元殺し屋がバイオ事件に巻き込まれる話   作:オッパッピー

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本日一度目の投稿です。


Chapter6 地獄 Part2

 冷たく湿った空気が三人を包み込む。

 

 マンホールを閉じる音が頭上へ響くと、地上の喧騒は遠ざかり、聞こえるのは水が流れる音だけになった。

 

 コンクリートで囲まれた下水道は薄暗く、壁を伝う水滴が懐中電灯の光を鈍く反射している。

 

 レオンは辺りを見回した。

 

 「思ったより広いですね……」

 

 エイダは先頭に立ち、慣れた足取りで通路を照らす。

 

 「元々は人や資材を運ぶための搬送路でもあるの」

 

 「研究施設へ近づくほど、道幅も広くなるわ」

 

 次郎はリボルバーを構えたまま静かに頷いた。

 

 「油断はするな」

 

 三人は一定の間隔を保ちながら歩き始める。

 

 足元では濁った水がゆっくりと流れ、遠くでは金属が軋むような音が反響していた。

 

 レオンはショットガンを握り直す。

 

 「静か過ぎますね」

 

 「逆に落ち着きません」

 

 次郎は歩みを止めることなく答えた。

 

 「気配はある」

 

 「何かが潜んでいる」

 

 その直後だった。

 

 水面がゆっくりと盛り上がり、一体のゾンビが姿を現した。

 

 泥と汚水にまみれた作業員らしき男が、濁った瞳で三人を見つめる。

 

 「来る!」

 

 レオンが叫ぶより早く、

 パンッ!

 

 乾いた銃声が響く。

 

 次郎の放った一発が正確に眉間を撃ち抜き、ゾンビは水面へ崩れ落ちた。

 

 しかし、それで終わらない。

 

 左右の水路からさらに二体。

 

 暗闇の奥からもう一体。

 

 ゆっくりとこちらへ歩いてくる。

 

 「任せてください!」

 

 レオンが前へ出る。

 

 ドォンッ!!

 

 ショットガンの轟音。

 

 散弾は二体をまとめて吹き飛ばし、水路へ叩き落とした。

 

 残る一体へエイダが照準を合わせる。

 

 パンッ。

 

 一発。

 

 その弾丸は正確に頭部を貫き、ゾンビは静かに倒れた。

 

 再び静寂が訪れる。

 

 レオンは息を吐いた。

 

 「下水道まで……」

 

 エイダは小さく肩をすくめる。

 

 「街全体が汚染されているんだもの」

 

 「地上だけで済むはずがないわ」

 

 三人は再び歩き始めた。

 

 しばらく進んだところで、次郎の身体がわずかによろめく。

 

 「アリスさん!」

 

 レオンがすぐ支える。

 

 次郎は軽く首を振った。

 

 「大丈夫だ」

 

 「少し疲れただけだ」

 

 だが、呼吸はわずかに荒くなっていた。

 

 エイダは横目でその様子を見つめる。

 

 「熱もあるみたいね」

 

 次郎は苦笑した。

 

 「研究所まで持てば十分だ」

 

 レオンは眉をひそめる。

 

 「少し休んだ方が……」

 

 「休んでも治ることはない」 

 

 次郎は短く言った。

 

 「先へ進もう」

 

 三人は再び歩き始めた。

 

 しばらく沈黙が続いた後、次郎が静かに口を開く。

 

 「レオン」

 

 「はい」

 

 「約束してくれ」

 

 レオンは真剣な表情になる。

 

 「何ですか」

 

 次郎は前を見据えたまま言った。

 

 「もし俺が理性を失ったら」

 

 「迷わず撃ってくれ」

 

 レオンの表情が強張る。

 

 「そんなこと……」

 

 「できません」

 

 「躊躇すれば君も死ぬ」

 

 「警察官としてじゃない」

 

 「仲間として頼む」

 

 長い沈黙が流れる。

 

 やがてレオンはゆっくり頷いた。

 

 「……分かりました」

 

 「でも、その時までは絶対に諦めません」

 

 「研究所で助かる方法を見つけます」

 

 次郎は穏やかに笑う。

 

 「ああ」

 

 「ありがとう」

 

 エイダは二人のやり取りを黙って見つめていた。

 

 何も言わない。

 

 だが、その瞳にはわずかな憂いが宿っていた。

 

 

 三人はさらに下水道の奥へ進んでいく。

 

 通路は徐々に広くなり、水位も少しずつ増していた。

 

 天井には何本もの太い配管。

 

 壁には古びたバルブ。

 

 ポタリ……。

 

 ポタリ……。

 

