【叛逆の物語続編創作】魔法少女まどか☆マギカ窮編 慟哭の物語【完結】 作:エルアインス
第八話「揺れ動く私と決意」
「……私は……まどかと一緒に、楽しく幸せに日々を過ごしたかった……」
必死に目を逸らし続けていた本心を吐露し、立ちすくむ私へ杏子は横顔に穏やかなものを浮かべる。
「なるほどね。それがあんたの願いってわけだ」
否定の言葉を紡ごうとして、口を開けようとするけど思いとどまる。
杏子に、今更何を取り繕うことがあるというのだろうか。
彼女と過ごした時間は遡行中でも僅かな時間だけだ。
それでも私のことをよく理解している。
根本的に私とどこか近いところがあるのかもしれない。
私の本心がバレているというのなら、もはや否定するのは無意味だろう。
本心を隠す必要がないとわかった心を落ち着かせるために、髪をかきあげていつもの私を装う。
今や装っているのかすらわからない、いつもの自分だ。
「まどかと一緒に過ごすこと、それが本当の願い。そして、叶えてはいけない願いなのよ」
私の願いは叶えられてはいけない。
もし叶えてしまおうとしたら、狂い始めている幸せと不幸の不文律がさらに崩壊することになる。
杏子は街並みを見下ろしながら、穏やかな声で言う。
「どうしてさ?
あんたも願いがあるならその力で叶えればいいじゃん。
本当の願いが鹿目 まどかと一緒に過ごすことなら、こんな世界のままで――他人の幸せを優先して、ほむらだけが不幸になる世界、そんな世界でいいの?」
唇をきつく噛む。
その問いかけは卑怯だ。
私だけが全ての不幸を背負う世界なんて、良いわけがない。
幸福があるだけ、不幸が舞い降りる。
それは、人間社会においては絶対的に語り継がれてきた不文律とも言うべきもので。
誰かが幸福であれば、その分誰かが不幸になっているというものだ。
途轍もなくオカルト的な発想ではあるけれど、私たち魔法少女は身をもってその存在を知っている。
魔法少女になるために叶えられる願いが幸福であれば、絶対に訪れる魔女化は不幸だ。
私たちは幸福と不幸を持って存在し、ひとりで自己を完結させている。
だから、幸福があるだけ不幸という膿が生まれてしまうことを理解していた。
この世界は、私の願いが叶わない不幸な世界であるが故に、誰もが幸せになれる世界で……ようは、私ひとりに世界の不幸が全て集約されている。
体を包む倦怠感も、絶望感も、全て世の中にある幸福の代償に押し寄せる不幸を体言するものだ。
時折現れる魔獣は、世界全体の幸せの総量に比例して現れる不幸そのものではあるけれど、それは私に降りかかる不幸と世界の幸せのバランスが取れていないときに現れる膿のようなものだ。
魔獣が現れるたびに、いつも思い知らされていた。
私ひとりでは、まどかの幸せを、世界全ての幸福を補え切れないのだと。
因果を溜め込みすぎたまどかを幸せにしようとすると、自動的に全ての人間が幸福になってしまうほどに、まどかひとりに対する幸せと不幸の比重は偏っている。
これも全て、私が時間を遡ってまでまどかを救おうとしたせいなのだろうか。
まどかを救おうと世界を横断するたびに、まどかを中心として因果が溜まってしまう。
でも、あのときは選択の可能性を切り替えて世界を横断しなければまどかを救うこともできなかった。
まどかを救って、私もその輪の中に入るにはどうすればよかったのか。
悲しさに打ち震えるように、視線が自然と俯いて拳を握り締める。
「いいわけないじゃないッ……!
私だってまどかと一緒に過ごせるならそうしているわ。
でも……この世界は私とまどかが一緒の時間を共有できるようにはできていないの」
だから!
抑えきれなくなった感情が爆発し、俯いた視線を上げて、荒げた声で杏子に攻め立てる。
「だから私はまどかが幸せなら、それだけでいいって納得していた!
何もかも必死だった!
私個人の願いなんて二の次だった!
一体私は何が間違っていたというの!? 私にどうしろというの!
まどかの手を必死に取っても、まどかは私より遠いところに居て、近寄ることすら許されない!
