【叛逆の物語続編創作】魔法少女まどか☆マギカ窮編 慟哭の物語【完結】   作:エルアインス

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最終話「円環と煌焔」

 最終話「円環と煌焔」

 

 私の放った弾丸は、まどかに吸い込まれるように着弾し、煙をもうもうと上げた。

 頭が呆然としてしまい、煙を無意識に凝視してしまう。

 

「……」

 

 心音が高鳴って、鬱陶しいまでの鼓動が意識できるようになってくる。

 まどかに攻撃を当ててしまった。

 罪の意識が、心の中で膨れ上がる。

 感情の勢いがあったとはいえ、当てるつもりがなかったわけじゃない。それなのに、私の心は痛みを受けていた。

 それと同時に、これで終わってしまえばもうまどかと戦う必要がないとも思ってしまう。

 しかし、そう単純に物事が運ぶわけもなく、煙が突如発生した突風に吹き飛ばされて、まどかは煙の中から現れた。

 弾丸によって、まどかの潔白な服は汚れ、私がしてしまったことを突きつけてくる。

 それに、まどかが弾丸を受け止める前に告げた「ごめん……」という謝罪の言葉が、頭の中を駆け巡る。

 一体、どのことに対しての謝りなのか。

 そもそもまどかは、私に謝るようなことをしていただろうか?

 整理できない感情の奔流に流されている私に、俯いたまどかは面を上げる。

 

「ほむらちゃんの本当の気持ち……やっと聞けた気がする。ほむらちゃんが私と向き合ってくれたおかげで、やっと私の中にある気持ちに気づけたよ。

 私も、ちゃんと答える……ほむらちゃんの希望と想いに応えられるように」

 

 まどかが、私に応えようとしてくれている……それだけで、迷いを忘れて心の芯は熱くなり始める。

 いつも、まどかの本心はどこかへ押し隠されていて、それを本当に見たことは少なかった。彼女は優しすぎるから、自分でも気づいていないことがたくさんあるはずだ。

 もし、まどかが本心から私を否定すると言ってくれるのなら、私は言い訳を捨てて、まどかと真正面から向き合えると思える。

 まどかは数拍だけ息を吸うようにあけて、言葉に震える感情を乗せた。

 

「私もね、本当は……みんなと居たい。

 ママもパパもタツもさやかちゃんも杏子ちゃんもほむらちゃんもマミさんも……みんなと一緒がいい。楽しい世界で、笑いあって、なんでもない日常を幸せに過ごしたい。

 ……ほむらちゃんの前に、私の分身が現れたことあるよね?」

 

 まどかの問いかけに、頷いて肯定する。

 円環の理がまどかを失ったために起こった自身の暴走を止めるため、生まれたまどかの分身は、幾度となく目の前に現れて、私の心をかき乱した。

 あのとき私は、心が折れかかっていた。だから円環の理の力とまどかの人としての記憶を取り戻すだけなら、容易いことだったはずだ。

 それを、なぜしてこなかったのだろう?

 そんな疑問に今更ながら思考が追いつく。

 

「円環の理が作りだした私は、本物の私とは違ったけど……それでも、あれは私の一部だったって今なら思える。

 ほむらちゃんに何度も会いにいったのは、私自身が迷ってたからなんだ。

 あの世界に私が居るのも悪くないんじゃないかって、円環の理はそう思っちゃったから、それを確かめるためにほむらちゃんに会いに行ってたの。

 円環の理に居たときの私は、ずっと辛さと寂しさを押し隠してた。円環の理は私と一緒に居て、それを知っていたから、何度もほむらちゃんの前に現れて私がどうすればいいか考えてた」

 

 まどかの寂しさを伴った感情が、私を飲み込もうとする。

 私は間違ってなかった。まどかだって、本当は辛かったんだ……。 

 

「そういうことだったのね……円環の理にいるのが辛いのなら、あなたは私の世界に居ればいいじゃない!

 あなたは何も気負う必要もない、あなたはただ、幸せにみんなと暮らしてくれていればいいの。

 私が全てやる。あなたを幸せにしてみせるから!」

 

 私の荒れ狂う感情に、まどかはこれまで見たことがないくらいの、すっきりとした笑顔を浮かべた。

 私はまだあなたに何もしてあげられてないのに、どうしてそんな顔をするの……?

 あなたは辛いって言ったのに、どうして満足そうなの?

 

「ありがとう。でも、それはできないんだ。私のことを知ってくれてるほむらちゃんなら分かるでしょ?

 もし時間が巻き戻って、私が円環の理に為る前に、円環の理でいることがどんなに辛いことか、ひとりになることの辛さを知っていたとしても今の道を選ぶよ。

 私が考えられる最善は、今の私に為るしかないと思うから。

 最良だったなんて、言うつもりもない、誰かに認められるなんて思ってないけど私は、誰かに踊らされることなく、自分で最善の道を選択したって思ってる。

 私はそれを否定したくない。私の選ぶ道は、私が決める。

 それでも、もし――」

 

 まどかはすっと目を細めて悠然と左手をあげる。桜の装飾が入った弓を顕現させて左手を振り下ろし、私に向けて構えた。

 誰にも侵さない、そんな強固な意志の流れが、私を縛り付ける。

 

「――ほむらちゃんが私の前に立ちふさがるなら、私も魔法少女だった者として、魔法少女の希望を守る者として戦う。

 私のしてきたことは間違いなんかじゃないって、ほむらちゃんに証明してみせる!」

 

 一喝するような風を孕んだ声が、吹きすさぶ。

 まどかの言葉を聞きながら、私は心の中にあった荒波が、段々と静かな波に変わっていくのを感じていた。

 まどかは、私が怒るまでもなく真摯に人のこと、自分のことを考えていたのね……当然と言えば当然なのに、まどかは自分のことを考えていないって、私はそう思ってしまっていた。

