本日二度目の投稿です。
搬送施設へ足を踏み入れた三人は、足を止めることなく周囲を見回した。
下水道とは打って変わり、床は無機質な金属製の通路へと変わっている。
壁には『AUTHORIZED PERSONNEL ONLY』と書かれたアンブレラ社の警告表示。
天井には無数の配管やケーブルが張り巡らされ、非常灯だけが薄暗く施設内部を照らしていた。
ゴォォォン……。
低く重い機械音が施設の奥から絶え間なく響いてくる。
レオンはショットガンを構えたまま辺りを見渡した。
「まだ設備が動いている……」
エイダは警戒を解かずに答える。
「非常用電源よ」
「この規模の研究施設なら、停電程度じゃ完全には止まらない」
次郎は黙ったまま通路の先へ視線を向ける。
湿った下水道とは違い、ここには油と金属の匂いが漂っていた。
三人は慎重に歩き始める。
途中、壁際には貨物用コンテナが整然と並べられ、その側面にはアンブレラ社のロゴが刻まれていた。
その時、次郎が足を止めた。
「……見ろ」
二人も視線を向ける。
一つのコンテナには、鋭い爪で抉ったような深い傷跡が何本も残されていた。
金属板が紙のように裂け、内部の鉄骨まで露出している。
レオンは思わず眉をひそめた。
「人間には無理ですね」
エイダは短く頷く。
「この施設にも化け物が入り込んでいる可能性が高い」
「ここから先は、下水道以上に危険かもしれない」
三人は互いに距離を取りながら歩みを進める。
やがて搬送施設の終点へ辿り着いた。
大型エレベーター。
その脇には認証装置付きの操作盤が設置されている。
レオンが操作盤へ近付き、ボタンを押した。
しかし反応はない。
赤いランプだけが点灯したままだ。
「ロックされています」
「電源じゃありません」
「認証キーが必要みたいです」
エイダも端末を確認する。
「職員専用の認証」
「このままじゃ動かせないわ」
その時だった。
カタン――。
施設の奥から小さな音が響いた。
三人は同時に銃を構える。
静寂。
そして再び――。
カツン。
カツン。
カツン。
規則的な足音が暗闇の奥から近付いてくる。
レオンが小さく息を呑んだ。
「来ます」
非常灯の光が届いた時、その正体が姿を現した。
作業服姿の男。
首は不自然な方向へ折れ曲がり、白く濁った瞳だけが三人を見つめている。
「ゾンビか」
レオンが呟く。
さらにその後ろから二体。
搬送施設の職員だったのだろう。
社員証を首から下げたまま、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
「三体だ」
次郎は静かに前へ出る。
リボルバーを構え、呼吸を整えた。
パンッ。
先頭の一体が倒れる。
パンッ。
パンッ。
続く二体も正確に眉間を撃ち抜かれ、その場へ崩れ落ちた。
レオンは思わず感心する。
「本当に無駄がありませんね」
次郎は静かにリボルバーを下ろした。
「弾は限られているからな」
三人は倒れた職員の脇を通り抜け、その先にある管理室へ入った。
部屋には監視モニターと制御端末が並び、壁には施設全体の見取り図が貼られている。
エイダはすぐに地図を確認した。
「やっぱり」
「研究所へ続く搬送設備はロックされている」
レオンも壁の案内表示を読む。
『非常時は各区画へ配置された認証プラグを回収し、中央認証装置へ装着せよ。』
その横には六つのチェス駒が描かれていた。
キング。
クイーン。
ビショップ。
ルーク。
ナイト。
ポーン。
「チェス……」
レオンが苦笑する。
「こんな状況で、ずいぶん凝ったセキュリティですね」
エイダは見取り図の一角を指差した。
「この六つが認証キー代わり」
「全部集めない限り研究所へは行けない」
次郎は地図を頭へ入れる。
施設は水路によって分断され、何度も迂回を強いられる構造になっていた。
「まずは一番近い資材倉庫だな」
三人は管理室を後にした。
複雑に入り組んだ通路を進み、水門を開閉しながら目的地を目指す。
途中、フェンスの向こうから低い唸り声が聞こえてきた。
「ガァァ……」
レオンがショットガンを構える。
フェンスを開くと、二体のゾンビが振り返った。
次郎はリボルバーへ手を伸ばす。
しかし、その動きが一瞬止まった。
左腕が鉛のように重い。
指先にも思うように力が入らない。
「アリスさん!」
レオンがすぐ前へ出た。
「ここは自分が!」
ドォンッ!!
