ごめん、違うね。世界がどうにかなるとか、ルールが狂うとか、そんなものは繕った建前だ」

 

 さやかは思いっきり息を吸って、叫ぶ。

 

「本当は、希望を願った魔法少女たちの想いが報われないことのほうが、ずっと辛いし、許せないッ」

 

 さやかの心が灯った一言に、マミは苦悩で俯かせていた顔をあげた。

 真実にでも思い当たったかのように、マミの乾いて濁っていた瞳が潤いを取り戻していく。

 

「絶望を知ったからこそ、希望は絶対に否定させない。

 円環の理に導かれた魔法少女だからじゃなく、美樹 さやかとして、ひとりの魔法少女だった者として、希望の行くつく先が憎しみを抱く結果に再びなってしまうのなら、私はかつて心を通じた仲間が相手でも戦う。

 もう一度、絶望した魔法少女たちに希望を届けるため、絶望を絶望で終わらせないために!」

「あたしも強情だと思うけどさ、あんたも大概だよ」

「何言ってんのよ。この結果は想定してたでしょ?」

「まぁね。

 ……さやかは答えを出したよ。マミは、どうする?」

「そうね……私も後輩たちが頑張ってるんだもの。答えを出さないといけないのよね」

 

 穏やかな雰囲気で、マミは視線を動かし始める。

 さやか、あたしと見回していき、最後には隣にいるなぎさを見て、時折あたしたちに見せていたよりも優しい表情で、その頭を撫でた。

 

「マミ……?」

 

 マミは撫でていた手をそっと引っ込めて、変わりになぎさへ柔らかく微笑む。

 あたしたちの前でも、あまり見せたことのない、本当に安心しきった、本来、家族へ向けられるような親しみの込められた笑み。

 

「そんな心配そうな顔しなくても、大丈夫。

 私は、私の意志で暁美さんの世界を否定するわ」

「……あんたは、円環の理なんて自分を縛るものはなにもない、ただ希望を願った魔法少女でしかない。

 叶えた希望が、ある意味自分にとっての哀しみで、それを仕方ないって後悔してきたはずだ。

 それに、いつも思ってたはずだろ? 誰かと一緒に居たいって、誰かと繋がっていたいって」

「えぇ……そうね。

 暁美さんの作った世界は、失った大切な時間を取り戻せた。誰かと繋がっていられたし、学校で友達もできた。

 ……魔法少女だった頃なら考えられないような、心が温まることばっかりが無限に広がってたッ!

 出来ることならずっと、私もみんなと一緒に居たい!」

「なら、ずっと居ればいいだろ。

 あの世界は、ほむら自身がどんな壁にぶちあたっても、自分でなんとかするって言ってんだ。

 だから、自由に考えりゃいい。

 どんな希望が欲しいか、望むのか、あたしたちは考えて希望を叶えるために頑張れる扉の前に立ってんだからさ」

 

 声が次第に震え、抑えられなくなった怒りとも哀しみとも言える感情が先行して、自然にマミの体が震え始める。

 自分の中で蔓延る慟哭と戦うようにしながらも、迷いを振り切ろうとするマミは強固な言葉を紡ぎだした。

 

「暁美さんのやり方を認めたら、今まで願った希望が絶望になってしまう。

 私は、美樹さんが魔女になったとき……絶望して引き金を皆に放ってしまった。

 だからこそ、誰かが魔女になるなんて絶望は、もう誰にも背負わせない!

 私自身にしがらみがなくても、私の望む魔法少女として、正義の魔法少女になって私は戦う!」

 

 マミの宣言した言葉には、頭を打つような衝撃があった。

 様々な世界の記憶を手に入れ、自分が辿った絶望の意味を知ったマミは、経験を糧として強固な意志を築き上げていたらしい。

 こんなにも、マミが強くなっているなんて、てんで思わなかった。

 以前は、魔法少女が魔女になる絶望へ至れば、心を乱してしまってたってのに。

 あたしたちの中でもっとも変わり、成長を果たしたのはマミだったということか。

 魔女という絶望を見て、円環の理という希望を得る。

 あたしたち魔法少女という希望と絶望の輪廻からは考えられない、まったく逆の位置にいるからこそ、今のマミはあの世界を否定するのだろう。

 

