18時頃に二度目の投稿を行います。
異形が去った後も、地下駐車場には重苦しい静寂が漂っていた。
レオンはショットガンを下ろし、大きく息を吐く。
「助かった……」
次郎も周囲へ視線を巡らせる。
「まだ油断しない方がいい」
「あれだけの化け物が一体だけとも限らない」
「了解」
レオンは頷くと、管理室へ向かって声を掛けた。
「もう大丈夫です!」
扉がゆっくりと開き、店長たちが姿を現す。
マービンは二人の無事を確認すると、小さく息を吐いた。
「さすがだな」
「……怪物相手によく戦った」
その時だった。
カツン――。
地下駐車場の奥から、硬い靴音が静かに響く。
全員が一斉に振り向く。
暗闇の中から、一人の女性がゆっくりと姿を現した。
赤いジャケット。
黒いパンツ。
短く切り揃えられた黒髪。
その右手には拳銃が握られている。
女性は次郎たちを一瞥すると、落ち着いた口調で言った。
「安心して」
「撃つつもりはないわ」
レオンは拳銃を構えたまま問い掛ける。
「あなたは?」
女性は薄く微笑む。
「エイダ・ウォン」
「FBI捜査官よ」
名乗ると同時に、彼女はFBIの手帳を左手で取り出して見せる。
そして、先程の異形が逃げた方角へ視線を向けた。
「今の化け物……あれで倒せたの?」
レオンは首を横へ振る。
「いえ、逃げられました」
「だから、また現れると思います」
エイダは静かに頷く。
「そう」
「なら、時間はあまりないわね」
次郎は一歩前へ出る。
リボルバーは下ろしたものの、警戒は解かない。
「FBIが、ここへ何をしに?」
エイダは視線だけを次郎へ向けた。
「人を探しているの」
「名前はベン」
レオンは首をかしげた。
「ベン……?」
「その人は、どういう?」
エイダはレオンの反応を確かめるように一瞬だけ見つめた。
「新聞記者よ」
「この警察署の留置場に拘留されているはず」
レオンは驚いたように目を見開く。
「留置場に?」
「ええ」
エイダは静かに頷く。
「彼なら、この事件について何か知っている可能性がある」
「だから会いに来たの」
レオンは次郎へ視線を向けた。
「アリスさん」
「まずは留置場へ向かいましょう」
次郎はエイダから視線を外さないまま、小さく頷く。
「ああ」
その仕草。
視線。
立ち位置。
どれを取っても隙がない。
(FBI……か)
(少なくとも、ただの捜査官じゃない)
次郎は心の中で警戒を強める。
エイダもまた、その視線に気付いていた。
二人は何も言わない。
しかし互いに、相手が只者ではないことだけは理解していた。
重い沈黙を破ったのはマービンだった。
「今は協力できる者は多い方がいい」
「留置場なら、この先だ」
レオンは頷き、ショットガンを握り直した。
「巡査部長は生存者の護衛をお願いします」
「了解した」
エイダは小さく微笑む。
「案内をお願いするわ」
地下駐車場には、再び静寂が戻っていた。
先頭を歩くのは次郎。
その後ろにレオンとエイダ。
薄暗い照明の下、コンクリートの床を靴音だけが静かに響いていく。
レオンは周囲を警戒しながら、小声で尋ねた。
「エイダさん、そのベンって記者は、どうして拘留されていたんですか?」
エイダは前を向いたまま答える。
「政府やアンブレラについて危険な記事を書いていた人物よ」
「警察に保護されていたのか、それとも拘束されていたのかは分からない」
「でも、彼なら事件について何か知っているはず」
レオンは静かに頷いた。
「だからFBIが動いているんですね」
エイダは否定も肯定もしなかった。
その曖昧な態度を見て、次郎は警戒を解かない。
(話の筋は通っている)
(だが、すべてを話しているわけでもなさそうだ)
そんなことを考えていると、エイダがふいに口を開いた。
「あなた」
視線は次郎へ向けられていた。
「名前は?」
次郎は歩みを止めずに答える。
「有栖次郎」
エイダは一瞬だけ考えるような表情を浮かべる。
「……アリスね」
「そう。よろしく、アリス」
次郎は訂正しなかった。
以前から外国人にはよくあることだった。
