本日二度目の投稿です。
研究所中へ警報音が鳴り響く。
赤い非常灯が規則正しく点滅し、白い廊下を不気味な赤色へ染め上げていた。
館内放送が冷たい機械音声で告げる。
『自爆システム起動中』
『爆破まで、残り十八分』
三人は中央通路を全力で駆け抜ける。
レオンはショットガンを構えながら周囲を警戒した。
「急ぎましょう!」
「時間がありません!」
次郎もリボルバーを構えたまま頷く。
「ああ」
「バーキンも追ってくる」
「最後まで気を抜くな」
感染による高熱で全身は鉛のように重い。
呼吸も徐々に荒くなっていた。
それでも足だけは止めない。
止まれば死ぬ。
そのことを誰よりも理解していた。
その時だった。
エイダが突然立ち止まる。
通路脇の案内板へ視線を向けていた。
『高危険度試料保管区画』
その表示を見つめたまま、静かに口を開く。
「……悪いけど」
「ここで分かれるわ」
レオンが驚いて振り返る。
「え?」
「今ですか?」
エイダは迷いなく頷いた。
「確認しなければならない物がある」
「それを回収しないと意味がない」
レオンは首を横へ振る。
「今から別行動なんて危険です!」
「三人で行けば――」
「駄目よ」
エイダは穏やかに遮った。
「時間がないわ」
「あなたたちは脱出を優先して」
次郎は静かにエイダを見つめる。
その瞳に迷いはなかった。
止めても無駄だと悟る。
「……無茶はするなよ」
「必ず追いついて来い」
エイダは小さく微笑んだ。
「ええ」
「約束する」
そう言い残し、拳銃を構えたまま脇道へ走り去る。
レオンはその背中を見送り、小さく息を吐いた。
「エイダさん……」
次郎はレオンの肩を軽く叩く。
「信じよう」
「俺たちは先へ進む」
二人は再び走り出した。
研究所では隔壁が次々と閉鎖を始めていた。
シャァァン――。
金属製シャッターが降下し、避難経路は少しずつ限定されていく。
『爆破まで、残り十七分』
途中、研究員ゾンビ三体が通路を塞ぐ。
「任せてください!」
レオンがショットガンを構える。
ドォンッ!!
轟音とともに先頭のゾンビが吹き飛ぶ。
残る二体へ、次郎が冷静に照準を合わせた。
パンッ。
パンッ。
二発。
頭部を撃ち抜かれたゾンビは崩れ落ちる。
二人は止まらず走る。
だが途中で次郎の足が一瞬もつれた。
レオンがすぐ支える。
「アリスさん!」
「大丈夫ですか!」
「心配するな」
「まだ走れる」
レオンは心配そうに頷く。
「無理だけはしないでください」
やがて巨大な搬送用エレベーター前へ到着する。
ここが最下層へ向かう最後のルートだった。
レオンは管理主任カードを認証装置へかざす。
ピッ。
『認証確認』
『搬送用エレベーターを呼び出しています』
低い駆動音が響く。
二人は自然と背中合わせになった。
静かだった。
静か過ぎる。
「……今の、聞こえましたか?」
次郎が息を整えながら振り返る。
「何だ?」
レオンは耳を澄ませるように周囲を警戒する。
「足音です」
「重い……一定の間隔で」
次郎も注意深く周囲へ視線を走らせる。
その直後――。
ズン。
ズン。
ズン。
レオンは息を呑んだ。
「……この音、まさか」
次郎は荒い呼吸を整えながら、ゆっくりとリボルバーを構えた。
「だよな……忘れようにも忘れられん」
暗闇から巨大な影が姿を現す。
帽子を失い、裂けたロングコート。
灰色の皮膚。
感情を持たない瞳。
タイラントだった。
レオンは息を呑む。
「……また、お前か」
次郎はリボルバーを構えながら、静かに言った。
「レオン」
「無理に倒そうとは思うな」
「時間を稼いで、隙を見てエレベーターに乗り込むぞ」
「了解!」
その瞬間。
『搬送用エレベーター到着まで約一分』
館内放送が流れる。
「一分なら……!」
レオンはショットガンを握り直した。
タイラントは歩みを止めない。
赤い非常灯の中、その巨体が一歩進むたびに床が低く唸った。
ズン。
ズン。
ズン。
レオンはショットガンを静かに構える。
ドォンッ!!
