【叛逆の物語続編創作】魔法少女まどか☆マギカ窮編 慟哭の物語【完結】   作:エルアインス

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第七話「私と杏子」

 第七話「私と杏子」

 

「ちょっとこれから付き合ってよ、ほむら」

 

 暗がりから現れた杏子は、巴 マミのときと同じように身構える私の前で穏やかな瞳をしてそう言い放った。

 突然の言葉に、何を言わんとしているのか計れずに頭を傾げる。

 付き合う?

 戦う場所として、お誂え向きの場所に付き合えということだろうか。

 

「どこに付き合えというの?」

 

 杏子が私に会いに来たということは、杏子がこの世界で幸せに暮らしていた存在とまったく異なる存在であることを示している。

 この世界で幸せに浸る杏子は、私のことは何一つ知らず魔法少女という概念もないが故に存在する両親、妹と幸せな日々を過ごしていたはずだ。

 そんな彼女が、私と知己であるかのように接触してきている。

 それは、記憶を取り戻しているという証拠に他ならない。

 なにせ、杏子と私はこの世界ではクラスメイトであるという接点しかないのだから、記憶がなければ私のことを覚えているわけも、親しげに話しかけてくるわけもない。

 杏子は、質問する私に対して瞳の奥に迷うような視線を垣間見せつつも答えた。

 

「……そんなに身構えなくていいよ。別に戦う気はないからさ、今のあんたと戦ってもマミと同じく勝てないだろうからね。

 私がそんな勝負しないってあんたが一番よくわかってるっしょ」

 

 軽く言うなり、杏子は街頭の灯らない闇夜に体を翻し、姿を消そうとする。

 ついてこい、という意思表示だろう。

 このまま話し合っていても埒が明かないと判断したらしい。

 実際、話を平行線に保てば私が杏子についていくことはないだろうし、杏子の判断は私のことをよく理解していると言える。

 それに、杏子が戦う気はないと言ったのなら、一戦交える気もないはずだ。

 

「……しょうがないわね」

 

 ため息をついて髪をかきあげながら、私も杏子を追いかけて暗闇に体を消した。

 

 ……

 

 人通りの少ない道を選び、軽やかに進む杏子を追い、やってきたのは彩り悪い花が咲き誇る花畑だった。

 元は白く綺麗な花が咲いている場所だったけれど、今は黒い花びらがひたすら陰鬱に存在感を出している。

 私がまどかの世界を改変してから、花畑はそれが当たり前であるかのように白い花から黒い花に姿を変えた。

 世界は私がやってしまったことを、人の道から外れたことだと認識しているのかもしれない。

 杏子はそんなことを意にも介さず、花を踏み潰さないように花と花の間に肩膝を立てて座り込む。

 風に揺られる赤い髪が燃え盛っているように見えて、私にはどこか杏子が眩しくみえた。

 

「なに突っ立ってんのさ、座りなよ」

「……そうさせてもらうわ」

 

 杏子から少し離れたところで、花を踏み潰さないように腰を下ろす。

 そうしただけで、体が疲れから解放されたような気がしてまぶたを閉じてしまう。

 今日は一日中ずっと落ち着くことがなく、気を張りっぱなしなせいで、さすがに疲れてしまったのかもしれない。

 

「ほむら、私の記憶をマミみたいに戻すことはできる?」

 

 突然の問いかけに瞑っていた目を開けて、杏子を一瞥する。

 彼女は遠く、暗い空を切なげな瞳で見上げていた。

 巴 マミのように記憶を戻すということは、まどかが円環の理に至る前の、魔法少女が絶望と戦っていたときの記憶を戻せということだろう。

 

