【叛逆の物語続編創作】魔法少女まどか☆マギカ窮編 慟哭の物語【完結】 作:エルアインス
第四話「巴 マミ」
ロールした巻髪が夕暮れに彩られ、明るく照らされる。
柔和に微笑む優しい姿は、私の知る巴 マミそのままで懐かしさに胸がいっぱいになる。
ただ、この世界の巴 マミとしてはあり得ない姿をしていることで、私は心を澄まさないといけなくなった。
インキュベーターと契約した者のみが成ることのできる魔法少女の姿をしていたからだ。
昨晩のまどかと同じようなものなのだろうか。
あのとき、私は逃げてしまったけれど今度は逃げてしまうわけにはいかない。
巴 マミがこの世界を秩序を乱すように魔法少女の姿をして現れたことは、なにかしら意味のあることだと思うから。
あり得ない姿をした彼女を注意深く観察しながら口を開く。
「なぜ魔法少女の姿をしているの……あなたは」
魔法少女なんてものは、この世界に私と美樹 さやかしか存在してはいけないはずなのに、巴 マミが魔法少女として眼前に存在している。
自分は夢、幻ではないと証明するように巴 マミは、平然とした顔で答えた。
「あら、私が魔法少女であることがそんなにおかしい?」
魔法少女なんてもう増えないように――まどかがこの世界で魔法少女にならないため、インキュベーターをあそこまで痛めつけたのだから、おかしいに決まっている。
それなのに、魔法少女が出現してしまったらやってきたことの意味がなくなってしまう。
私のエゴでインキュベーターを痛めつけた部分もあるものの、一番はまどかとインキュベーターを接触させないためだった。
それは実現したはずで、インキュベーターは二度と人間に手を出さないと諦めたはず。
「えぇ、魔法少女なんて概念は既にないも同然の代物よ。それなのに、あなたは魔法少女の姿をして私の目の前に現れた。
魔女も、魔法少女も私を惑わすように現れる――それも美樹 さやかの差し金?」
私が想像した、この事象の中央に居る人物を探るように言う。
もし、ここで誰がこの状況を作りだしているのかわかれば、対処することはいくらでもできる。
美樹 さやかが事象の首謀者だとしたら、力で記憶を完全に消してしまえばいい。
いくら美樹 さやかに円環の理との繋がりがあっても、私の奪った力には対抗できない。
まどかの生み出した希望と絶望の力は、それほどまでに強力なものだ。
強力な力を手に入れてしまったからこそ、まどかは独り、私の手の届かないところに行ってしまった。
巴 マミは手に持ったティーカップを手品のように手を交差させてしまい、どこからともなく現れたマスケット銃を右手で突き出した。
「美樹さんのことはよくわからないけれど、その質問に答える義務があると思う?」
「あくまで答えないつもりみたいね……それはなんのつもりかしら?」
夕暮れが照らし、揺らめくマスケット銃の奥で、巴 マミが鋭い視線を送り、私を射抜いてくる。
強固な意志が感じられる視線に負けじと、貫くように目線を巴 マミに合わせる。
通りぬけるように吹き抜ける風が、私たちの髪をはためく。
風で煽られても心臓を捉え、突き出された銃口を逸らす気配はない。
「魔女と呼ばれる災厄から、世界を救うために私はあなたの前にやってきたのよ」
「世界を救う……? 何を言っているの、この世界は現在も幸せな世界のままよ。
救うほどの危険すらも起きていないわ。これから起こすつもりもない」
そうなるように、私がしている。
まどかも、みんなも幸せに暮らせるこの世界のどこに世界を救うため、動かなければならないほどの危機があるというのだろう。
魔女が現れたことだって、きっと私の心を打ち砕くための策謀なんでしょう。
「さっきの魔女という存在は、世界を危険に晒す災厄でしょう? あなたはよく知っているはずよ、暁美さん」
確証のない、問いかける一言に私は巴 マミが全てを思い出したわけではないことを理解した。
魔女を知っている巴 マミが復活したならば、こんな不明瞭な言い方はしない。
彼女はどこまでも純粋で、繊細で、一度信じたことには何を置いても譲らないような頑固な人間だった。
それ故に残酷な真実を突きつけられて、壊れてしまった巴 マミを私は何回も見てきた。
だから、いつでも真実を伝えるのは心が刺されるように痛かった、辛かった。
「魔女が危険な存在なのは確かよ……でも、あなたはなぜそれを知っているの。
この世界で魔女を知っているのは私だけ。その口ぶりからして、私たちのしてきた戦いを思いだしたわけではないのでしょう?」