それが苦しくて、悔しくて!」
頬に湿ったものが伝い、高ぶった気持ちが悔しさに変わっていく。
瞳が震えて、視界の杏子が滲む。
今まで必死に抑えていた感情が抑えられず、滝のようにいくらでも溢れ出てくる。
「私は、私は……どうしたらよかったの……どうしたら、まどかは私と共に時間を過ごしてくれるの……どうしたら、彼女に追いつけるというの?
あの柔らかくて、優しい手にどうやったら追いつけるの……」
まどかと一緒に居たいなんて当たり前だ。
私はまどかを救いたかったから、魔法少女になりここへ存在している。
いつだってまどかを救いたくて行動し、彼女が救われれば隣に入れなくてもいい、とすら言い切ったこともある。
でも、やっぱり彼女の傍に居れないのは心を刃物で貫かれたかのように錯覚するほど辛く、痛い。
一緒に居られない辛さは、感情を無理やりにでも抑えていなければ到底耐え切れるものではなかった。
ひとりで円環の理という概念になったまどかを必死に追っても、追いつけないから、無理やり手を取って、この世界を作りだした。
なのに、次から次へと私を咎めるかのように不確定の事項が起こり、心と世界を蝕んでいく。
幸せに彩られた世界は、間違っていたのだろうか。
杏子は私のたたきつけるような言葉を聞いて、弱ったように髪を掻いた。
「あーっ……あんたが涙流すところなんて初めてみたよ」
「……でしょうね。私らしくないと思う?」
杏子に弱い自分を見せたことなんて、一緒に行動を共にしていた頃ほど考えられなかったものだ。
以前の私は、まどかの幸せを願うがあまり、心が折れてはいけないと強情に振舞って心を誤魔化していた。
折れそうな心を必死に覆い隠して強気に振舞うことが"私"で。
だから、杏子にとって弱い心を見せる私はらしくないのかもしれない。
「あたしから見るあんたは、いつだって自分の意思を変えず、一つのことに一直線で、強い心を持ってんだって思ってたんだよ」
「私だって、人の子だったのよ」
「あはは、そりゃそうだ。魔法少女になるのは人なんだしね」
笑って、杏子は少し躊躇うように口を開いた。
「……ここまで色々聞いたけどさ、ほむらは本当に弱さも迷いもあたしには口にしたことがなかったろ?
だから、この世界でたったひとり不幸を受けることに折り合いをつけてるもんだと思ってたよ」
「私は、まどかのために自分すら欺いて迷いのないことを演出していたんだから、そう見えていてくれないと困るのだけどね」
そう、私は弱い心を奮い立たせるため、心を戒めるように強く振舞ってきた。
戒めはいつしか、自分自身すらも縛り付ける牢獄のようなものになっていて……心のうちに秘めた本当の願いまで見えないようにしていた。
「全部まどかのために、か……」
「……まどかが私の全てだから」
「この世界を作ったのも、全部まどかのためなのか?」
「……えぇ、そうよ」
杏子は納得したように頷いて、右膝に右手を添えた。
「なるほどね、この世界を作った行動の理由も全て、ひとりのためっつーわけだ。
羨ましいことだよ」
突然放たれた羨望のこもる声に、いぶかしむ。
「どういうこと?
あなたが羨む必要なんて、一切ないでしょう。あなたにとって私は他者のために祈りを捧げる愚か者のはずよ」
羨まれるようなことを私はしていない。
杏子は、過去の経験から他人に対して尽くす行為そのものを嘲笑しているところがある。
それが原因で以前、上条 恭介のために祈りを捧げた美樹 さやかと争うことになってしまったのだけど。
同じようにまどかのため、自分の幸せ全てを投げ打ってでも、彼女の幸せを守ろうとする私に、前の杏子ならば呆れるはずだ。
それなのに羨んでいるらしい。
杏子は右手を見つめて、握りこぶしをゆっくりと形作りながら言う。
「前のあたしならあんたの行為なんて無駄なことだって一蹴してたさ。自分に祈りを使わない人間なんて、こっちから願い下げだってね。
