男はショットガンを構えたまま、一行を睨み付ける。
レオンはゆっくりと両手を上げ、敵意がないことを示した。
「待ってください」
「自分たちはここを通らせてもらいたいだけなんです」
その視線はレオンの制服、そしてマービンの制服へ移る。
「……あんたたち、警察か」
「今さら警察が何をしに来た」
「どの面さげて来やがった!」
怒気を含んだ声が店内へ響く。
「俺の家族も、この街の連中も……誰一人守れなかったじゃないか!」
レオンは何も言い返せなかった。
拳を握り締め、ただ俯く。
マービンも静かに帽子を脱ぐ。
「……すまない」
「言い訳はしない」
「俺たちは市民を守れなかった」
男はしばらく二人を睨み続けた。
やがて大きく息を吐き、ショットガンを下ろす。
男は一行を見回した。
店長や客たちの怯えた表情を見ると、静かに道を開ける。
「……好きに通れ」
「奥から外へ出られる」
「ありがとう」
マービンが短く礼を言う。
男は返事をせず、店の奥を親指で指した。
「裏口から出ろ」
「表の道路は崩れてるが、裏の路地ならまだ通れる」
マービンは小さく頷き、そのまま裏口の様子を確認しに向かった。
店の奥へ進み、ゆっくりと裏口の扉を開ける。
軋む音とともに冷たい夜風が吹き込んできた。
マービンは拳銃を構えたまま周囲を警戒し、一歩だけ路地へ足を踏み出す。
左右を素早く見回し、安全を確認する。
その視線が路地の奥で止まった。
「……これは」
少し離れた場所には、一台の工事用バンが乗り捨てられていた。
「避難のために置き去りにしたのか」
鍵は差しっぱなし。
車体に多少の傷はあるものの、走行できそうな状態だった。
マービンは運転席へ乗り込み、キーを回す。
ブルルルッ……
エンジンは問題なく始動した。
「動く」
その声にレオンたちも裏口へ集まる。
レオンは安堵の表情を浮かべた。
「これなら脱出できますね!」
マービンは静かに頷いた。
「ああ」
「店長たちを連れて市外への脱出を試みよう」
その言葉を聞いたエイダが、ふいに次郎へ視線を向けた。
「……アリス」
「一つ聞いてもいい?」
次郎は静かに頷く。
「ああ」
エイダは次郎の顔色を見つめ、静かに言った。
「あなた、感染しているでしょう」
その一言で、その場の空気が凍り付いた。
「なっ……!」
レオンが思わず次郎を見る。
店長たちも一斉に視線を向けた。
次郎はしばらく沈黙した後、小さく頷く。
「ああ、やっぱりこれ感染してるのか」
「多分、脳みそ野郎に爪でやられた時だな」
店長が目を見開く。
「そんな、アリスお前……」
次郎は落ち着いた口調のまま続けた。
「今のところ症状は軽い」
「だが、この先どうなるかまでは分からない」
エイダは腕を組みながら言う。
「顔色が少しずつ変わっている」
「相当苦しい筈なのに、よく平気で動けるわね」
「でも安心して。希望がないわけじゃない」
全員の視線がエイダへ集まる。
「アンブレラの研究所」
「そこなら治療法か、それに繋がる情報が残っている可能性がある」
「可能性は低くても、他に当てはないわ」
レオンは迷うことなく言った。
「だったら行きましょう」
「アリスさんを助ける為に」
「それに、事件の真相も知りたい」
そこでマービンが静かに口を開いた。
「では、俺から提案だ」
「一般人を連れて研究所へ向かうのは危険すぎる」
「ここからは別行動にしよう」
全員がマービンへ視線を向ける。
「俺が店長たちを護衛して、あの工事用バンで市外への脱出を試みる」
「レオン」
「君はアリスとエイダについて行け」
「研究所で事件の真相を探り、治療法があるなら必ず持ち帰ってくれ」
レオンは迷わず頷いた。
「はい!」
店長は次郎の前へ歩み寄る。
「アリス」
「ここまで何度も俺たちを助けてくれて、本当にありがとう」
「お前がいなかったら、俺たちは警察署へ辿り着くこともできなかった」
「だから、今度は自分の命を優先してくれ」
後ろにいた客たちも、次々と頭を下げる。
「ありがとうございました」
「必ず生きて帰ってきてください」
次郎は少し照れくさそうに笑った。
「礼を言うのは、みんなが無事にこの街を出てからにしてくれ」
マービンは静かに頷き、次郎を真っ直ぐ見つめた。
「アリス」
「必ず生きて戻ってこい」
次郎は短く答えた。
「ああ」
こうして一行は二手に分かれる。
マービンは店長たち生存者を護衛し、工事用バンで市外への脱出を目指す。
そして次郎、レオン、エイダの三人は、事件の真相と次郎を救う希望を求め、アンブレラ研究所へ繋がる道を進むのだった。
◇
工事用バンのエンジン音が静かに響く。
マービンは運転席へ乗り込むと、最後に窓を開けた。
「レオン」
「アリス」
「生きてまた会おう」
レオンは敬礼した。
「はい!」
次郎も静かに頷く。
「ああ」
店長が助手席の窓から身を乗り出す。
「アリス!」
「約束だからな!」
「必ず生きて帰ってこい!」
客たちも車内から口々に声を掛ける。