散弾がタイラントの胸へ命中する。
しかしタイラントは止まらない。
ただ、わずかに歩調が揺らいだだけだった。
次郎は一瞬の隙を逃さず、膝へ照準を合わせる。
パンッ!
パンッ!
タイラントは僅かによろめく。
「効いてる。レオン、距離を取れ」
短く、冷静な声が響いた。
その時だった。
研究所全体がグラグラと激しく揺れた。
天井から粉塵が舞う。
照明が明滅する。
館内放送が切り替わる。
『警告』
『搬送路に障害を確認』
『崩落した瓦礫を除去中』
『搬送用エレベーターを一時停止します』
レオンの表情が凍り付く。
「そんな!」
次郎は揺れの収まった天井を見上げる。
「……今の揺れが原因か」
『搬送路復旧作業開始』
『到着予定時間まで、約三分』
レオンは唇を噛む。
「三分も……」
次郎はタイラントを見据えた。
「ああ」
「三分間、絶対に生き延びてやる」
ズン。
ズン。
ズン。
タイラントは一定の歩調を崩すことなく、ゆっくりと二人へ迫ってくる。
レオンはショットガンを構え直した。
ドォンッ!!
轟音とともに散弾が胸部へ炸裂する。
黒いロングコートがさらに裂け、灰色の皮膚が露わになった。
しかし、タイラントは一歩よろめいただけだった。
「やっぱり止まらない!」
レオンが歯を食いしばる。
次郎は冷静にリボルバーを構えた。
「あくまで時間稼ぎだ」
「無理に倒そうとするな」
パンッ!
パンッ!
弾丸が両膝へ命中する。
タイラントの動きがわずかに鈍る。
レオンはその隙を逃さず距離を取り、さらにショットガンを撃ち込んだ。
ドォンッ!!
肩口へ散弾が命中し、巨体は二歩ほど後退する。
それでも、また無言で歩き始めた。
まるで痛みという概念が存在しないかのようだ。
『爆破まで、残り十四分』
冷たい機械音声が響く。
その時だった。
パンッ!
乾いた銃声が通路へ響く。
弾丸がタイラントの頭部へ命中し、その視線がわずかに逸れた。
「このままじゃ逃げられないから、援護するわ」
聞き慣れた声だった。
「エイダさん!」
通路の奥からエイダが歩み寄ってくる。
右手には拳銃。
左手には小型の耐衝撃ケースが握られていた。
彼女は二人の隣へ並ぶ。
「用事は済ませた」
「待たせたわね」
レオンは安堵の表情を浮かべる。
「追いつけたんですね、良かった……!」
次郎も小さく笑う。
「あんた、約束はちゃんと守るタイプだな」
エイダも口元だけで微笑んだ。
「もちろん」
タイラントはゆっくりと三人へ向き直る。
「来るぞ!」
次郎の合図で三人は三方向へ展開した。
レオンが正面。
エイダが左。
次郎が右。
三方向から銃火を浴びせる。
ドォンッ!!
レオンのショットガンが胸部へ命中する。
パンッ!
パンッ!
エイダが肩と首を正確に撃ち抜く。
タイラントの標的がエイダへ変わる。
その隙に次郎が頭部へ二発。
パンッ!
パンッ!
タイラントは数歩後退した。
その巨体が、ゆっくりと片膝をつく。
「……ようやく倒れたか?」
レオンが息を吐き、わずかに肩の力を抜いた。
その瞬間だった。
ドクン。
タイラントの胸部が不自然に脈動する。
次郎の表情が険しく変わる。
「レオン、油断するな!」
ビリッ――。
ロングコートが内側から膨れ上がり、裂け目が走る。
「なっ……!」
レオンが目を見開く。
ズズッ……!