 まどかでも、ひとりは辛くて寂しいってことを知ってしまったときから、彼女は嘘をついていたんじゃないか、本当は円環の理として過ごすのは嫌だったんじゃないかって……。

 でも、それはいらない心配だったということだろう。

 私が何かするまでもなく、まどかは自分の意思を持って全てを選び、私と同じく、この場で立っている。

 その認識が、心に刺さった棘を消化していく。

 まどかが私と向き合って、対等に戦ってくれるのなら、私も迷うことなく戦うとしよう。

 私とまどか、どちらが正しかったのか。どちらの想いが強いか決めるとしましょう、まどか。

 私が決意を固めたとき、まどかは、ふと柔らかく表情を崩した。

 

「ほむらちゃん、やっと笑ってくれたね」

「えっ……?」

 

 まどかの問いかけに、心が空白になる。

 笑っている?

 私が?

 

「ふふっ信じられないって顔してる。ほむらちゃん、私が見たことないくらいとびっきりの笑顔してるよ?」

 

 まどかに言われ、初めて気づく。

 私の頬は経験したことがないくらい、緩んでいることに。

 それを疑問にも思わず、心は勝手に笑顔である理由を自覚させる。

 私は……まどかの心を聞けたから、こんな憑き物が落ちたみたいに笑顔なんだ。

 たった、それだけのことで私は笑顔になれたらしい。

 私ながら、なんとも単純な意思だ。

 でも私自身、それを悪くないと思えてしまうことが清々しかった。

 きっと私たちにとっては、相手の本心を知るということが一番重要だった、ということなのだろう。

 いつも単純にすれ違ってきていたからこそ、心を通わせることに最大限の意味があったと、そう思える。

 

「ええ……そう、私はまだ笑えるのね。

 戦いましょう、まどか。世界がどうとかじゃなくて、私とあなたの想いのどちらが強いのか」

「うん……これで先送りにしてきた私たちの関係に決着をつけよう、ほむらちゃん」

 

 私とまどかは、息を合わせて、その場から縦横無尽に動きだした。

 静寂を帯びていた空間は、戦いの中で振動を浴び、喧騒を増していく。

 相手に想いを伝えるために、全力で叩き潰す――そんな感情はあれど、私たちは穏やかに戦っていた。

 私が手から弾丸を放てば、まどかは三次元軌道で回避し、そこから攻撃へ繋げてくる。

 まどかの矢を迎撃して、次はこちらのパスとでも言うように何度も、何度も繰り返す。

 決め手にかける中で、私はふと言葉を漏らした。

 

「ね、まどか」

「なに? ほむらちゃん」

 

 話をしながら、戦闘は続く。

 なんとも力が抜けそうな感覚で戦っているものだ。

 自分自身の戦いは、いつもギリギリの精神状態で余裕がないことばっかりで、そんな私なのに、こんな穏やかに戦えるなんて信じられないくらいだった。

 

「私ね、まどかの友達になれて本当によかった。

 あなたのおかげで、私にも何かができるんだって、私もみんなの役に立てるんだって思うことができた。

 辛くて、苦しいこともいっぱいあったけど、あなたを通じて掛け替えのないものをたくさん、たっくさんもらえた。

 本当に、ありがとう」

「そっか、よかった……私もね、ほむらちゃんが友達でよかった。

 ほむらちゃんのおかげで、私は命を落とさずに自分を見定めることができるようになって、私自身の個を探すことができた。

 何もできない、こんな私でも何かができるんだって……思えることができてとっても嬉しかった。ほむらちゃんからもらったものは、いっぱいだよ」

 

 口にすればたった数秒の言葉なのに、じんわりと心の中に言葉が染み込んでいく。

 その間にもまどかの攻撃は休まることなく、続いている。

 頬を掠めるようにして、矢が飛んできて、それを無茶苦茶な軌道で回避し、反撃。

 このままじゃ、どちらも止めをさせない……。

 私たちは相手へ問いかけるまでもなく、喧騒を響かせるのをやめて、直線状にふわっと立ち並んだ。

 

「次で、終わりにしましょうか。あなたの想いの強さ……私に見せて、まどか!」

「ほむらちゃんもね!」

 

 ふたりで微笑みあい、静寂に身を委ねるように息を吸って吐く。

 頭の中で燻っていた霧を取り払い、ひたすらに無へ近づける。

 思えば、ここまで来るのに相当時間をかけたものだ。

 今まで連なった想いが、昨日のことのように蘇っていく。

 

 まどかと初めて出会ったときのこと――。

 

 巴 マミのこと――。

 

 魔法少女になったときのこと――。

 

 まどかが死んでしまったときのこと――。

 

 魔女のこと――。

 

 美樹 さやかのこと――。

 

 佐倉 杏子のこと――。

 

 円環の理が生まれたときのこと――。

 

 そして、私がまどかの願いを否定してしまったこと。

 

 何もかも、今の私を形作ることになったに違いない要素ばかり。

 喜怒哀楽が、思い出にはたくさん詰まっている。

 後悔したり、悔やんだり、立ち止まることは幾度となくあったけど、今まで私の歩んできた道は決して間違いではなかった。

 その全てを、まどかにぶつける。

 そのために、私は使わないことを決めていたひとつの武器を選択した。

 左手をじっと見つめて、待つ。

 "それ"は、何事もなかったかのように現れた。

 まどかは私の持った物に気づくと、表情を綻ばせた。

 

「ほむらちゃん、その力、まだ持っててくれたんだね」

「ええ……あなたを感じられる唯一のものだったもの」

 