名字の「有栖」を名前だと思われる。
説明するのが面倒で、そのままにしている。
レオンも笑みを浮かべる。
「自分はレオン・S・ケネディです」
「よろしく」
レオンは後ろから声を掛ける。
「アリスさん、先の様子はどうですか?」
次郎は苦笑しながら振り返った。
「今のところ異常はない」
誰も悪気はない。
外国人には「アリス」が名前に聞こえる。
有栖次郎で名乗っても次郎有栖で名乗っても、結局「アリス」で呼ばれる。
それを何度も経験してきた次郎は、今さら訂正する気にもならなかった。
渾名だと思えば良い。
やがて一行は、重い鉄格子の前へたどり着く。
その向こうには留置場へ続く通路が伸びていた。
照明は点滅し、不気味な静けさが漂っている。
次郎はリボルバーを握り直した。
「この先だ」
「警戒して進もう」
全員が頷き、ゆっくりと留置場へ足を踏み入れた。
留置場へ続く通路は、不気味なほど静まり返っていた。
点滅する照明が、鉄格子の影を床へ長く落としている。
先頭を歩く次郎は、リボルバーを構えたままゆっくりと進む。
そのすぐ後ろをレオンとエイダが続く。
やがて通路の突き当たりにある監視室が見えてくる。
ガラス越しに室内を確認するが、人影はない。
「クリア」
次郎が小さく告げる。
一行は監視室へ入った。
机の上には食べかけのコーヒーと書類が散乱している。
つい先ほどまで誰かがいたような光景だった。
レオンは留置場の見取り図を見つける。
「この先ですね」
エイダは無言で頷き、奥の鉄格子へ視線を向けた。
次郎は鍵束を確認する。
監視室の壁には留置場の鍵が掛けられていた。
一本ずつ照合し、目的の鍵を見つける。
「開けます」
鍵穴へ差し込む。
カチャリ。
重い音を立て、鉄格子の錠が外れた。
ギィィ……
ゆっくりと扉が開く。
その先には左右へ留置房が並ぶ長い通路が続いていた。
「誰かいるか!」
レオンが呼び掛ける。
返事はない。
しばらく進んだその時――
「……おい」
低い男の声が響いた。
全員が足を止める。
声は一番奥の留置房から聞こえてくる。
鉄格子の向こうには、一人の中年男性が立っていた。
無精ひげを生やし、疲れ切った表情を浮かべている。
それでも瞳には理性が残っていた。
「やっと生きてる人間が来たか」
「それも、こんなにたくさん」
男は皮肉っぽく笑う。
レオンは鉄格子へ駆け寄った。
「あなたがベンですか?」
男はレオンを見て肩をすくめる。
「そうだ。ベン・ベルトリッチ」
「新聞記者さ」
エイダは一歩前へ出た。
「あなたには聞きたいことがあるわ」
ベンはエイダを見ると、小さく目を細める。
「エイダ・ウォンか」
「……前から思っていたが。あんた、ただのFBIじゃないな」
エイダは表情を変えない。
「質問に答えて」
ベンは苦笑した。
「そう焦るな」
「俺だってここから出たいんだ」
「その代わり、取引しようじゃないか」
次郎は黙ったまま周囲を警戒する。
薄暗い留置場には、まだ何かが潜んでいるような嫌な気配が漂っていた。
そして、その気配は少しずつ、一行へ近付いていた。
エイダは鉄格子の前まで歩み寄る。
「取引?」
ベンは肩をすくめた。
「ああ」
「ここから出してくれ」
「そうしたら、アンブレラが何をやってきたのか全部話してやる」
レオンが眉をひそめる。
「アンブレラが?」
ベンは皮肉げに笑う。
「そうさ」
「この街がこんな地獄になった原因だ」
「連中は何年も前から――」
その時だった。
ゴゴゴッ……。
留置房の奥の壁が、小さく震えた。
次郎の表情が変わる。
「全員、下がって!」
叫ぶと同時に、自らも一歩後退する。
ベンが振り返る。
「……何だ?」
次の瞬間。
ドゴォォンッ!!
壁が爆発するように砕け散った。
粉塵とコンクリート片が留置房内へ飛び散る。
瓦礫の中から、異様に肥大化した巨大な腕が勢いよく突き出された。
「なっ――!」
ベンが叫ぶ暇もなかった。
巨大な手がベンの頭部を鷲掴みにする。
「た、助け――」
ベキィッ!!
