元殺し屋がバイオ事件に巻き込まれる話   作:オッパッピー

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本日二度目の投稿。


Chapter4 展覧会の絵 Part2

 フラッシュバンの炸裂によって、視界が白く染まる。

 

 次郎は反射的に目を細めた。

 

 それでも、引き金を引く指だけは止まらなかった。

 

 直前に見えた、カーラの僅かな動き。

 

 フラッシュバンを取り出そうとした指先。

 

 その一瞬を、次郎の動体視力は捉えていた。

 

 銃声が響く。

 

 放たれた弾丸は、カーラの腹部へ叩き込まれた。

 

「っ……!」

 

 確かな手応え。

 

 だが、直後には爆発的な閃光と煙が周囲を覆い尽くした。

 

 次郎は追撃を試みる。

 

 しかし、煙の向こうへ消えたカーラの姿を捉えることができない。

 

 無理に追えば、こちらが視界を奪われる。

 

「……チッ」

 

 次郎は一度、追跡を断念した。

 

 その直後だった。

 

 上空から、ワイヤーが伸びてくる。

 

 次郎が顔を上げる。

 

 暗闇の中から、一人の女がフックショットのワイヤーを伝って降下してきた。

 

 着地したのは、本物のエイダだった。

 

「そこにいたのね、アリス」

 

「取り逃がしたが、偽物に手痛い一撃は入れておいた」

 

 次郎が簡潔に報告する。

 

 エイダは甲板に残された血痕へ目を向けた。

 

「……そのようね」

 

 血は、闇の向こうへ続いている。

 

 だが、今は追うより先にやるべきことがある。

 

「私も別行動中に見つけたものがあるわ」

 

「何だ?」

 

「この空母には、表向きの設備とは別に隠し研究所がある」

 

「研究所?」

 

「ええ。最高機密研究室とでも呼ぶべき場所ね」

 

 エイダは懐から取り出した端末を確認する。

 

「通常の乗組員が立ち入る区画とは完全に隔離されている。何か重要なものを隠している可能性が高いわ」

 

 次郎は僅かに考えた。

 

 逃げたカーラを追うだけなら、血痕を辿ればいい。

 

 だが、この空母で行われていることの全容を掴むなら、研究所を調べる価値はある。

 

「行こう」

 

「そう言うと思ったわ」

 

 二人は研究所へ向かった。

 

 隠し研究所は、空母内部でもさらに奥まった区画に存在していた。

 

 厚い隔壁。

 

 複数の認証装置。

 

 通常の施設とは明らかに異なる厳重な警備設備。

 

 だが、そこに残されていたのは研究員の姿ではなかった。

 

 無人の研究室を進み、二人は最奥部へ到達する。

 

 そこには一台の大型メインコンピューターが設置されていた。

 

 周囲には大量の端末。

 

 しかし、中央のメインパソコンだけは通常の操作を受け付けない。

 

「……随分と厳重なのよね」

 

 エイダが端末を調べる。

 

「アクセス権限が複数階層に分かれている。下手に触れば、データそのものを消されるかもしれないわ」

 

 次郎も画面を確認する。

 

 確かに、先ほどの電子錠とは比較にならない。

 

「あなたの所の優秀なオペレーターに、また頼めないかしら」

 

 エイダが次郎を見る。

 

「分かった」

 

 次郎はすぐに公安特製のUSBメモリを取り出した。

 

 メインパソコンへ接続し、インカムを開く。

 

「霧島、こちらアリス」

 

『どうした、アリス』

 

「ハッキングを頼む」

 

『了解した』

 

 必要な要件だけを伝え、次郎はすぐに通信を切った。

 

 本部に、エイダと行動を共にしていることを知られるわけにはいかない。

 

 日本の本部では、霧島の指揮の下、ハッキングチームが作業へ入った。

 

 高性能サーバーが膨大な情報を処理していく。

 

 複雑に組み上げられたセキュリティを一つずつ解析し、突破口を探す。

 

 そして――。

 

『……落ちた。ロックは解除したぞ』

 

 接続から一分も経たない。

 

 画面に表示されていた警告が消えた。

 

「開いたわね」

 

 エイダが目を細める。

 

「ああ」

 

 二人は端末へ向き直った。

 

 大量のファイルが表示される。

 

 研究データ。

 

 実験記録。

 

 ウイルス関連の資料。

 

 その中に、一つだけ異様な名前のファイルがあった。

 

『HAPPY BIRTHDAY, ADA』

 

 エイダの眉が僅かに動く。

 

「……ハッピーバースデー?」

 

「趣味が悪いな」

 

 次郎がファイルを選択する。

 

 映像データだった。

 

「再生するわ」

 