 円環の理に為ったまどかの能力を受け継ぐ形で、私が手に入れた。黒を基調にした、まどかの持っているものとそっくりの弓が、左手に収まっていた。

 本当なら、まどかを裏切った私は使ってはいけない類のものだろう。だから、今までこの力は封印してきた。

 今、この弓を使わなかったら、私はまた後悔を連ねることになる……後悔は全て、この瞬間に終わらせるんだ。

 右手に魔力を集中させて矢を模倣した物を具現化させ、そっと弓に重ねる。

 まどかも同じように、左手で持った弓と矢を重ねて、私へ狙いを定めていた。 

 ふたり共、弦を引いて、撃つ体制を整えていく。

 深呼吸しながら、ふたりで頃合いを見計らう。

 吹く風も、合図も何もない。

 それでも、私たちはシンクロするように息を止めて。

 

 最大限に想いを乗せて、弓を引いた。

 

 私の目は、まどかの放った矢を追いかけず、自分の放った矢を追いかける。

 黒羽を撒き散らしながら、空間を進む矢は、まどかへ一直線に飛んでいく。

 まばたきするのすら忘れて、食い入るように見つめ続ける。

 もし、まどかに本当に当たってしまったら……と後悔の感情が膨れ上がる。

 私は決着がつく瞬間に、甘さを抱いてしまった。

 左手を伸ばし、無理やり魔法を使って、矢の軌道に干渉しながら叫ぶ。 

 

「ダメッ……!」

 

 私の声を聞き入れた矢は、まどかの頬を掠める形で通り過ぎて、遥かな虹に消えていく。

 当たらなくて、よかった。

 安堵すると同時に、右肩に激痛が走った。

 ゆっくり右肩を見ると、桜色の矢が刺さって、中からじくじくとした痛みが駆け巡る。

 これは……まどかの矢だ。

 そっか、まどかは私と違って最後の最後まで、自分の想いを貫いたのね……。

 

「ほむらちゃんッ……!」

 

 私に矢が刺さったのを見てか、まどかが駆け寄ろうとしてくる。

 なんて顔してるの。

 あなたがやったのに、泣きそうな顔してるじゃない。

 最後に手を緩めてしまったのは、私のせいだっていうのに……。

 最後の最後に愛しい人を、まどかをまた傷つけることにならなくて、よかった。

 ふらっと激痛に倒れそうになる中で、まどかに、ろれつの回らない呟きを漏らす。

 

「まどかの想い……伝わった……よ」

 

 私は負けたというのに、心の底で結果に満足しながら意識を手放した。

 

 ……

 …

 

 柔らかくて暖かな感触が、私の髪をすいている。

 誰だろう……?

 いまの私に、そんなことをしてくれる人はもういないだろうに。

 頭を左右から心地よく暖めてくる、そんな感覚を受けながら、意識が覚醒した。

 

「んっ……」

 

 体中に漂う満足げな倦怠感と共に、ゆっくりと瞳を晒す。

 そこには、虹色の空間が広がっていて、未だ私が世界の終末のような場所にいるのだと理解させられる。

 視界は、なぜか水平に保たれていて、私はどこかで寝かされているようだった。

 

「起きた?」

 

 上から、まどかの包み込むような声が聞こえてきて、私は状況を把握する。

 どうやら、この心地よい感触は、まどかの膝らしい。そして髪を繊細にすいてくれているのも、まどかみたいだった。

 

「……私、負けちゃったのね」

 

 負けてしまったことに、一抹の後悔もない。

 初めて私たちが望む形で決着をつけられた。それだけで、私の中で燻っていた怒りも、後悔も、霧散した。

 言葉にすれば、話し合って戦いあっただけ。

 それだけなのに、私の心はこれまでにないくらいには、満たされていた。

 

「うん……私の勝ちだよ。ほむらちゃん」

「そっか、私、負けちゃったんだ」

 

 静寂なのに、寂しさはなくてむしろ暖かみを感じる中で、まどかは私の髪をすき続ける。

 そういえば……と、私が敗北する一手になった、まどかの矢に貫かれた右肩に意識を向ける。

 痛くないし、血が出ている気配もない。どうやら、ダークオーブが自動的に肉体的損傷を治癒したらしい。

 考えることがなくなってしまったら、次に思考が目指すのは、意識を失う前のことばかり。

 私は、なぜあのとき……まどかを傷つけてしまってはいけないと思ってしまったのだろう。

 後悔はないのに、理由だけがわからなかった。まるで枷をハメられたかのように正解へたどり着けない。

 

「……ねぇ、まどか。私はあのとき、どうしてまどかから矢を逸らしてしまったのかな。

 あのまま矢が当たっていたら、私が勝ってたかもしれないのに」

 

 まどかは、私の当てのない質問に手を止めて、切なく声を響かせた。

 

「たぶん……死のうとしてたんだと思う……」

「私が……?」

 

 まどかの言うことであっても、私はそれに頷けなかった。

 本気で、円環の理を奪おうとしていた人間が、死のうとなんてするだろうか。

 

「うん。ほむらちゃんは言ってたよね。私に間違いを犯さないためにって……それがずっと引っかかってたんだ。

 普段のほむらちゃんだったら、気づけなかったと思う。

 気持ちを真っ直ぐに伝えてくれたから、ほむらちゃんが本当に何を望んでいたのか、分かったんだよ」

「……」

 

 まどかから紡がれる言葉に、思わず聞き入る。

 私は、私自身すら気づかないうちに、何かを望んでいたの?