 水滴だけが静寂を刻む。

 

 レオンが懐中電灯を向ける。

 

 「搬送施設って、この先ですよね」

 

 「ええ」

 

 エイダは迷いなく頷く。

 

 「もう遠くない」

 

 「この先で施設へ接続するわ」

 

 その時だった。

 

 ザバァッ……

 

 遠くの水面が大きく波打った。

 

 三人は同時に立ち止まる。

 

 暗闇の向こう。

 

 巨大な何かが水中を横切った。

 

 レオンは思わず息を呑む。

 

 「今のは……」

 

 次郎は目を細める。

 

 「かなり大きい」

 

 「魚じゃないな」

 

 エイダも拳銃を構えた。

 

 「進みましょう」

 

 「ここで止まる方が危険よ」

 

 三人は警戒しながら歩き始める。

 

 ザブ……。

 

 ザブ……。

 

 湿った足音だけが響く。

 

 その時、

 

 ガタンッ!

 

 通路脇の鉄柵が激しく揺れた。

 

 作業服姿のゾンビが鉄柵を押し開けて飛び出してくる。

 

 ドォンッ!!

 

 レオンのショットガンが火を吹き、ゾンビは吹き飛ばされて水路へ沈んだ。

 

 だが、その銃声に呼応するように奥からさらに二体。

 

 パンッ!

 パンッ!

 

 次郎のリボルバーが連続して火を吹く。

 

 二体とも一撃で倒れ、水面へ崩れ落ちた。

 

 「先へ行こう」

 

 次郎が歩き出した、その瞬間だった。

 

 ザバァァァンッ!!

 

 巨大な水しぶきが前方で噴き上がる。

 

 濁流の奥を、巨大な影が猛烈な速度で横切った。

 

 その姿は一瞬で消える。

 

 しかし、その圧倒的な巨体だけは三人の脳裏へ焼き付いた。

 

 レオンは思わずショットガンを握り締める。

 

 「……嫌な予感しかしませんね」

 

 エイダは視線を外さず、小さく呟いた。

 

 「急ぎましょう」

 

 「ここは、あれの縄張りみたいだから」

 

 

 三人は歩調を速めた。

 

 やがて通路はさらに広がり、巨大な放水路へと続いていく。

 

 濁流は轟音を立てながら流れ、その脇には人一人が通れるほどの細い足場だけが残されていた。

 

 レオンは思わず下を見下ろす。

 

 「落ちたら終わりですね……」

 

 エイダは足場を確認すると、小さく頷いた。

 

 「ここを渡るしかないわ」

 

 「足元を見失わないで」

 

 次郎はリボルバーを構えたまま先頭へ出る。

 

 「俺が前を行く」

 

 三人は壁に身体を寄せながら慎重に歩き始めた。

 

 ザブ……。

 

 ザブ……。

 

 足元では濁流が絶えず渦を巻き、湿った風が吹き抜ける。

 

 その時だった。

 

 ザバァッ――。

 

 濁流の中を巨大な影が一瞬だけ横切る。

 

 レオンは息を呑んだ。

 

 「まただ……」

 

 次郎は前だけを見据える。

 

 「気付かれている」

 

 「止まるな」

 

 三人はさらに歩調を速めた。

 

 あと少しで足場を渡り切る。

 

 その瞬間――

 

 ゴゴゴゴゴッ――!!

 

 濁流が大きく盛り上がった。

 

 次の瞬間、巨大な怪物が水面を突き破って飛び出す。

 

 巨大な顎。

 

 鋭く並んだ牙。

 

 全身を覆う分厚い鱗。

 

 怪物と化した巨大なワニだった。

 

 「伏せろ!」

 

 次郎の叫びと同時に三人は身を低くする。

 

 巨大な顎が頭上をかすめ、コンクリートの壁へ激突した。

 

 ドゴォォンッ!!

 

 衝撃で壁が砕け、破片が周囲へ飛び散る。

 

 ワニは再び濁流へ潜った。

 

 レオンは呆然と呟く。

 

 「何なんだ……あれは!」

 

 エイダは怪物から目を離さず言う。

 

 「銃で倒せる相手には見えない」

 

 「逃げるわよ!」

 

 三人は一斉に走り出した。

 

 その直後だった。

 

 ザバァァァッ!!

 

 ワニが濁流を突き破り、猛烈な勢いで追ってくる。

 

 巨大な顎が何度も閉じられ、そのたびに轟音が下水道へ響いた。

 

 「急げ!」

 

 レオンが叫ぶ。

 

 三人は全力で通路を駆け抜ける。

 

 次郎は走りながら一瞬だけ振り返る。

 

 巨大な口。

 

 その奥からこちらを睨み付ける濁った眼球。

 

 「ガン飛ばすんじゃねえ!」

 

 走る勢いを殺さず、後ろ手にリボルバーを構える。

 

 照準は一瞬。

 

 パンッ!

