観客席の男 ―ここまで遊んでくれてありがとう!   作:ザキグン

4 / 12
君の剣は、七手目からだ

二年もあれば、人間はそれなりに慣れるものなんだな。

刀の重さにも、傷口へ薬を塗る痛みにも。

覆面の内側で、普段とは違う声を出すことにも。

 

だが、それは俺のスキル『《戦意恒常》』の恩恵も大きかったのは事実だ。

全国に田中さんは数多にいるが、きっと、俺よりも先に異世界に足を運んだ先輩田中さんもいるはず。

その方々には、本当に尊敬の念を抱かずにはいられない!

 

ともあれ、俺は二年で、森の魔物とも、野盗とも、闘技場の兵とも戦った。

一度も死なずに済んだのは、俺が英雄だからではない。危ない相手からは逃げ、勝てる条件を整え、何度も失敗した結果だ。

慣れたくなかったものにまで慣れてしまうのは、少し困るが。

 

「――勝者、《彼》!」

 

審判の声とともに、闘技場を拍手が満たした。

俺は倒れた対戦相手の喉元から刀を退け、静かに鞘へ収める。

その動きだけで、客席の歓声が一段大きくなった。

以前は、鞘へ戻す時に切っ先が引っかかったこともある。外套の裾を踏んだこともある。初出場の時など、面の固定が甘く、試合中に片側だけずれた。

それを思えば、ずいぶん様になったものだ。認めたくはないが。

いやさ、名乗ったことないから文句は言い難いが、それでも『彼』はないのではないか?

 

「今日の縛りは何だ!」

「一度しか抜いてないぞ!」

「いや、右足を動かしてなかった!」

「相手の技を一度見てから返してたんだ!」

 

客席から飛んでくる声に、俺は外套の内側で顔をしかめた。

最近、観客の分析力が妙に上がっている。こちらの自主制約を当てる遊びを始めるな。

闘技場へ出る目的は、あくまで生活費と鍛錬だ。決して、観客参加型の縛り当て競技ではない。

今回、自分へ課していた条件は、

 

【刀を抜くのは一度だけ】

【抜刀後、三歩以上移動しない】

 

相手は大盾を持つ重装剣士。本来なら、距離を取りながら側面へ回る方が安全だった。

だが制約補正で技と集中力を上げ、盾を出す瞬間の重心だけを狙った。結果、相手は傷一つ負わず、背中から砂地へ転がった。

「見事だった」

俺は倒れた男へ手を差し出した。覆面時のため、少し低く、落ち着いた声を作る。今では、この声もだいぶ自然になった。

「次は、盾を出す前に左腰を沈めすぎぬことだ。踏み込みを読まれる」

「……敵に助言する奴があるかよ」

男は苦笑しながら俺の手を取った。

「次に勝つためだ」

「次もお前と戦う前提なのか?」

「それは知らぬ」

「そこは格好よく言い切れよ」

もっともな意見だった。

名もない闘士へ、構えの癖を一つ教える程度ならいい。原作の主要人物へ、成長率や転職条件まで漏らすのとは話が違う。

俺は男を立たせ、審判へ一礼してから控室へ戻った。

 

通路の壁には、その日の出場者一覧が掛けられている。

地方都市ラウディア。年に一度の武芸祭で知られる、メルカディア連邦北東部の闘技都市だ。

フェルマータほど巨大ではない。だが、武人と興行主の数だけなら引けを取らない。

今回の賞金は悪くない。勝ち上がれば、琥珀亭の煮込みをしばらく値段を気にせず食べられる。麦酒もつけられる。

そのためなら、多少の面倒は受け入れよう。

俺は次の対戦表へ目を向けた。そこで、足が止まった。

 

 

【ミレア】

【原作登録:中盤加入】

【兵種:ソードファイター】

【状態:焦燥/成長停滞】

【兵種適合率:63%】

【成長傾向:速さ・技・力】

【総合成長率:大陸上位】

 