 まどかを救うよりも、もっと強い欲望を持っていたのだろうか。

 

「私を円環の理から引き離して幸せにしたいって気持ちと、私を裏切ってしまったって気持ちがほむらちゃんの中にあって、どっちも本当の気持ちなんだけど、私を裏切ってしまったって想いが、私を幸せにしたいって想いに隠れてたんじゃないかな。

 ほむらちゃんはいつも苦しそうな顔してて、自分のしてしまったことに罪の意識を背負いながら戦ってた。

 今回もそれは同じで、私にしてしまったことを間違いだと、後悔してしまっていた。だから、後悔を物理的に消し去るために、心のどこかで私に勝つことだけじゃなく、死のうとしてたんだと思う。

 それが、私を撃てなかった原因なんじゃないかな」

 

 まどかの言葉は、最初から知っていたかのように、心の中ですんなり染み込む。

 そっか、私は死のうとしてたから……まどかから矢を離してしまったのか。

 私が勝ってしまったら、私はまどかに殺してもらうことができなくなる。それが、迷いを生んだ原因というわけだ。

 まどかにしてしまったことを間違いだと思ってしまったのは、きっと悪いことをしていると分かっていたからなのだろう。

 情けない心だけど、納得はいった。

 

「そうね……きっとまどかの言う通り、私は死のうとしてたのでしょうね。

 死ぬなんて、全てから目を背けるような行為でも、まどかを傷つけること、裏切ることをしちゃったから……心は望んでたのかもしれないわ」

「ダメだよ……もう、死のうなんて思わないでね、ほむらちゃん」

 

 私はまどかの膝から頭を起き上がらせて、まどかを見ながら頷く。

 

「ええ、約束するわ」

「うん、約束だよ」

 

 しんみりと言葉を交わした余韻に浸っていると、遥か遠くから快活な声が届いた。

 

「まどかー!」

 

 声がした方向を見ると、美樹 さやかが走ってきていた。

 その後ろには、杏子、巴 マミ、百江 なぎさが落ち着いた雰囲気を漂わせながら、歩いてきている。

 どうやら、あっちはあっちで決着がついたらしいことを、私は杏子と美樹 さやかの顔を見て判断した。

 みんな、清々しい笑顔を自然に出している。私と同じく、本当に全ての決着をつけたのだろう。

 彼女たちも決着をつけられて、よかった。

 

「ほら、ほむらちゃん、いこっ?」

 

 まどかは美樹 さやかに手を振りながら立ち上がって、手を差し伸べてくる。

 今まで戦っていたというのに、それを微塵も感じさせない笑顔は、私を安心へ誘ってくれた。

 

「えぇ」

 

 私は迷うことなく立ち上がって、まどかの手を握り返す。

 それを満足した顔で見つめたまどかは、走りだした。

 私も少し遅れて、駆け出す。

 前を笑顔で走るまどかの姿が、私の夢で見ていた光景と幻想的に重なって、目頭が熱くなる。

 夢で、まどかは私をひとり置いて……勝手にどこかへ行ってしまった。けれど、ここにいるまどかは、私の本心を知って、それでもちゃんと私の傍に居てくれている。

 それが、なによりも嬉しかった。

 

 ……

 …

 

 杏子、美樹 さやか、巴 マミ、百江 なぎさと合流したまどかと私は、今後のことを話し始めた。

 美樹 さやかが率先して、これからの話題を振る。

 

「まどか、ほむらと戦って、何か考えでも変わったりした?」

「ううん。私は、今の私を変えることはできない。だから世界は予定通り、元に戻すよ。

 マミさんも杏子ちゃんも、それでいいよね?」

「ああ」

「依存はないわね」

 

 まどかの問いかけに、杏子も巴 マミも笑顔で頷き返す。

 

「さやかちゃんも、なぎさちゃんも、それでいいよね?」

「とーぜんなのです!」

 

 迷うことなく肯定する百江 なぎさをよそに、美樹 さやかは考え込むように目を閉じた。

 美樹 さやかの中で、どんな感情が渦巻いているのか、私には判断がつかないけれど、何処かで自分の心を納得させたように頷き、いつもと変わらない声をあげる。

 

「うん、いいよ。私も、もう大丈夫だから」

 

 私は、それを波風立てず、ただただ見守るように見つめる。

 負けてしまった私には、まどかに何も言う権利はないし、まどかの本心が聞けた今となっては、心も穏やかなものだった。

 そんな私に、杏子は気だるげな声を投げかける。

 

「なぁ、ほむら。あんた、負けたんだってな」

「その通りよ」

「その割には、すっきりとした顔してるじゃん。何かあった?」

 

 答えを出すのは簡単だ。

 まどかの心を聞いて、まどかは嘘をついていない。まどかは自分で全てを選択していたことに納得して、私の後悔もなくなった。

 それだけ伝えればいい。

 だけど私の意思に反して、口は意地悪に動く。

 

「……杏子、あなたもいい顔してるわよ。あなたこそ何かあったんじゃないの?」

「……なーに言ってんだよ。ほむらのほうこそいい顔してんじゃねーか。さっきまで死んだ魚の目みたいな面してたのによ」

 

 ふたりして、すましたように見つめあう。

 

「ふふっ」

「あははっ」

 

 均衡はすぐに崩れて、どちらともなく笑い始める。

 それを見て、美樹 さやかは呆れたと言わんばかりに肩をすくめた。

 

「あんたたち……ちょっと雰囲気変わりすぎじゃない?」

「そおかー? こんなもんだよ」

「えぇ、こんなものだったわ」

 

 しれっとした顔で応える私たちに、美樹 さやかはため息をつき、まどかと巴 マミは笑顔を浮かべていた。

 今まで私たちが六人揃って体験したことのないくらい、暖かな空間がここには広がっている。

 まどかが再び口を開こうとした、その時だ。

 まるで世界に息吹が灯ったかのように、肌をやんわり撫でる風が吹き始める。

 