 

 乾いた銃声が響く。

 

 弾丸は巨大な眼球を正確に撃ち抜いた。

 

 「ギャアアアァァッ!!」

 

 ワニは激しく身をよじり、壁へ激突する。

 

 大量の水しぶきが舞い上がった。

 

 しかし、片目を失ってなお追跡をやめない。

 

 潰れた眼窩から血を流しながら、再び突進してくる。

 

 「まだ来る!」

 

 レオンが叫ぶ。

 

 その時、前方を走るエイダが搬送路を見つけた。

 

 左右には何本もの太いガスパイプが走っている。

 

 エイダは即座に状況を判断した。

 

 「あそこよ!」

 

 「ガス管のある搬送路へ!」

 

 三人は一斉に進路を変える。

 

 搬送路へ飛び込んだ、その瞬間――

 

 巨大なワニも勢いのまま突っ込んできた。

 

 鋭い牙が壁際のガスパイプへ深々と食い込む。

 

 シューーーッ!!

 

 白いガスが激しく噴き出した。

 

 次郎は一瞬で状況を理解する。

 

 「レオン!」

 

 「ガスパイプを撃て!」

 

 レオンは拳銃を抜き、噴き出すガスへ照準を合わせた。

 

 「これで終わりだ!」

 

 パンッ!!

 

 銃弾がパイプへ命中する。

 

 直後――

 

 ドゴォォォォォンッ!!

 

 猛烈な爆発が下水道全体を揺るがした。

 

 炎がワニを包み込み、爆風で巨体が吹き飛ばされる。

 

 破片と水しぶきが雨のように降り注いだ。

 

 三人は床へ伏せ、爆風をやり過ごす。

 

 轟音が収まると、搬送路には炎と黒煙だけが残っていた。

 

 レオンはゆっくり立ち上がる。

 

 「……やったか」

 

 次郎は煙の向こうを静かに見つめ、小さく頷く。

 

 「ああ」

 

 「もう動かない」

 

 エイダもようやく拳銃を下ろした。

 

 「運が良かったわ」

 

 「まともに戦っていたら勝ち目はなかった」

 

 

 三人は焦げ跡の残る搬送路を慎重に歩き始める。

 

 焦げたガスの臭いが鼻を刺した。

 

 しばらく進むと、再び静寂だけが戻る。

 

 ザブ……。

 

 ザブ……。

 

 水音だけが響く。

 

 レオンはほっと息を吐いた。

 

 「さすがにもう追ってきませんよね」

 

 「ええ」

 

 エイダは短く答えた。

 

 「あれだけの爆発を受けて無事なら、本当に怪物よ」

 

 その時だった。

 

 次郎が壁へ手をつく。

 

 「アリスさん!」

 

 レオンが駆け寄る。

 

 次郎は息を整えながら身体を起こした。

 

 「問題ない」

 

 「少し息が上がっただけだ」

 

 しかし、その顔色は明らかに青白い。

 

 額からは汗が流れ落ち、呼吸も荒くなっていた。

 

 エイダは静かに言う。

 

 「進行してるみたいね」

 

 次郎は苦笑した。

 

 「ああ」

 

 「身体が鉛みたいに重い」

 

 レオンは心配そうに声を掛ける。

 

 「もう休みましょう」

 

 「無理です」

 

 次郎は首を横へ振る。

 

 「研究所まで、あと少しだ」

 

 「そこで倒れるなら構わない」

 

 「ここで立ち止まる方が危険だ」

 

 エイダも頷く。

 

 「搬送施設はもう目の前」

 

 「そこまで行けば、少なくとも下水道よりは安全よ」

 

 三人は再び歩き始めた。

 

 やがて周囲の景色が変わっていく。

 

 無機質な金属製の通路。

 

 太いケーブル。

 

 壁にはアンブレラの管理番号が刻まれたプレート。

 

 レオンは辺りを見回した。

 

 「雰囲気が変わりましたね」

 

 エイダは静かに答える。

 

 「ここから先はアンブレラの管理区域」

 

 「研究所へ続く搬送施設よ」

 

 三人は足を止めることなく、その無機質な通路へ歩みを進めた。

 

 ワニとの死闘を乗り越えた先に待つのは、この惨劇の中心――アンブレラの研究施設。

 

 真実は、もうすぐそこまで迫っていた。

 

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