でも手の届かないところに、さやかが行っちまったことを思い出して分かっちまったんだよ。
あたしはさやかがいなくなったとき、何をしようともしなかったし、できなかった。けれど、あんたは自分の手で引き寄せるばかりか、自分の領域に相手を引きずりこんだ。
魔法少女の祈りを否定したことは許せねぇ。でも、自分の幸せを捨ててまで誰かの幸せを守るなんて決意ができたのがすげぇって思ってんの」
そうか、杏子も大切な親友が遠くへ行ってしまった魔法少女のひとりだった。
美樹 さやかは、希望と絶望の詰まった自分の願いと引き換えに、世界から姿を消して魔法少女の希望を司る円環の理と存在を共にしていた。
杏子がらしくもなく、不可解に迷ったり記憶を取り戻してから何かを理解したように落ち着いていた理由も何もかもよくわかる。
まどかが円環の理へ至るまでの世界では、杏子と美樹 さやかの繋がりはとても強いものではあったけれど、まどかが円環の理になった世界になると以前の世界より関わりが少なかった。
杏子は美樹 さやかに纏わる記憶を取り戻したいがため、記憶を取り戻すことはできるか、なんてことを言ってきたのだろう。
「あなたの口からそんな言葉が出るとは、思わなかったわ」
「あたしらしくはないかもね」
「えぇ、らしくないわね。
今まで不鮮明だったけれど、あなたが記憶を得たかったのは、美樹 さやかのことを思い出したいからだったのね? 他人にそこまで入れ込むなんて、自分の利益を最優先にしてきたあなたらしくないわね」
「あたし自身もらしくないってわかってんだけどね。
いろんなこと経験して変わっちまったのさ、魔法少女たちのせいでさ」
両手を首の後ろで組み、杏子は眩しく笑う。
その姿がどこまでも明るく思えて、羨ましくなる。
そんな風に自分の感情を現せればどれほど楽だろう。
私はまどかのためと、まどかの幸せを願いつつも、自分が幸せでないことに怒りにも似た理不尽さを感じている。
いつだってそうだ。
私が願ったことは叶わない。それでも、倒れずひとつのことを目指してしまう。
「あなたは……変われたのね。私には真似できそうにないわ」
「ほむらだって変われるはずだろ、あんたはこの世界をどうしたい?」
「どうしたい……ですって?」
言葉の意図を理解できず、反射的に聞き返す。
この世界は私が作った世界だ。
そこに私の意志が介在する余地はいくらでもある。
私はまどかの幸せを……願っている。
考えをよそに、杏子は喋りだす。
「自分の幸せか、自分の願いを封じ込めて鹿目 まどかの幸せのあおりを受けて不幸になってこのまま自分に嘘をついて突き進んで……心を潰すか。
でも、本当の願いは鹿目 まどかと一緒に居ることなんだろ? あんたは今まで頑張ってきたんだ。それくらいの願いは許されてもいいんじゃねぇかってな」
それは、私自身よく理解しているから心の内側で見ないようにしていたものだ。
欲望に塗れた心を正面から見てしまったら、潰れてしまうと分かっていたから、いつもまどかの幸せを逃げ道にして目を逸らし続けていた。
私だって分かっている。
私だけが不幸を受け続ける世界に、心が耐えられるわけがないと。
それでも、私は……諦めることなんてできない。
私はどんな深い絶望に落とされても構わない。
この世界のまどかは、表面上に現れていなくても心の奥で私へ本能的に畏怖の念を抱いている。
私が彼女の希望を奪ってしまったから……だから、私の願いは叶えられてはいけない――いえ、叶えてはいけない。
きっと私の願いが叶うとしたら、それは円環の理の力を手放したときだ。
それは、まどかが円環の理という概念として、この世界で再び孤独になることを示している。
やっと繋いだこの手を離すことなんてできるわけがない。
「心が潰れたって、どん底の暗闇に落とされたって構わないわ。
まどかを救うために、守るため魔法少女になったのだから、それでいいの」
「本当にそれでいいのかよ?
