スカイリムCC:釣り師の痴人 作:アーマーブレイク大好きおじさん
翌朝。
ウィンドヘルムの空は、薄い雲に覆われていた。
東の空から昇った朝日が、雲の切れ間を縫うように街へ差し込んでいる。
古びた石造りの建物も、雪をかぶった屋根も、海沿いにそびえる城壁も、淡い光を浴びて青白く浮かび上がっていた。
美しい景色である。
ただし、寒い。
吐く息は白く、頬を撫でる潮風は容赦なく体温を奪っていく。
リフテンの朝とは比べものにならない。
さすがはスカイリム最古の都市を名乗るだけのことはある。
歴史も寒さも、年季が違う。
私は、港へと足を向けた。
今日の目的は、北極グレイリングとかいう魚を用意することだ。
ファングタスクとかいうホーカーをおびき寄せるための餌である。
……死ね(殺意MAX)。
どうして私が、高々ホーカーのために魚を用意しなければならないのか。
しかも、私がまだ食べたことのない魚を。
肉厚で、脂の乗った北国の魚を。
……許せん。
私が食べたことのない魚を、私に用意させるだと?
死にたいらしいな。
まあ、そんなわけで一刻も早く釣ってファングタスクをホーカーのローフにしてやらないと気が済まない。
……いや、待てよ。
そもそも、執政のヨルレイフに報告してから動くべきなのでは?
そんな考えが頭をよぎる。
だが、すぐに振り払った。
まあ、いいや。
倒してから報告すれば。
どうせ、話を聞く限りでは放っておけば漁師や船乗りに被害が出るような相手だ。
ならば、さっさと片づけてしまった方が早い。
そう結論づけた私は、港の一角に目をつけた。
海水が流れ込む岸壁のそば。
魚を狙うには、なかなか都合のよさそうな場所である。
私は荷物から釣り道具を取り出し、準備に取りかかろうとした。
そのときだった。
「おい。そこをどけ、よそ者」
背後から、低くぶっきらぼうな声が飛んできた。
……ん?
振り返る。
そこに立っていたのは、昨日、街へ入ったときに見かけた長髪のノルドだった。
相変わらず、身なりはみすぼらしい。伸び放題の黒い髪に無精ひげ、くたびれた服。どうにも近寄りがたい雰囲気をまとっている。
そして、私を見る目も、決して友好的とは言いがたかった。
――ああ、はいはい。
朝っぱらからですか。
ウィンドヘルムという街の空気を考えれば、そういう反応が返ってきても不思議ではない。
とはいえ。
「……何か?」
私は努めて平静に聞き返した。
男は私の顔ではなく、その足元――正確には、私が釣りの準備をしようとしていた場所へ視線を向けた。
いや、一瞬胸に向けたなコイツ。
「ここは船着き場だ。そんなところで釣りを始めるな。やるなら港の端でやれ」
……あぁ。
私は男の視線を追い、周囲を見回した。
すぐ脇には船を係留するための設備があり、荷物を運ぶための通路もある。少し離れた場所では、船乗りらしき男たちが忙しそうに動き回っていた。
なるほど。
確かに、邪魔だ。
「……ああ、なるほど。すまない。」
「ふん。」
男はそれだけ言うと、さっさと踵を返した。
でもその前にまたチラッと胸見ただろ。
私はその背中を見送りながら、釣り道具を抱え直す。
「…………。 」
いや、うん
今のは私が悪い。
至極まっとうな注意だった。
ちょっと恥ずかしい。
私は釣り道具を抱え直し、男の言ったとおり港の端へと移動した。
男もまた、なぜか同じ方向へ歩いてくる。
……ん?