「世界の再構築が進んできたみたい。もうそろそろ、この場所から離れなくちゃならないみたいだね」

「そうみたいだね」

「そろそろお別れなのです……」

 

 まどかが誰にともなく呟いた言葉に、美樹 さやかと百江 なぎさが返事をする。

 風が吹き始めたのは、世界を構成する要素がこの空間に入り込んできているからなのだろう。

 どこからか反響しているのか、人々の喧騒すら聞こえ始めている。あまり時間は残されていないらしい。

 

「もう、この時間もおしまいなのね……みんなで久しぶりに集まれたのに」

 

 巴 マミが、寂しそうに口元を結んで俯く。

 それを見て、百江 なぎさは巴 マミの手をそっと握った。

 

「ベベ……?」

「私はマミに出会えて本当に楽しかったのです!

 あなたから、人と居る楽しさを教えてもらえて、美味しいものもいっぱい食べられました!

 ありがとうなのです、マミ」

「私もあなたからたくさんのものをもらったわ。たった数ヶ月の間だけど、本当の家族がもう一度できたみたいで、楽しかった……。

 私のほうこそ、ありがとう、ベベ」

 

 そう言って、巴 マミは肩膝をついて百江 なぎさを抱擁する。

 それは百江 なぎさが円環の理に帰ってしまうという、哀しさを感じる抱擁ではなく、これまでの出来事に感謝する、嬉しさが詰まった抱擁に見えた。

 巴 マミも……私たちと同じく、このままではもう一度できた家族と会えなくなる、そんな辛い選択に立たされていたのだろう。

 それでも正義の魔法少女として、信念を貫く彼女の強さは凄いものだと素直に思えた。

 

「……よかったじゃん、マミ」

 

 杏子からマミへ、優しげに投げかけられた消え入りそうな言葉が、耳に入り込んだ。

 聞こえてしまったのは、私の心の中だけで覚えておくことにしよう。

 澄んだ顔で巴 マミを見据える杏子を見て、そう思った。

 

 ……

 …

 

 巴 マミが、百江 なぎさを抱擁から開放した頃には、この世界もうつろい創めていた。

 虹色に瞬いていた空間は、白く歪み、存在を保てないようになっているようで、再び世界が始まるという予感を私に与える。

 

「お別れだね、杏子」

 

 誰ともなく、口を開いたのは美樹 さやかだった。

 杏子と美樹 さやかは真横に並んで、少しずつ軽口を紡いでいく。

 

「あぁ、そうみたいだね」

「元の世界に戻っても、元気にやんなよ」

「あんたに言われるまでもなく、分かってるよ。戻ったらやりたいこともあるからさ」

「やりたいこと……?

 まーた何か企んでるんじゃないでしょうねー」

「それは、また会ってから教える」

「……そっか。それなら、また会える日を楽しみに待ってるよ」

 

 言葉が途切れたのを確認して、まどかは美樹 さやかに話しかける。

 

「話も終わったみたいだね……いこうか、さやかちゃん、なぎさちゃん――ほむらちゃん」

「……私も行っていいの、まどか」

 

 まどかに名前が呼ばれたことに、目を見開いて、戸惑う。

 私は世界とみんなを引っ張りまわした存在だというのに、まどかはまだ私を円環の理へ置いてくれるのだろうか。

 

「当然だよ。ね? さやかちゃん」

「まー、まどかが決めたならいいんじゃない? ほむらもこれ以上何かする気もないだろうし、それに――」

「それに? なんだよ、さやか」

「別に杏子は気にしなくていいよ。でもそうだね、私から言えることは、きっと杏子もマミさんも殆ど魔法少女にならなくていいようになると思うよ」

「えっ……?」

「なんだそりゃ?」

 

 巴 マミと杏子は素っ頓狂な声をあげる。

 当然のことながら、私も、驚いた。

 元の世界に戻った場合、待っているのは魔獣との戦いだけだ。魔法少女にならなくて済むというのは、魔獣と戦わなくていいということを現している。

 一体、どんな魔法を使えばそんなことになるというの?

 

「私にも話しが見えないのだけど……」

「まっ、ほむらも杏子もマミさんも、あとで分かると思うよ。もう本当に時間がないから……さ」

「では、私がお先に失礼するのです」

 

 百江 なぎさが上へ吸い込まれるみたいに、ふわりと浮き始める。

 真上では、桜色の門が大きな口を開けて、百江 なぎさを待っている。

 どうやらあの先が、円環の理へ続く空間の歪みのようだ。

 周りがさらに白く染まり始めて、幻想的にすら思える光景が広がりだす。

 百江 なぎさが浮上しながら、小さな手をひらひらと巴 マミに振る。

 別れの言葉はもう交わしたのだろう。

 巴 マミは何も言わず、ただ手を振りかえした。

 百江 なぎさが門へ入ると同時に、次は美樹 さやかが「さて」と言いながら、門へ吸い込まれる。世界を包む白さは、もはや限界に達しているようだった。

 自分がどこに立っているのかすらも、曖昧になってくる。

 桜色の門に近づく最中、美樹 さやかは巴 マミに叫んだ。

 

「マミさん! ずっと言えなかったけど、私もマミさんとまた少しでも過ごせて、後輩として嬉しかったです!」

「私も、美樹さんみたいな後輩ができて嬉しかったわ。あなたはあなたで頑張ってね」

「はい! マミさんも!」

 

 巴 マミに別れを告げて、美樹 さやかは杏子に顔を向けた。

 ふたりとも、何も言わず穏やかな顔で見つめあい、桜色の門に吸い込まれる直前に一言だけを交わす。

 

「じゃあね」

「またな」

 

