本日二度目の投稿。
深々と刻まれた斬撃を受け、シモンズはしばらく動かなかった。
だが――。
ゆっくりと、その巨体が起き上がる。
傷口から血を流しながら、シモンズは四人を睨みつけた。
レオン。
ヘレナ。
次郎。
そして、エイダ。
四人を同時に相手にする。
それが今の自分にとって不利であることを、シモンズは理解していた。
ならば、各個に潰せばいい。
シモンズの視線が動く。
最も隙が生じていたのは――ヘレナだった。
「……まずは、お前だ」
次の瞬間。
シモンズが地面を蹴った。
巨体からは想像もつかない速度で、ヘレナへ突進する。
「ヘレナ!」
レオンが叫ぶ。
ヘレナも咄嗟に身体を動かすが、間に合わない。
迫る巨大な腕。
逃げ切れない。
直撃する――。
「くっ!」
その瞬間、レオンが飛び込んだ。
ヘレナの身体を突き飛ばす。
「レオン!」
直後。
ドゴォンッ!!
シモンズの突進が、レオンをまともに捉えた。
「ぐあっ!」
レオンの身体が宙へ舞う。
そのまま屋上を転がり、ヘリポートの縁へ叩きつけられた。
「レオン!」
ヘレナが駆け寄ろうとする。
だが、その前にレオンの身体が縁から滑り落ちた。
辛うじて片手で縁を掴む。
「くっ……!」
眼下には、達芝の炎に包まれた街。
数十階下まで続く暗闇。
レオンは片手だけで、その場に留まっていた。
指が縁へ食い込む。
「レオン!」
「来るな!」
レオンが叫ぶ。
ヘレナが足を止めた。
その直後――。
「フフ……」
シモンズが人間の姿へ戻った。
深い傷を負いながらも、その顔には勝利を確信した笑みが浮かんでいる。
「ようやく一人だ」
ゆっくりと、レオンへ歩み寄る。
「今度こそ終わりだ」
シモンズがレオンの手元を見下ろした。
そして――。
ドンッ!
「ぐあああっ!」
レオンの手を、革靴で激しく踏みつける。
「レオン!」
ヘレナが叫ぶ。
シモンズは構わず、さらに踏み込んだ。
「どうした? 這い上がってみせろ」
「レオン・S・ケネディ!」
「ぐっ……!」
レオンが歯を食いしばる。
指が縁から外れかける。
シモンズは愉悦に歪んだ笑みを浮かべた。
「どいつも、こいつも……私の邪魔ばかりする」
足に力を込める。
「だが、それもこれで終わりだ」
レオンの身体がさらに落ちる。
「さようならだ、レオン・S・ケネディ」
シモンズがトドメを刺そうとした。
――その背後。
音がなかった。
足音もない。
気配すらない。
ただ、いつの間にか。
シモンズの背後に、一人の男が立っていた。
次郎だった。
懐へ手を入れている。
取り出したのは一本のシリンジ。
今回の任務の最初、ブローカーから回収していた証拠品。
シリンジの内部には、C-ウィルスが残されている。
公安として事件の証拠品として持ち帰るつもりだった。
だが――。
今は別の使い道がある。
シモンズが、背後の気配に気づいた。
「……!」
振り返ろうとする。
しかし――遅い。
次郎の腕が伸びる。
強靭な握力がシモンズの身体を完全に制圧した。
「な――!」
逃げようとした瞬間には、もう遅かった。
次郎がシモンズの首を固定する。
もう片方の手に握られたシリンジの針が、首筋へ突き立つ。
「何を――!」
次郎は答えない。
そのままシリンジの薬液を、一気に押し込んだ。
最後の一滴まで。
すべてを強制的に注入する。
「ぐっ……!」
シモンズの身体が跳ねた。
すでに限界を超えていた肉体。
その内部では、C-ウィルスによる異常な変異が繰り返されている。
そこへさらにC-ウィルスが追加された。
――過剰反応。
細胞が、一斉に暴れ始める。
「ギィィィィヤアアアアッ!!」
これまでとは比較にならない絶叫が響き渡った。
「な、なんだ……これは……!」
「貴様、いったい何をした!」
シモンズが首筋を押さえ、掻きむしる。
踏みつけていたレオンの手から、足が離れた。
そのままシモンズは地面へ倒れ込む。
「ぐあああああああああっ!!」
身体を激しく痙攣させながら、屋上を転げ回る。
次郎はすぐにレオンへ駆け寄り、縁から身を乗り出す。
「レオン、手を!」
