元殺し屋がバイオ事件に巻き込まれる話   作:オッパッピー

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本日一度目の投稿。


Epilogue1 愛の挨拶

 中国・蘭祥を襲ったバイオテロ。

 

 ネオアンブレラとファミリーが引き起こした世界規模の事件は、こうして幕を閉じた。

 

 そして――。

 

 日本の東京。

 

 公安調査庁本部。

 

 一般には存在すら知られていない、地下の秘密フロア。

 

 その一角にある特務部の執務室。

 

 佐々木次郎は、上司への事後報告を終えていた。

 

 蘭祥での戦闘記録。

 

 ネオアンブレラの活動。

 

 ファミリーとの交戦。

 

 そして、シモンズとの決着。

 

 今回の任務で得られた情報は、すでに正式な報告書として提出されている。

 

 次郎は執務室を出ると、そのまま情報分析室へ向かった。

 

 現場で得た情報の中には、情報分析班と共有しておくべきものもある。

 

 その確認のためだった。

 

 情報分析室へ入る。

 

 大量のモニターを前に、キーボードを叩いていた男が顔を上げた。

 

「……帰ったか、佐々木」

 

「霧島、今回の任務では助けられた」

 

「礼は良い、当たり前の事をしただけだ」

 

 情報分析班班長――霧島悟郎。

 

 これまで何度も任務を共にしてきた。

 

 次郎が現場で動き、霧島が日本側から情報面を支える。

 

 それが二人の役割だった。

 

「蘭祥で得た情報は、もう上に報告した」

 

 次郎が言う。

 

「ああ。こっちにも先ほど共有された」

 

 霧島が端末を操作する。

 

「C-ウイルス関連のデータも確認した。解析班に回してある」

 

「そうか」

 

 次郎は室内の大型スクリーンへ目を向けた。

 

 そこには、彼らが所属する部署の名称が表示されていた。

 

 ――公安調査庁特務部。

 

 そして、その実働部隊には別の呼び名がある。

 

 ――THIRD-i(サードアイ)。

 

 霧島が端末へ視線を戻す。

 

「今回の件について、いくつか確認したいことがある」

 

「何だ?」

 

「蘭祥で確認されたネオアンブレラの動きだ。お前が現場で見た情報と、こっちで拾った情報を照合したい」

 

「分かった」

 

 次郎は霧島の端末へ近づいた。

 

 いくつかの情報を確認する。

 

 それが一通り終わったところで、次郎は息を吐いた。

 

 ようやく任務が終わった。

 

 今度こそ、少しくらい休めるかな。

 

 そう思った矢先だった。

 

 霧島がキーボードへ手を伸ばした。

 

 カタカタカタ……。

 

 キーを叩く音が室内に響く。

 

 大型スクリーンに表示されていた情報が切り替わる。

 

 そこに映し出されたのは、ロシア国内の地図だった。

 

 続いて、ロシア各地で確認された複数の不審な活動記録が表示される。

 

 資金の流れ。

 

 武器の密輸。

 

 偽造された身分証。

 

 そして、複数の国で確認されたテロ関連事件。

 

「……何だ、これ?」

 

 次郎が画面を見る。

 

「新しく確認されたテロ組織だ」

 

 霧島が答える。

 

「ロシアを中心に活動しているらしい。まだ組織の全容は掴めていない」

 

 大型スクリーンに、組織の活動記録が次々と表示される。

 

「武器の調達、資金洗浄、情報工作。それに、複数のテロ事件への関与が疑われている」

 

「指導者は?」

 

「不明だ」

 

「規模は?」

 

「それも調査中だ」

 

 次郎は腕を組んだ。

 

「分かっていることは?」

 

「ロシア国内を拠点の一つとしていること。それから――」

 

 霧島が別の資料を表示する。

 

 複数の通信記録。

 

 暗号化されたメール。

 

 資金移動の履歴。

 

「極東方面へ人員と資金を動かしている」

 

 次郎の表情が変わった。

 

「日本に関係する可能性は?」

 

「まだ断定できない」

 

 霧島は即答した。

 

「ただ、日本国内の協力者と接触した形跡がある」

 

 次郎は大型スクリーンを見つめた。

 

「……厄介だな」

 

「ああ」

 

 霧島はさらにキーボードを操作する。

 

 画面に、複数の資料が重なって表示された。

 

「そして、もう一つ気になるものがある」

 

「何だ?」

 

「連中が使っていた暗号通信の中に、何度も出てくる言葉があった」

 

 霧島が画面中央へ一つの文字列を表示する。

 