 言霊は反響するように広がり、世界がさらにうつろい始める。

 突風が吹き溢れて、視界が段々と狭まっていく。

 世界の始まりが、すぐそこに迫ってきていた。

 

「私たちも行こう、ほむらちゃん」

 

 差し伸べられるまどかの手を、自然に握る。

 すると、体が羽にでもなったように身軽になり、浮き始めた。

 驚く私にまどかは口元を緩めてから、杏子と巴 マミに別れの言葉を元気よく送る。

 

「マミさん、杏子ちゃん、短い間だったけど一緒に過ごせて、とっても嬉しかった。

 私はみんなから色々なものをもらって、ここに立っていられる。

 いつか私は円環の理として、ふたりを迎えにこないといけない。そのときに、魔法少女として私たちみたいに悔いを残さないようにしてね」

「……ええ、分かっているわ。鹿目さん、元気でね」

「元気にやんなよ、まどか」

「マミさんも杏子ちゃんも元気で!」

 

 まどかが、ふたりに別れを告げられてよかった。

 そう思っていると、杏子が一歩だけ前にでて突風の中に声を混ぜ込む。

 

「ほむら! あんたはこれでよかったのか! あんたの後悔はなくなったのか!」

 

 杏子の問いかけは、私を案じてのものだった。

 まどかを再び円環の理にしてよかったのか、まどかとの後悔はなくなったのか。杏子はそう言っている。

 まだ少しだけ、まどかのことを考えていると心は痛む。

 でも私は――。

 

「もう何も後悔なんてないって、私ははっきり言える。これでよかったかのかは、正直わからない。これからも悩み続けると思う。それでも、私がまどかに依存せず決めた道は、決して後悔しない。

 ずっと歩み続けていける。

 ……今まで足踏みをしていた私を押してくれたのは杏子、あなたよね、これで最後になるかもしれないから言うわ。

 ありがとう、杏子」

「あんたからのお礼なんて、背中がむず痒くなっちまうよ」

「えぇ、私らしくないことを言ったわ、忘れてちょうだい」

「またあんたと会える日までは、覚えとくよ」

「……そう」

「暁美さん、私には何もないのかしら?」

 

 杏子と話し終えた私に、巴 マミが言う。

 いつも私の先輩でいて、心は弱くても芯に確かなものを持っていた巴 マミに言うこと……。

 しょうがない。心の中で納得できる曖昧な理由をつけ、今だけは後輩だった頃の私として、マミさんに精一杯の言葉をぶつけることにした。

 

「私は……マミさんの後輩でよかったと思ってます。

 あなたの弱さに辟易したこともあったけど、その中にある、あなたの強さに私は羨みを抱いてました。

 辛いこともたくさんあったのに、マミさんは最後まで魔法少女としての自分を貫き続けた。

 後輩として、魔法少女だった者として、マミさんを誇りに思います」

「そう言ってくれると私も嬉しいわ。

 あなたたちの先輩として何かできたことがあったんじゃないかっていつも思ってたけど、最後に暁美さんの心を聞けてよかった。

 ばいばい、暁美さん」

「さようならマミさん……また」

「ええ、遠くない未来にね」

 

 一気に喋り終えた私は、深い吐息をついた。疲れたとかではなく、単純に気持ちを出し切ってしまったせいだ。

 これで、私がやり終えたことはないだろう。

 こうして、私が巻き起こした事象は抱いた愛しい想いと共に帰結して、新たな世界に息吹が灯った。

 

 ……

 …

 

 街中の喧騒が静まり返る時間に、私は最後の一匹を紫色の矢で撃ちぬいた。

 

「ふぅ……これで、近辺に出現した魔獣はあらかた掃討し終えたわね。そっちは?」

 

 魔獣との戦闘で乱れた髪をかきあげて、この半年間、共に戦ってきた相棒に振り向く。

 相棒も、戦っていた魔獣を得意の獲物である剣で処理して、私に振り返った。

 魔獣の気配を探るように耳を澄ませて、相棒はまぶたを閉じる。

 

「うん、近くには、もう気配を感じられないね……あとは、私たちでなんとかなりそうだよ、ほむら」

「そう……私は行ってもいいのね……」

 

 呟いた言葉に、心が弾んで唇が緩みそうになるけど、硬く結ぶ。

 まだ、浮かれるには早い。

 しかし、ここ半年で軟化した心では抑えきれなかったらしい。

 冗談でも言うように、両手を首の後ろで組みながら、相棒のさやかは私に近づいてくる。、

 

「あーあ、そんなに嬉しそうな顔しちゃって、相棒として寂しいよ」

 

 冗談と本気が入り混じった言葉に笑いながら、私は答えた。

 以前とはまったく違う距離感で、私とさやかは会話をし続ける。

 

「あなたは間違いなく、私の相棒よ。あなた以外の人は考えられないくらいにね」

「そっか、そりゃ嬉しいね。

 最近、やっとあんたの言うことも冗談か本気かわかるようになってきたよ。最初の頃はあんなに無愛想だったのにね。いつの頃からか、悪魔みたいな姿じゃなくて、いつもの服装に戻ってるし」

「昔の話よ。今は、今の私だわ」

 