筋肉が異常な速度で膨張し、灰色の皮膚が赤黒く変色していく。
片膝をついたまま、タイラントは震えていた。
まるで内部で何かが暴れているかのように。
エイダが低く呟く。
「変異が始まってる……!」
次郎は即座に叫ぶ。
「距離を取れ!」
次の瞬間――。
胸部が爆発するように膨れ上がり、
巨大な鉤爪が皮膚を突き破って飛び出した。
「グォォォォォォォッ!!」
咆哮が通路全体を震わせる。
照明が激しく揺れた。
レオンは息を呑む。
「こいつも進化するのか……!」
エイダは険しい表情で呟く。
「スーパータイラント……」
次郎は無言でシリンダーを開く。
空薬莢が床へ転がる。
残る弾丸を装填する。
しかし予備弾は、もうほとんど残っていなかった。
スーパータイラントが一瞬で踏み込む。
「速い!」
レオンは横へ飛び、鉤爪をかわす。
ドゴォォォンッ!!
床が深々と切り裂かれる。
エイダは側面へ回り込みながら連射した。
パンッ!
パンッ!
パンッ!
スーパータイラントは止まらない。
レオンもショットガンを撃ち込む。
ドォンッ!!
鉤爪の付け根へ命中し、わずかに体勢が崩れる。
「アリス!」
「今よ!」
次郎は露出した心臓へ狙いを定める。
パンッ!
パンッ!
パンッ!
三発の弾丸が命中し、スーパータイラントは初めて数歩後退した。
しかし、すぐに咆哮を上げて再び突進してくる。
三人は別方向へ飛び退く。
巨大な鉤爪が床を抉り、コンクリート片が飛び散った。
レオンはショットガンを構え直す。
ドォンッ!!
スーパータイラントの体勢がわずかに揺らぐ。
エイダもすかさず援護射撃を浴びせる。
パンッ!
パンッ!
パンッ!
次郎は露出した心臓へ狙いを定める。
パンッ!
カチッ。
シリンダーが空転する。
予備弾を探る。
しかし何も残っていなかった。
「……終わりか」
次郎は静かにリボルバーを収める。
腰からサバイバルナイフを抜き放った。
赤い非常灯を受け、刃が鈍く光る。
レオンは目を見開いた。
「アリスさん!」
「まさか!」
次郎は苦笑する。
「悪い、弾切れだ」
「ここからは、これで時間を稼ぐ」
そう言い残すと、ナイフを逆手に握り、スーパータイラントへ駆け出した。
「アリスさん、待って!」
レオンの声は届かない。
巨大な鉤爪が振り下ろされる。
次郎は紙一重でかわし、その懐へ潜り込んだ。
脇腹を切り裂く。
続けて肩口を斬りつける。
さらに露出した心臓へ両手でナイフを突き立てた。
刃は食い込む。
だが、分厚い筋肉に阻まれ、致命傷には至らない。
スーパータイラントが咆哮し、巨大な腕を振るう。
次郎は後方へ跳んでかわす。
「レオン!」
「今だ!」
「了解!」
ドォンッ!!
レオンのショットガンが心臓へ炸裂する。
スーパータイラントが後退する。
エイダも援護射撃を重ねた。
パンッ!
パンッ!
パンッ!
スーパータイラントはレオンへ向きを変える。
その隙に次郎が背後へ回り込む。
再びナイフを突き立てる。
次郎へ向けばレオンとエイダが撃つ。
二人のどちらかに向けば次郎が引きつける。
三人は息の合った連携で時間を稼ぎ続けた。
しかし、感染と失血による疲労は確実に次郎の身体を蝕んでいた。
呼吸は荒く、視界は熱で霞む。
それでも前へ出続ける。
『爆破まで、残り十二分』
館内放送が響く。
レオンが叫ぶ。
「もう時間がない!」
エイダも声を上げる。
「長引けば全員ここで終わる!」
次郎が浅く息を吐き、スーパータイラントを見据えたその時、巨体が低く身を沈める。
その動きを見た瞬間、次郎は危険を察知した。
「まずい!」
飛び退こうとした、その刹那。
巨大な鉤爪が猛スピードで迫り、横薙ぎに振り抜かれる。
避け切れない――。
「アリスさん!!」
レオンの悲鳴にも似た叫びが、研究所に響き渡った。
いよいよ残り3話で第一章は完結となります。