 ――Bloody Monday。

 

 次郎はその文字を見つめた。

 

「……計画名か?」

 

「ああ。そう見ている」

 

 霧島が頷く。

 

「まだ具体的な内容までは掴めていない。ただ、単なる組織内の作戦名というには、使われている頻度が多すぎる」

 

「つまり――」

 

 次郎が続ける。

 

「これから何かを仕掛けるつもりか」

 

「その可能性が高い」

 

 霧島は画面を切り替えた。

 

 そこには、日本を含む東アジアの地図が表示される。

 

「問題は、Bloody Mondayが何を意味しているのか。そして、連中の狙いがどこにあるのかだ」

 

 次郎はしばらく画面を見つめていた。

 

 まだ事件は起きていない。

 

 だからこそ、今なら止められる可能性がある。

 

「……分かった」

 

 次郎は手に入れたばかりのコーヒーへ視線を落とした。

 

 一口飲む。

 

 そして、小さくため息をつく。

 

「また仕事か」

 

「ああ」

 

 霧島が淡々と答える。

 

「まずは、この組織について調べる。お前にも現場で動いてもらうことになる」

 

 次郎はコーヒーを置いた。

 

 椅子に掛けていたコートを手に取る。

 

 そして、袖を通した。

 

「了解した」

 

 蘭祥での戦いを終えたばかり。

 

 それでも、立ち止まるつもりはない。

 

 新たに姿を現したテロ組織。

 

 その背後に隠された計画――Bloody Monday。

 

 まだ何が起こるのかは分からない。

 

 だが、脅威が形になる前に、その正体を突き止める。

 

 次郎は歩き出した。

 

 その背中を、霧島が見送る。

 

 そして――。

 

 新たな戦いが、静かに始まろうとしていた。

 

 ◇

 

 THIRD-iを後にした次郎は、そのまま自宅へ向かった。

 

 時間的には短いが、精神的に長い出張だった。

 

 蘭祥での激戦。

 

 ネオアンブレラとの戦い。

 

 そして、シモンズとの決着。

 

 さらに、帰国してからの事後報告。

 

 身体は疲れているはずだった。

 

 それでも、家へ近づくにつれて、次郎の足取りは自然と軽くなっていった。

 

 やがて、自宅の前に立つ。

 

 鍵を取り出し、扉を開ける。

 

「ただいま」

 

「おかえりなさい」

 

 すぐに声が返ってきた。

 

 玄関へ駆けてくる小さな足音。

 

「パパ!」

 

「おかえり!」

 

 長女が嬉しそうに次郎へ駆け寄ってくる。

 

「ただいま」

 

 次郎はしゃがみ込み、娘を抱き上げた。

 

「寂しかったか?」

 

「うん!」

 

 元気な返事。

 

 その小さな身体を抱きしめる。

 

 戦場では感じることのなかった温もりが、腕の中にある。

 

 そして、妻の腕には――。

 

 生まれて間もない次女が抱かれていた。

 

 小さな身体。

 

 まだ眠っている。

 

 次郎は長女を抱いたまま、そっと次女へ視線を向けた。

 

「……ただいま」

 

 起こさないよう、小さな声で告げる。

 

 妻が穏やかに微笑む。

 

「おかえりなさい、あなた」

 

「ああ。ただいま、あさみ」

 

 次郎は次女の小さな手へ、そっと指を伸ばす。

 

 すると、眠ったままの次女の指が、かすかに動いた。

 

 次郎の指先に触れる。

 

「……大きくなったな」

 

「まだ生まれたばかりですよ」

 

 妻が小さく笑う。

 

「分かってる」

 

 次郎も笑った。

 

 ここには銃声もない。

 

 ウイルスもない。

 

 怪物もいない。

 

 ただ、妻と娘たちがいる。

 

 それだけだった。

 

 次郎は長女の頭を撫でながら、妻に抱かれた次女を見つめる。

 

 この日常を守るために。

 

 家族が何も知らずに笑っていられる、この当たり前の日々を守るために。

 

 自分は裏側の戦場に立っている。

 

 それが、公安として戦い続ける理由だった。

 

 その夜。

 

 久しぶりの家族との団欒を過ごしていた次郎は、ようやく肩の力を抜いていた。

 

 長女の話を聞き。

 

 妻の話を聞き。

 

 眠っている次女の様子を時々確かめる。

 

 何でもない会話に笑う。

 

 そんな時間が、何よりも大切だった。

 

 しばらくして、次女を寝かせた妻が次郎の隣へ戻ってきた。

 

