【叛逆の物語続編創作】魔法少女まどか☆マギカ窮編 慟哭の物語【完結】 作:エルアインス
第五話「マミの決意」
戦域を移動しながら、私と巴 マミは戦いを継続していた。
人通りのない裏路地で、マスケット銃から発射される弾を紙一重で回避していく。
雨のように前方から撃たれる弾丸を避けるのだけで、精一杯な状況だ。
私が追いかけて、巴 マミが引きながら近づくのを妨害してくる。
魔法少女の姿にさえなれれば、勝てるのに巴 マミはそれを許さない。
変身する僅かな時間でさえも与えない。
私が魔法少女になってしまえば、一瞬で勝負が決まるということを理解しているからなのだろう。
ソウルジェムの中で戦ったときと違って、今の私は時間停止を必要としない。
変身さえできれば、まどかの力を伴った圧倒的な力を持って巴 マミを制圧することができるというのに……。
このままいけば、勝負のつかないまま戦闘が漫然と進んでいくことになってしまう。
「いつまでこの状態を続けるつもり?」
頭を狙った弾を屈んで回避する。
殺すつもりのような弾丸だけど、私なら避けられる位置に放っているようで、殺すつもりはないようだった。
「あなたが私の弾に当たるまでよ。私の集中力か、暁美さんの集中力、どっちが先に尽きるか、時間はいくらでもあるでしょう?」
やっぱり、私を降参させようとしている。
力を奪うと言ったものの、あくまで殺したいわけではなく、戦闘をしながらも被害が最小限で済む方向性を探っているらしい。
巴 マミ、あなたはやっぱりどこまでも優しくて、甘いわ。
何かがあれば壊れてしまう心の持ち主でありながら、魔女との戦いをやめない矛盾ある気高い強さを持っている。
だから、弱いところを狙わせてもらう。
あなたには、もう一度絶望を知ってもらうわ。
そうすれば、繊細な心を持つあなたはきっとこの世界での幸せを選ぶはずだから……。
「私から円環の理の力を奪って、あなたはどうするつもり?」
いくらでも手品のように現れるマスケット銃の銃口を見て、体を逸らしながら聞く。
後方で、着弾を知らせる乾いた音が無数に響き渡る。
「円環の理に返すのよ」
自明のことを言うように、巴 マミが宣言する。
違う、私の言っていることはそういうことじゃない。
まどかと同じく、あなたにとっても最良のある世界なのに、なぜそれを否定しようとするの。
「ここは、あなたにとっても幸せがたくさん詰まった世界のはずよ……それを壊してでも、円環の理を奪おうというの?」
巴 マミはふと、悲しげな視線を浮かべて呟く。
弾丸も継続的に振ってくるものの、先ほどより狙いが甘くなってきている。
こんな手を使うことのは心苦しいけれど、私はまどかとの繋がりをここでなくすわけにはいかない。
巴 マミは銃を撃ちながらも、切なそうに左手を柔らかく握る。
「私の両親が他界してない世界なんて、存在するとは思えなかった。ここは、私にとっても幸せがたくさんある夢のような世界なんでしょうね。きっと苦しいことも何もない、恵まれた最高の世界なのは確かよ」
「なら、このまま幸せに過ごせばいいでしょう。あなたの生活を蝕む魔女は私が倒してあげるわ」
巴 マミ、あなたはいつだって苦しんで、心をすり減らしながら戦っていた。
あなたは正義の味方と思い描いた魔法少女の真実を知ったとき、絶望して自ら自決を選んでしまうような……強いようで、弱い心を持っている。
もう、何かを背負うようになるのは私だけで十分だ。
巴 マミは切なそうに握った左手を解放する。
まるで、何か覚悟を決めたように、大人らしい顔つきをする。
「私は魔獣との戦いを思い出すまで、本当に幸せだったわ。それが幸せだとも気づけないほどに。
遠方の両親と連絡を取ったり、友達と遊びにいったり……勉強にせいをだしたり、幸せで掛け替えのない最高の日々よ。
でもね、いつもどこか心の奥で、本当の私はこんな風に過ごせないって思ってもいたのよ」
「辛いことばかり、思い出さなくてもいいでしょう。幸せがあるなら、幸せを掴むべきよ」
辛いことなんて、何一ついいことがない。
そこに幸せを掴む権利があるのなら、掴めばいいのに巴 マミはそれを離そうとしている。
「暁美さんの言う通り、幸せに過ごしたいのなら思い出さなくてもいいことなんでしょうね。
でも、そこには本当の私がいない――このまま幸せに流され続けたら、それは本当の私じゃないわ。
それに、円環の理の力を戻さないと魔女が溢れてきちゃうでしょう。魔法少女としてそんなことさせるわけにはいかないもの」
「やっぱり、あなたはなにも変わらないのね……」
いくら会話を重ねても、巴 マミの決意が変わることはない。
あなたは前からそうだった。
一つのことを信じて、正義に準じる。