誰も認めない、誰もあんたのしてることに気づかない……誰も見てくれねぇってのに」
「誰に認められる必要もないわ。
それに、私の願いは見ちゃいけない夢だもの。
どんなことがあっても、私はまどかの幸せのためにひとりで戦い続ける。それが私に残った最後の希望と道標よ」
「このまま突き進んだら、この世界を正そうとするあたしたち魔法少女とぶつかることになる。
もしかしたら、あんたが救おうとする鹿目 まどかとだって戦うことになるかもしれない……それでも、この世界でひとり戦うってのかい?」
杏子の言っていることは、段々と現実味を帯び始めていることだ。
この世界で記憶を取り戻した魔法少女は、巴 マミ、佐倉 杏子の二人なのだけど、この事象の中心で糸を引いている人物も記憶を取り戻していることは間違いなく、いずれ私の前に立ちふさがるだろう。
私は魔女が円環の理から出現すると分かっていても、この世界を手放すことのできない、魔法少女にとって明確な敵だ。
魔法少女は世界を混乱させる膿として私を倒しにくるだろう。
だから私は、無感情な顔を装って吐き捨てるように回答する。
「そうね、そうなるかもしれないわね」
興味なさげな声で語られる言葉に、杏子は私を見つめてくる。
杏子は理解しているはずだ。
私がひとつのことを目指したら諦めることはないと。
何度倒れようとも、私は立ち上がってみせる。たったひとつのことを為すことが、私の全てだから。
諦めて視線を先に外し、眼下に広がる街を見たのは杏子だった。
「ほんと、頑固だよ。
じゃあ、ほむらにひとつ教えておく。
さやかが、円環の理の力を取り戻そうと必死になってあんたを探してる、気をつけなよ」
やっぱり美樹 さやかも記憶を取り戻していたらしい。
しかし、なぜそんな友達に関わる大切な情報をくれるのだろうか。
「そう、忠告感謝するわ。
……美樹 さやかはあなたの友達でしょう? そんなこと教えてよかったのかしら、私は美樹 さやかに会ったら記憶を消そうとするわよ」
「だろうね。でも、何もかも忘れてもいいんじゃないかって思っちまうんだよ。
さやかがまた、どっかに行くなんて勘弁して欲しいんだ……折角できた友達なんだから」
「そのわりに、私がこの世界を存続させることを望まないようだったけど?」
私の本当にお願いを曝け出したのは杏子自身だ。
もし、私が自分の願いを叶えようとしてこの世界を存続させなければ、美樹 さやかもまどかと共に行くはずになっていたはずで。
それは今の杏子の願いからかけ離れたもののように思える。
「迷っちまっててね。
魔法少女としていつか訪れる円環の理に身を任せる世界か、それとも否定された願いから生まれたさやかと幸せに過ごせる世界か……あたしには、どっちが正解かなんて分からないからね。
それに、このままほむらが潰れるところを見てられなかった。そんだけの理由だよ。
不幸を被るあんたが続けるって選択したんだ。あたしから、もう口もはさめやしねぇよ」
……どうやら杏子は杏子で悩み、矛盾した疑問を持っていたらしい。
杏子にとって私は魔法少女の願いを否定した存在で、でも私が折れてしまえば、友達のさやかは消えてしまう……。
納得できない二重の線に雁字搦めにされていたから私を試すようなことばかり口にしていた。
聞けば、納得できる話だ。
杏子から目を逸らし、光に彩られる街を見つめる。
杏子はいつも他人にたいして強く当たりながらも、どこか心の奥で他人を心配していた。
それは私にすら届いていて。
久しぶりに自然と笑みが浮かびそうになる。
杏子は願いを踏みにじった私に怒っていたけれど、それとは別にまた心配もしていてくれた。
美樹 さやかのことを心配し、この世界を存続させたいと考えていたのもまた本当の気持ちなのでしょうけど、それでも十分だ。
私はまだこの世界のために戦える。
まどかの幸せを守ることができる。
絶望を身に纏う花畑から立ち上がって、杏子から体を翻す。
「……どこにいくんだよ」
「魔女が現れたら困るから、待機しておくだけよ……美樹 さやかのことは気をつけるわ」
「あたしの記憶は消さなくていいのかよ?」
「今ここで消したところで、またあなたの記憶を取り戻させた人物から記憶を取り戻されるだけだろうし、残しておいてあげるわ」
「そりゃ、ありがたいことだね」
「今度会うときは敵同士かもしれないわね」
杏子は少し考えるような間を置いて、質素に答えた。
「……ああ」
この世界が始まりを告げた頃、まどかに伝えた言葉が脳裏によぎる。
――いずれ貴方は私の敵になるかもね。
それでも構わない。
私はまどかが幸せになれる世界を望む。
希望を描いた願いと思いを無視して、私の思いを貫いてみせる。
そよぐように吹く風を身に感じ、歩き始めた。
今まで心についてこれていない体が重い鉛のようだった心が、憑き物が取れたように軽く感じられる。
もう迷いなんてない。
どんな壁が立ちふさがろうと容赦はしない。
今まで何が起こるか不確定だったから使用するのを躊躇っていた円環の理の力を使ってでも、絶対にまどかが笑顔でずっと幸せになれるこの世界を守ってみせる。
それが、本当の願いを自覚し、迷いに迷った私の決意だった。
第八話「揺れ動く私と決意」終わり