まさか、また胸を見るつもりなのか(呆れ)。
いや、さすがに考えすぎか。
港の端は、船着き場から少し離れた場所にあった。
荷運びの邪魔になることもなく、釣り糸を垂らすにはちょうどいい。
私は周囲を見回してから荷物を下ろし、釣りの準備を始めた。
すると、男は近くの木箱に腰を下ろした。
「……おい、エルフ」
「ん?」
「この辺りじゃ、俺は伝説の釣り師だって有名なんだぜ」
「…………。」
何だコイツ。
昨日は薄汚れた格好で人を睨みつけていたかと思えば、今日は朝っぱらから自慢話かよ。
しかも、酒臭い。
なるほど。酔っぱらいだったのか。
「へぇ~」
私は釣り糸を整えながら、適当に相槌を打った。
男はそんな私の反応など気にも留めず、得意げに胸を張った。
「ただ魚を釣るだけじゃねえ。俺はな、黒い竜を釣り上げたこともあるんだぜ。……三匹も、な」
「……へぇ。」
私は釣り糸を整えながら、何気ない口調で尋ねた。
「どうやって釣ったんだ?」
「鋭い刃で突き刺したのさ。どうだ?手伝ってやろうか?」
そう言って私の胸を見てくる。
スケベおじさんじゃん。
童貞君かな?(煽り)
「手伝うなら酔いを醒ましてからね。」
「へいへい。ま、こんなもん酔ったうちに入らねぇがな。」
男はそれだけ言うと、さっさと踵を返した。
でもその前にまたチラッと胸見てただろ(二回目)。
私は再びため息をつき、釣りの準備に戻った。
……ふー。3かぁ……。
☆★☆★☆★☆★
朝の港は、少しずつ活気を増していた。
私は餌を取り付け、釣り糸を海へと垂らした。
船乗りたちの掛け声。
荷物を運ぶ足音。
波が石造りの岸壁にぶつかる音。
その一方で、海から吹きつける風は相変わらず冷たい。
(……寒い。)
実に寒い。
こんな場所で魚を釣ろうというのだから、我ながら物好きな話である。
しかも、釣った魚は自分で食べるためではない。
あの忌々しいホーカーをおびき寄せるためなのだ。
(……腹が立ってきたな。)
そんなことを考えながら、私は水面を眺めていた。
やがて、日が高くなり始めた頃。
――ぴくん。
釣り糸が揺れた。
「……お?」
続いて、竿先がぐんと引き込まれる。
来た。
私は竿を握り直し、手応えを確かめながら糸を引いた。
大物というほどではない。
けれど、なかなか元気がいい。
水面がばしゃりと跳ね、銀色と黄金色が太陽の光を弾いた。
そのまま何度か糸を引き寄せると、やがて魚体が岸壁のそばまで浮かび上がってくる。
そして――。
「獲った。」
釣り上げた魚を、私は満足げに掲げた。
青緑色の鱗に、黄金色の腹。鮮やかな橙色のヒレ。
”北極グレイリング”
……思っていた通り、立派な魚だ。
私は魚を持ち上げ、じっくりと眺めた。
身はふっくらとしており、腹まわりにも十分な厚みがある。
光を受けた鱗はつややかで、いかにも脂が乗っていそうだった。
「…………。」
――じゅるり。
いや、待て。
落ち着け、私。
これは餌だ。
ファングタスクをおびき寄せるための、れっきとした餌である。
私が食べるために釣ったのではない。
「…………。」
でも、これ。
絶対に美味しいやつだ。
身は厚いし、脂もたっぷり乗っていそうだし、皮目をこんがり焼いたら、さぞかし香ばしいだろう。
フォークを入れれば、ほろりと身がほどけて。
口に運べば、脂の甘みがじゅわっと広がって。
表面の焼けた皮はぱりぱりで、中はふっくら。
……ああ。
想像しただけで、腹が減ってきた。
ファングタスクの討伐に必要なのは、魚一匹。
だが、丸ごと一匹を餌にする必要があるのだろうか?