 エイダが操作する。

 

 画面が暗転した。

 

 そして。

 

 映像が始まった。

 

 そこに映し出されたのは、シモンズだった。

 

 冷たい表情で実験施設を見下ろしている。

 

 そして、その視線の先には一人の女性がいた。

 

 カーラ・ラダメス。

 

 優秀な研究員としてC-ウイルスの研究に携わっていた女。

 

 映像の中で、カーラは拘束されていた。

 

 抵抗する彼女を無理やり実験用カプセルへ押し込む。

 

「……これが」

 

 エイダが呟く。

 

 次郎は黙って画面を見つめていた。

 

 カプセルが閉じる。

 

 薬液が注入される。

 

 カーラの身体が激しく痙攣する。

 

 皮膚が崩れ、肉体が変質していく。

 

 苦痛に満ちた絶叫が研究室へ響き渡る。

 

 それでも、実験は止まらない。

 

 映像の中のシモンズは、ただ冷静に変化を見つめている。

 

 そして――。

 

 やがて、カプセルの中から一人の女が姿を現した。

 

 エイダ・ウォンと瓜二つの姿。

 

 次郎は息を呑んだ。

 

「……これが、偽物の正体か」

 

 エイダも画面を見つめている。

 

 映像はさらに続く。

 

 そこには、カーラが目を覚ました直後の記録。

 

 鏡に映った自分の姿を見て、崩れ落ちる姿。

 

 そして、シモンズを睨みつける目。

 

 憎悪。

 

 その感情だけは、映像越しでもはっきりと伝わってきた。

 

 やがて画面に映るのは、ネオアンブレラの活動記録。

 

 カーラがエイダの姿を利用し、組織を動かしていく過程。

 

 そして、世界各地へC-ウイルスによる混乱を広げていく計画。

 

 最後の映像が終わった。

 

 画面が暗くなる。

 

 研究室に静寂が戻った。

 

「……そういうことだったのか」

 

 次郎が低く呟く。

 

 これまで分からなかったことが、一つにつながった。

 

 なぜ偽物のエイダは、世界をここまで破壊しようとしているのか。

 

 なぜシモンズを狙いながら、世界そのものまで巻き込もうとしているのか。

 

 その答えは、復讐だった。

 

 シモンズに対する、極限まで膨れ上がった報復。

 

 カーラは、自分の人生そのものを奪われた。

 

 研究者としての誇りも。

 

 自分自身の肉体も。

 

 そして、自分という存在そのものさえ。

 

 だからこそ。

 

 シモンズが築き上げ、守ろうとしている世界を壊す。

 

 それこそが、カーラにとっての復讐だった。

 

「……全てはシモンズへの復讐」

 

 エイダが静かに呟く。

 

 次郎も返事をしなかった。

 

 その時だった。

 

 ――ガンッ!

 

 研究所の外から、激しい金属音が響いた。

 

 二人が同時に顔を上げる。

 

 続いて――。

 

 ――ドサ!

 

 何かが落下したような、鈍い衝撃音。

 

「……何?」

 

 エイダが即座に銃を抜く。

 

 次郎も武器を構えた。

 

 二人はすぐに研究所の窓へ向かった。

 

 外へ通じるキャットウォークから、下の甲板を覗き込む。

 

 冷たい鉄板。

 

 その上に、一人の女が倒れていた。

 

「……あれは」

 

 次郎の目が細くなる。

 

 見間違えるはずがない。

 

 カーラだった。

 

 腹部には、次郎が撃ち込んだ弾丸による傷。

 

 胸には、ファミリーの刺客から受けた銃創。

 

 さらに高所から落下したことで、身体は満身創痍となっている。

 

 それでも、まだ生きていた。

 

 カーラは僅かに身を動かす。

 

 だが、立ち上がる力は残っていない。

 

 甲板へ転落したカーラを、次郎とエイダは隠し研究所の上階から見下ろしていた。

 

「……馬鹿な女」

 

 冷たい声だった。

 

「世界を巻き込まずに、助けてと言えば助けてあげたのに」

 

 鋼鉄の甲板に横たわったカーラは、ぴくりとも動かない。

 

 

 その時だった。

 

 上階の連絡通路から、通信機を通したクリスの声が響いてきた。

 

『こちらレッドフィールド! エイダ・ウォンの死亡を確認した!』

 

 隠し研究所の中にまで、はっきりと聞こえてくる。

 

 次郎は無言で顔を上げた。

 

 エイダもまた、僅かに眉を動かす。

 

 どうやらクリスは、甲板に倒れているカーラを完全に本物のエイダだと思い込んでいるらしい。

 

 半年前。

 

 東欧のエドニア共和国で、クリスは自らが率いるBSAAアルファチームを失った。

 

