皆様お待たせ致しました。
第二章は映画28日後の事件をバイオハザード世界の事件として描きます。
因みにサブタイトルはクラシック曲から取っております。
Prologue 魔女の夜の夢
イギリス・ケンブリッジ郊外。
深い森の奥に、人知れず建つ巨大な研究施設があった。
外壁には大手製薬会社の社名が掲げられ、周囲は高いフェンスと監視カメラで厳重に警備されている。
だが、それは世間に向けた偽りの姿だった。
この施設の正体は、ラクーンシティ壊滅後も極秘裏に稼働を続けるアンブレラ・ヨーロッパ支部 B.O.W.研究施設。
政府にすら秘匿された、生物兵器開発の最前線である。
そして今夜。
その静寂は破られようとしていた。
施設裏手のフェンスが静かに切断される。
黒い服に身を包んだ五人の男女が、身を低くして敷地内へ侵入した。
年齢は二十代前半。
全員が動物愛護団体のメンバーだった。
「警備員は?」
「巡回は五分後。それまでに終わらせる」
先頭を歩く女性が、小声で答える。
彼女の手には内部告発によって入手した施設の見取り図が握られていた。
告発内容は一つ。
『この施設では違法な動物実験が行われている』
それだけだった。
彼らは施設の正体も知らない。
アンブレラという企業名すら聞いたことがない者もいる。
知っているのは、苦しむ動物たちがいるという事実だけ。
「急ごう」
「助けを待ってる」
誰かが呟いた。
その言葉に全員が頷く。
迷いはなかった。
警備システムを回避しながら地下へ降りる。
冷たい空気が肌を撫でた。
消毒液の匂い。
薬品の刺激臭。
機械が低く唸る音だけが廊下へ響いている。
「こっち」
案内図どおりに進み、最後の扉を開いた。
そこは広い実験室だった。
無数の檻。
点滴。
心電図モニター。
そして。
十数頭のチンパンジーが檻の中で暴れ続けていた。
激しく鉄格子を叩き、唸り声を上げ、歯を剥き出しにしている。
その目は異様なほど赤く充血していた。
「なんて酷い……」
一人の女性が涙ぐむ。
「こんなの虐待じゃない……」
男性が工具を取り出した。
「檻を開けよう」
ロックへ手を伸ばした、その時だった。
「待て!」
怒鳴り声が響く。
白衣姿の研究員が実験室へ飛び込んできた。
額には汗が滲み、息も絶え絶えだった。
「開けるな!」
活動家たちは振り返る。
「あなたたちが実験していたのね」
女性が睨みつける。
研究員は首を横に振った。
「違う!」
「そのチンパンジーは危険なんだ!」
「危険?」
「実験を正当化するつもり?」
「違う、話を聞いてくれ!」
研究員は必死だった。
「致死性のウイルスに感染しているんだ」
「檻を開ければ君たちも死ぬ!」
誰も耳を貸さない。
活動家たちは、この施設で苦しめられてきた動物を守ろうとしている。
研究員の言葉は、自分たちを止めるための嘘にしか聞こえなかった。
「動物を苦しめておいて、よくもそんな事が言えるわね」
女性はロック解除装置へ手を伸ばす。
研究員の顔色が変わった。
「やめろ!」
叫びながら駆け出す。
だが、一歩遅かった。
電子音が鳴る。
ピッ。
檻のロックが解除された。
重い金属音を立て、扉がゆっくりと開いていく。
一瞬の静寂。
次の瞬間。
「ギィィィィィッ!!」
凄まじい咆哮とともに、一頭のチンパンジーが檻から飛び出した。
常識では考えられない速度だった。
女性活動家へ一直線に飛び掛かる。
「え──」
言葉を最後まで発する暇もない。
鋭い牙が肩へ食い込み、鮮血が飛び散った。
悲鳴が実験室に響き渡る。
仲間たちが駆け寄ろうとした、その瞬間。
チンパンジーは女性を突き飛ばし、次の標的へ向かって跳びかかった。
研究員は青ざめた表情で叫ぶ。
「逃げろ!」
「全員逃げるんだ!」
しかし、その声はもう誰にも届かなかった。
◇
ロンドン――聖マリア総合病院。
午前一時四十分。
ロンドン有数の規模を誇る救命救急センターは、今夜も慌ただしかった。
ナースステーションでは、夜勤の看護師たちがカルテを確認しながら慌ただしく動き回っている。
看護師のエミリーは、ようやく一息つき、紙コップに淹れた紅茶へ口をつけた。
テレビでは二十四時間ニュースが流れている。
『――アメリカ・ラクーンシティで発生した大規模バイオテロ事件について、アメリカ政府は本日、新たな犠牲者数を公表しました』
画面には、炎に包まれた街の映像。
倒壊したビル。
避難する市民。
武装した兵士。
そして、アンブレラ社のロゴ。
『事件には製薬会社アンブレラ社が関与していた疑いが強まり、各国政府は同社への調査を開始しています』
隣で書類をまとめていたベテラン医師、オリバーが苦笑した。
「ひどい話だ」
「まるでゲームか映画みたいですね」
若い看護師が肩をすくめる。
「アメリカって、本当に何が起きるか分からない」
エミリーも頷いた。
「イギリスで良かった」
「少なくとも、こんな事件とは無縁ですから」