あなたは間違えてないのでしょうね、この状況で異端なのは私のほう。
円環の理の力を奪って、自分のエゴで魔女を蔓延させる原因を作りながら、この世界をまどかのために守ろうとしている。
誰も私のことは理解できない。
だから私は、私のために巴 マミの心を折る。
この世界で幸せに暮らしてもらうため、この世界を守るためにあなたの心を土足で踏みにじる。
心が激しく刺すように痛んでも、私が止まることは幸せの終わりを意味するのだから、止まれない。
「独りで全部を背負って、終わらせようとするところ、暁美さんも変わらないわよ。
もっと人に頼ってみてもいいんじゃないかしら?」
マスケット銃を扇状に展開しての、一斉発射が視界に飛び込む。
足で地面を蹴って弾丸を回避し、続けて裏路地の壁を蹴り、巴 マミに肉薄しようとする。
直線状に近づこうとしているから、無から有を生み出すように現れたマスケット銃が、私を捉える。
確実に当たると確信しているのか、銃口は左腕の肩に向いていた。
巴 マミは唇を辛そうに結びながら、トリガーを引く。
腕の一本程度なら、くれてやる。
「……ッ」
乾いた音を伴って発射された弾丸は、左肩に鈍い痛みをもたらした。
失速した勢いを補うために、もう一度壁を蹴って風のように直進する。
痛みなんて関係ない。
私はまどかを守るんだから、こんなことで止まることは許されない。
撃たれても突っ込んでくるとは思っていなかったのか、防御体制をとろうとする巴 マミの眼前まで肉薄して、無傷の右手で頭を強引に掴む。
「きゃっ!?」
「……」
そのままの勢いで、放物線を描くように地面へ落下する。
巴 マミを地面との緩衝材にし、激突の衝撃を和らげつつ頭を離さないようにする。
「ぐっかはっ……」
叩きつけられた衝撃から、巴 マミは肺から息を漏らして、苦しそうに喘ぎながらも、私を強烈な意思を持った瞳で見つめてくる。
あなたの正義を、意思を、私がここで壊してあげる……!
この世界を壊そうとするなら、私は悪魔としてあなたの前に立ちはだかることを選択する。
マウントポジションをとったまま、巴 マミを見下すようにして言葉を放つ。
「私は人に頼るのをもう、やめたのよ。
今のあなたはとても強い、けれど本当の絶望に遭遇したとき、あなたはその強さを保てる?
真実から目を背けないでこれからも戦い続けることができるかしら?」
「暁美さん、なにを言って――あぐっ!?」
巴 マミの頭を掴んだ右手に力を込める。
真実に遭遇したあなたは、いつでも弱く脆かった。
だから、あなたの心を砕くために、この世界で起こった過去の真実を思い出させて、この幸せが奇跡ような世界で起こったことだと、思い知らせる。
巴 マミは目を限界まで開けて、勝手に浮上する記憶と戦うように声を断続的に発する。
「あ……あぁぁ……あぁあ……」
魔法少女としての楽しい記憶は巴 マミにとって幸せの記憶だろう。
無垢で、正義の味方として日々を重ねるのは年頃の私たちにしてみれば、何よりも大切な経験だった。
辛いことや悲しいことがあっても、それをなんとか乗り越えることができる毎日で……。
だから私も魔法少女に憧れた。
あのときの私たちは、際限のない子供で……魔法少女が希望の存在であることを疑おうともしなかった。
でも魔法少女の真相を知ったとき、その希望は絶望へと転移する。
魔法少女はソウルジェムに膿を溜め込みすぎると、魔女へ変貌し世界を荒らしつくす膿となる。
そして、その膿を狩るのは新たな魔法少女で、どこまでいっても救われることがない希望と絶望に囚われたのが、私たち魔法少女の真実だ。
巴 マミの声は次第に小さくなっていき、自然とまぶたが下がっていく。
辛い真実の記憶との戦いに負けてしまったのだろうか。
あなたは弱いままだわ。
残酷な運命に対峙したとき、心の弱さに打ち勝つことができない。
でも、それを攻めるつもりもない。
優しいところに入れる資格があるのなら、あなたはここにいるべきなのよ。
この幸せな世界で、また夢のような時間を繰り返すことこそが、あなたにとってもまどかにとっても幸せ……なのよ。
頭を掴んだ右手にもう一度力を込めて、余計な記憶を消そうとする。
「次に起きたとき、あなたは幸せの中よ。何も気にする必要はない……溢れ出る魔女は私が全て倒すわ」
「勝手なこと、言ってくれるわね!」
唐突に現れた銀色の銃口に体が反射的に動く。
身を反らしたところへ立て続けに、マスケット銃の柄で腹を殴打される。
「ぐっ……」
殴られた衝撃で吹っ飛び、背から壁に激突する。
背の痛みに歯を食いしばりながら、両手にマスケット銃を持って立ち上がる巴 マミを見上げる。
彼女はなぜ立ち上がることができるのだろう。
いつも現実に打ち砕かれていた彼女が、辛い記憶に打ち勝ったとでもいうの?
