本日一度目の投稿です。
冷たく湿った空気が三人を包み込む。
マンホールを閉じる音が頭上へ響くと、地上の喧騒は遠ざかり、聞こえるのは水が流れる音だけになった。
コンクリートで囲まれた下水道は薄暗く、壁を伝う水滴が懐中電灯の光を鈍く反射している。
レオンは辺りを見回した。
「思ったより広いですね……」
エイダは先頭に立ち、慣れた足取りで通路を照らす。
「元々は人や資材を運ぶための搬送路でもあるの」
「研究施設へ近づくほど、道幅も広くなるわ」
次郎はリボルバーを構えたまま静かに頷いた。
「油断はするな」
三人は一定の間隔を保ちながら歩き始める。
足元では濁った水がゆっくりと流れ、遠くでは金属が軋むような音が反響していた。
レオンはショットガンを握り直す。
「静か過ぎますね」
「逆に落ち着きません」
次郎は歩みを止めることなく答えた。
「気配はある」
「何かが潜んでいる」
その直後だった。
水面がゆっくりと盛り上がり、一体のゾンビが姿を現した。
泥と汚水にまみれた作業員らしき男が、濁った瞳で三人を見つめる。
「来る!」
レオンが叫ぶより早く、
パンッ!
乾いた銃声が響く。
次郎の放った一発が正確に眉間を撃ち抜き、ゾンビは水面へ崩れ落ちた。
しかし、それで終わらない。
左右の水路からさらに二体。
暗闇の奥からもう一体。
ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
「任せてください!」
レオンが前へ出る。
ドォンッ!!
ショットガンの轟音。
散弾は二体をまとめて吹き飛ばし、水路へ叩き落とした。
残る一体へエイダが照準を合わせる。
パンッ。
一発。
その弾丸は正確に頭部を貫き、ゾンビは静かに倒れた。
再び静寂が訪れる。
レオンは息を吐いた。
「下水道まで……」
エイダは小さく肩をすくめる。
「街全体が汚染されているんだもの」
「地上だけで済むはずがないわ」
三人は再び歩き始めた。
しばらく進んだところで、次郎の身体がわずかによろめく。
「アリスさん!」
レオンがすぐ支える。
次郎は軽く首を振った。
「大丈夫だ」
「少し疲れただけだ」
だが、呼吸はわずかに荒くなっていた。
エイダは横目でその様子を見つめる。
「熱もあるみたいね」
次郎は苦笑した。
「研究所まで持てば十分だ」
レオンは眉をひそめる。
「少し休んだ方が……」
「休んでも治ることはない」
次郎は短く言った。
「先へ進もう」
三人は再び歩き始めた。
しばらく沈黙が続いた後、次郎が静かに口を開く。
「レオン」
「はい」
「約束してくれ」
レオンは真剣な表情になる。
「何ですか」
次郎は前を見据えたまま言った。
「もし俺が理性を失ったら」
「迷わず撃ってくれ」
レオンの表情が強張る。
「そんなこと……」
「できません」
「躊躇すれば君も死ぬ」
「警察官としてじゃない」
「仲間として頼む」
長い沈黙が流れる。
やがてレオンはゆっくり頷いた。
「……分かりました」
「でも、その時までは絶対に諦めません」
「研究所で助かる方法を見つけます」
次郎は穏やかに笑う。
「ああ」
「ありがとう」
エイダは二人のやり取りを黙って見つめていた。
何も言わない。
だが、その瞳にはわずかな憂いが宿っていた。
三人はさらに下水道の奥へ進んでいく。
通路は徐々に広くなり、水位も少しずつ増していた。
天井には何本もの太い配管。
壁には古びたバルブ。
ポタリ……。
ポタリ……。
水滴だけが静寂を刻む。
レオンが懐中電灯を向ける。
「搬送施設って、この先ですよね」
「ええ」
エイダは迷いなく頷く。
「もう遠くない」
「この先で施設へ接続するわ」
その時だった。
ザバァッ……
遠くの水面が大きく波打った。
三人は同時に立ち止まる。
暗闇の向こう。
巨大な何かが水中を横切った。
レオンは思わず息を呑む。
「今のは……」
次郎は目を細める。
「かなり大きい」
「魚じゃないな」
エイダも拳銃を構えた。
「進みましょう」
「ここで止まる方が危険よ」
三人は警戒しながら歩き始める。
ザブ……。
ザブ……。
湿った足音だけが響く。
その時、
ガタンッ!
通路脇の鉄柵が激しく揺れた。
作業服姿のゾンビが鉄柵を押し開けて飛び出してくる。
ドォンッ!!
レオンのショットガンが火を吹き、ゾンビは吹き飛ばされて水路へ沈んだ。
だが、その銃声に呼応するように奥からさらに二体。
パンッ!
パンッ!
次郎のリボルバーが連続して火を吹く。
二体とも一撃で倒れ、水面へ崩れ落ちた。
「先へ行こう」
次郎が歩き出した、その瞬間だった。
ザバァァァンッ!!