 

「……おい、まてぃ!」

思わず声が漏れた。

壁へ貼られた名簿の横に、本人がいた。

小柄な少女、年齢は十七か十八ほど。

屋外で鍛えてきたことがひと目で分かる小麦色の肌に、赤褐色から毛先へ向かって焼けた橙色になる髪を、高い位置で一つに結んでいる。

大きな金色の瞳。笑った時に覗く八重歯。片肩だけを守る革防具と、左右で形の違う籠手。

原作と同じだった。

 

ミレア。

 

『聖剣戦記エルドガルド』では、中盤に加入する剣士。

初期能力は低い。

武器熟練も半端で、加入する頃には敵兵が上級職へ差しかかっているため、初見ではまともに戦わせることすら難しい。

そのせいで攻略掲示板では、育成枠、趣味枠、愛があるなら使える――などと、散々な評価を受けていた。

しかし、違う!

ミレアは弱いのではない。育っていないだけだ。

速さと技を中心に伸び、力まで後から追いつく。手間を惜しまず育てれば、終盤には大半の敵を再攻撃で沈める。

俺は当然使った。

何周も使ったし、低レベル加入縛りでも使った。

初期装備固定でも使ったし、支援会話も全て見た。

 

俺は慌てて、彼女の試合を観戦するため、足を運んだ

そして、気づいてしまった・……。

今の彼女は、戦い方を間違えている。

 

 

 

 

「おりゃあっ!」

ミレアの片手剣が、大柄な重剣士の刃へ正面からぶつかった。

金属音が鳴り響き、彼女の身体が弾かれるように後ろへ飛ぶ。

「まだまだ!」

ミレアは砂地を蹴り、再び踏み込めば、今度は両手で柄を握り、腰を大きく回した。

一撃へ全身の力を乗せようとしているのだろうが、それでは遅い。

相手は剣を立てるだけで受け止めた。

「くっ……!」

そのまま鍔迫り合いに持ち込まれれば、ミレアの腕が震える。

体格差は明らか、正面から力比べをすれば、当然、不利になる。

そんなことは、本人にも分かっているはず……、なのに、離れない……、一撃の重さで押し切ろうとしている。

 

違う!そっちではない!

なぜ自分の長所を捨てて、力比べへ行くんだよ。

 

ミレアの強みは初動と重心移動。

そして、相手を見ながら、その場で動きを組み替える対応力だ。

彼女の剣は、一撃で終わらせるためのものではなく、攻防をつなげるほど完成へ近づく剣だ。

 

「せいっ!」

ミレアは押し負ける直前、相手の足を蹴った。

「なっ――」

重剣士の体勢が崩れる。

その隙に身体を翻し、柄頭を脇腹へ叩き込む。

相手が息を詰まらせ、ミレアはすぐに距離を取る。

そうだよ、今の動きだ!

力で勝てないと理解した瞬間、身体が勝手に別の手を選ぶ、あれが本来の彼女だ。

だがミレアは、自分の一撃が通らなかったことへ腹を立てたように眉を寄せる。

 

「次はもっと重い剣にしよっかな」

そう独り言を漏らしそうな表情を見て、俺は控室で額を押さえた。

やめろ!そちらへ行くなって!

重い剣を持てば初動が死ぬ、速さを捨ててどうするんだよ!