鈍く湿った音が留置場へ響いた。
次の瞬間、ベンの頭部は握り潰され、鮮血が鉄格子へ飛び散る。
力を失った身体が、その場へ崩れ落ちた。
レオンは思わず目を見開く。
「そんな……!」
エイダも息を呑む。
瓦礫の向こうでは、巨大な人影がゆっくりと身を引いていく。
次郎はリボルバーを構え、照準を向けた。
しかし、煙と粉塵の向こうに見えた異形は、そのまま壁の奥へ姿を消してしまう。
静寂が戻る。
残されたのは、無残なベンの亡骸だけだった。
レオンは唇を噛み締める。
「あと少しだったのに……」
エイダは崩れ落ちたベンを見つめながら、小さく呟く。
「口封じ……」
次郎は壁に開いた大穴へ視線を向けたまま、静かに言った。
「さっき駐車場で戦った化け物だ」
「あいつはまだ、この周辺を動き回っている」
重苦しい沈黙が流れた。
誰も口を開かない。
留置房の床には、ベンの亡骸だけが横たわっていた。
やがて、エイダが静かに息を吐く。
「……ここには、もう用はないわ」
レオンは悔しそうに拳を握る。
「この事件の真相について、聞けると思ったのに……」
次郎は壁に開いた大穴から視線を外さず、耳を澄ませていた。
瓦礫が崩れる音も、足音も聞こえない。
異形は完全に姿を消している。
「戻ろう」
短くそう告げると、先頭に立って来た道を引き返し始めた。
三人は監視室を抜け、地下駐車場へ戻る。
管理室の前では、マービンと店長が生存者たちを落ち着かせていた。
店長は三人の姿を見るなり駆け寄る。
「アリス!」
「無事だったか!」
「何とか」
次郎は小さく頷いた。
マービンも三人の表情を見比べる。
「……駄目だったか」
レオンは静かに俯く。
「ベンさんは亡くなりました」
「話を聞く寸前でした」
マービンは目を閉じ、深く息を吐く。
「そうか……」
「また一人、守れなかったか」
エイダは腕を組み、静かに口を開く。
「それでも収穫はあったわ」
レオンとマービンが視線を向ける。
「ベンは死ぬ直前、アンブレラがこの事件に関わっていると言っていた」
「そしてもう一つ」
「駐車場のカードキーは、彼が持っていたわ」
レオンは驚いたように顔を上げた。
「カードキーを?」
エイダは頷く。
「ええ。でも留置房に閉じ込められたせいで、自分でも取り出せなくなっていた」
「カードキーは留置房の中にある」
「ただし、電子制御が故障していて鉄格子を開けられない」
マービンは腕を組み、記憶をたどるように呟く。
「そういうことか……」
「電子ロックを復旧させれば、カードキーを回収できるわけだな」
次郎は静かに頷く。
「電子制御なら、電子部品が必要になる」
レオンもすぐに理解した。
「つまり、先に電子部品を集めて留置場の制御盤を直す」
「それからカードキーを回収するんですね」
「その通りよ」
エイダは静かに答えた。
「私は別の手掛かりを探すわ」
「ここから先は別行動にする」
レオンが驚いて振り返る。
「一緒に行かないんですか?」
エイダは小さく微笑む。
「私には私の目的があるもの」
「また会いましょう、アリス」
「レオン」
そう言い残し、地下通路の暗闇へ姿を消していった。
その背中を見送りながら、レオンはショットガンを握り直す。
「アリスさん」
「まずは電子部品ですね」
次郎はリボルバーのシリンダーを開き、残弾を確認して静かに閉じる。
「ああ、カードキーは場所が分かった」
「後は留置場を開けるだけだ」
マービンも力強く頷く。
「生存者たちは俺が守る」
「二人とも、頼んだぞ」
「了解」
二人は地下駐車場を後にし、再び警察署へ続く階段を上り始めた。
目的は明確だった。
留置場の電子ロックを復旧させ、ベンが残したカードキーを回収すること。
そのための電子部品を探す探索が、再び始まった。
そして、その警察署のどこかでは、新たな脅威が静かに目を覚まそうとしていた。
――Chapter4・完――
エイダと初対面で銃を突きつけあっていない為、レオンがエイダに敬語を使っています。