本日二度目の投稿。
フラッシュバンの炸裂によって、視界が白く染まる。
次郎は反射的に目を細めた。
それでも、引き金を引く指だけは止まらなかった。
直前に見えた、カーラの僅かな動き。
フラッシュバンを取り出そうとした指先。
その一瞬を、次郎の動体視力は捉えていた。
銃声が響く。
放たれた弾丸は、カーラの腹部へ叩き込まれた。
「っ……!」
確かな手応え。
だが、直後には爆発的な閃光と煙が周囲を覆い尽くした。
次郎は追撃を試みる。
しかし、煙の向こうへ消えたカーラの姿を捉えることができない。
無理に追えば、こちらが視界を奪われる。
「……チッ」
次郎は一度、追跡を断念した。
その直後だった。
上空から、ワイヤーが伸びてくる。
次郎が顔を上げる。
暗闇の中から、一人の女がフックショットのワイヤーを伝って降下してきた。
着地したのは、本物のエイダだった。
「そこにいたのね、アリス」
「取り逃がしたが、偽物に手痛い一撃は入れておいた」
次郎が簡潔に報告する。
エイダは甲板に残された血痕へ目を向けた。
「……そのようね」
血は、闇の向こうへ続いている。
だが、今は追うより先にやるべきことがある。
「私も別行動中に見つけたものがあるわ」
「何だ?」
「この空母には、表向きの設備とは別に隠し研究所がある」
「研究所?」
「ええ。最高機密研究室とでも呼ぶべき場所ね」
エイダは懐から取り出した端末を確認する。
「通常の乗組員が立ち入る区画とは完全に隔離されている。何か重要なものを隠している可能性が高いわ」
次郎は僅かに考えた。
逃げたカーラを追うだけなら、血痕を辿ればいい。
だが、この空母で行われていることの全容を掴むなら、研究所を調べる価値はある。
「行こう」
「そう言うと思ったわ」
二人は研究所へ向かった。
隠し研究所は、空母内部でもさらに奥まった区画に存在していた。
厚い隔壁。
複数の認証装置。
通常の施設とは明らかに異なる厳重な警備設備。
だが、そこに残されていたのは研究員の姿ではなかった。
無人の研究室を進み、二人は最奥部へ到達する。
そこには一台の大型メインコンピューターが設置されていた。
周囲には大量の端末。
しかし、中央のメインパソコンだけは通常の操作を受け付けない。
「……随分と厳重なのよね」
エイダが端末を調べる。
「アクセス権限が複数階層に分かれている。下手に触れば、データそのものを消されるかもしれないわ」
次郎も画面を確認する。
確かに、先ほどの電子錠とは比較にならない。
「あなたの所の優秀なオペレーターに、また頼めないかしら」
エイダが次郎を見る。
「分かった」
次郎はすぐに公安特製のUSBメモリを取り出した。
メインパソコンへ接続し、インカムを開く。
「霧島、こちらアリス」
『どうした、アリス』
「ハッキングを頼む」
『了解した』
必要な要件だけを伝え、次郎はすぐに通信を切った。
本部に、エイダと行動を共にしていることを知られるわけにはいかない。
日本の本部では、霧島の指揮の下、ハッキングチームが作業へ入った。
高性能サーバーが膨大な情報を処理していく。
複雑に組み上げられたセキュリティを一つずつ解析し、突破口を探す。
そして――。
『……落ちた。ロックは解除したぞ』
接続から一分も経たない。
画面に表示されていた警告が消えた。
「開いたわね」
エイダが目を細める。
「ああ」
二人は端末へ向き直った。
大量のファイルが表示される。
研究データ。
実験記録。
ウイルス関連の資料。
その中に、一つだけ異様な名前のファイルがあった。
『HAPPY BIRTHDAY, ADA』
エイダの眉が僅かに動く。
「……ハッピーバースデー?」
「趣味が悪いな」
次郎がファイルを選択する。
映像データだった。
「再生するわ」
エイダが操作する。
画面が暗転した。