「あなたは、なぜ立てるの……私たち魔法少女の絶望を見て、なぜそこに立っていられるの!?」
巴 マミは鋼のように硬い意志を宿した瞳で、私を見る。
この、理が入れ替わり繰り返された世界の中で、彼女は変わっていたというの!
「昔の私なら……絶望に心が折れてあなたに降っていたかもしれない……。
でも、私を強くしてくれたのは、そういう心が脆く弱い私が存在していたからでしょうね」
言葉を紡ぎながら、巴 マミは両手のマスケット銃を私に向ける。
明確な敵意が、私を射抜く。
そう、あなたはこの世界で安寧に暮らそうとは思わないのね……。
「私は絶望を目の当たりにしても、希望を抱く魔法少女で在り続けたい!
暁美さん、円環の理の力返してもらうわよ」
二門の銃口を仰ぎ見て、背と肩の痛みを引きずりながら立ち上がる。
「あくまで私の邪魔をするのね、あなたは」
巴 マミ、あなたはいつでも私の前に立ちはだかる。
お菓子の魔女のときも、べべのときもあなたは自分の意思を持って立ち向かってきた。
それが不幸に向かう結末であろうとも、あなたはあなたらしく行動している。
でも……そんなことだけで、この世界の理を変えることを許すわけにはいかない。
言うことの利きづらい左手から、右手でダークオーブを取り出す。
その動作だけで、何をしようとしているのか理解した巴 マミが、容赦なくマスケット銃から弾丸を発射する。
「無駄よ……」
右肩と左腿を狙った弾丸は、何かの意思に干渉されたように後方の壁に追突し、乾いた音を夕空に響かせる。
このダークオーブさえ取り出されば、私の勝ちは決まったようなものだ。
「私はあなたの信念を折ってこの世界に浸らせる。私は人の心を乱す存在なんだから」
ダークオーブを使って魔法少女へ変身しようとしたとき、桜色の閃光が通りすぎていった。
それは、私の注意を惹くには十分な存在で、反応が遅れる。
「マミさん!」
「鹿目さん!?」
閃光が過ぎたあとに、魔法少女の姿をしたまどかが現れて巴 マミの手を握りしめ、私から遠のこうとする。
あのまどかは……!
追いかけようとしたところで、背と肩の痛みから咄嗟に体が動かず必死に声を張り上げる。
「ぐっ……待って! まどか! 」
まどかは巴 マミの手を引きながら、私の顔を悲痛な目で見て再び前を向いた。
追いかけないといけないのに、巴 マミから受けた傷が体の芯を熱くして体を縛る。
次第に、まどかと巴 マミの姿が裏路地の隙間に消えてしまう。
私は追うことはできないと諦め、壁に背を預けてずるずると座り込み、あかね色に染まった空を見上げる。
力を奪ったから、魔女が溢れて世界を壊そうとしていて……。
今まで現実身を帯びていて幸せだと思っていた世界が、空虚で悲しく思えた。
私のしてきたことは、さらなる膿を生み出すことで。
何がまどかを幸せにするために、必要なことだというの?
自問は、遠い空へ飲み込まれるように消えていった。
第五話「マミの決意」終わり