 穏やかにそう言いながら、私はこの半年間にあった出来事を思い出していた。

 世界が再構築されたあと、まどかは私にお願いをしてきたのだ。

 どうやら私たちがいざこざを繰り返している間に、キュウべぇは地球から逃げ出していたらしく、魔獣や人の世に巣くう膿を処理できる者がこのままではいなくなってしまう。

 だから、私に現世で魔法少女の代わりに魔獣を退治してきて欲しいというのがまどかの願いだった。

 私は円環の理にも導かれておらず、円環の理の力を失った今でも変化したダークオーブが私の強さを支えており、世界を守る役目にピッタリだったらしい。

 その願いに私が頷いたのは半年ほど前のことで、それから美樹 さやかが私のお目付け役という理由で補佐についたり、まどかと再会するのに条件があったりで、今に至る。

 さやかは、円環の理に導かれた者として概念という制約はあるものの、私という器があるから現在に長く留まっていられるらしい。

 さやかとも、半年の間で仲良くなれたみたいで、今では軽口をたたきあうぐらいの仲にはなっている。

 

「さっ、今日はやっと円環の理とこの世界が繋がる七夕なんだから、まどかに会いにいきなよ」

「えぇ、そうね……」

「まどかに会いにいけるってのに、あんまり乗り気じゃないー?」

「いえ、そんなことないわ。むしろ早く会いたいけど、あなただけで大丈夫?」

「あんたね……私の強さはこの半年でじゅうーっぶんに分かったと思うけど……?」

「いらない心配だったみたいね。あなたは私の相棒だもの」

「そんな恥ずかしい台詞をさらっと言うなっつーの! もう早くいきなよ。私のほうはこれから手伝いにきてもらうし、こっちはまったく心配しなくていいから」

「……私をまどかのところに行かせてもいいの? また円環の理を奪おうとするかもしれないわよ」

 

 さやかは、私の感情を込めた言葉に、しばらく言葉を失い、それから吹き出した。

 

「あっあははっ。大丈夫だよ、あんたはもうまどかに依存してない……誰かのためじゃなく、自分であんたは歩く道を決められる。この半年でそれがよく分かったからさ、それでも、もし――」

「もし?」

「――あんたがまた円環の理を奪おうとするなら、私とまどかが全力で止めるから。今度は一緒に戦ってきた相棒としてね

 だから安心して行ってきなよ」

 

 清々しいまでの笑顔で、さやかは私に剣を突き立てた。

 戦ってまで、止めると言ってくれたさやかの心に、私の心が静かな安心を覚える。

 私をここまで信頼してくれているとは、思わなかっただけに、嬉しい言葉だった。

 

「それじゃあ、そのときはお願いするわね」

「はいはい。早く行ってきなよ。織姫と彦星は一緒に居られるのが一日だけなんだからね」

「そうね、あとは任せたわ」

 

 そう言って、私は飛び上がり、星々の瞬く夜空に現れていた桜色の門を通った。 

 

 ……

 …

 

「はー、あれが天の川か」

「そうよ、織姫と彦星が会うためのものでもあるわね」

 

 あたしの何気ない呟きに、マミが返答する。

 呟くマミの横顔は、以前のように重荷を背負っておらず朗らかだ。

 魔法少女として行動する機会が激減がしたことや、マミ自体もほむらが引き起こした事件で魔法少女のあり方を再び考えることになったらしく、前より柔和な態度を取ることが多くなっていた。

 友達ができたことも大きいんだろうけど。

 

「まどかが彦星で、ほむらは織姫ってところか」

「私もそれには賛成ね……ふたりとも、今頃は会ってるのかしらね」

「そうだろうさ、にしても、さやかはいつ来やがるんだ。勝手に人を呼び出しといて」

「あら、早く会いたいの?」

「そういうわけじゃないけどさ……半年間音沙汰なかったのに、勝手に連絡寄越してきて、魔獣を退治するから丘の上にある花畑に集合って無茶苦茶だろ……」

「そうねぇ、私は明日があるから早めに寝たいところなのよね」

「明日って……高校か」

「ええ、そうよ」

 

 ほむらの事件が終わってから、半年であたしたちの間では様々なことが発生していた。

 具体的には、魔獣を私たちが狩る必要がなくなったり、マミが中学校を卒業し高校に入学したり、私が中学校に入学したりということになる。

 世界が新しくなった際に、あたしたちは以前からの記憶を引き継いで生活をしていた。

 あるとき近辺に現れた魔獣を狩ろうとしたら、煌く焔が空中に軌跡を描き、魔獣を消し去るという不可思議な事態に遭遇したことが魔法少女に変身しなくなった始まりだ。

 その軌跡は幻のように煌き、焔のように走る、そんな幻想的なもの。

 マミにその現象を報告したら、どうやら既に知っていたらしく、その現象を煌焔(こうえん)の理というらしいことを教えられた。 

 なんでも、魔獣が現れたところに人知れず現れて、戦ってくれている存在らしい。

 このとき私はようやく、さやかが別れのときに言っていた、あたしたちが変身するが必要なくなるということの真意なのだと理解した。

 それからは戦いもなく、穏やかなもので、あたしは中学校に書類を偽装して入学し、志筑 仁美や、上条 恭介と知り合い、これまでに体験しえなかった学校生活というものを今も謳歌している。

 マミも、今年の二月に見滝原中学校を卒業してから地元の高校に入学した。高校に入ってからは中学校の頃とは打って変わって、社交的に友人を作っているらしい。

 マミの中でも魔法少女としてのあり方が魔獣を退治する必要がなくなったことで変化したのだと思う。それでも時折訓練したりして、緊急時に備えているあたりは、あたしには真似できそうもない。

 高校に入学する過程で、体の成長とか、諸々の問題があたしたち魔法少女にはあったのだが、どうやら、体に一定の魔力を注ぎ込むと体が成長するようにソウルジェムが変化したらしく、あたしたちが円環の理に導かれるまでの間の日常生活をサポートしてくれるらしい。

 魔法少女として戦わなくなったためか、ソウルジェムが濁ることも殆どなく、元よりソウルジェムをの穢れを浄化していたキュウべぇがあたしたちの前から姿を消していたのだから、そう何度も変身することになると困るわけで。

