スカイリムCC:釣り師の痴人 作:アーマーブレイク大好きおじさん
夜。
ドーンスターの空には、澄み切った星々が広がっていた。
昼間の混乱が嘘のように、街は静かな疲労感に包まれている。
「……いい匂いです。」
隣に座るシズクが、湯気の立つ鍋を見つめて目を輝かせていた。
場所は宿屋『ウィンドピーク』。
防衛戦に参加した面々が集まり、簡素ながらもささやかな祝勝会が開かれていた。
港を守り切った傭兵たち。
そして、救援に駆けつけてくれたステンダールの番人たち。
ドーンスターの衛兵と住民たちは防壁の応急処置とのことだ。
大変そうだなぁ(他人事)。
全員が疲労困憊だ。
傭兵たちは肩を並べ、疲れ切った顔で、ちびちびと蜂蜜酒を飲んでいる。
しかし、その顔には確かな生還の喜びがあった。
そしてテーブルの中央に置かれているのは、大きな鍋。
中でぐつぐつと煮えているのは、昼間あれほど暴れ回っていたマッドクラブの身をふんだんに使った――熱々のビスクだった。
甲殻をじっくり炒って取った濃厚な出汁。
牛乳とクリームで伸ばされたまろやかなスープ。
刻まれた玉ねぎとリーキがとろりと溶け込み、表面には溶かしたバターが黄金色の輪を描いている。
そして何より。
鍋の中には、ほぐしたマッドクラブの身が、これでもかというほど沈んでいた。
「さぁさぁみなさん。出来ましたよ。」
宿屋の主人が笑顔で熱々のビスクが入った大き目のお椀を私たちのテーブルに運んできてくれる。
オレンジ色の液体がトロリとわずかに揺れる。
もう見た目だけで濃厚であることが分かってしまう。
さらに立ち昇る湯気と共に、濃厚な甲殻類の香りが鼻をくすぐる。
その奥には、バターの甘い香りと香草の爽やかな風味。
疲れ切った身体が、その匂いだけで反応した。
「「いただきます。」」
木のスプーンで一口すくい、そっと口へ運ぶ。
熱い。
そして旨い。
最初に口内に広がったのは、粘度の高い液体の熱さ。
ちょっぴり拷問である。
次に来たのは強烈で濃厚な旨味だった。
マッドクラブの身に含まれる旨味が凝縮され、さらにビスクを作る際に使われたミルクやバター、香草の風味が合わさっている。
さらに、ほろりと崩れる白い身。
繊維は柔らかく、それでいてしっかりとした弾力が残っていた。
噛むほどに甘みが増し、甲殻から取った出汁の風味と一体になっていく。
「おいしーです!!!」
シズクが目を輝かせてスプーンを頬張る。
相当美味しいようだ。
当然のことではある。
なぜなら(元)日本人は甲殻類の旨さに捕らわれてしまっているのだから。
私も例外ではない。
身体中に染み込んだ旨味に、思わず舌鼓を打つ。
これは最高だ……。
「これ、すごいです……! スープとも違うし、シチューとも違う……もっと、こう……」
シズクが口を動かしながら、次々と言葉を紡いでいく。
無意識の内に、同じ感想を共有したいという気持ちが生まれているのだろう。
「もっと、こう……」
彼女はスプーンを握ったまま真剣に考え込み――。
「罪深いです。」
「分かる。」
これは”美味しい”だけでは表現が足りない。
甲殻の旨味を、牛乳とクリームで無理やり増幅し、さらにバターで殴りつけたような味なのだ。
身体が”もう十分だ”と言ったとしても、舌が”もっと寄越せ”と命令してくる。
なんて恐ろしい。
しかも宿屋の主人は追い打ちをかけるように、追加の小鍋を持ってきた。
「冷める前にこれもどうぞ。」
こんがりと焼かれたパンだ。
なんで皿ではなく、鍋かって?