「ありがとうございました!」
「どうかご無事で!」
次郎は小さく笑みを浮かべ、右手を軽く上げた。
「みんなも無事に市外へ」
「気を付けて」
バンはゆっくりと動き出す。
やがて速度を上げ、夜の街へ消えていった。
その姿が見えなくなるまで、三人は黙って見送っていた。
静寂を破ったのはエイダだった。
「行きましょう」
「研究所へ続く下水道の入口は、この先よ」
レオンは深く息を吸う。
「はい」
三人は再び歩き始めた。
崩れた道路を避け、細い路地を抜ける。
路上には放置された車両が折り重なり、燃え続ける建物から黒煙が立ち上っていた。
途中、路地裏からゾンビがふらつきながら現れる。
次郎がリボルバーを構え、一発で頭部を撃ち抜く。
パンッ。
ゾンビはその場へ崩れ落ちた。
レオンがショットガンを構えたまま周囲を警戒する。
「この辺りも危険ですね」
「ああ」
次郎は短く答えた。
だが、その声には僅かな掠れが混じっていた。
歩き続けるたびに身体が熱い。
額にはうっすらと汗が滲み、左腕の傷口が鈍く疼く。
レオンはその変化を見逃さなかった。
「アリスさん」
「大丈夫ですか?」
次郎は苦笑する。
「まだ動ける」
「心配はいらない」
レオンはそれ以上何も言わなかった。
しかし、その横顔には不安が浮かんでいた。
やがて三人は、大きなマンホールの前へ辿り着く。
エイダは周囲を確認すると足を止めた。
「ここから下水道へ入る」
「その前に、一つ確認しておきたい物がある」
次郎はポーチへ手を入れ、小型の携帯レコーダーを取り出した。
「ベンが残したレコーダーだ」
「地下駐車場で一度聞いたが、お前にも聞いておいてほしい」
エイダはレコーダーを受け取り、再生ボタンを押した。
『もしこれを誰かが聞いているなら……俺はもう助からなかったんだろうな』
『アンブレラは、この街の地下で極秘研究を続けてきた。警察の上層部にも手を回し、証拠は何度も揉み消されてきた』
静かなノイズだけが流れる。
『俺が掴んだ資料には、地下研究所と"ウイルス"の記録が残っている。全部は持ち出せなかったが、研究所へ行けば真実はまだ眠っているはずだ……』
『……気を付けろ。アンブレラは証拠だけじゃなく、それを知った人間も消してきた』
ザーッ……ザーッ……
激しい雑音とともに録音は途切れた。
静寂が流れる。
エイダはゆっくりと停止ボタンを押した。
「この録音に嘘はなさそうね」
「少なくとも、研究所が地下にあるという情報は私の調べとも一致している」
レオンは尋ねる。
「じゃあ、研究所へ行けば事件の真相が分かるんですね」
エイダは静かに頷く。
「可能性は高いわ」
「でも、録音だけでは真犯人までは分からない」
「誰がこの事件に関わっているのか」
「そこまでは記録されていない」
次郎はレコーダーを受け取り、ポーチへしまった。
「なら答えは一つだ」
「研究所へ行く」
レオンはエイダへ視線を向ける。
「でも、どうして下水道なんですか?」
「研究所なら、普通は地上にある施設じゃ……」
エイダはマンホールの前まで歩き、静かに口を開いた。
「アンブレラは表向き、この街には製薬会社の研究施設しか持っていない」
「でも、本当の研究施設は別」
「街の地下深くに造られている」
レオンは驚いたように目を見開く。
「地下に……?」
エイダは小さく頷く。
「研究員や実験資材を人目につかず運ぶため、地下には専用の搬送ルートが造られている」
「その一つが、この下水道よ」
「さらに奥へ進めば、研究所へ続く搬送施設がある」
次郎は静かに尋ねる。
「確かな情報なのか?」
「ああ」
エイダは迷いなく答えた。
「情報源は明かせない」
「でも、このルートが一番可能性が高いことは間違いないわ」
レオンは拳を握る。
「だったら行きましょう」
「事件の真相を突き止めて、アリスさんを助ける方法も必ず見つけます」
エイダはマンホールの蓋へ手を掛ける。
「下水道は研究所の警備区域でもあるはず」
「地上より危険かもしれない」
「でも、研究所へ辿り着ける道は、そこしかない」
次郎も蓋へ手を添え、二人で持ち上げる。
重い鉄蓋がゆっくりと開いた。
冷たく湿った空気が地上へ流れ出す。
下水特有の湿った臭いが鼻をついた。
決して耐えられないほどではないが、長く居たいと思える場所ではない。
レオンが思わず顔をしかめる。
「うっ……」
「やっぱり下水道ですね」
エイダは懐中電灯を点灯させ、小さく微笑んだ。
「すぐに慣れるわ」
次郎は小さく息を吸い込み、静かに頷く。
「行こう」
三人は互いに視線を交わすと、冷たく湿った空気に包まれた下水道へ足を踏み入れた。
コンクリートの壁には水滴が伝い、足元では緩やかに水が流れている。
地上の喧騒とは切り離された静寂が、暗闇の奥まで続いていた。
アンブレラ研究所への道は、ここから始まる。
ここからマービンと生存者たちは別行動です。
正直、この為だけにマービンを生かしました。