 そして、ふと次郎へ近づく。

 

「……あなた」

 

「ん?」

 

 妻は次郎の顔を見た。

 

 怒っているわけではない。

 

 責めている様子もない。

 

 ただ、ほんの少しだけ首を傾げて。

 

「……なんだか、他の女の人の匂いがしますね」

 

「…………」

 

 次郎の動きが止まった。

 

 数々の銃弾を紙一重で躱した。

 

 クリスたちBSAAの猛攻を凌いだ。

 

 チェーンソーを振り回す怪物の攻撃すら、危険を察知して回避してきた。

 

 そんな男が。

 

 今――。

 

 完全に気圧されていた。

 

「…………」

 

 妻は何も言わない。

 

 ただ、次郎を見ている。

 

 その視線に耐えられなくなった。

 

「……あの」

 

「はい」

 

「実は……」

 

 次郎は観念した。

 

「帰国する前に、少しあってな」

 

「はい」

 

「仲間と別れるときに」

 

「はい」

 

「その……」

 

 言葉が詰まる。

 

 そして――。

 

「キスをされた」

 

 妻の表情が変わった。

 

 だが、怒鳴らない。

 

 責めない。

 

 ただ、じっと次郎を見つめる。

 

「……不意打ちだったんだ」

 

 次郎は必死に付け加える。

 

「俺からしたわけじゃない」

 

「……そうですか」

 

 静かな返事。

 

 それが逆に怖かった。

 

「本当に、突然だったんだ」

 

「そうですか」

 

 妻はもう一度だけ頷いた。

 

 次郎は冷や汗を流す。

 

 戦場では、敵の動きを読むことができる。

 

 相手の殺気も。

 

 銃口の向きも。

 

 筋肉の僅かな動きさえ。

 

 だが――。

 

 妻の考えていることだけは、まったく読めない。

 

 そして。

 

 妻が、ぽつりと口を開いた。

 

「――何故、銃弾は躱せるのに、女のキスは躱せないのでしょうね?」

 

「…………」

 

 完全な沈黙。

 

 次郎は何も言えなかった。

 

 ぐうの音も出ない。

 

 やがて、頬を引きつらせながら苦笑する。

 

「……それは、その……」

 

 返す言葉が見つからない。

 

 妻は怒っているわけではない。

 

 ただ、呆れている。

 

 それでいて、次郎という男を誰よりも理解しているからこそ出てくる、あまりにも的確な一言だった。

 

 次郎は視線を逸らした。

 

「……面目ない」

 

 妻は小さく息を吐いた。

 

 その隣では、眠りについた次女が静かに寝息を立てている。

 

 長女も、いつの間にか次郎の隣で眠そうにしていた。

 

 戦場では、どれほどの怪物を前にしても冷静だった男が――。

 

 たった一人の妻を前に、完全に敗北していた。

 

 それでも。

 

 次郎は苦笑しながら、長女の頭を撫でる。

 

 そして、眠る次女へ視線を向けた。

 

 この温かい場所を守りたい。

 

 この笑顔を守りたい。

 

 この小さな命を守りたい。

 

 だからこそ、また明日になれば戦場へ向かう。

 

 どれほど危険な任務でも。

 

 どれほど恐ろしい敵でも。

 

 この家へ帰ってくるために。

 

 次郎は家族の温もりを噛み締めた。

 

 

 ◇

 

 

 事件から数日後。

 

 エイダは、カーラ・ラダメスが残した秘密研究所にいた。

 

 薄暗い研究室の中央。

 

 巨大なメインサーバーに接続された端末の前で、エイダは一人、無言のまま画面を操作していた。

 

 指先が、冷徹な動きでデータをスクロールしていく。

 

 そこに残されていたのは、ネオアンブレラが世界各地で進めていた研究記録。

 

 ウイルスの培養。

 

 人体への感染実験。

 

 変異個体の生成。

 

 そして――。

 

 カーラ・ラダメスが、シモンズへ向けて抱き続けていた狂気的な復讐心。

 

 その執念が、研究記録の随所に刻み込まれていた。

 

「……本当に、どこまでも狂っていたのね」

 

 エイダは淡々と呟く。

 

 カーラは、自分をこんな姿に変えたシモンズを憎んでいた。

 

 そして、その憎しみを晴らすために、世界そのものを巻き込もうとした。

 

 それだけではない。

 

 彼女はシモンズへの復讐を実行するため、ネオアンブレラの研究資産を利用し、数多くの極秘計画を進めていた。

 