相手は脇腹を押さえながらも立ち直り、再びミレアへ大剣を振り下ろす。

彼女は横へ跳んで回避するが……、着地と同時に、また正面から踏み込もうとする。

なんで、同じことを繰り返すんだよ……。

 

ミレアは大剣の側面へ自分の刃を滑らせた。

重剣士の武器が砂地へ刺さる。

その腕を踏み台にして跳び、柄頭を相手の額へ当てれば、今度こそ、男が倒れる。

 

「勝者、ミレア!」

「よっしゃあ!」

ミレアは剣を掲げた。客席から歓声が上がる。

危なげではあったが、勝ちは勝ちだ。

彼女は倒れた相手へ手を貸し、何か話しながら笑っている。

明るくて人懐っこい、原作と同じだ。

ただし、ステータスの状態欄には――

 

【焦燥】

【自己評価:低下】

【成長停滞】

 

 

「俺には、……関係ない」

ミレアは原作でも生きているし、いずれ中盤でアルディスたちへ加入するはず。

死亡フラグなんえ見たところ、ない。

少々育成を間違えていても、物語から消えるわけではない。

今回こそ、俺が関わる必要はない。

 

原作開始まで、およそ一年。

この時期の彼女が何をしていたかは、ゲームでは語られていなかった。

つまり、今の伸び悩みも原作どおりなのかもしれないし、下手に助言すれば、余計な変化を起こす。

ヴェスナの件で学んだ……、原作人物へ、攻略情報を口にしてはいけない。

 

「ねえ」

 

目の前に、ミレアがいた。

「……いつからそこに」

「さっきからだよ?」

控室の入口で、彼女は腰へ手を当てている。

近くで見ると、思った以上に表情がよく動く。

金色の目が、好奇心で輝いていた。

 

「ねえ、あんたが噂の《彼》?」

「その呼び名に心当たりはないな」

「えー。みんなそう呼んでるじゃん」

「私は名乗っていない」

「じゃあ、黒い人?」

「いきなり雑になったな」

「だって名前、教えてくれないんでしょ?」

異様に距離が近い……、物理的にも、会話の上でも。

ヴェスナとはまるで違う、こちらが一歩引けば、ミレアが半歩詰める。

 

「何用だ」

「試合しよ?」

「断る」

「えぇ~、断るの早いよ!」

「次の試合がある」

「その次でいいからぁ」

「大会の組み合わせは運営が決める」

「さっき受付で、次の特別試合に申請してきたよ」

「相手の同意が必要なはずだが?」

「だから今、取りに来たの」

「行動が早いな」

「善は急げって言うでしょ?」

「決闘の申し込みに使う言葉ではないと思うが……」

 

ミレアは気にした様子もなく、俺の腰の刀を見る。

「さっきの試合、見てたよ」

「そうか」

「一回しか抜かなかったよね?」

「左様」

「どうして?」

「答える義務はない」

「ふ~ん……」

ミレアが八重歯を見せて笑う。

 

「だったらさ、あたしと戦う時も何か制限をつけてみてよ」

「なぜだ」

「あんた、強いんでしょ?」

「さあな」

「強い人って、そこですぐ否定しないよね」

「……」

「それに、あんたを倒せたら、あたしの剣だって捨てたもんじゃないって証明できるでしょ?」

「勝手な理屈だ」

「いいじゃん。減るものでもないし」

「私には、賞金と体力の損があるのだが」

「そこは強い人らしく、どーんと構えてよ」

明るいし、よく喋るな。

しかし、その笑顔の下にあるものは見えている。

 

【自己評価:低下】

 

ミレアは、自分の剣を信じられていない……、だから、強者へ勝つことで証明しようとしている。

 

「他を当たれ」

「だめ?」

「だめだ」

「ん~……、そっかあ」

ミレアは明るい笑顔だった。

なのに、指が剣の柄を強く握っている。

 

「まあ、仕方ないか。あたしみたいな半端な剣士、相手にする価値ないよね」

 

くそっ!その言い方は卑怯だ。

原作でも、彼女は落ち込むほど笑う癖があった。

仲間に心配をかけたくないから。弱い自分を見せたくないから。

笑って、何でもないふりをする。

俺はそれを知っている。知っているからこそ、見なかったことにできない。

 

「一つ、条件がある」

ミレアが顔を上げる。

「ほんと?」

「貴女が実際に示した動作原理、足運び、剣技以外、私は使わない」

 

