本日一度目の投稿です。
物語は夜から始まり、朝で終わります。
――ラクーンシティ壊滅から三日後。
静かな朝だった。
窓から差し込む柔らかな陽射しが部屋を照らし、小鳥のさえずりが聞こえてくる。
あの悪夢のような街とは、まるで別世界だった。
次郎はゆっくりと目を覚ます。
しばらく天井を見つめたあと、静かに身体を起こした。
ラクーンシティでの戦いは終わった。
アンブレラ地下研究所での死闘も、スーパータイラントとの激戦も、すべて過去の出来事となっている。
ベッドから降りると、ゆっくりと身体を動かしてみる。
違和感はない。
スーパータイラントに負わされた致命傷は、すでに跡形もなく消え去っている。
覚醒して以来、自分の身体は確実に変化していた。
驚異的な再生能力。
鋭くなった動体視力。
そして、人間離れした怪力。
「まさに化け物だな」
次郎は静かに息を吐く。
Tウイルスへ適応した代償。
あるいは進化。
その答えは、まだ誰にも分からない。
次郎は洗面所へ向かった。
蛇口をひねり、冷たい水で顔を洗う。
頬を伝う水滴を拭い、何気なく鏡へ視線を向けた。
「……」
次郎は動きを止めた。
鏡に映っていたのは、自分自身。
間違いなく自分だった。
だが、どこか違う。
元々中性的で整った顔立ちだった輪郭は、さらに洗練されていた。
肌には傷一つなく、透き通るような白さを帯びている。
切れ長の瞳は以前よりも印象が強くなり、長い睫毛がその眼差しを際立たせていた。
鼻筋はすっと通り、唇の線もどこか繊細だ。
一見すると女性と見間違えてしまうほどの美貌。
それでいて表情には凛々しさが宿り、元々中性的だった顔立ちは、凛とした美女を思わせるほど美しく変化していた。
次郎は鏡へそっと手を伸ばす。
「……俺の、顔か」
頬へ触れてみる。
間違いなく、自分の感触だった。
しばらく鏡を見つめた後、小さく苦笑する。
「これも……適応の影響か」
原因は分からない。
だが一つだけ確かなことがある。
ラクーンシティでの戦いを境に、自分の身体は人間だった頃とは別物へ変わり始めていた。
その時だった。
コンコン――。
部屋のドアを叩く音が響く。
「アリスさん、起きてますか?」
聞き慣れた青年の声。
レオンだった。
「起きてる」
次郎は洗面所を離れ、部屋のドアを開ける。
「おはよう」
「おはようございます」
レオンは挨拶を返したものの、その直後に動きを止めた。
「……え?」
思わず目を瞬かせる。
「どうした?」
次郎が首を傾げる。
レオンは数秒間、言葉を失っていた。
「い、いえ……」
「何というか……雰囲気が変わりました?」
次郎は小さく苦笑する。
「やっぱりそう見えるか」
「今、鏡を見て気付いた」
「顔付きが少し変わったらしい」
レオンは改めて次郎の顔を見る。
以前の面影は残っている。
だが、印象はまるで違っていた。
整った中性的な顔立ちはさらに洗練され、一見すれば女性と見間違えても不思議ではないほど美しく変化している。
それでも、眼差しだけは以前と何一つ変わっていなかった。
冷静で、どこか優しい光を宿している。
「Tウイルスの……影響ですか」
「多分な」
次郎は静かに頷く。
「身体能力だけじゃなく、身体そのものが変化しているのかもしれない」
レオンは苦笑しながら肩をすくめた。
「クレアたちが見たら驚きますよ」
その言葉に、次郎は困ったように笑う。
「俺としては、元に戻せるなら戻したいくらいなんだけどな」
その時、廊下の向こうからクレアの声が聞こえてきた。
「レオン? アリス?」
「朝食の用意ができたわよ!」
二人は顔を見合わせ、小さく笑った。
「ああ、今行く」
次郎は部屋を出る前に、もう一度だけ鏡を振り返る。
鏡の中の自分は、やはり以前とは違っていた。
その後、朝食の席には穏やかな時間が流れていた。
テーブルには焼きたてのパン、スクランブルエッグ、ベーコン、サラダが並ぶ。
ラクーンシティでの死闘が嘘のような光景だった。
「いただきます」
四人は揃って食事を始める。
しばらくは他愛のない会話が続いた。
シェリーはすっかり元気を取り戻し、クレアと笑顔で話している。
そんな様子を見て、次郎は静かに微笑んだ。
「アリスは」
クレアがパンを口に運びながら声を掛ける。
「これからどうするの?」
その問いに、レオンも手を止める。
二人とも気になっていたことだった。
次郎はコーヒーを一口飲み、静かに答えた。
「しばらくは身を隠す」
「アンブレラは壊滅したが、関係者が全員いなくなったわけじゃない」
「俺のことを知れば、狙ってくる連中もいるだろう」
レオンは神妙な表情で頷く。
「……そうですね」