「……!」
レオンが残った力を振り絞って手を伸ばす。
次郎がその腕を掴み、強靭な腕力で一気に引き上げる。
レオンの身体が屋上へ戻った。
「大丈夫か?」
「ああ……助かった」
レオンが息を整える。
その間にも、シモンズの身体は激しく変異を続けていた。
「……何、あれ」
ヘレナが呟く。
シモンズの身体が、また変化した。
巨大なハエ型。
次の瞬間には恐竜のような巨体。
そして人間。
しかし、その変化はこれまでとは違っていた。
完全に出鱈目だった。
ハエの頭部が現れたかと思えば、次の瞬間には人間の腕へ変わる。
恐竜の脚が生えた直後、それが崩れ落ち、別の形へ変質する。
「エイ……ダ……」
シモンズが呻く。
「なぜ……私を……」
声すら安定しない。
「私は……お前のために……」
身体が膨張する。
そして――。
メリ……。
メリメリメリ……。
肉が裂ける音がした。
シモンズの身体が、ゆっくりと黒く染まっていく。
皮膚。
肉。
骨。
そのすべてが、どす黒い質感へ変化していく。
やがて表面に硬質な突起が生まれた。
それは急速に成長していく。
結晶。
身体の内側から、無数の結晶が突き出していく。
「ぐ……お……」
シモンズの声は、まだ消えていなかった。
むしろ、その声には明確な苦痛と恐怖が混じっている。
「なぜ……動けない……!」
腕を動かそうとする。
だが、結晶化した身体はまったく動かない。
「私が……こんな……!」
顔面までもが黒い結晶に覆われていく。
それでも、意識だけは残っていた。
「エイダ……!」
最後まで、その名を呼ぶ。
「私を……置いていくな……!」
「死ぬなら……お前も一緒に!」
しかし、その身体は完全に巨大なウイルス結晶へと変わり果てた。
シモンズは動けない。
声を発することもできない。
だが、その意識までは消えていなかった。
結晶の内部に閉じ込められたまま、ただそこに存在している。
次郎、レオン、ヘレナの三人は、無言でその姿を見つめていた。
世界をバイオテロの恐怖へ陥れた男。
その肉体は、最後に自らが盲信したC-ウィルスによって完全に物質化されていた。
だが――まだ終わってはいない。
そのとき。
「静かな最期は、貴方には似合わないわ」
背後から声がした。
三人が振り返る。
そこに立っていたのはエイダだった。
その手には、ロケットランチャーが握られている。
エイダは何も言わず、結晶化したシモンズへ向けてロケットランチャーを構えた。
「エイダ……」
レオンたちはエイダの狙いを理解し、すぐに射線を開けて距離を取る。
「待たせたわね、これを取りに戻っていたのよ」
エイダは淡々と答える。
そして、引き金を引いた。
轟音。
ロケット弾が夜空を切り裂く。
次の瞬間――。
ドォォォォン!!
結晶化したシモンズの身体が、爆発によって粉々に砕け散った。
巨大な結晶が四方へ飛び散る。
それと同時に、結晶の内部に残されていたシモンズの意識も完全に断ち切られた。
世界を巻き込んだ男の最期は、ロケットランチャーによる爆撃だった。
砕けた残骸が屋上から落下していく。
遥か下では、達芝の街が炎に包まれている。
無数の破片が炎の海へ飲み込まれ――。
今度こそ、シモンズは完全に消滅した。
砕け散った結晶の残骸が炎の海へ落ちていく。
しばらくの間、四人はその光景を見つめていた。
やがてレオンが銃を下ろす。
「……終わったな」
「ああ」
次郎が短く答えた。
レオンは次郎へ向き直る。
「アリス」
「ん?」
「助かった。ヘリから援護してくれたことも……さっき俺を引き上げてくれたことも」
レオンが手を差し出した。
「本当に、ありがとう」
次郎はその手を握る。
「気にするな。俺もお前には助けられている」
ラクーンシティ。
スペイン。
そして、今回。
互いに別の場所で生きながら、またこうして共に戦った。
レオンは小さく笑った。
「それでも礼は言わせてくれ」
続いて、ヘレナも次郎へ向き直った。
「私からも。本当にありがとう」
「無事だったなら、それでいい」
次郎は穏やかに答える。
ヘレナは次にエイダを見る。