巨大な水しぶきが前方で噴き上がる。
濁流の奥を、巨大な影が猛烈な速度で横切った。
その姿は一瞬で消える。
しかし、その圧倒的な巨体だけは三人の脳裏へ焼き付いた。
レオンは思わずショットガンを握り締める。
「……嫌な予感しかしませんね」
エイダは視線を外さず、小さく呟いた。
「急ぎましょう」
「ここは、あれの縄張りみたいだから」
三人は歩調を速めた。
やがて通路はさらに広がり、巨大な放水路へと続いていく。
濁流は轟音を立てながら流れ、その脇には人一人が通れるほどの細い足場だけが残されていた。
レオンは思わず下を見下ろす。
「落ちたら終わりですね……」
エイダは足場を確認すると、小さく頷いた。
「ここを渡るしかないわ」
「足元を見失わないで」
次郎はリボルバーを構えたまま先頭へ出る。
「俺が前を行く」
三人は壁に身体を寄せながら慎重に歩き始めた。
ザブ……。
ザブ……。
足元では濁流が絶えず渦を巻き、湿った風が吹き抜ける。
その時だった。
ザバァッ――。
濁流の中を巨大な影が一瞬だけ横切る。
レオンは息を呑んだ。
「まただ……」
次郎は前だけを見据える。
「気付かれている」
「止まるな」
三人はさらに歩調を速めた。
あと少しで足場を渡り切る。
その瞬間――
ゴゴゴゴゴッ――!!
濁流が大きく盛り上がった。
次の瞬間、巨大な怪物が水面を突き破って飛び出す。
巨大な顎。
鋭く並んだ牙。
全身を覆う分厚い鱗。
怪物と化した巨大なワニだった。
「伏せろ!」
次郎の叫びと同時に三人は身を低くする。
巨大な顎が頭上をかすめ、コンクリートの壁へ激突した。
ドゴォォンッ!!
衝撃で壁が砕け、破片が周囲へ飛び散る。
ワニは再び濁流へ潜った。
レオンは呆然と呟く。
「何なんだ……あれは!」
エイダは怪物から目を離さず言う。
「銃で倒せる相手には見えない」
「逃げるわよ!」
三人は一斉に走り出した。
その直後だった。
ザバァァァッ!!
ワニが濁流を突き破り、猛烈な勢いで追ってくる。
巨大な顎が何度も閉じられ、そのたびに轟音が下水道へ響いた。
「急げ!」
レオンが叫ぶ。
三人は全力で通路を駆け抜ける。
次郎は走りながら一瞬だけ振り返る。
巨大な口。
その奥からこちらを睨み付ける濁った眼球。
「ガン飛ばすんじゃねえ!」
走る勢いを殺さず、後ろ手にリボルバーを構える。
照準は一瞬。
パンッ!
乾いた銃声が響く。
弾丸は巨大な眼球を正確に撃ち抜いた。
「ギャアアアァァッ!!」
ワニは激しく身をよじり、壁へ激突する。
大量の水しぶきが舞い上がった。
しかし、片目を失ってなお追跡をやめない。
潰れた眼窩から血を流しながら、再び突進してくる。
「まだ来る!」
レオンが叫ぶ。
その時、前方を走るエイダが搬送路を見つけた。
左右には何本もの太いガスパイプが走っている。
エイダは即座に状況を判断した。
「あそこよ!」
「ガス管のある搬送路へ!」
三人は一斉に進路を変える。
搬送路へ飛び込んだ、その瞬間――
巨大なワニも勢いのまま突っ込んできた。
鋭い牙が壁際のガスパイプへ深々と食い込む。
シューーーッ!!
白いガスが激しく噴き出した。
次郎は一瞬で状況を理解する。
「レオン!」
「ガスパイプを撃て!」
レオンは拳銃を抜き、噴き出すガスへ照準を合わせた。
「これで終わりだ!」
パンッ!!
銃弾がパイプへ命中する。
直後――
ドゴォォォォォンッ!!
猛烈な爆発が下水道全体を揺るがした。
炎がワニを包み込み、爆風で巨体が吹き飛ばされる。
破片と水しぶきが雨のように降り注いだ。
三人は床へ伏せ、爆風をやり過ごす。
轟音が収まると、搬送路には炎と黒煙だけが残っていた。
レオンはゆっくり立ち上がる。
「……やったか」
次郎は煙の向こうを静かに見つめ、小さく頷く。
「ああ」
「もう動かない」
エイダもようやく拳銃を下ろした。
「運が良かったわ」
「まともに戦っていたら勝ち目はなかった」
三人は焦げ跡の残る搬送路を慎重に歩き始める。
焦げたガスの臭いが鼻を刺した。
しばらく進むと、再び静寂だけが戻る。
ザブ……。
ザブ……。
水音だけが響く。
レオンはほっと息を吐いた。
「さすがにもう追ってきませんよね」
「ええ」
エイダは短く答えた。
「あれだけの爆発を受けて無事なら、本当に怪物よ」
その時だった。
次郎が壁へ手をつく。
「アリスさん!」
レオンが駆け寄る。
次郎は息を整えながら身体を起こした。
「問題ない」
「少し息が上がっただけだ」
しかし、その顔色は明らかに青白い。
額からは汗が流れ落ち、呼吸も荒くなっていた。
エイダは静かに言う。
「進行してるみたいね」
次郎は苦笑した。
「ああ」
「身体が鉛みたいに重い」
レオンは心配そうに声を掛ける。
「もう休みましょう」
「無理です」
次郎は首を横へ振る。
「研究所まで、あと少しだ」
「そこで倒れるなら構わない」
「ここで立ち止まる方が危険だ」
エイダも頷く。
「搬送施設はもう目の前」
「そこまで行けば、少なくとも下水道よりは安全よ」
三人は再び歩き始めた。
やがて周囲の景色が変わっていく。
無機質な金属製の通路。
太いケーブル。
壁にはアンブレラの管理番号が刻まれたプレート。
レオンは辺りを見回した。
「雰囲気が変わりましたね」
エイダは静かに答える。
「ここから先はアンブレラの管理区域」
「研究所へ続く搬送施設よ」
三人は足を止めることなく、その無機質な通路へ歩みを進めた。
ワニとの死闘を乗り越えた先に待つのは、この惨劇の中心――アンブレラの研究施設。
真実は、もうすぐそこまで迫っていた。