本日一度目の投稿。
クアッドタワー最上部。
崩壊した建物の一角に広がる広場で、レオンとヘレナは銃を構えていた。
二人の視線の先に立つ男。
ディレック・C・シモンズ。
衣服は裂け、全身は傷だらけ、身体の至る所から血が流れている。
それでも、その立ち姿から放たれる威圧感は衰えていなかった。
「シモンズ……!」
レオンが銃口を向ける。
ヘレナも隣で銃を構えた。
シモンズは二人を睨みつける。
その表情には、追い詰められた者の焦りなどなかった。
あるのは、ただ異様な執念だけだった。
その時――
轟音が頭上から響いた。
「……!」
レオンが空を見上げる。
一機の攻撃ヘリが、崩壊したビル群の間から姿を現した。
機体はそのまま広場へ急接近すると、空中で大きく姿勢を変え、ホバリングへ移行する。
ローターが巻き起こす猛烈な風が、広場に残る瓦礫や粉塵を吹き飛ばした。
ガンナー席には、次郎。
操縦席には、エイダ。
二人はファミリーの攻撃ヘリ部隊をすべて撃墜し、ここまでたどり着いていた。
シモンズはヘリを睨みつける。
そして――
機体から降りることなく、こちらを見下ろす女の姿を認めた。
「……エイダ……!」
その声が震えた。
次の瞬間。
「エイダァァァァッ!!」
シモンズが狂ったように叫ぶ。
「なぜ私から逃げる! なぜ私を拒む!」
傷だらけの身体を震わせながら、シモンズは叫び続ける。
「私はお前のために、すべてを捨てた! お前のために世界を変えようとした! お前さえ私のもとへ戻れば、すべてをやり直せるというのに!」
その言葉を聞いたエイダの表情が露骨に歪んだ。
嫌悪。
それ以外の感情はなかった。
「……本当に、反吐が出るほど気持ち悪い男ね」
冷たい声だった。
次郎も呆れたようにシモンズを見る。
「同感だ。ストーカーのスケールがデカすぎて同情するよ」
「何だと……?」
シモンズの顔が引きつる。
自分の妄執を完全に否定されたことが、最後に残っていた理性すら打ち砕いた。
「分かったような事を」
「貴様は、エイダとどういう関係だ……!」
シモンズの身体が震え始める。
筋肉が膨張する。
骨が軋む。
皮膚の下で何かが蠢いた。
「……来るわよ」
エイダが操縦桿を握る。
次の瞬間。
シモンズの身体が大きく膨れ上がった。
メリメリと肉が裂ける音が響く。
腕が巨大化し、脚が太くなる。
背中が盛り上がり、全身を覆うように異形の肉塊が形成されていく。
顔面までもが変形し、人間の面影が失われていった。
そして――
巨大な肉食恐竜を思わせる姿へと変貌する。
ティラノサウルスを彷彿とさせる巨体。
その身体の一部には、不自然に隆起した肉塊が脈打っている。
「グオオオオオオオオオッ!!」
咆哮がクアッドタワー全体を震わせた。
「来るぞ!」
レオンが叫ぶ。
巨大化したシモンズが地面を蹴った。
瓦礫を吹き飛ばしながら、レオンとヘレナへ突進してくる。
同時に、その巨体が上空のヘリへも向きを変えた。
「アリス!」
「ああ、分かってる!」
エイダが機体を横へ滑らせる。
左側のハッチは開け放たれていた。
次郎の射界を確保するためだ。
エイダは機体を大きく傾け、そのまま横向きに近い姿勢でホバリングする。
猛烈な風圧が機内へ吹き込んだ。
次郎はハッチから身を乗り出す。
眼下には、こちらへ突進してくる巨大な怪物。
「そこだ」
次郎はミニミ軽機関銃を構えた。
照準が怪物の頭部を捉える。
引き金を引く。
――ダダダダダダダダッ!
凄まじい銃声が轟いた。
弾丸の雨がシモンズの巨体へ降り注ぐ。
頭部。
首。
そして、身体の各所に露出した肉塊。
次郎は狙いを変えながら、猛烈な弾幕を浴びせ続ける。
巨大な怪物が咆哮する。
だが、次郎の射撃は止まらない。
エイダも機体を巧みに操り、常に次郎の射界へ怪物を捉え続ける。
地上では、レオンとヘレナが怪物の攻撃をかわしながら反撃する。
上空から次郎が弾丸を叩き込み、地上から二人が攻撃を加える。
シモンズとの最後の戦いが、始まった。
◇
レオンとヘレナは、巨大化したシモンズの猛攻をかわしながら、屋上を駆け回っていた。
シモンズは巨体を振り回し、鋭い爪を叩きつける。
そのたびにコンクリートが砕け、瓦礫が宙へ舞い上がる。
だが、二人も黙って追い詰められているわけではない。
攻撃の隙を狙って銃弾を叩き込み、シモンズの動きを止めていく。
上空からは次郎の援護射撃が続いていた。
「そこ!」
ヘレナが叫ぶ。
レオンがその隙を逃さず、シモンズへ銃弾を叩き込む。
さらに次郎のミニミが火を噴いた。
――ダダダダダダダダッ!