 その事件の中で部隊を罠に嵌め、仲間たちを死なせた人物こそ、クリスがエイダ・ウォンだと信じて追い続けてきた存在だった。

 

 そして今、その仇が目の前で倒れている。

 

 クリスにとっては、半年間追い続けてきた復讐に、ようやく一区切りがついた瞬間だった。

 

『……これで終わりだ』

 

 通信機から、低い声が漏れる。

 

 だが――

 

 クリスの報告は、それだけでは終わらなかった。

 

『だが、先ほど遭遇した――』

 

 声の調子が変わる。

 

 明らかに緊張していた。

 

『「復活したウェスカー」を見失った』

 

「……」

 

 次郎の眉が僅かに動いた。

 

 嫌な予感がした。

 

『もしかすると、エイダを狙撃して突き落としたのは、あのウェスカーかもしれない』

 

「…………」

 

 次郎は完全に言葉を失った。

 

 どうやらクリスの中では、先ほど港で遭遇した次郎と、今回カーラが撃たれた事件が、とんでもない形で結びついているらしい。

 

 港で銃弾をかわし、刀を振るってきた男。

 

 そして今、ファミリーの刺客によって撃たれ、甲板へ落ちたエイダ。

 

 それらをクリスは――

 

 ウェスカーが生き返った。

 

 何らかの目的で暗躍している。

 

 そして、エイダを裏切り者と判断し、陰から始末した。

 

 そんな壮大な陰謀へと結びつけていた。

 

 次郎は隣に立つエイダへ視線を向けた。

 

 エイダも次郎を見ていた。

 

 二人とも、何とも言えない表情を浮かべている。

 

 次郎は心の中で呟いた。

 

(誰がウェスカーだ)

 

(そんな奴は知らん……)

 

 自分はカーラの腹を撃っただけだ。

 

 刺客についても知らない。

 

 ましてや、ウェスカーなどという男と関係した覚えなど一切ない。

 

 それなのに、いつの間にか「復活したウェスカー」として扱われ、事件の黒幕にまで仕立て上げられている。

 

 あまりにも身に覚えがなかった。

 

『奴の目的が何なのかは分からない』

 

 クリスの声が続く。

 

『だが、これ以上奴の好きにはさせない』

 

 通信機越しでも分かるほど、強い決意が込められていた。

 

『絶対に奴の目的を阻止する!』

 

 そこで通信が途切れた。

 

 連絡通路の向こうから、クリスたちが移動していく気配が伝わってくる。

 

 おそらく、C-ウイルスミサイルを止めるため、戦闘機へ向かったのだろう。

 

 次郎はしばらく無言のまま天井を見上げていた。

 

 そして――

 

「……はぁ」

 

 深いため息を吐いた。

 

 完全な冤罪だった。

 

 自分は何もしていないのに、勝手にウェスカーという男に仕立て上げられ、勝手に陰謀の中心人物にされている。

 

 次郎は再び甲板へ視線を戻した。

 

 その瞬間だった。

 

「……?」

 

 倒れていたカーラの瞳が、ゆっくりと開いた。

 

 しかし――

 

 そこに宿っていた光は、もう消えていた。

 

 焦点の合わない瞳。

 

 生気の失われた顔。

 

 そして。

 

 ビクッ。

 

 カーラの身体が、大きく痙攣した。

 

「……!」

 

 エイダが目を見開く。

 

 次郎も甲板を凝視する。

 

 カーラの指が、不自然に折れ曲がった。

 

 次の瞬間。

 

 身体全体が激しく蠢き始める。

 

 肉が波打つ。

 

 骨格が軋む。

 

 先ほどまで人間だった身体が、内側から何かに押し広げられるように膨張していく。

 

「まだ……終わっていなかったのね」

 

 エイダが呟く。

 

 次郎は無言で銃を構えた。

 

 甲板に倒れていたカーラの身体から、白い泥のような物質が溢れ出す。

 

 それは傷口からだけではなかった。

 

 全身の至る所から噴き出し、鋼鉄の甲板へと広がっていく。

 

 ズズズズズ……。

 

 白い物質が蠢く。

 

 そして、カーラの身体そのものを包み込んでいく。

 

 カーラの身体が、さらに大きく膨れ上がる。

 

 人間の輪郭が崩れていく。

 

 甲板そのものを巻き込みながら、巨大な肉塊へと変貌していく。

 

 次郎は静かに目を細めた。

 

「……まだ戦うつもりか」

 

 巨大な肉塊が、低く蠢いた。

 

 そして――

 

 空母全体を揺るがすほどの、異様な震動が走った。

 

 

――Chapter4・完――

 

 




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