本日二度目の投稿です。
警報が鳴り響く研究所を、三人は足早に進んだ。
赤い警告灯が一定の間隔で点滅し、白く整然としていた廊下を不気味な赤色へ染め上げている。
壁や床には鋭い爪痕が刻まれ、所々に飛び散った血痕が生々しく残されていた。
ガラス越しの実験室では培養槽が破壊され、緑色の培養液が床へ流れ出している。
レオンはショットガンを構えたまま辺りを見回した。
「バーキンが暴れた跡でしょうか」
エイダは割れたガラスへ目を向け、小さく頷く。
「恐らくね」
「G生物は進化するたびに破壊力も増していく」
「この施設のどこに現れても不思議じゃない」
次郎は壁に残る巨大な裂傷へ視線を向けた。
「怪物一体で、ここまで壊せるのか……」
その時だった。
ピッ。
通路脇の案内端末が目に留まる。
レオンは操作画面を起動した。
「研究所のマップです」
三人は画面を囲む。
そこには研究所全体の見取り図が表示されていた。
『中央制御室』
『温室』
『低温実験室』
『薬品保管庫』
『管理主任室』
『高度滅菌室』
レオンは画面を見ながら呟く。
「かなり広いですね」
「迷ったら戻れなくなりそうです」
エイダは冷静に画面を確認する。
「重要区画には認証レベルが設定されている」
「一般職員では入れない場所があるみたい」
次郎は薬品保管庫の表示へ目を止めた。
「薬品保管庫か」
「抗ウイルス剤の資料があるなら、この辺りだろう」
「私もそう思う」
エイダは頷いた。
「でも管理主任以上の認証が必要ね」
レオンはため息を吐く。
「また鍵探しですか」
「ゲームみたいですね」
次郎は苦笑した。
「現実でやるには面倒だな」
三人はマップの情報を頭へ入れると、再び廊下を進み始めた。
その途中だった。
一人の研究員が壁にもたれ掛かったまま動かない。
白衣は胸元から真っ赤に染まり、社員証が首からぶら下がっていた。
レオンは近付こうとする。
しかし次郎が静かに右手を上げた。
「待て」
レオンは足を止める。
「どうしました?」
次郎は研究員から視線を外さない。
「呼吸はない」
「だが、まだ動く可能性がある」
「不用意に近付くな」
レオンは拳銃へ持ち替え、慎重に距離を詰める。
その瞬間。
研究員の肩が小さく震えた。
濁った瞳がゆっくりと開く。
「ガァァ……」
レオンは反射的に照準を合わせる。
パンッ!
銃声が研究所へ響いた。
弾丸は研究員の眉間を正確に撃ち抜き、その身体は力なく床へ崩れ落ちる。
静寂が戻った。
レオンは銃を下ろし、小さく息を吐く。
「危なかった……」
次郎は静かに頷く。
「よく見ていた」
「その調子だ」
レオンは少し照れくさそうに笑った。
「アリスさんのおかげです」
三人は再び歩き出す。
その時――
ズ……。
ズズ……。
重い何かを引きずる音が廊下の奥から聞こえてきた。
エイダは即座に拳銃を構える。
「来る」
非常灯の明かりの中へ、一人の研究員が姿を現した。
片足を引きずり、白衣は無数の裂傷で破れている。
その後ろから二体。
さらに脇道から一体。
レオンは瞬時に数を数えた。
「四体」
「距離十五メートル」
次郎が一歩前へ出る。
「俺が前を片付ける」
パンッ。
先頭の研究員が倒れる。
続けて二発。
パンッ。
パンッ。
左右から迫っていた二体も床へ崩れ落ちた。
残る一体だけが突然駆け出す。
「レオン!」
「任せてください!」
パンッ!