いや、必要ない。
半分を餌にして、残り半分を食べればいい。
ホーカー如きが調子に乗るなという話である。
「……うむ。」
合理的だ。
実に合理的な判断である。
私はそう自分に言い聞かせると、魚を手早く処理し、身を半分に分けた。
片方は、あとで焼いて食べる。
もう片方は、ファングタスクをおびき寄せるために使う。
これでよし。
餌を用意するだけのつもりが、思わぬ収穫まで得てしまった。
私は北極グレイリングの半身を見下ろし、満足げに頷いた。
さて。
あとは、こいつを美味しく焼くだけだ。
私は港の邪魔にならない場所を探し、簡単な火を起こした。
魚の半身を串に刺し、表面に軽く塩を振る。
あとは、じっくりと火を通すだけだ。
北極グレイリングの身は厚い。
焦らず、急がず。
火加減に気を配りながら、皮目を少しずつ炙っていく。
やがて、ぱちり、と小さな音がした。
皮から脂が滲み出し、火に落ちる。
――じゅううう……。
香ばしい匂いが、ふわりと漂った。
「…………。」
これは。
ああ、これ。
絶対に美味しいやつだ(確信)。
皮目には、少しずつ焼き色がついていく。
表面はパリパリになりつつあり、脂をまとった身からは、魚特有の濃厚な香りが立ち上っていた。
私は串を回し、反対側にも火を通す。
焦げないように。
けれど、焼きが足りないのも困る。
このあたりの加減が重要なのだ。
そして、十分に焼き上がったところで、私は魚を火から下ろした。
「……いただきます」
まずは、皮目から。
――ぱりっ。
小気味よい音がした。
その直後、熱々の脂とともに、魚の旨味が口いっぱいに広がる。
……うまい。
うまいぞ、これ。
皮の香ばしさ。
その下にある、ふっくらとした身。
噛むたびにほろりとほどける身から、甘みを帯びた脂がじゅわりと染み出してくる。
塩は控えめで正解だった。
余計な味付けをしなくても、魚そのものの旨味が十分に強い。
冷たい海で育った魚だからだろうか。
身はしっかりしているのに、口当たりは驚くほど柔らかい。
脂は濃厚だが、決してくどくない。
皮の香ばしさと、身の甘み。
次の一口が止まらない。
「…………。」
あっという間に、半身が消えた。
「…………。」
これ、きっとバターも合うな。
それに、香草を少し。
塩焼きとは違った美味しさが楽しめるのではないだろうか。
「…………。」
いや、待て。
これは餌だ。
ファングタスクをおびき寄せるための、大切な餌なのである。
残りを食べてしまうわけにはいかない。
そう。
食べてしまうわけにはいかないのである。
4 分 の 1 を 餌 に し て 残 り を 食 べ れ ば い い の で は ?
ホーカー如きが調子に乗るなという話である。
私は残った半身をさらに二つに分け、その片方を餌用として取り分けた。
(……よし。)
これなら問題ない。
私は残った身にバターを乗せ、刻んだ香草を散らした。
再び火にかける。
熱で溶けたバターが魚の表面を包み込み、香草の爽やかな香りと混ざり合った。
――じゅわっ。
バターが泡立ち、魚の脂と一緒になって身へと染み込んでいく。
ああ……。
これは、反則だろう。
先ほどの塩焼きが素材の旨味を楽しむ料理なら、こちらは香りとコクを楽しむ料理だ。
焼き色のついた表面に、溶けたバターがきらきらと輝いている。
私はそれを見つめながら、ごくりと喉を鳴らした。
「……いただきます。」
ひと口。
「…………!」
うまい。
バターの濃厚なコクが、北極グレイリングの脂と見事に調和している。
香草の香りが後味を引き締め、塩焼きとはまた違った魅力を生み出していた。
これはこれで、実に素晴らしい。
私は、もうひと口を運んだ。
もうひと口。
さらに、もうひと口。
「…………。」
ふと、視線を横へ向ける。
そこには、餌用に取り分けた北極グレイリングが置いてあった。
「…………。」
これも、焼いたら美味しいんだろうな。
☆★☆★☆★☆★
気がつけば、まな板の上には魚の骨と頭だけが残っていた。
「…………。」
私は無言でそれを見つめた。
頭。
骨。
尾ひれ。
以上。
これでファングタスクをおびき寄せられるだろうか?
遠目で見たらわからないよね?
ワンチャン匂いだけでもいけるか?
それが無理なら市場に売っている魚と頭を交換して――……。
「……もう一匹、釣るか。」
きっと仕方のないことなんだろう。
それはそれとして、北極グレイリングは本当においしかった。
餌にする分は別に用意すればいい。
最初からそうしておけばよかったのだ。
私は残った骨と頭を片づけ、再び釣り竿を手に取った。
……今度こそ。
今度こそ、餌にする分は食べない。
そう心に誓いながら、私は再び釣り糸を海へと垂らした。