数秒、沈黙。

 

「……ちょっと待って」

ミレアが瞬きをする。

「それ、あたしの技だけで、あたしを倒すってこと?」

「左様」

「うわ、すっごく感じ悪い!」

「ならば、やめるか」

「やる!」

ミレアは楽しそうに即答して笑う。

「面白いじゃん。乗った!」

どうやら、引く選択肢はなくなってしまった。

俺は内心で息を吐き、自主制約を設定した。

 

【自主制約】

【対戦相手が実際に示した動作原理・足運び・剣技のみ使用可能】

【固有剣技・未提示の身体操作・能力差のみの圧倒を禁止】

【制約強度:高】

【技術解析・再現補正:大】

 

表示が確定する。

なぜ俺は、初対面の推しユニットへ実演指導を始めているのだろう。

ヴェスナの件で、何を学んだ。何も学んでいない。

 

 

 

 

 

 

「始め!」

審判の声と同時に、ミレアが飛び込んできた。

速い。原作加入時より、すでに初動だけなら上だった。

ただし力みがある。足音が大きい。剣を振る前に肩が上がる。

 

一手目。

ミレアが右上から斬り下ろす。

俺は彼女が直前に見せた踏み込みと肩の落とし方を使い、鞘で軌道を外へ流した。

「抜かない気?」

「まだ、その動きしか見ていない」

「なるほどね!」

ミレアは刃を滑らせ、横薙ぎへつなぐ。

 

二手目。

俺は同じ重心移動を使い、身体を半歩沈める。

彼女の剣が頭上を通った。

「それ、あたしの動き?」

「そうだ」

「そんな綺麗じゃなかったって!」

「自覚があるなら直せ」

「試合中に説教するの、ずるくない!?」

 

三手目。

ミレアは足を狙う。俺は後ろへ跳ばず、彼女が見せた外側への抜け方で刃の外へ回った。

彼女の技は、本来こうつながる。

一手目で相手の武器を上げる。二手目で視線を横へ引く。三手目で軸足の外側へ入る。

だがミレアは、全てを一撃ずつ独立させている。

毎回、そこで勝負を決めようとする、だから身体が止まる。

俺は三手目と同じ踏み込みで彼女の側面へ回り、鞘の先を肩へ触れさせた。

「一本」

「まだ!」

ミレアは身をひねり、柄頭で俺の手を打とうとする。

 

四手目。

俺も同じ動作原理で、彼女の手首へ先に触れた。

「速っ……!」

「貴女の技だ」

「だから、あたしそんなに速くないって!」

「速くないのではない。自分で遅くしている」

「どういう意味!」

問いへ答える前に、ミレアが距離を取る。

笑顔が消えたかわり、真剣な目が宿った。

こちらの言葉を考えている。

彼女は剣を低く構えた。先ほどまでとは違う。力を込めすぎていない。

 

五手目。

小さな踏み込み。切っ先だけが跳ね上がる。俺の鞘を外へ誘った。

いい。今の方がずっと彼女らしい。

俺は同じ動きを返す。ミレアの剣が外へ流れる。

「くっ」

彼女は無理に戻さない。剣が流れた勢いのまま身体を回した。

 

六手目。

逆方向からの斬撃。

まだ粗いが、つながっている。

俺は一歩だけ沈み、同じ回転で刃を避ける。

表示が変わった。

 

【潜在個人特性:《七手連環》を検出】

【顕在化率:86%】

【一連の攻防を重ねるごとに、相手の重心・癖・間合いへ適応】

【第七手到達時、固有連携へ派生可能】

 

そう、これだ!これこそが、ミレアの本当の才能!

七回斬る能力ではないんだ。

回避、誘導、受け、踏み込み、相手の動きを見ながら、七つの手順を一つへまとめる力。

ところが原作のミレアは、それを一撃型の剣士として育てられていた。

速さを逃げと呼ばれ、手数を決め手のなさと教えられ、真価へ届く前に、中盤加入の低能力ユニットとして評価を終えられる。

あぁ、もったいない、あまりにも、もったいない!!