それはもちろん、ただのパンではないからだ。
麦の甘い匂いとガーリックの香ばしい匂い。
表面はバターをたっぷり吸って艶やかに光り、焼き色のついた縁からはじゅわりと脂が滲み出している。
さらに上には細かく削ったチーズが山のように振りかけられており、熱で半分溶けて糸を引いていた。
私は思わず宿屋の主人を見る。
「……これをビスクに漬けるのか?」
「もちろん。」
なんという暴力。
圧倒的暴力。
高カロリーin高カロリー。
これは冒涜である。
全てのヘルシー信者への宣戦布告である。
そして、シズクの目が危険な輝きを放った。
「やりましょう。」
やるしかなかった。
シズクに言われたからやるしかなかった。
ほんとにほんとに。
全部シズクのせいです。
私は焼きパンをビスクへ沈める。
じゅわっ、と音を立ててスープを吸い込み、ガーリックバターのパンは瞬く間にオレンジ色へ染まっていく。
チーズがとろりと溶け、ビスクと混ざり合って、もはや”カロリーの集合体”としか言いようのない物体が完成した。
深い罪悪感と共に私はパンを口に運ぶ。
ほんとはこんなことしたくなかったんですけどね。
シズクがやれっていうから……――
――もちゅっ……
駄目だ。
旨すぎる。
香ばしく焼けた小麦。
濃厚なマッドクラブの出汁。
クリームの重たいコク。
そこにチーズの塩気と発酵香が加わり、最後に溶けたバターが全てをまとめ上げる。
私の口内で冒涜の祭りが行われている。
なんとも罪深くて、心地良くて、嗚呼――美味い。
「ん゛~~~~っ!」
隣でシズクが変な声を出した。
彼女は両手で椀を抱え込み、幸せそうに頬を緩めている。
「嗚呼、お許しください。私は罪深い女です……」
なんというか、それは意味が変わってきそうだけど。
しかし、気持ちはわかる。
この大罪を犯したような感覚。
それは、深夜二時にこってり豚骨ラーメン脂マシマシを食べた時の感覚。
それは、就業時間中にトイレでyou〇ubeを見ていた時の感覚。
それは、明日仕事なのにビールを飲みながら徹夜でゲームをした時の感覚。
カロリーが…おぞましい、カロリーの獣がやってくる…
ああっ…呪われた贅肉が…
赦してくれ…赦して…くれ…
ビスクの表面には溶けたバターが黄金色の膜を作り、パンを漬けるたびにトロリと揺れる。
一口ごとに濃厚さが増していくのに、なぜか飽きる気配がない。
冷たい雪原で刀を振るい、命の危険をくぐり抜けた後だからこそ、身体は本能的に高カロリーを求めているのだろう。
”スカイリムの寒さは、摂取したカロリーを正義に変える”
今ならば分かる気がする。
私が求めているのは温もり……ではない。
カロリーだ。
体内で熱を生み、活力へと変換するエネルギー。
人はカロリーによって自らを太陽と為す。
つまり――
「導きのカニビスクよ……」
私は椀の底をさらうように最後の一口をすくった。
クリームとバターとチーズをたっぷり吸ったパンと、ほぐれたマッドクラブの身がとろりと絡み合っている。
それを口へ運び込む。
――ごくり。
美味い。
これは正義である。
むしろヘルシーこそが冒涜であったのだ。
健康なんて所詮は幻想なのだ。
人間は生まれた時から暴食の獣なのだ。
「カロリーこそが我々を守る正義の鎧なのだ。」
「ファイザルさん、正気に戻ってください……。」
シズクが呆れたように笑う。
その頬はビスクの熱でほんのり赤く染まっていた。
暖炉の火がぱちぱちと爆ぜ、宿屋の中には酒とバターと甲殻の香りが満ちていた。
やがてシズクがスプーンを置き、小さく息を吐く。
「でも……本当にすごかったです。」
「ん?」
何の話?