弾丸が巨大な肉体を穿つ。
シモンズが大きくよろめいた。
レオンとヘレナは、その隙に距離を取る。
「今だ、ヘレナ!」
「ええ!」
二人が一斉に攻撃を集中させる。
シモンズの巨体が屋上の端まで追い詰められた。
だが――
「グオオオオオオッ!!」
シモンズは咆哮を上げた。
その身体から、さらに異様な変化が始まる。
「……何だ?」
レオンが警戒する。
シモンズの肉体が膨張する。
周囲に散らばっていた肉塊へ触手のような組織が伸び、それらを次々と取り込んでいく。
崩れた建物の壁面。
屋上に残された巨大な肉塊。
そのすべてを貪るように吸収しながら、シモンズの身体がさらに巨大化していく。
「まだ変異するの……!?」
ヘレナが息を呑む。
肉が蠢く。
骨格が変形する。
巨大な翼のような器官が形成され、頭部も大きく変貌していく。
やがて――
そこに立っていたのは、もはや人間でも恐竜でもなかった。
巨大なハエを思わせる、異形の怪物。
巨大な複眼。
歪に肥大化した頭部。
全身を覆う不気味な肉塊。
そして、その身体の奥で脈動する巨大なコア。
「グギィィィィィィィッ!!」
怪物が耳をつんざくような咆哮を上げた。
羽音が屋上全体を震わせる。
「まだやる気か……!」
レオンが銃を構え直す。
怪物が飛び上がった。
巨大な身体が屋上を蹂躙する。
その直後――
「アリス、狙える?」
「ああ」
エイダは機体を旋回させた。
巨大なハエ型シモンズを正面に捉える。
そして、次郎が射撃しやすいよう、機体を横向きに滑らせた。
左側のハッチ、次郎の前方に、遮るものはない。
「このまま維持するわ」
「頼む」
エイダはホバリングを維持する。
怪物がこちらへ向かってくる。
次郎はミニミを構えた。
照準の先には、巨大な頭部。
複眼。
そして、その奥で脈打つコア。
「食らえ」
引き金を引き絞る。
――ダダダダダダダダダダッ!!
ミニミが猛烈な勢いで弾丸を吐き出す。
凄まじい弾幕が上空から降り注いだ。
複眼を撃ち抜く。
頭部を削る。
そして、露出したコアへ次々と弾丸を叩き込む。
「ギィィィィィッ!!」
ハエ型シモンズが激しく身をよじる。
次郎は構わず撃ち続ける。
エイダも機体を微調整しながら、常にシモンズを次郎の射界へ収め続けていた。
地上では、レオンとヘレナが攻撃の隙を狙う。
次郎の弾幕によって動きを止められたシモンズへ、二人の攻撃が集中する。
怪物が大きくよろめいた。
その瞬間――
ガシャリ。
ミニミから、乾いた金属音が響いた。
「……弾切れか」
次郎が銃を見る。
弾倉は空だった。
同時に――
ピィィィィィッ!