「六つ」

俺が呟く。

「何が?」

「次だ」

ミレアは一瞬だけ戸惑う。だが、すぐに笑った。

「よく分かんないけど――やってみる!」

六手目で身体を回した勢いを、そのまま前へ変える。

重い踏み込みを捨てた。肩から力が抜ける。

小さく沈み、最短距離で俺の懐へ入る。

 

七手目。

速い……、それまでのどの一撃よりも!

切っ先が、俺の面の端をかすめ、黒い布が一筋、宙へ舞う。

避け切れなかった……、七手目に入ったミレアは、俺の予測より半歩速い。

その瞬間、表示が光った。

 

【《七手連環》完全顕在化】

【新規技能:《迅雷連閃》】

【七手の適応結果を次の連撃へ集約する高速剣技】

【兵種変化条件を達成】

【ソードファイター派生:《迅雷士》】

 

 

「はぁ!?」

 

 

 

おいおい、それは何だ!?

クラスチェンジなのか!?

だったら拠点でやるものだろうが!

専用の転職証か、対応する施設か、少なくとも確認画面を一度は挟めって!

いやまあ、原作開始前なのだから、アルディス軍の拠点などまだ存在しないんだが。

だが、それでも戦闘中に突然クラスチェンジした例など聞いたことがないぞ!

しかも《迅雷士》とは何だ。俺も初めて見る兵種だぞ!?

原作になければ、攻略本にも当然ない、設定資料集の没兵種一覧にもなかった。

兵種名まで自作するな、ミレア!

 

こちらが固まっている間にも、彼女の剣先は止まってくれなかった。

唖然としたのは一瞬だけだ。

俺は六手目に彼女が使った回転と、五手目の小さな踏み込みを組み合わせた。

身体を切っ先の内側へ滑らせる。

俺は刀を抜いた。

使うのは、彼女がこれまで見せた動作原理だけ。

 

一手目の斬り下ろし。

二手目の横薙ぎ。

三手目の外側への踏み込み。

四手目の柄頭打ち。

五手目の誘い。

六手目の回転。

そして、七手目。最短の間合いへ滑り込む。

 

刀の刃が、ミレアの首筋で止まった。

砂埃が遅れて通り過ぎる。

 

「勝負あり!」

 

審判の声。客席から、遅れて大歓声が上がった。

ミレアはしばらく動かなかった。やがて力が抜けたように、その場へ座り込む。

「……負けた」

「そうだな」

「そこはもうちょっと優しく言ってよ」

「事実だ」

「容赦ないなあ」

 

そう言いながら、ミレアは悔しそうではなかった。自分の剣を見つめている。

「ねえ」

「何だ」

「今、当たったよね?」

「面の布だけだ」

「一本取った!」

「取っていない」

「じゃあ半分!」

「勝手に得点方式を作るな」

ミレアは嬉しそうに笑ってから、もう一度自分の剣を見た。

 

「何で、あたしよりあたしの剣が上手いの?」

「貴女の剣を、正しく使っただけだ」

「それが分かんないから聞いてるんだけど」

そりゃもっともだった……、俺は刀を鞘へ収める。

「貴女は、一撃目で勝とうとしすぎている」

ミレアが顔を上げる。

「剣が軽いのではない」

「でも、さっきも押し負けたし」

「次へつなぐために軽い」

「次へ?」

「一手ごとに相手を見る。動きを覚える。ずれを直す。そして、前の動きを次の手へ残す」

俺は砂地に、鞘の先で簡単な線を描く。

「最初の踏み込みだけで決めようとするな。避けることも、誘うことも、受けることも、全て次の一撃へつながる」

「……じゃあ、何手までつなげればいいの?」

「七手」

「七?」

 

「貴女の剣は、七手で一つだ」

 

ミレアが自分の手を見つめる。

「覚えておけ」

口にしてから、少し格好をつけすぎた気がした。

だが覆面姿なので、今さら引っ込められない。

 

「貴女の剣は、七手目からだ」

 

客席の近くにいた者が、息を呑んだ。

くそっ、やめろよ!聞くなって!