ラクーンシティで起きた出来事を知る者なら、次郎の存在がどれほど特異なのか理解できる。
平穏な生活が簡単に訪れるとは思えなかった。
「レオンは?」
次郎が尋ねる。
レオンは苦笑しながら肩をすくめた。
「まずは事情聴取だな」
「その後は……どうなるか分からない」
クレアも続ける。
「私は兄さんを探し続ける」
「まだ何も終わってないもの」
その言葉には強い決意が込められていた。
次郎は静かに頷く。
「必ず見つかるよ」
短い言葉だった。
だが、その一言には不思議と人を安心させる力があった。
クレアは優しく微笑む。
「ありがとう、アリス」
穏やかな空気が流れる。
しかし四人とも分かっていた。
この時間は長く続かない。
それぞれが進むべき道がある。
同じ卓を囲むことも、これが最後になるかもしれない。
だからこそ、誰もその静かな時間を壊そうとはしなかった。
窓から差し込む朝日が、四人を優しく照らしていた。
◇
その頃――。
ラクーンシティから遠く離れた、とある施設。
薄暗い部屋に、一人の女性が静かに立っていた。
赤いドレス。
短く切り揃えられた黒髪。
その横顔には傷一つない。
エイダ・ウォンは生きていた。
彼女は静かに机の上へ耐衝撃ケースを置く。
ロックを解除すると、中からGウイルスのサンプルと小型の記録媒体を取り出した。
部屋の奥から低い声が響く。
「任務の報告を」
姿の見えない相手へ、エイダは淡々と答えた。
「Gウイルスの回収には成功」
「研究所は崩壊」
「ウィリアム・バーキンは完全に死亡を確認」
短い沈黙が流れる。
「他には?」
エイダは記録媒体を机へ置いた。
それは研究所で次郎やレオンと別行動をした際に回収したデータ。
「これを」
「アリス・ジローの血液解析データ」
「Tウイルスへ完全に適応した、極めて稀な症例」
部屋の空気がわずかに変わる。
「興味深い」
端末へ記録媒体が接続される。
画面には研究所で解析されたデータが次々と表示されていく。
感染後も理性を維持。
Tウイルスへの完全適応。
極めて高い生存能力。
「これは……」
静かな声が続く。
「ワクチン研究の基礎資料として極めて有用だ」
さらに、画面を見つめたまま言葉を続ける。
「同時に」
「この男自身にも極めて高い価値がある」
エイダは腕を組み、小さく息を吐いた。
「予想していたわ」
「組織はどうするつもり?」
返答に迷いはなかった。
「監視対象に指定する」
「必要と判断した場合は直ちに、この男を確保」
「抵抗するなら殺しても構わん」
冷徹な言葉だった。
エイダの表情は変わらない。
しかし、ほんの一瞬だけ目を伏せる。
脳裏に浮かぶのは、ラクーン研究所で共に戦った男の姿。
そして、自ら危険を承知で戦い続けた背中だった。
「……そう」
短く答えると、それ以上は何も言わない。
窓の外には静かな空が広がっていた。
だが、その裏では新たな計画が動き始めている。
ラクーンシティで誕生した"Tウイルス適応者"――アリス・ジロー。
その存在は、この日を境に組織の監視対象となった。
◇
数日後。
アメリカ政府の極秘会議室。
ラクーンシティ事件の報告書が机いっぱいに並べられていた。
その中心に置かれているのは、一つのファイル。
表紙には大きくこう記されている。
『Tウイルス適応者 アリス・ジローの血液データ』
会議室は重苦しい空気に包まれていた。
「……改めて確認する」
一人の政府高官が口を開く。
「アリス・ジロー氏は、自ら血液サンプルと検査データの提供に応じた」
「見返りとして、特別な条件は一切提示していない」
別の担当者が頷く。
「本人は『ワクチン開発の役に立つなら使ってくれ』とだけ」
「権利の独占も要求していません」
室内に沈黙が流れる。
やがて一人が頭を抱えた。
「……困ったな」
「これほどの功績に対して、何も返さないわけにはいかない」
別の高官も腕を組む。
「勲章を授与するか?」
「いや、それでは世間へ存在を公表することになる」
「Tウイルス適応者の存在を明らかにするわけにはいかん」
「研究職への特別待遇は?」
「本人は政府に所属する意思はないそうだ」
「終身保護は?」
「本人が断るだろう」
議論は堂々巡りになった。
ようやく一人の財務担当者が静かに口を開く。
「ならば、報奨金しかあるまい」
全員の視線が集まる。
「血液データは抗ウィルス剤とワクチン研究の基礎資料となる」
「その価値は計り知れない」
「金銭なら本人の自由に使える」
「政府との余計なしがらみも残らない」
別の高官もゆっくり頷いた。
「……確かに」
「後腐れもない」
「救国の功績に対する正式な報奨金として支払えば問題ない」
議長は資料を閉じた。
「異議はあるか」
誰も口を開かなかった。