「できなくはないけど、そんなことをしてどうするつもり? 今すぐにでもあなたには、この世界の一員として何もないうちに元へ戻って欲しいところなのだけど」

「それがそうもいかないんだよね。あんたと戦わないとは言ったけれど、私も迷ってんのさ。

 あんたが書き換えたこの幸せな世界のままでいいのか、奪われた円環の理の力を返してもらったほうがいいのかをね」

「記憶は完全に戻っているみたいね」

「おかげさまでね、勝手に戻されちゃったからこっちはいい迷惑さ」

 

 勝手に、ということは誰かが強制的に杏子の記憶を戻したということだろうか。

 どうやら、この事象の中心に居る人物は相手に合意が取れない程度には、恥ずかしがり屋らしい。

 

「あなたの記憶を取り戻させた人物は誰なの?」

「あたしからは何も言えないね。記憶を取り戻させられて迷惑してるのは確かだけど、この世界の真実を知らないまま幸せに浸るよりマシだと思ってるから」

「そう……」

 

 魔法少女になった人間は、誰もがこの幸せに浸ることを良しとしていない。

 どうして、そうも自らを不幸に落とそうとするのか。

 私にはまったく理解できない。

 

「でさ、どうすんの? 記憶、戻してくれると助かるんだけど」

「……いいわよ。記憶を戻してあげるわ」

 私は立ち上がり、杏子の目の前まで移動して頭を容赦なく右手で掴んだ。

「おい、ほむら、こんなことしないと戻せないのか!」

「……」

 

 突然頭を掴まれて、抗議の目を浮かべる杏子に対して無言で貫き通す。

 できれば記憶なんて戻したくない。

 私たち魔法少女の過去には、辛いことが多すぎる。

 誰かの精神が壊れてもおかしくないくらいの、不幸ばかりが際限なく溢れている。

 どうしようもない世界の記憶が欲しいだなんて、変わっているとか言いようがない。

 でも、それは私が全てを知っているからで……誰も知らない人からしたら自分の知らない記憶があれば気になるものなのかもしれない。

 それが、今の自分に地続いて繋がっているとしたら尚更なのだろうか。

 私は、取り戻した記憶に絶望し、もう一度全て忘れてこの世界に戻ってくれることを信じて、杏子の頭を掴んだ手に力を込める。

 

「……っ」

 

 力を込め終えて、頭から手を離す。

 時間が立ち、次第に杏子の顔から僅かな陰りが生まれはじめる。

 魔法少女になったばかりの楽しい記憶や、魔法少女の真実を知ったときの記憶……それに、私が行った時間遡行中に起こった出来事すべてが、彼女の中で記憶の底から浮上しているはずだ。

 その記憶に打ちのめされるのか、それとも巴 マミのように打ち勝ってしまうのか。

 私にとって一番都合が良いのは、記憶に打ちのめされることだ。

 この世界にでてくるイレギュラーの一端である記憶を取り戻した魔法少女を一人でも減らせれば、少しでも世界を安定した姿に戻せる。

 魔法少女の姿をしたまどか、そして暴走する円環の理から出でる魔女の存在、巴 マミや杏子に記憶を取り戻させた人物という不確定要素は数あれど、少しでも世界を元に戻せるのならそれだけで構わない。

 役目の終わった私は、杏子から人一人分くらい間を開けて地面に座る。

 そして、周りで私を象徴するかのように咲く黒い花たちへ視線を向ける。

 この場所にいると、私に微笑みかけてくれた頃のまどかを思い出してしまう。

 私は、この世界になってからというもの暇を持て余せば、いつでもこの場所にきていた。

 自分でも分かるほどに、私の心はどの魔法少女よりも弱いことを自覚してしまうから、この場所は好きでもあり嫌いでもある。

 ここで私は、円環の理へ至るまどかの手を離したことを後悔した。

 私にとって、まどかは強くて優しい人間で……まどかが選んだ誰にも知覚されない孤独の道に対しても何ら辛さを感じていないと思っていた。

 でも、それは私の勘違いで……。

 まどかだって、孤独になるのは耐えられない、そんな本音をもらした。

 だから、私はここでまどかが幸せに暮らし過ごせる世界を作ろうと決意し、世界を作り変えた。

 私の決心が鈍ってしまわないように、まどかが幸せならばそれでいいと自分の心に深く刻み込み、自戒する。

 