これは潜在特性の発動条件を説明しただけで、達人の予言ではない!

「七手目……」

ミレアは小さく繰り返した。

その顔に、先ほどまでの焦りはなく、代わりに、子どものような期待が浮かんでいる。

「でも、あたし、何年やっても全然強くなれなかったよ」

「戦い方を間違えていただけだ」

「才能がないんじゃなくて?」

「逆だ」

俺は表示を見る。

 

【総合成長率:大陸上位】

【速さ成長:最高域】

【技成長:最高域】

【力成長:高】

 

「今の強さだけで、自分の限界を決めるな」

ミレアの金色の目が、じっと俺を見た。

「貴女は伸びる」

「どれくらい?」

「少なくとも、成長の余地だけなら、この大陸で五本の指に入る」

ミレアの目が丸くなった。

「……ほんと!?」

「成長率の話だ」

「せいちょうりつ?」

「いや、忘れろ」

「鍛えたら、大陸五指に入れるってこと?」

「可能性の話だ。保証はしていない」

「やった!」

「いや待て。今の実力が五指という意味ではない」

「保証してくれたんだよね!」

「今の会話のどこを聞いていた」

ミレアは勢いよく立ち上がる。先ほどまでの疲労はどこへ行った。

 

「分かった、師匠!」

「誰が師匠だ」

「あたしの剣を直して、才能まで見抜いた人」

「一試合しただけだ」

「一試合でそこまで分かるなら、なおさら師匠じゃん」

「その理屈はおかしい」

「ねえ師匠、次はいつ?」

「話を聞け……、ともあれ、未定だ」

「どこの町?」

「答えない」

「じゃあ、全部の闘技場を回れば、いつか会えるよね!」

「どうしてそうなる」

「だって名前も教えてくれないし、住んでる場所も言わないんでしょ?」

「当然だ」

「なら、あたしが探すしかないじゃん」

 

ミレアは笑顔で俺の外套をつかんだ。

「次に会う時までに、七手目、ちゃんと作っておくから!」

「自分で鍛えるのは結構だが、私を追う必要はない」

「成果は、師匠に見せないと」

「だから、私は師匠ではない」

「師匠って、呼ばれると照れる?」

「そう言う問題ではない」

「じゃあ、師匠♪」

「だから、話を聞け……」

 

あぁ、嫌な予感がする!

ヴェスナの時もそうだった。進への関心、極大。

あの表示を軽く考えた結果、帝国最強候補の少女が俺を捜し始めた。

まさか、同じことにはならないだろう。

ミレアは明るく、気持ちの切り替えも早い。

数週間もすれば、別の強敵へ興味が移るだろう。

 

「それじゃ、またね、師匠!」

ミレアは片手を大きく振り、闘技場の向こうへ走っていった。高く結んだ赤橙色の髪が、尻尾のように揺れる。

俺は嫌な予感を振り払うため、彼女のステータスを確認した。

 

 

【名称:ミレア】

【兵種:《迅雷士》】

【原作兵種:ソードファイター】

【個人特性:《七手連環》】

【新規技能:《迅雷連閃》】

【成長停滞:解除】

【自己評価:回復中】

【俺への認識:師匠】

【追跡意欲:極大】

 

 

「嘘、だろう……」

追跡意欲、極大。

また極大だ。

「何で重要人物は、一度話しただけで極端な数値になるんだ」

命を救ったヴェスナなら、まだ分かる。ミレアには一試合して助言しただけだ。

いや、兵種を変えた。本人の知らないところで。

「……大筋には影響しない」

口にしてみた。以前よりも、さらに説得力がなかった。

 