 あたしたちを戦わせないようにしたり、ソウルジェムの性質を変化させるなんてことができるのは、円環の理くらいしかいない。これについてはまどかに感謝しないといけないだろう。

 

「ふわぁ……」

「あら、眠い?」

「いいや……待ちくたびれてるだけ」

 

 そう口にした直後、あたしの隣に何かが夜風をきりながら降り立った。

 

「よっと、杏子、マミさん遅れてごめん!」

 

 半年振りに聞く、快活な声にあたしは振り向く。

 そこには半年前となんら変わらない、あたしの友人であるさやかが居た。

 

「ちょっと時間過ぎてんじゃない? さやか」

「久しぶりね、美樹さん」

 

 さやかはジェスチャーするように手を口の当たりにあてて、ごめんという仕草を取る。

 

「いや、ごめんごめん。ちょっと準備に手間取っちゃってさ」

「準備?」

「うん、出ておいで」

 

 さやかの影から、小さくひょっこりとした人間が現れた。 

 

「はいなのです」

「……」

 

 マミは現れた人物に、驚きを隠せず口を開ける。

 

「久しぶりなのですよ、マミ」

「べべッ!」

 

 突然の登場に感極まったらしく、マミはベベに走り抱きしめた。

 その光景を暖かく見守っていると、さやかが私に話しかけてくる。

 

「あんたは私に抱きついてこないの?」

「そんなことしなくても、あたしは大丈夫だから」

「仁美と友達になったから少しは変わったかもって思ったけど、まだ私には少し冷たいんじゃない?」

「なんでそれを知ってんだ!?」

「まっここ半年はずっとこの近くにいたからね。見に行く余裕もあったんだよ」

「……それなのに、どうして今まで連絡寄越さなかったんだよ」

「それは、円環の理の制約でね。円環の理のいる次元と杏子たちのいる次元は少しだけズレたところにあって、普段は話しかけようとしても話しかけられないみたいなんだよ。

 七夕の天の川が出る日にだけ、どうやら円環の理とこの世界が一番近づくらしいんだ」

「……それでも、連絡ぐらいしなよ。突然魔法少女にならなくてよくなったり、こっちだって苦労したんだから」

「ごめんね、どうにもそれ以外の日にはよっぽど力を使って干渉しないといけないらしくて、また世界のバランスを崩すわけにもいかないから見てるだけしかできなかったんだ」

「そういう説明は別れる前に行ってくれれば、よかったのにさ」

「あんときは、本当に時間がなかったり、これからのことはまどかが一番知ってたからね。私が勝手に言うわけにもいかなくてさ」

「そうかい……で、あたしたちを呼んだのには理由があるんだろ?」

 

 あたしの問いかけに、さやかは今まで綻ばせていた口元を結び、真面目さを表層に浮かべた。

 マミは、なぎさとの抱擁を中断して、さやかに向き直る。

 

「連絡した通り、今日はほむらがまどかのところに帰る日なんだけど、七夕っていうのは人々の色々なところから膿が出る日でもあってさ、魔獣がよく出るんだ。だから、杏子とマミさんに手伝ってもらおうと思って呼んだんだ」

「そうなのです、今もここから東に一キロ行ったところに魔獣が現れているのです!」

「あら、それは魔法少女として見過ごせないわね」

 

 マミは意気揚々として、瞬時に変身を完了させる。

 久しぶりに魔法少女として、正義の味方として居られることに少しばかり心が躍っているようだった。と思っているあたしも、久しぶりに魔法少女として、さやかたちと暴れられることに嬉しさを感じていた。

 こんな風に嬉しさを感じ、魔法少女になるときがくるなんて、もうないかと思ってたのにな。

 ソウルジェムからの魔力で、あたしの全身が覆われて、赤い装束を身に纏う。

 さやかは満足したように頷いて、声をあげる。

 

「さって、それじゃあ休んでる暇もないから、行こうか!」

「ああ」

「ええ」

「はいなのです!」

 

 こうして、あたしたちは魔獣退治のために夜の闇に溶け込んだ。

 

 ……

 …

 

 桜色の門をくぐると、そこは一畳半程度の簡素な洋式のリビングだった。

 

「え……?」

「あ、おかえり。ほむらちゃん、そろそろ来る時間だと思って準備してたんだ」

「えっと、ここは……? それにその格好は?」

 

 門をくぐった先が生活臭の溢れるリビングだったことにも驚きだけど、もっと驚くべきはまどかの格好だった。

 

「私たちが話すなら、この格好かなって思って用意したんだ」

 

 まどかは着ている服を少しだけ見せるように持ち上げる。

 着ているのは、細部から何から何まで、見滝原中学校の制服そのものだった。

 久しぶりに見るまどかのその姿は、以前となんら変わりないように見える。

 

「……そうね……私たちにはそのほうがらしいかもしれないわね」

「はい、これほむらちゃんの分。着替えたら、いっぱいお話しようね」

 

 まどかの朱に染まった笑顔の提案に、私は精一杯、微笑みながら頷く。

 

「うん、まどかにいっぱい話したいことがあるわ」

「私もだよ、ほむらちゃん」

 

 それから私は、見滝原中学校の制服に着替えて、たくさんのお菓子や紅茶が置いてある机の前に座り、まどかとたくさんのことを話し始めた。

 

 私はこれからも意思がある限り、迷い続けるだろう。

 それでも今までのように後ろを向いたり、ひとりで悩んだりはしないと思う。

 私たちは、一緒に前へ進める。

 足踏みすることなく、後悔することなく未来へ歩き続ける。

 ここにある未来の希望は、私たちが掴み取ったものだから……それを忘れたりしない、覚えてる。

  

 END

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