 エイダはさらにデータを読み進める。

 

 そのときだった。

 

 見覚えのある名前が、画面に表示された。

 

「……これは」

 

 エイダの指が止まる。

 

 画面に表示されたのは――。

 

 日本の公安エージェント。

 

 個人特定データ。

 

 顔写真。

 

 経歴。

 

 身体能力。

 

 感染歴。

 

 そして――遺伝子情報。

 

 エイダは、その人物を知っている。

 

「アリス……」

 

 蘭祥で何度も背中を預けた男。

 

 銃弾が飛び交う戦場で、まるで常人とは異なる動きを見せた男。

 

 T-ウイルスに適応し、さらにレイジウイルスにも適応した――極めて稀な存在。

 

 そのデータには、研究者たちによる分析結果が詳細に記されていた。

 

 通常なら、ウイルスは人体を侵食する。

 

 細胞を破壊し、過剰な変異を引き起こし、最終的には宿主そのものを異形へ変えてしまう。

 

 だが、次郎の肉体は違う。

 

 ウイルスと共生しながら、その力だけを肉体へ取り込んでいる。

 

 過剰な変異を起こさず。

 

 肉体を破壊することもなく。

 

 再生能力、怪力、動体視力。

 

 反射神経、瞬発力。

 

 それらの恩恵だけを維持する。

 

 研究者たちにとっては――。

 

 まさに、喉から手が出るほど欲しい存在だった。

 

「最高の遺伝子、ね……」

 

 エイダは記録に目を通す。

 

 そして、その下に続くデータを見て――。

 

 眉を僅かに動かした。

 

 そこには、さらに別の研究計画が記録されていた。

 

 遺伝子複製計画。

 

 次郎から秘密裏に入手した遺伝子データを基に、人工的に個体を作製する。

 

「T-ウイルス適応そのものを再現できるわけではないが、適応を成立させている遺伝的要因を抽出できれば、人工的に適応個体を作れる可能性がある」

 

 目的は――。

 

 特殊な生物兵器、B.O.W.の兵士として育成すること。

 

「……そこまでやるのね」

 

 エイダの表情から、僅かな笑みが消える。

 

 画面をスクロールする。

 

 培養槽。

 

 人工子宮。

 

 遺伝子操作。

 

 成長過程。

 

 戦闘能力。

 

 適応率。

 

 研究データは延々と続いていた。

 

 そして、その中に一つの記録があった。

 

 第一成功個体。

 

 研究員による命名記録。

 

 そこには、あまりにも安直な名前が付けられていた。

 

 チャーリー。

 

 命名理由――。

 

 担当研究員が飼っていた犬の名前。

 

「……チャーリー?」

 

 エイダは一瞬、無言になった。

 

 そして、ほんの少しだけ呆れたように息を吐く。

 

「随分と適当な名前を付けたものね」

 

 しかし。

 

 その先に並んでいたデータは、決して笑えるものではなかった。

 

 第二個体。

 

 第三個体。

 

 第四個体。

 

 培養槽の中で成長する幼い個体たち。

 

 そして、そこには奇妙な傾向が記録されていた。

 

 女性個体の発生率が異常に高い。

 

 原因は不明。

 

 次郎のT-ウイルス適応遺伝子が影響している可能性。

 

 あるいは――。

 

 カーラによる遺伝子操作の過程で生じた未知のエラー。

 

 いずれにせよ、研究者たちはその現象を利用することにした。

 

 女性個体を中心としたB.O.W.兵士育成計画。

 

 そして、その計画には正式なコードネームが与えられていた。

 

 画面に表示される。

 

 PROJECT:CHARLIE'S ANGELS

 

 チャーリーズ・エンジェル。

 

 あまりにも皮肉な名前だった。

 

 エイダは、その名前をしばらく眺めていた。

 

 そして、画面に並ぶ幼い少女たちの検体データへ視線を移す。

 

 まだ戦場を知らない。

 

 まだ何も知らない。

 

 ただ、遺伝子によって生み出され、兵士として育てられることだけを運命づけられた少女たち。

 

 エイダは小さく息を吐いた。

 

 そして――。

 

 フッと口元を歪める。

 

「チャーリーズ・エンジェルね……」

 

 その表情には、どこかニヒルな笑みが浮かんでいた。

 

「……あのお堅いパパさん、日本の奥さん以外にも、随分と賑やかな隠し子を抱え込むことになりそうね」

 

 誰もいない研究室に、エイダの声だけが静かに響いた。

 

 そして、画面を閉じる。

 