轟音とともに一体が吹き飛ぶ。
残る一体が飛び掛かった瞬間――
パンッ!
エイダの弾丸が額を撃ち抜いた。
ゾンビはその場へ崩れ落ちる。
レオンは振り返る。
「大丈夫ですか?」
次郎は苦笑する。
「ああ」
「少し身体が言うことを聞かなかっただけだ」
しかし呼吸は明らかに荒くなり、額には汗が浮かんでいた。
エイダは静かに言う。
「感染の進行が早い」
「急ぎましょう」
三人は資材倉庫へ入り、棚の奥に置かれた金属ケースを発見した。
レオンが慎重に蓋を開ける。
中にはチェスの駒を模した電子プラグが収められていた。
「見つけた」
「ポーンです」
レオンはプラグをポーチへしまう。
エイダは見取り図へ目を落とした。
「あと五つ」
「ここからが本番ね」
次郎はゆっくり息を整え、再び歩き出した。
それから三人は、複雑に入り組んだ搬送施設を何度も行き来した。
水門を開閉し、狭い通路を抜け、貨物用リフトを利用しながら、それぞれの区画に保管された認証プラグを探していく。
途中、何度もゾンビの群れと遭遇した。
狭い通路ではレオンのショットガンが道を切り開き、遠距離から迫る敵は次郎のリボルバーが確実に頭部を撃ち抜く。
エイダも死角を補うように正確な射撃を重ね、三人は一歩ずつ着実に前進していった。
探索が始まってから、およそ三十分。
プラグを一つ回収するたびに施設内を大きく迂回しなければならず、思うように距離は縮まらない。
その間にも次郎の容態は確実に悪化していた。
足取りは重くなり、呼吸も浅く速い。
それでも敵が現れると照準だけは一度も狂わず、仲間を危険へ近付けることはなかった。
最後のプラグが保管されている制御室へ到着した時には、三人とも汗で全身を濡らしていた。
レオンはロッカーの奥に置かれたケースを開く。
「……ありました」
ケースの中には最後の認証プラグが静かに収められていた。
レオンは安堵の息を吐き、これまで集めたプラグを床へ並べる。
キング。
クイーン。
ビショップ。
ルーク。
ナイト。
ポーン。
六つすべてが揃った。
「これで全部ですね」
エイダは見取り図と照らし合わせ、小さく頷く。
「これで中央認証装置を解除できる」
「モニター室へ戻りましょう」
次郎は壁へ背中を預け、静かに息を整えていた。
レオンはその横顔を見て表情を曇らせる。
顔色はここへ来た時よりさらに悪く、額から流れる汗が床へ落ちていた。
「アリスさん……」
次郎は苦笑した。
「心配するな」
「まだ歩ける」
「研究所へ着くまでは倒れん」
その言葉にレオンは何も返せなかった。
三人は再びモニター室へ戻る。
壁際にはチェス盤を模した認証装置が設置されていた。
レオンはプラグを一つずつ差し込んでいく。
キング。
クイーン。
ビショップ。
ルーク。
ナイト。
そして最後にポーン。
すべてが収まった瞬間、電子音が鳴り響いた。
『認証完了』
ガコンッ。
施設の奥から重いロックが解除される音が響く。
続いて停止していた設備がゆっくりと動き始めた。
「成功です!」
レオンは安堵の笑みを浮かべる。
エイダは管理端末を確認した。
「まだ終わりじゃない」
「主電源を復旧させる必要があるわ」
三人は認証の先にある主電源室へ向かった。
巨大な変電設備が並ぶ部屋。
無数のケーブルが天井を這い、中央には主電源の制御盤が設置されていた。
レオンはレバーへ手を掛ける。
「行きます」
ガコンッ。
一瞬の静寂。
次の瞬間、施設全体へ電力が流れ始めた。
ブゥゥゥン――。
非常灯だけだった照明が次々と点灯し、搬送施設全体が白い光に包まれる。
停止していた搬送設備が動き出し、遠くでは研究所へ続く大型エレベーターの起動音も聞こえた。
レオンは思わず笑みを浮かべる。
「やった……」
その瞬間だった。
ゴゴゴゴゴ……。
床がわずかに揺れる。
三人は同時に足を止めた。
揺れは一度止まる。
しかし次の瞬間、さらに大きな振動が施設全体を襲った。
ドンッ。
ドンッ。
何か巨大なものが近付いてくる。
レオンはショットガンを構えた。
「……何か来ます」
次郎は静かにリボルバーを抜く。
「今度は何だ?」
直後――。
ドゴォォォンッ!!