そして。
映像が始まった。
そこに映し出されたのは、シモンズだった。
冷たい表情で実験施設を見下ろしている。
そして、その視線の先には一人の女性がいた。
カーラ・ラダメス。
優秀な研究員としてC-ウイルスの研究に携わっていた女。
映像の中で、カーラは拘束されていた。
抵抗する彼女を無理やり実験用カプセルへ押し込む。
「……これが」
エイダが呟く。
次郎は黙って画面を見つめていた。
カプセルが閉じる。
薬液が注入される。
カーラの身体が激しく痙攣する。
皮膚が崩れ、肉体が変質していく。
苦痛に満ちた絶叫が研究室へ響き渡る。
それでも、実験は止まらない。
映像の中のシモンズは、ただ冷静に変化を見つめている。
そして――。
やがて、カプセルの中から一人の女が姿を現した。
エイダ・ウォンと瓜二つの姿。
次郎は息を呑んだ。
「……これが、偽物の正体か」
エイダも画面を見つめている。
映像はさらに続く。
そこには、カーラが目を覚ました直後の記録。
鏡に映った自分の姿を見て、崩れ落ちる姿。
そして、シモンズを睨みつける目。
憎悪。
その感情だけは、映像越しでもはっきりと伝わってきた。
やがて画面に映るのは、ネオアンブレラの活動記録。
カーラがエイダの姿を利用し、組織を動かしていく過程。
そして、世界各地へC-ウイルスによる混乱を広げていく計画。
最後の映像が終わった。
画面が暗くなる。
研究室に静寂が戻った。
「……そういうことだったのか」
次郎が低く呟く。
これまで分からなかったことが、一つにつながった。
なぜ偽物のエイダは、世界をここまで破壊しようとしているのか。
なぜシモンズを狙いながら、世界そのものまで巻き込もうとしているのか。
その答えは、復讐だった。
シモンズに対する、極限まで膨れ上がった報復。
カーラは、自分の人生そのものを奪われた。
研究者としての誇りも。
自分自身の肉体も。
そして、自分という存在そのものさえ。
だからこそ。
シモンズが築き上げ、守ろうとしている世界を壊す。
それこそが、カーラにとっての復讐だった。
「……全てはシモンズへの復讐」
エイダが静かに呟く。
次郎も返事をしなかった。
その時だった。
――ガンッ!
研究所の外から、激しい金属音が響いた。
二人が同時に顔を上げる。
続いて――。
――ドサ!
何かが落下したような、鈍い衝撃音。
「……何?」
エイダが即座に銃を抜く。
次郎も武器を構えた。
二人はすぐに研究所の窓へ向かった。
外へ通じるキャットウォークから、下の甲板を覗き込む。
冷たい鉄板。
その上に、一人の女が倒れていた。
「……あれは」
次郎の目が細くなる。
見間違えるはずがない。
カーラだった。
腹部には、次郎が撃ち込んだ弾丸による傷。
胸には、ファミリーの刺客から受けた銃創。
さらに高所から落下したことで、身体は満身創痍となっている。
それでも、まだ生きていた。
カーラは僅かに身を動かす。
だが、立ち上がる力は残っていない。
甲板へ転落したカーラを、次郎とエイダは隠し研究所の上階から見下ろしていた。
「……馬鹿な女」
冷たい声だった。
「世界を巻き込まずに、助けてと言えば助けてあげたのに」
鋼鉄の甲板に横たわったカーラは、ぴくりとも動かない。
その時だった。
上階の連絡通路から、通信機を通したクリスの声が響いてきた。
『こちらレッドフィールド! エイダ・ウォンの死亡を確認した!』
隠し研究所の中にまで、はっきりと聞こえてくる。
次郎は無言で顔を上げた。
エイダもまた、僅かに眉を動かす。
どうやらクリスは、甲板に倒れているカーラを完全に本物のエイダだと思い込んでいるらしい。
半年前。
東欧のエドニア共和国で、クリスは自らが率いるBSAAアルファチームを失った。