「エイダも……ありがとう」
「どういたしまして」
エイダはいつもの調子で微笑んだ。
レオンはエイダを見る。
「……お前にも礼を言っておく」
「珍しいわね」
「今回は何度も助けられたからな」
エイダは肩を竦める。
「お互い様よ」
レオンは頷いた。
「じゃあ、俺たちは先に脱出する」
「ああ。気をつけろよ」
レオンとヘレナは出口へ向かう。
その途中、レオンが一度だけ振り返った。
「アリス、機会があればまた会おう」
「そうだな、レオン」
「できれば今度こそ、事件以外でな」
レオンとヘレナは、そのまま屋上を後にした。
二人の姿が出口の向こうへ消える。
静寂が戻る。
崩壊を続けるクアッドタワー。
遠くでは達芝の街が炎に包まれている。
その屋上に残ったのは、次郎とエイダだけだった。
エイダはフックショットを手に取る。
だが、発射しようとしたところで、ふと足を止めた。
「ねえ、アリス」
「ん?」
エイダが振り返る。
「なぜ、私のことを信じてくれたのかしら?」
次郎は少しだけ目を細めた。
そして、穏やかな笑みを浮かべる。
「そうだな」
「エイダ・ウォンという女は、嘘はつくかもしれないが……不義理はしないと信じているからな」
「……ふふ」
エイダは小さく笑った。
共に死線を潜り抜けた。
互いの背中を預け、何度も命を救い合った。
その中で積み重ねてきたものは、言葉だけの信頼ではない。
エイダは次郎を見つめる。
「もし、それで騙されたらどうするの?」
試すような問い。
次郎は肩を竦めた。
「お前も俺を信用してくれただろ」
「お互い様だ」
「ふふっ……」
エイダの唇が艶やかに弧を描く。
その笑みには、最初から次郎に家庭があることを知っている女だからこその余裕があった。
「悪い男ね」
エイダが一歩近づく。
「既婚者のくせに、そうやって平気な顔で他の女を口説いて」
「いや、俺は別に口説いては――」
次郎が言い終えるよりも早く。
エイダが至近距離まで滑り込んだ。
「……!」
唇に、柔らかな感触。
一瞬だった。
触れるだけの、リップキス。
次郎の身体が――完全に固まった。
どんな化け物を前にしても。
どれほどの危機に陥っても。
殺し屋として叩き込まれた訓練によって、常に冷静さを失わなかった男が。
今だけは、文字通り石のように硬直していた。
エイダはそんな次郎を見て、楽しそうに微笑む。
「……ふふ」
そして、何事もなかったかのようにフックショットを構えた。
発射。
ワイヤーが夜空へ伸びる。
フックが遠くの建物へ突き刺さった。
エイダの身体が宙へ浮かび上がる。
夜風に髪をなびかせながら、彼女は振り返った。
「――奥さんによろしくね、パパさん」
悪戯っぽい笑み。
次郎が我に返る。
「ちょ――」
だが、もう遅い。
エイダの身体は夜の闇へ滑り込んでいく。
その姿は、瞬く間に遠ざかっていった。
そして――消えた。
静まり返ったクアッドタワーの屋上。
次郎は一人、そこに取り残されていた。
しばらく動かない。
やがて、ゆっくりと自分の唇へ指を触れる。
「…………」
冷や汗が、一筋流れた。
脳裏に浮かぶのは、家で待っている妻の顔。
そして――。
「……これは、はたして『浮気』に含まれるだろうか……」
次郎は、人生最大級の難題を前にしていた。
敵ならば、どれほど強大でも倒せる。
怪物ならば、どれほど恐ろしくても倒せる。
だが――。
妻に、この件をどう説明するか。
それだけは、いくら考えても答えが出なかった。
炎に染まった夜空を見上げながら、次郎は本気で帰宅後の言い訳を考え始めた。
長い戦いは終わった。
世界を揺るがした事件も、これで終わる。
そして最後に残ったのは――。
次郎にとって、あまりにも身近で、あまりにも恐ろしい問題だった。
――Chapter5・完――
正直、結晶化はやりすぎかなとも思いましたが、早い段階から過剰接種による暴走で動けなくなるのは決めていました。そのためのシリンジです。
そしてトドメはカーラと同じくロケラン。
因みにエイダのパパさん呼びについては完全に私の趣味です。