背後の壁が爆発するように砕け散った。
コンクリート片が吹き飛び、土煙が室内を覆う。
「伏せろ!」
三人は反射的に身を伏せた。
煙の中からゆっくり姿を現したのは、巨大な右腕を異常なまでに肥大化させた怪物だった。
肩から胸にかけて無数の巨大な眼球が脈打っている。
駐車場で戦った怪物。
だが、その姿は以前よりさらに巨大へと変貌していた。
「またお前か!」
レオンが叫ぶ。
怪物は咆哮を上げる。
「グォォォォォッ!!」
床を砕きながら一直線にレオンへ突進した。
レオンは横へ飛び込み、間一髪で巨大な拳をかわす。
ドゴォンッ!!
床へ叩き付けられた拳がコンクリートを粉砕した。
「レオン!」
次郎は右肩の巨大な眼球へ狙いを定める。
パンッ!
パンッ!
パンッ!
三発の銃弾が眼球を撃ち抜き、怪物は苦悶の咆哮を上げた。
その隙にレオンが距離を取る。
「アリスさん!」
しかし怪物は身体を反転させ、今度は次郎へ襲い掛かった。
次郎は身体を横へ流す。
だが感染で弱った身体は反応がわずかに遅れ、肩をかすめる衝撃で床を転がった。
「ぐっ……」
巨大な腕が再び振り上げられる。
「させない!」
ドォンッ!!
レオンのショットガンが火を吹いた。
散弾が肩の眼球を吹き飛ばし、怪物は再びレオンへ向き直る。
レオンが囮となり、次郎が弱点を撃つ。
二人は言葉を交わさずとも自然に連携していた。
その時、頭上から機械音が響く。
ゴゴゴゴゴ……。
「二人とも離れて!」
エイダの声だった。
いつの間にか彼女は上階の操作室へ移動し、貨物クレーンのレバーを握っている。
巨大なコンテナが勢いよく振られ、怪物へ激突した。
ガァァンッ!!
巨体は吹き飛び、壁へ叩き付けられる。
「グォォォォッ!!」
「もう一回行くわ!」
エイダは叫びながら再びレバーを操作した。
怪物が立ち上がる。
「レオン!」
「分かってます!」
レオンは怪物の正面へ飛び込み、注意を引き付ける。
怪物は咆哮を上げて突進する。
次郎は荒い呼吸を押し殺しながら照準を合わせた。
パンッ!
パンッ!
パンッ!
最後に残った眼球が次々と弾け飛ぶ。
怪物が大きく仰け反った、その瞬間――。
「今よ!」
エイダが最後までレバーを押し込む。
ガァァァンッ!!
二度目のコンテナが真正面から怪物へ激突した。
巨体は壁際へ押し潰され、そのまま動きを止める。
咆哮は次第に小さくなり、やがて完全に途絶えた。
静寂が戻る。
レオンはショットガンを構えたまま息を整える。
「……倒せたんでしょうか」
次郎は怪物から視線を外さない。
「さあな」
「だが、今は動かないみたいだ」
「先へ進もう」
レオンは次郎の顔を見る。
「アリスさん……研究所まで持ちますか」
次郎はゆっくり笑った。
「持たせる」
「ここまで来て止まるつもりはない」
エイダも操作室から降りてくる。
「エレベーターは動いているわ」
「研究所はもう目の前よ」
三人は互いに頷き合い、研究所へ続くエレベーターへ向かって静かに歩き始めた。
この惨劇の真実が眠る場所は、すぐそこまで迫っていた。
――Chapter6・完――
ここまでお読みいただきありがとうございます!夜の部の更新です。もし続きが読みたいと思っていただけましたら、下部にある【お気に入り登録】や【評価ボタン(ポイント投票)】で応援していただけると、今後の執筆の大きな励みになります!