「ほむら」

 

 囁くような呼び声に反応して、杏子へ視線を向ける。

 どうやら、それなりに長い時間、物思いにふけってしまったらしい。

 

「記憶は、全部戻った?」

「おかげさまでね」

「……よかったわね」

 

 杏子の顔を見て、そっけなく答えてしまう。

 なぜなら、記憶が戻った杏子の瞳が絶望に染まっているのではなく、希望に満ちているように見えてしまったから。

 巴 マミもそうだった。絶望の淵を体験した記憶を見ても、どこかで希望を感じさせる。

 どうしてあなたたちは、絶望の記憶を見てそうも希望を持てるの……?

 疑問を浮かべる私をよそに、杏子は一息ついて懐からりんごを取り出し、差し出してきた。

 

「食うかい?」

 

 どうやら、これでも食べながら一緒に話そう、ということらしい。

 何の気まぐれか、一度も頷いたことのない問いに頷いてしまった。

 それを見た杏子から放られるりんごを左手で掴み、スカートの上に置く。

 杏子は満足したように前を向いて、りんごを豪快に皮ごと食べ始めた。

 何かを心で整理し迷うように時折、食べる手を止めたりする。

 迷い。

 それは、私の心にもずっと蔓延る悪魔のような感情で……人の身では処理しきれないものだ。

 

「取り戻した記憶で、この世界の一員に戻ることは決意した?」

 

 杏子は街頭が灯る街並みを一望しながら目を閉じ、ゆっくりと答える。

 またこの世界に戻ってくれることを祈りながら、私はそうはならないだろうと、杏子の瞳を見ながら思ってしまう。

 

「いいや……こんなにいい世界は他にないと思うけどさ、あたしはこの世界の一員になれそうもないね」

「……どうしてその考えに至ったか、教えてもらえるかしら」

 

 いつの間にかりんごを食べ終わった杏子は、寂しげに街並みを見つめる。

 人々が騒々しく騒いだり、動き回る姿が瞳に映りこむ。

 楽しそうにこの世界へ浸っている姿は、この世界の成り立ちを知らないからできることで……。

 この世界を空虚なものだと、杏子は感じてしまっているのだろうか。

 

「あたしたち魔法少女にとって幸せが、希望がたくさんある世界でさ……きっと、この世界に居るのがあたしたちにとって幸せだと思うよ。それははっきりと分かる」

「そう。私たち魔法少女の幸せはこの世界にしかないのよ。その結論がでているのなら、この世界で幸せに過ごすために、記憶を消させてもらえればいのだけどね」

 

 記憶を取り戻させたままでは、きっとどこかで不具合がでる。

 だから、この世界で記憶を取り戻させたまま過ごさせるわけにはいかない。

 私が記憶を消すことに固執するのは、そういうことだ。

 ……私は甘い。

 世界に不具合がでると分かりつつもイレギュラーの要素を完全に排除しようとは思っていないのだから。

 その甘さが、嫌になる。

 

「そいつは勘弁だね。

 この世界は、あんたが鹿目 まどかの願いを否定して生まれた世界でしょ?

 あたしは希望を願い、そして願いを否定されてきた……そんな人間が否定されて生まれた世界を許容できると思う?」

 

 杏子の攻めるような言葉は、私の胸に深く突き突き刺さった。

 

「……ッ」

 

 自然と唇を噛んでしまう。心から自分のしでかしてしまったことが杏子の言葉に反応するように、次々と浮かび上がる。

 私はまどかの願いを否定し、この世界を作った。

 まどかが必死に選んで、自分を概念としてまで叶えようとした願いを私は自分のエゴで壊してしまった。

 杏子は、そこに憤りを感じているのだろう。

 私たちは魔法少女になるため願いを祈り、そして願いを折られる。

 特に、杏子は自らの願いから全てを破滅させてしまったのだから願いを潰して生まれた世界を認可できないということだ。

 でも、円環の理から引き離さないとまどかは――私の手から離れたままで……。

 

「あなたに何がわかるというの……?