「それがあんたの選択か」

「えぇ、あの世界に居たいっていうのは本心だけど、今の私を形作ることになった因果も、希望も……空っぽよ。

 だから、杏子の言葉には賛同できないわ」

「なに言っても、もう心は変わりようがねぇってことか」

「心に嘘をつければもっと上手く、魔法少女として人として立ち回れたんでしょうけどね、そんな器用な真似はできないもの」

「知ってるよ。あんたが不器用なのは……ね」

「そう、そうよね」

 

 会話が一息ついたことを確認して、さやかが柔らかな声を何もない空間に響かせる。

 

「で、どうするの杏子、あんたはまだ戦う?」

 

 しっかりとあたしの武器である槍を心込めて、握り締める。 

 

「やろう。

 あんたたちと同じく、あたしはあたしのため、ここにいんだから」

「そっ、どうせ止めてもやめないんだし、やろうか」

 

 威圧感のある雰囲気ではなく、どこか穏やかな雰囲気が場に満ちていく。

 

「さっきまであたしを止めようとしてたのに、どういう風の吹き回しだよ?」

「どうせ、言葉を並べても止まる気はないんでしょ。だったら、とことんまで付き合ってあげるよ。

 どうせ、ほむらとまどかもいずれ決着をつけるはず……あんたに言われてようやく分かったよ。

 きっとほむらにも、あたしには計り知れない……不安があったってことなんだろうね。だから、いつもすれ違ってた二人には、なんの邪魔も入れずに決着つけさせたいってあんたと同じく思うんだ」

「そんなこと言った覚えないけど」

「……それでいいなら構わないよ」

「はっ。マミはどうする?」

「あなたたちの決着は、あなたたちでつけなさい。

 杏子もそれを望んでるでしょう?」

「なんのことだか……」

 

 悪態をつきながらも、唇は自然に曲線を描く。

 こんな、自然に笑ったのはいつ振りだろう。

 

「いくよ、杏子」

「きな、さやか」

 

 あたしとさやかは、同時に駆け出した。

 刃が高速で交差し、どこまでも続くように軌跡が描かれていく。

 まどかが円環の理に為る前の世界では、いつも戦ってばかりだった。

 最初は、本当になんなんだこいつは、なんて思ってたけど、そうやって出会ったからこそ今があるんだろうな。

 面と向かって口に出すのはあたしの柄じゃないし、心で言わせてもらうよ。

 なぁ、さやか。

 あたしは、あんたと一緒にずっと居たかったんだ。

 ほむらの世界はあんたの言う通り、魔法少女の絶望が在る世界だ。そりゃ、あたしだって許せない。

 けど、年相応らしいことをふたりで何もしてこなかったし、何のしがらみもない世界でなら、もっと素直に色々できると思ったんだ。

 失ったはずの、親友との時間を取り戻せるとすら願ってた。

 

「……ありがとう、杏子」

 

 戦いの最中、心でも通じているのかと思うタイミングで告げられた言葉に、考えを見失う。

 歯を痛いまでに噛んで、震える体を沈めようとする。

 本当は、分かってた。

 ほむらの世界がどんな歪みを伴っているのか、どれだけ、あたしがそれを許せないか。

 でも、ほむらの世界を肯定するってことは、心に嘘をついて、前と同じ心の状態に為るってことだ。

 それじゃいけないって、教えてくれたのはあんたで、また教えられた。

 あんたは自分の中を全て出し切って、あたしに向き合ったんだ。

 その回答に嘘も偽りもあるわけがない。

まだ、ほむらとまどかが、どうなるかわからない。けれど、あたしはあんたの親友として、円環の理の希望を受け入れて、頑張るよ。

 あんたのお陰で、あたしの心はまた動きだした――。

 

 ありがとう、さやか。

 

 再び、軌跡が交差した。

 

 

 第十三話「佐倉 杏子」終わり

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