「では決定する」
「アリス・ジロー氏へ、政府特別功労報奨金を支給する」
「金額は、本件に見合う相応の額とする」
木槌が静かに鳴る。
その決定は、後に政府史上でも例を見ない巨額の報奨金として記録されることになる。
一方その頃、当の本人はそんな会議が開かれていることなど知る由もなく、レオンやクレアと朝食を囲みながら、いつも通り穏やかな時間を過ごしていた。
◇
政府の決定から一週間後。
一通の封書が、次郎のもとへ届けられた。
差出人は、アメリカ合衆国政府。
「政府から?」
レオンが首を傾げる。
クレアも不思議そうな表情を浮かべた。
「何かしら」
次郎は封を開け、中から数枚の書類を取り出す。
一番上には政府の紋章が入った正式文書があった。
静かに読み始める。
---
アリス・ジロー殿
あなたがラクーンシティ事件において示された勇気と献身、ならびにTウイルス適応者として自発的に血液データをご提供いただいたことに対し、アメリカ合衆国政府は深く感謝の意を表します。
ご提供いただいたデータは、抗ウイルス剤とワクチンの研究開発において極めて重要な基礎資料となる見込みです。
その多大なる功績を称え、政府特別功労報奨金を贈呈いたします。
なお、本件は国家機密を含むため、公的な表彰は行えません。
何卒ご理解くださいますようお願い申し上げます。
---
文書の最後には政府の正式な署名と公印が押されていた。
その下から、一枚の小切手が滑り落ちる。
次郎は何気なく、その金額へ目を向けた。
「……」
動きが止まる。
「アリスさん?」
レオンが顔を覗き込む。
次郎は黙って小切手を差し出した。
受け取ったレオンは金額を見た瞬間、固まった。
「…………え?」
何度も桁を数え直す。
「これ、桁が多くありませんか!?」
クレアも慌てて覗き込む。
「貸して!」
数秒後。
「……うそ」
「本物?」
政府の正式な署名と公印。
間違いなく本物だった。
レオンは乾いた笑いを漏らす。
「人生でこんな金額、初めて見ましたよ……」
クレアも苦笑する。
「私も」
二人の視線は自然と次郎へ向く。
当の本人は椅子に腰掛けたまま、静かに額へ手を当てていた。
「……困った」
「ありがたいのは間違いない」
「だが、急にこんな大金を渡されても使い道が思いつかない」
真剣に悩む次郎を見て、レオンは吹き出した。
「報奨金をもらって頭を抱える人も、初めて見ました」
部屋には、ようやく事件を乗り越えた者たちの穏やかな笑い声が広がった。
◇
さらに数日後。
次郎のもとへ、もう一通の封書が届いた。
差出人は、マービン・ブラナー。
「マービンさんからだ」
レオンとクレアも興味深そうに覗き込む。
封を開くと、中には一枚の写真と、丁寧に折り畳まれた手紙が同封されていた。
まず写真を手に取る。
そこには、マービンが妻と幼い娘に囲まれ、穏やかな笑顔を浮かべている姿が写っていた。
ラクーンシティで見せていた厳しい警察官の表情ではない。
一人の夫として、一人の父親としての優しい笑顔だった。
写真の裏には、短い手書きのメッセージが添えられている。
---
アリス・ジロー殿
先日は本当に世話になった。
約束どおり、私は無事に市外へ脱出することができた。
妻と娘も無事だった。
店長たちを含め、共に避難した全員が生還している。
これも君が命懸けで私たちを守り、送り出してくれたおかげだ。
ラクーンシティでは警察官として多くの命を救えなかった。
それでも最後に、君と共に市民を守り抜けたことを私は誇りに思う。
写真は、再会できた家族との一枚だ。
君にも見てもらいたいと思い、同封した。
いつか落ち着いた頃に、改めて礼をさせてほしい。
その日まで、どうか元気でいてくれ。
――マービン・ブラナー
---
次郎は写真を静かに見つめ、小さく笑みを浮かべた。
「……良かった」
その一言には、心からの安堵が込められていた。
レオンも写真を見ながら微笑む。
「マービンさんらしいですね」
クレアも嬉しそうに頷く。
「こんな笑顔が見れるようになるなんて、事件の時には想像もできなかった」
次郎は写真を大切に封筒へ戻す。
ラクーンシティで救えた命。
その証が、確かにそこにあった。
――第一章・完――
罠カード発動、バタフライ・エフェクト。
次郎を仲間にできた場合にのみ発動できる。
ルート分岐が起こり、マービン一家は生き残って幸せになる。
第一章、これにて完結です!ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。ぜひ、一言だけでも感想欄に書き残していただけると、最高に嬉しいです!すべて大切に読ませていただきます