最後の一発が研究員の頭部を撃ち抜き、勢いのまま床を滑った。
静寂が戻る。
エイダは周囲を見渡し、小さく息を吐く。
「片付いたわね」
その時、通路脇の扉へ次郎の視線が止まる。
『薬品保管庫』
「見つけた」
レオンも表示を確認する。
「ここですね」
エイダは操作端末へ社員認証を試みる。
しかし画面には赤い文字が表示された。
『管理主任認証が必要です』
エイダは首を横へ振る。
「駄目」
「予想どおりね」
レオンは苦笑する。
「結局、認証カードを探さないといけませんか」
次郎は少し考え込む。
「なら管理主任室だな」
「認証を持っているなら、そこにいる可能性が高い」
三人はマップを確認し、管理主任室へ向かうことを決めた。
廊下は再び静けさを取り戻していた。
しかし、その静けさがかえって不気味だった。
歩き始めて数分。
次郎の足取りがわずかに乱れる。
レオンはすぐに肩を支えた。
「アリスさん!」
次郎は苦笑しながら姿勢を立て直す。
「すまない」
「身体が少し重くなってきた」
レオンは心配そうに顔を曇らせる。
「もう無理はしないでください」
「ここまで来たんです」
「きっと治療法があります」
次郎は静かに頷いた。
「ああ」
「だからこそ、最後まで歩く」
エイダは前方を警戒しながら歩みを止めない。
やがて一枚のプレートが見えてきた。
『管理主任室』
「着いたわ」
だが扉は半開きになっていた。
室内から薄暗い光だけが漏れている。
レオンは拳銃を構え、静かに息を整えた。
「入ります」
ギィ……。
ゆっくりと扉が開き、荒らされた管理主任室が姿を現した――。
管理主任室の中は無残な有様だった。
机は横倒しになり、書類は床一面へ散乱している。
壁には銃弾の痕が残り、割れたガラスの破片が足元で光を反射していた。
レオンは拳銃を構えたまま室内へ足を踏み入れる。
「誰かいますか……?」
返事はない。
聞こえるのは警報音と空調設備の低い駆動音だけだった。
三人は慎重に室内を調べ始める。
エイダは机の上に残された端末を起動した。
画面には途中で途切れた業務記録が表示される。
『薬品保管庫への入室には管理主任認証が必要』
『試作抗ウイルス剤は高度滅菌室へ移送済み』
『無断搬出禁止』
レオンは画面を見て頷いた。
「薬品保管庫の情報は間違っていませんでした」
「次は高度滅菌室ですね」
エイダは端末の電源を落とした。
「その前に認証カードを確保する」
「そうしないと何も始まらないわ」
部屋の奥には大きな執務机があり、その向こう側で一人の男性が机へ寄り掛かるように倒れていた。
白衣には乾いた血がこびり付き、首には社員証が下がっている。
レオンはゆっくり近付いた。
「管理主任でしょうか……」
次郎は部屋全体を見回しながら答える。
「恐らくな」
「だが油断するな」
レオンは慎重に社員証へ手を伸ばした。
その瞬間だった。
ガシッ!
冷たい手がレオンの手首を掴む。
濁った瞳がゆっくりと開き、血に染まった口元が歪む。
「ガァァァ……」
レオンは反射的に身を引く。
しかし次郎は一歩も動じない。
「……やっぱりな」
パンッ!