 

 

 

          ☆

 

闘技場を出る頃には、日が傾いていた。

裏口近くで、ミレアが一人で剣を振っている。

一手目。二手目。三手目。

途中で足が絡み、砂地へ転んだ。

「いたっ」

それでもすぐ起き上がる。

今度は小さく踏み込む。

重く振らない。

前の動きを次へ残そうとしている。

傍らには、古くなって裂けた闘技場の赤い幟が落ちていた。

彼女の左右で違う籠手も、防具も、過去の試合や旅先で受け取った品だ。

ミレアは、忘れたくない出来事を身につける癖がある。

彼女は赤い幟の切れ端を拾い、自分の首元へ巻く。

きっと、今日の敗北を忘れないためなのだろう。

 

「よし」

ミレアは布の端を揺らし、また剣を構えた。

「待っててね、師匠」

 

のちに、世界にその名をとどろかせることになる、ミレアの本当の物語はここから始まった。

 

          ☆

 

 

 

それから一年。

 

机の上には、現在も一通の封筒が置かれている。

大きな字で、「師匠へ」と書かれていた。

ミレアは十二通に分けるべき内容を、なぜか一つの封筒へまとめて送ってきた。

中身は挑戦状。十二枚。

一枚目は普通だった。

「次こそ勝つから、どこかで試合して!」

二枚目では、「七手目、できたかも!」

三枚目では、「やっぱり違った!」

四枚目では、「今度こそできた!」

五枚目以降は、各地の闘技場での戦績報告になっている。

最後の一枚には、「フェルマータにも行くからね、師匠♪」と書かれていた。

 

「来るなとは言わないが、なぜ居場所が分かっているんだよ……」

 

正確な住所を知られたわけではない。

だが闘技場の出場記録と目撃談を大陸中で集めれば、フェルマータを拠点にしていることくらいは絞れる。

普通は、そこまでしない。

差出人住所は毎回違う。

北の山岳都市、南の港町、帝国国境近くの宿場。

本当に大陸中の闘技場を巡っているらしい。

その過程で、彼女が何人を助け、何件の揉め事へ首を突っ込み、何人へ敗戦談を広めたのか。考えたくない。

 

ヴェスナには、主を選べと言った。

ミレアには、七手をつなげろと言った。

どちらも、その場限りの助言だった。

どうして一人は帝国から決闘布告を出し、もう一人は大陸中を巡って俺を師匠と呼んでいるのだろう。

 

手紙を封筒へ戻した時だった。

 

机の上に、半透明の表示が浮かんだ。

 

【外部観測を確認】

【個体情報の一部が閲覧されました】

【観測座標:星降りの遺跡】

 

「……は?」

見間違いではない。表示はすぐに消えた。だが、確かに書かれていた。

外部観測、個体情報の閲覧。

俺は他人のステータスを見れる。

これまで、それが自分だけの能力だと思っていた。

逆に、俺の情報を読める人間がいるとは考えたこともなかった。

 

 

「だ、誰だ……」

 

 

 

答えはない。

窓の外を見る。

フェルマータの夕暮れ、行き交う商人、荷車に酒場へ向かう傭兵。

その中に、こちらを見ている者はいない。

少なくとも、見える範囲には。

もう一度、表示を開こうとするが、何も出ない。

代わりに、机の上の地図がわずかに光った。

東方辺境、星降りの遺跡、原作では終盤まで訪れない場所。

その地点に、小さな金色の印が浮かんでいる。

 

【観測座標を照合中】

 

「くそっ……やめろ!」

 

何が起きているか分からないが、ろくでもないことだけは分かる。

ヴェスナの時も、ミレアの時も。

最初は、ほんの小さな表示だった。

その時、遥か東方から届いたような微かな声が、意識の奥へ落ちた。

 

 

「……見つけた」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。