その事件の中で部隊を罠に嵌め、仲間たちを死なせた人物こそ、クリスがエイダ・ウォンだと信じて追い続けてきた存在だった。
そして今、その仇が目の前で倒れている。
クリスにとっては、半年間追い続けてきた復讐に、ようやく一区切りがついた瞬間だった。
『……これで終わりだ』
通信機から、低い声が漏れる。
だが――
クリスの報告は、それだけでは終わらなかった。
『だが、先ほど遭遇した――』
声の調子が変わる。
明らかに緊張していた。
『「復活したウェスカー」を見失った』
「……」
次郎の眉が僅かに動いた。
嫌な予感がした。
『もしかすると、エイダを狙撃して突き落としたのは、あのウェスカーかもしれない』
「…………」
次郎は完全に言葉を失った。
どうやらクリスの中では、先ほど港で遭遇した次郎と、今回カーラが撃たれた事件が、とんでもない形で結びついているらしい。
港で銃弾をかわし、刀を振るってきた男。
そして今、ファミリーの刺客によって撃たれ、甲板へ落ちたエイダ。
それらをクリスは――
ウェスカーが生き返った。
何らかの目的で暗躍している。
そして、エイダを裏切り者と判断し、陰から始末した。
そんな壮大な陰謀へと結びつけていた。
次郎は隣に立つエイダへ視線を向けた。
エイダも次郎を見ていた。
二人とも、何とも言えない表情を浮かべている。
次郎は心の中で呟いた。
(誰がウェスカーだ)
(そんな奴は知らん……)
自分はカーラの腹を撃っただけだ。
刺客についても知らない。
ましてや、ウェスカーなどという男と関係した覚えなど一切ない。
それなのに、いつの間にか「復活したウェスカー」として扱われ、事件の黒幕にまで仕立て上げられている。
あまりにも身に覚えがなかった。
『奴の目的が何なのかは分からない』
クリスの声が続く。
『だが、これ以上奴の好きにはさせない』
通信機越しでも分かるほど、強い決意が込められていた。
『絶対に奴の目的を阻止する!』
そこで通信が途切れた。
連絡通路の向こうから、クリスたちが移動していく気配が伝わってくる。
おそらく、C-ウイルスミサイルを止めるため、戦闘機へ向かったのだろう。
次郎はしばらく無言のまま天井を見上げていた。
そして――
「……はぁ」
深いため息を吐いた。
完全な冤罪だった。
自分は何もしていないのに、勝手にウェスカーという男に仕立て上げられ、勝手に陰謀の中心人物にされている。
次郎は再び甲板へ視線を戻した。
その瞬間だった。
「……?」
倒れていたカーラの瞳が、ゆっくりと開いた。
しかし――
そこに宿っていた光は、もう消えていた。
焦点の合わない瞳。
生気の失われた顔。
そして。
ビクッ。
カーラの身体が、大きく痙攣した。
「……!」
エイダが目を見開く。
次郎も甲板を凝視する。
カーラの指が、不自然に折れ曲がった。
次の瞬間。
身体全体が激しく蠢き始める。
肉が波打つ。
骨格が軋む。
先ほどまで人間だった身体が、内側から何かに押し広げられるように膨張していく。
「まだ……終わっていなかったのね」
エイダが呟く。
次郎は無言で銃を構えた。
甲板に倒れていたカーラの身体から、白い泥のような物質が溢れ出す。
それは傷口からだけではなかった。
全身の至る所から噴き出し、鋼鉄の甲板へと広がっていく。
ズズズズズ……。
白い物質が蠢く。
そして、カーラの身体そのものを包み込んでいく。
カーラの身体が、さらに大きく膨れ上がる。
人間の輪郭が崩れていく。
甲板そのものを巻き込みながら、巨大な肉塊へと変貌していく。
次郎は静かに目を細めた。
「……まだ戦うつもりか」
巨大な肉塊が、低く蠢いた。
そして――
空母全体を揺るがすほどの、異様な震動が走った。
――Chapter4・完――
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