 これ以上、この研究所に用はない。

 

 カーラが残した研究データは、すでに必要なものを確認した。

 

 残しておけば、誰かがこの研究所を利用する可能性がある。

 

 ならば――。

 

 エイダは端末から記録媒体を抜き取った。

 

 研究室を出る。

 

 長い廊下を歩き、研究所の出口へ向かう。

 

 その途中、壁に設置された警備端末へ目を向けた。

 

「……悪いけど、全部消えてもらうわ」

 

 エイダは小型の起爆装置を取り出した。

 

 カーラの研究所に残された設備。

 

 培養槽。

 

 研究資料。

 

 サーバー。

 

 そして、まだ誰にも知られていない実験設備。

 

 すべてをまとめて、この世から消す。

 

 エイダは装置を起動した。

 

 短い電子音。

 

 赤いランプが点滅する。

 

 エイダは振り返ることなく歩き出した。

 

 研究所の出口を抜ける。

 

 そして――。

 

 数分後。

 

 背後から轟音が響いた。

 

 ドンッ!!

 

 研究所の内部で爆発が起こる。

 

 続けて、二度、三度と爆発が連鎖していく。

 

 建物の窓が一斉に吹き飛び、黒煙が夜空へ立ち上った。

 

 エイダは少し離れた場所で足を止める。

 

 振り返る。

 

 炎に包まれていく研究所。

 

 やがて建物の一部が崩れ落ちた。

 

「……これで終わり」

 

 エイダは静かに呟いた。

 

 カーラが残したものも。

 

 彼女が生み出そうとしていたものも。

 

 少なくとも、この場所から再び世に出ることはない。

 

 エイダは炎を見つめたまま、ほんの少しだけ目を細める。

 

「さて……」

 

 蘭祥での一件も終わった。

 

 シモンズも死んだ。

 

 ネオアンブレラも崩壊した。

 

 そして――。

 

「これでしばらくは、ゆっくりできそうね」

 

 エイダは踵を返した。

 

 今回ばかりは、本当に休むつもりだった。

 

 だが。

 

 数歩進んだところで、ポケットの中のスマートフォンが鳴った。

 

 エイダは足を止める。

 

「……もう?」

 

 スマートフォンを取り出す。

 

 画面には、登録されていない番号。

 

 エイダは少しだけ考えた。

 

 そして、画面の通話ボタンを押す。

 

「もしもし」

 

『……聞こえるか』

 

 聞き覚えのない男の声だった。

 

「ええ」

 

『仕事を頼みたい』

 

 エイダは眉を上げる。

 

「ついさっきまで世界規模のバイオテロに巻き込まれていたところなのだけど?」

 

『それは承知している』

 

「随分と詳しいのね」

 

『君の仕事について、ある程度は調べてある』

 

 エイダは小さく笑った。

 

 もちろん、相手が自分を何と呼んでいるかは分からない。

 

 彼女にとって「エイダ・ウォン」という名前も、数あるコードネームの一つに過ぎない。

 

 相手や任務によって使う名前は変える。

 

 今、この男がどの名前を知っているのか。

 

 それすら重要ではなかった。

 

『依頼を受けるか?』

 

 エイダは燃え続ける研究所へ視線を向ける。

 

 断ることもできる。

 

 蘭祥で十分すぎるほど働いた。

 

 今なら、誰にも邪魔されずに休める。

 

 しばらく銃を握らず、誰かを追いかけることもなく、静かに過ごす。

 

 そんな選択肢もあった。

 

 だが――。

 

「……いいわ」

 

『引き受けてくれるか』

 

「ええ」

 

 エイダは口元に小さな笑みを浮かべた。

 

「休みは十分満喫したもの」

 

 電話の向こうから、短い沈黙。

 

「それに――」

 

 エイダは歩き出す。

 

「退屈するのも、私の性には合わないのよ」

 

『では、詳細を送る』

 

「待ってるわ」

 

 通話が切れる。

 

 エイダはスマートフォンをポケットへ戻した。

 

 背後では、カーラの研究所が炎に包まれている。

 

 その炎を最後に一度だけ振り返り――。

 

 エイダは夜の闇へ消えていった。

 

 そして、新たな依頼が始まる。

 

 




ここでようやくネタバラシ。
公安調査庁の対特殊テロ組織で霧島というキャラで、気づいた人は多いかもですが、もろにBloodyMandyの霧島悟郎です。

第四章でエレンがハッキングしたりで実は伏線は張っていました。

次回は少し重めの話になりますが、ご容赦ください。
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