 あのままじゃまどかは、永遠に円環の理という概念として誰にも知られないまま、ずっと過ごすことになっていたのよ!?

 みんなの絶望を背負い込んで……誰にも感謝されず、誰にも気づかれず生き続ける。

 それがどんなに辛いことか、想像できないあなたじゃないでしょう!」

 

 杏子に言われたことが、ただひたすらに図星で……立ち上がり声を荒げ、心から言葉を放つ。

 分かっている、私だって……分かっているのよ……!

 激しく心を乱す私に対して、杏子は優しげでありながら諭すような瞳を浮かべる。

 

「ちょっと落ち着きなって、ほむら。

 そりゃ、誰にも知られず一人なんて……あたしでも耐えられないだろうけどさ。

 鹿目 まどかは自分でそれを選択したんでしょ、その決意をあんたは自分の勝手な心で踏みにじった。それについてはどうなのさ」

 

 そんなもの、回答を用意するまでもなく決まっている――そのはずだった。

 決意なんてものは、時間が立てば揺らぎを得てしまうもので。

 円環の理の力を奪ったときには、鋼のように感じられた決意も今は迷いに染まってしまっている。

 

「ああでもしないと、まどかは自分を犠牲にして他人を幸せにし続けたわ。

 だから、彼女の願いを否定したことに、後悔なんてない」

「後悔なんてない、ね。なら、どうして……そんなに全部の不幸を背負ったみたいに、楽しくなさそうな顔してんのさ」

「……何をわけのわからないことを……言っているの」

 

 私が望み、生まれたこの幸せな世界で、楽しくなさそうな顔をしている……?

 わけが分からない。

 願いが叶えられて、まどかが幸せに暮らしている……それのどこに楽しくない要素があるというのか。

 

「自分の顔見てみなよ。あんた、鹿目 まどかをワルプルギスの夜から救おうとしていたときより、絶望した顔してるよ」

「そんな……こと……」

 

 ない、そんな言葉を紡ごうとしても、私は言えなかった。

 杏子の言葉は、まさに銃に込められた弾丸そのもので、それがトリガーだった。

 手は怯えるように震えて、体は勝手に歪んだ顔を触る。

 

 そこにあるものを、私は知っていた。

 

 ――ダメ、それに気づいてはいけない。

 

 心の底では、もう一人の私が必死に叫び続ける。

 知ってはいけない。

 振り向いてはいけない。

 見てはいけない。

 今まで、心を保つために必死で内面をごまかしてきたのに、偽りの仮面が剥がれていく。

 

 私は知っている。

 

 ――希望なんて祈っちゃいけない。

 

 私の願いは。

 

 ――まどかが幸せならそれだけでいい、そうでしょう。

 

 違う!

 

 ああ、私は最初からこの世界を空虚に感じていた。

 どこを見ても、みんな幸せな顔をしているのに、私は笑顔になれない。

 そのことに、悔しさと憤りを感じていた。

 まどかが幸せなのを見ても、私は幸せじゃない。

 誰が幸せでも、私はたった一人ぽっつりと降りしきる雨の中に取り残されたように、悲しい。

 そんな世界、私が耐えられるわけがない。

 一人っきりで暗闇に置いていかれるのは嫌だ。

 私が本当に願った幸せなこの世界の在り方は……。

 

「……私は……まどかと一緒に、楽しく幸せに日々を過ごしたかった……」

 

 まどかと初めて会ったときのように、私の世界で語り合ったように過ごしたかったんだ……。

 今まで見ないように隠していた本心が、私の中で膨れ上がった。

 

 第七話「私と杏子」終わり

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