「魔女というのは知らなかったけど、魔獣との戦いなら思いだしたわよ。
暁美さんが、いつか私たちを導くはずの円環の理の力を奪ったことも、同じように」
巴 マミが思いだしたのは、どうやらまどかが改変した世界の記憶らしい。
魔法少女として魔女と戦っていた頃の悲しい記憶は、未だ忘れているようだ。
今は関係ないとしても、そのほうが彼女にとってはいいのかもしれない。
「魔獣との記憶ね……で、いい加減この銃口を下ろしてくれると助かるのだけど」
先ほどから、銀銃の銃口は心臓から揺るがない。
いい加減、この圧迫感にも等しい緊張感から解放して欲しいところだ。
「下ろしてもいいけど、条件があるわ」
「言ってみなさい」
「あなたが円環の理から奪った力を元の持ち主に返すことよ」
発せられた言葉に、私は拳を力強く握った。
力を返すことは、この世界の瓦解を意味している。
それは、世界の主導権が再びまどかに移ってしまうことを意味していた。
もし、まどかが力を取り戻せば、また私の手の届かない遠いところへ行ってしまう。
そんなこと許されないし、力を奪ってしまった私に今更、引き返すなんて文字は存在しない。
「許可できると思う?」
「このまま本来の持ち主にその力を返さなければ、いつか魔女がこの世界を食いつぶすことになるのよ、それでもいいの?」
「どういうこと」
問い詰めるような口調で言う。
なぜ私がまどかに力を返さないと魔女がこの世界を食いつぶすのか。
魔女の発生も、私の心を折ろうとしている人間が仕組んだことだと仮定していた私には、理解ができなかった。
「……暁美さんは言っていたわね、円環の理は私たちのソウルジェムを魔女になる前に浄化してくれる存在だって。
浄化されたとしても、魔女はそのまま消えるわけじゃない。円環の理と一緒に存在しているのよ。
円環の理は制御されるべき中枢がなくなったことで暴走を始めて、制御しきれなくなった魔女がこの世界に溢れてきている。さっきの魔女が現れたのも、そのせいよ」
巴 マミから語られた魔女の出現理由は、私の心にナイフを突き刺したようなものだった。
背筋が悪寒に震えて、思わず背中を丸めかける。
信じる必要のない、他人から聞かされた言葉なのに真実であるかのように心が冷え切る。
巴 マミは騙されることはあっても、決して嘘のつくことがない人間だと私は知っていたからそれが後押しをしていた。
目の前に一筋の闇が落とされて、それが視界に広がっていく感覚が全身を駆け巡る。
私がまどかの力を奪ったから、魔女が復活してそれが世界に蔓延する。
救われない。
まどかの幸せを作ろうとした世界でも、彼女は幸せになれないの……?
どこまでも、世界は私たちに優しくない。
誰かが幸せになれば、その分、膿をたくさん放出する。
それが義務であるかのように。
今、巴 マミの前で弱気な姿を見せてはいけない。
まどかの力を返して、と巴 マミは言っていた。
そんなことをしてしまったら、まどかの手を離したことと何一つ変わらない。
考えるのはあとからでもいい。
今は、まどかの手を離さないことが一番だ。
弱い心を隠すように、私は巴 マミに余裕の笑みを浮かべる。こうでもしないと足元から崩れかけてしまいそうだった。
「そんなことを言われて、私が頷くとでも?
魔女が恐いなら、私がまどかと一緒に守ってあげるわよ。あなたたちの希望は私が守ってあげる」
巴 マミが一度目を瞑り、それからうっすらと決意をしたように瞳を開ける。
「そう、やっぱり強情なのね。倒してでも、円環の理の力を返してもらうわよ!」
来る!
私は右斜め前に前転し、マスケット銃の銃口から身を逸らす。
直後に、後方から乾いた音が聞こえて、マスケット銃が発射されたことを意味していた。
巴 マミの足を引っ掛けるため、前転したあとすぐに左足で払う。
しかし、それを予想していたかのように巴 マミは上空へ姿を移し、街頭へ着地した。
私の中の世界――ソウルジェムの中で戦った時もこんな状況だった。
あのときの巴 マミに私は、二手先を読まれて負けた。
でも今の私にはまどかの力があり、絶対に負けられない理由もある。
円環の理の力をここで奪われてしまったら、まどかの幸せも何もかもがなくなってしまう。
だから、ここで負けるわけにはいかない。
「いくわよ、暁美さん」
「……」
私たちは睨み合いながら、同タイミングで体を空中に躍らせた。
第四話「巴 マミ」終わり