コックピットから甲高い警告音が響いた。
「燃料警告……!」
エイダが計器へ目を向ける。
燃料計の針は、ほとんど底を指していた。
これまでの戦闘で繰り返した急旋回。
急上昇。
急降下。
そして、過酷な加速。
機体は限界まで酷使されていた。
「もう保たないわ」
「着陸できるか?」
「やってみるわ!」
エイダは操縦桿を握り込んだ。
エンジンの回転が落ちる。
ローターの回転速度も徐々に低下していく。
機体が大きく揺れた。
眼下には崩壊寸前の屋上。
そして、その中央にはヘリポートが残っている。
「そこへ降りる!」
エイダは機体を滑らせる。
ハエ型シモンズがこちらへ飛びかかってくる。
エイダは機体を急旋回させ、その攻撃を紙一重でかわした。
そのまま機首をヘリポートへ向ける。
高度が落ちる。
速度も落ちる。
「――今よ!」
エイダが操縦桿を引いた。
ヘリの脚がヘリポートへ接触する。
激しい衝撃。
機体が跳ねる。
それでもエイダは強引に機体を押さえ込み、そのまま屋上へ滑り込ませた。
完全な不時着だった。
「降りるぞ!」
次郎がミニミを捨てる。
エイダもシートベルトを外した。
二人は一瞬たりとも無駄にしない。
ハッチから屋上へ飛び出した。
直後。
役目を終えたヘリは、力を失ったローターをゆっくりと止めていった。
次郎は腰の鞘から刀を抜いて周囲を警戒する。
エイダもクロスボウを構えた。
少し離れた場所では、レオンとヘレナがこちらを見ている。
四人の視線が交差した。
「アリス!」
レオンが叫ぶ。
「元気そうだな、レオン」
次郎が短く答える。
四人の前で、シモンズはなおも変異を続けていた。
巨大なハエのような異形。
そして、次の瞬間には人間の姿へ戻る。
だが、それは正常な人間の姿ではない。
身体の一部を異形のまま残した、歪な人間形態だった。
変異と回帰を繰り返しながら、シモンズは四人へ襲いかかる。
「エイダ……!」
濁った声が響く。
「なぜ私のもとを去った……!」
人間の姿へ戻ったかと思えば、次の瞬間には再び巨大な異形へと変貌する。
「私がお前のために、今までどれだけの物を犠牲にしてきたと思っている!」
巨大な腕が振り下ろされる。
レオンとヘレナが左右へ飛び退いた。
床が砕ける。
「お前は私のものだ!」
シモンズが再び人間の姿へ戻る。
その顔は怒りと妄執に歪んでいた。
「なぜ私を拒む! なぜ私から逃げるのだ!」
「……いい加減にしてくれ」
次郎が吐き捨てる。
レオンとヘレナが攻撃の機会を窺う中、次郎はシモンズを冷ややかに見据えていた。
他人の色恋沙汰に口を挟むつもりはないが、いい加減に鬱陶しい。
相手の意思など一切考えず、自分の感情だけを一方的に押し付ける。
拒絶されても、それを理解しようとすらしない。
次郎は刀を鞘へ収めた。
そして、シモンズを真正面から見据える。
「そんなふうに自分の感情を一方的に押し付けるから、人が離れるんだ」
シモンズの動きが止まった。
「……何だと?」
「相手が望んでいないなら、身を引くことくらい考えろ」
次郎の声は静かだった。
「自分の気持ちだけを押し付けて、それで相手が振り向くと思うな」
静かな声だった。
だからこそ、その言葉は容赦なくシモンズの胸を抉った。
国家の中枢にいた男としてのプライド。
エイダへの歪んだ執着。
自分なら相手に受け入れられて当然だという思い込み。
そのすべてを否定された気がした。
「貴様……!」
シモンズの顔が怒りに歪む。
「私に説教をするつもりか!」
身体が膨張する。
骨が軋み、肉が蠢く。
「エイダを何も知らない貴様に……!」
咆哮。
シモンズが巨大な異形へ変貌すると同時に、屋上の床を蹴った。
凄まじい速度だった。
巨大な質量が、次郎だけを狙って一直線に迫ってくる。
「アリス!」
エイダが叫ぶ。
だが、次郎は動かない。
逃げるどころか、腰を深く落とした。
右手が刀の柄へ添えられる。
左手の親指で鍔を押し上げ、鯉口を切る。
静かだった。
目の前には、巨大な怪物。
それでも次郎の視線は揺らがない。
ただ、迫り来る敵だけを見据える。
シモンズの巨体が、さらに近づく。
あと数メートル。
あと数歩。
そして――
激突する、その瞬間。
次郎の姿が消えた。
殺し屋として叩き込まれた神速の体捌き。
巨体の進路から紙一重で身体を外し、その側面を駆け抜ける。
同時に――
閃光。
夜空を切り裂くような一閃が走った。
ザシュゥゥッ!
重い肉を断ち切る音が響く。
次郎はそのまま数歩進み、静かに刀を鞘へ収めた。
カチン。
振り返り、残心。
直後、シモンズの巨体が大きく傾いた。
側面から大量の鮮血が噴き出す。
「グオオオオオオオッ!!」
深々と刻まれた斬撃。
致命傷には届かないが、強固な変異肉体を深く断ち切った傷は、シモンズの動きを完全に鈍らせた。
勢いのまま数メートルを滑った巨体が、屋上へ叩きつけられる。
轟音。
瓦礫が舞い上がった。
「悪いが、お前みたいなデカい奴の相手は得意なんだ」
次郎は刀を鞘に収めたまま、倒れたシモンズを見下ろした。
刀を出したからには、居合は書きたいですよね。
イメージはモンハンの居合抜刀気刃斬りです。