カニ?
「赤い雷をまとって飛び込んでいって……あの時、すごくかっこよかったです。」
ああ、戦いの話ね。
見てたんだね。
「やるしかなかったからな。」
「それでもです。あんな状況で前に出られる人なんて、そういません。」
シズクの言葉は真っ直ぐだった。
本心からそう思っているのが分かる。
私は椀をテーブルに置き、彼女を見る。
「それを言うなら、シズクの方だろう。」
「え?」
彼女はきょとんと首を傾げる。
「私は、ただ救援を呼びに行っただけです。」
「”ただ”じゃない。」
私は静かに言った。
「危険な雪道を走って、居るかもわからないステンダールの番人を呼びに行ったんだ。」
視線を自分の手に落とす。
私は転生して、この世界では明らかに強すぎる力を持っている。
赤い雷も、強力なマジカも、高い身体能力も普通の人間にはないものだ。
もちろん恐怖がないわけではない。
だが、”自分は戦える”という確信がどこかにあった。
しかしシズクは違う。
彼女は特別な力を持っていない。
それでも――。
「自分が傷つくかもしれないのに、人を助けるために動いた。」
私は真っ直ぐに彼女を見た。
「それが本当の”勇気”だ。」
暖炉の火が揺れる。
宿屋の喧騒が、少しだけ遠く感じられた。
(私がシズクの立場なら、同じように動けただろうか?)
そんな問いが私の中で渦巻く。
シズクはしばらく黙ったまま俯いていたが、やがて小さく笑った。
「……そんなふうに言われると、なんだか照れます。」
「それはシズクが優しい証拠だ。」
シズクはほんのり赤く染まった頬を指で触って、そっと目を細めた。
そして私は食べ終えたビスクの椀を持ち、立ち上がる。
「シズク。」
「え……はい……」
私は改めて、シズクの目をじっと見る。
その瞳は潤んでいた。
頬は上気し、唇が薄く開かれている。
私は一度大きく息を吸い込み――
「――ビスクのおかわり、いる?」
「え――
ええええええええ!!!なんでですか!?いま、いい雰囲気だったじゃないですか!?」
えぇ?
いい雰囲気って?
「ビスクのおかわり、要らないの?」
「いや、要りますけど!なんというか……もう……もうっ!」
プリプリと怒るシズク。
その手はしっかりと空になった椀を抱えていた。
私は肩をすくめる。
「おかわりでいいんだね。」
「うう……はい。」
シズクは頬を膨らませたまま、そっと椀を差し出してくる。
私は鍋へ向かい、再びトロリとしたオレンジ色のビスクをよそった。
表面には黄金色のバターが揺れ、湯気と共に濃厚な甲殻の香りが立ち上る。
シズクは受け取った椀を見つめ、小さく呟いた。
「……やっぱり、罪深いです。」
「だな。」
「やっぱり、わかってなさそうです!!!」
窓の外では、ドーンスターの冷たい夜風が雪を運んでいる。
だがウィンドピークの中は暖炉の火と、濃厚すぎるビスクの湯気で満たされていた。
命懸けの戦いの後。
勇気を称え合い、少し照れて、そして結局は熱々の飯を囲んで笑い合う。
たぶん、こういう時間こそが。
この厳しくて、寒くて、時々どうしようもなく理不尽なスカイリムで生きていくための、何よりのご褒美なのだろう。
そして、後日。
私は知ることとなる。
今回の騒動の元凶となった西の釣り小屋に強力なマジカの痕跡と――
”沈む太陽の刻印”――かつてこの大陸を揺るがした”深遠の暁教団”の紋章があったことを。
本来はCCコンテンツ【釣りの知人】の流れに沿って飯を食うだけの小説のつもりだったんですが、変に風呂敷を広げた結果、取り返しのつかないことになりそうです……。
エタらないように頑張ります……