乾いた銃声が一発。
弾丸は管理主任の眉間を正確に撃ち抜き、その身体は再び机へ倒れ込んだ。
今度こそ動く気配はない。
レオンは胸を撫で下ろした。
「助かりました」
次郎は小さく笑う。
「お互い様だ」
エイダは管理主任の首から社員証を外し、端末へかざした。
ピッ。
『管理主任権限を確認』
認証完了の文字が表示される。
「使える」
レオンは安堵の表情を浮かべた。
「これで薬品保管庫へ入れます」
その時だった。
館内放送が再び鳴り響く。
『管理主任の認証を確認』
『薬品保管庫への入室を許可します』
続けて別の放送が流れる。
『警告』
『高危険度生体反応を確認』
『研究員は直ちに退避してください』
同じ放送が何度も繰り返される。
次郎はリボルバーを静かに構え直した。
「歓迎されているとは思えないな」
エイダは社員証をポケットへしまう。
「急ぎましょう」
「警戒するべきなのはバーキンだけじゃない」
三人は来た道を引き返し、薬品保管庫へ戻った。
やがて重い自動扉の前へ到着する。
エイダは社員証を認証装置へかざした。
ピッ。
『管理主任認証を確認』
『電子ロック解除』
ガシャン――。
重いロックが解除され、自動扉がゆっくりと開いていく。
三人は慎重に室内へ入った。
薬品保管庫は低温に保たれており、冷たい空気が頬を撫でる。
壁一面には薬品ラックが並び、無数の試薬や培養液が整然と保管されていた。
中央には大型端末と薬品調合装置が設置されている。
エイダは迷わず端末を操作した。
「検索する」
画面へ次々と研究データが表示される。
『T-virus』
『ワクチン』
やがて一件の資料が表示された。
『T-ウイルス抗ウイルス剤試作計画』
レオンは思わず声を上げる。
「本当にあった……!」
エイダは内容を読み進める。
「感染初期なら進行を抑制できる可能性がある」
「まだ試作段階だけど、希望はある」
レオンは次郎を振り返る。
「アリスさん!」
「まだ助かります!」
しかし次郎は冷静だった。
「完成品はあるのか?」
エイダはさらに資料をスクロールする。
数秒後、小さく頷いた。
「一つだけ、試作品じゃない物があるわ」
「完成した抗ウイルス剤が高度滅菌室の保管庫へ移されている」
レオンの表情が明るくなる。
「じゃあ取りに行けば――」
「でも、そう簡単じゃない」
エイダが言葉を遮る。
「最高レベルの認証が必要」
「それに……」
彼女は画面を見つめたまま眉をひそめる。
「保管庫の解除には特殊な手順があるみたい」
その時だった。
ガンッ!
保管庫の扉へ鈍い衝撃音が響く。
三人は同時に振り返る。
ガンッ!
再び扉が揺れる。
その直後、廊下から複数の唸り声が聞こえてきた。
「ガァァ……」
「ウゥゥ……」
レオンは息を呑む。
「さっきの銃声と電子ロックの音に集まってきたのか……!」
衝撃音は次第に増えていく。
ガンッ!
ガンッ!
ガンッ!
次郎は素早く周囲を見回した。
「正面突破は、さすがに危険だな」
「少し待って」
「別の出口を探す」
エイダは保管庫の見取り図を表示する。
「非常搬入口へ通じる扉があるわ」
「こっちよ!」
三人は保管庫の奥へ走った。
エイダは非常扉の解除レバーを引く。
ガコンッ。
重いロックが外れ、扉がゆっくりと開き始める。
その瞬間――
バァンッ!!
正面の自動扉が押し破られた。
十数体の研究員ゾンビが一斉に保管庫へ雪崩れ込んでくる。
「ガァァァァ!」
「急いで!」
レオンが叫ぶ。
エイダが最初に非常扉を抜け、続いてレオンが飛び込む。
最後尾の次郎は振り返り、リボルバーを構えた。
パンッ!
パンッ!
先頭の二体を撃ち抜く。
倒れたゾンビへ後続が躓き、一瞬だけ動きが止まる。
「今だ!」
次郎も非常扉を抜ける。
レオンは全身の力で扉を押し閉めた。
ガシャンッ!
電子ロックが作動する。
ドンッ!
ドンッ!
ゾンビたちが何度も扉へ体当たりを続ける。
しかし分厚い防火扉は開かなかった。
レオンは肩で息をしながら笑う。
「間一髪でしたね」
エイダは端末から持ち出した記録媒体を確認する。
「抗ウイルス剤の場所は分かった」
「次は高度滅菌室よ」
次郎は壁へ手を付きながら荒い呼吸を整えた。
身体は確実に重くなっている。
それでも瞳の奥に諦めの色はない。
「行こう」
三人は薄暗い搬送通路を進み始める。
その先の通気ダクトの奥から、不気味な低い唸り声が静かに響いていた。
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