誰もが笑った。
その笑いは、数分後には消えることになる。
ナースステーションの電話が鳴り響いた。
「救急搬送!」
受付の看護師が声を上げる。
「男性患者一名! 暴力行為あり! 警察官二名負傷!」
全員の空気が引き締まる。
救急搬入口へストレッチャーが運び込まれた。
患者は三十代ほどの男性。
四肢を拘束され、それでも全身を激しく痙攣させている。
喉の奥から漏れる声は、人間というより獣の唸り声だった。
「血圧は?」
「測定不能!」
「鎮静剤を!」
オリバー医師が冷静に指示を飛ばす。
警察官の一人が肩で息をしながら説明した。
「ロンドン東部で……」
「突然、人に噛みつき始めたんです」
「薬物中毒かと思いましたが……様子が普通じゃない」
患者は拘束帯を軋ませながら暴れ続ける。
目は真っ赤に充血し、歯を剥き出しにして唸っている。
エミリーは思わず身震いした。
こんな患者は見たことがない。
「押さえて!」
オリバー医師が患者へ近付く。
看護師三人と警察官二人が身体を押さえ込む。
「鎮静剤投与!」
針が腕へ刺さる。
しかし患者は暴れるのをやめない。
「効いてない!?」
その瞬間だった。
患者が身体を大きく反らせた。
「っ!」
口から大量の血液を噴き出す。
真っ赤な飛沫が空中へ舞い――
オリバー医師の顔を直撃した。
「ぐっ!」
「先生!」
血液が目へ入った。
オリバー医師は反射的に顔を押さえる。
「洗眼を!」
エミリーが駆け寄ろうとした。
「いや、大丈夫だ……」
オリバー医師は息を整えながら立ち上がる。
「少し目に入っただけ――」
言葉が止まる。
十秒。
誰も動かなかった。
十一秒。
十二秒。
オリバー医師の呼吸が荒くなる。
十五秒。
肩が小刻みに震え始めた。
「先生……?」
十八秒。
医師はゆっくりと顔を上げる。
その両目は、さっきまでとは別人のように真っ赤に充血していた。
「先生!」
二十秒。
「アアアアアアァァァッ!!」
獣のような絶叫が処置室へ響き渡る。
オリバー医師は目の前にいた若い看護師へ飛び掛かった。
「きゃあああっ!」
押し倒される。
首筋へ噛みつこうとする医師。
周囲の医療スタッフは一瞬、何が起きたのか理解できなかった。
「先生! やめてください!」
誰かが腕を掴む。
次の瞬間、その職員も顔を引っかかれ、血飛沫が舞った。
悲鳴。
怒号。
ナースコール。
処置室は、一瞬で地獄へと変わった。
エミリーは本能のまま処置室を飛び出した。
「逃げて!」
誰かの叫びが廊下に響く。
その直後、別の方向からも悲鳴が重なった。
救急外来の自動ドアが開き、暴れ続ける患者が担架から転げ落ちる。
それを止めようとした救急隊員へ、感染者が突然飛び掛かった。
「離せ!」
隊員は必死にもがく。
しかし感染者は倒れた救急隊員に馬乗りになると、両手の親指を揃えて隊員の両目へ押し込もうとした。
「そんな…まさか……やめろ……!」
救急隊員の声は恐怖で震えていた。
次の瞬間――
「あ、あああああああああ!!」
絶叫が救急外来全体に響き渡った。
その声を聞いて駆け寄った保安員が飛び込み、警棒で引き離す。
しかし、その隙に別の患者がストレッチャーから起き上がった。
「まさか、そっちも……!」
飛び散る血液。
怒号。
ナースコールが一斉に鳴り響く。
病院全体が混乱に包まれていく。
エミリーは振り返ることもできず走った。
廊下では患者や職員が入り乱れ、誰が助けを求め、誰が襲おうとしているのかも判別できない。
「警察を!」
「封鎖して!」
「誰か応援を――」
叫び声は途中で悲鳴へ変わる。
エミリーは職員しか知らない通路へ飛び込み、薬品保管室の隣にある小さな休憩室へ駆け込んだ。
勢いよく扉を閉める。
鍵を回し、近くにあったロッカーを押して入口を塞いだ。
肩で息をしながら、その場へ座り込む。
心臓が張り裂けそうなほど速く脈打っていた。
「落ち着いて……落ち着いて……」
震える手で口を押さえる。
廊下からは断続的に悲鳴が聞こえてくる。
何人もの足音。
ガラスが割れる音。
何か重いものが倒れる音。
そして、人とは思えない獣のような咆哮。
どれほど時間が経っただろうか。
次第に物音は減っていった。
悲鳴も聞こえない。
足音も遠ざかっていく。
静寂。
耳鳴りだけが響く。
「……終わったの?」
エミリーは恐る恐る顔を上げた。
もしかしたら警察が到着したのかもしれない。
誰か助けに来てくれたのかもしれない。
そう思った、その時だった。
――ドン。
扉が小さく震えた。
エミリーの身体が硬直する。
数秒の沈黙。
再び。
ドンッ!
今度は先ほどより強い衝撃。
ロッカーがわずかに軋む。
「ひっ……!」
次の瞬間。
ドォン!!
激しい体当たり。
扉全体が大きく揺れる。
「いやあっ!!」
さらに、
ドン! ドン! ドン!
休むことなく衝撃が続く。
まるで痛みを感じないかのように、誰かが全力で身体をぶつけ続けている。
蝶番が悲鳴を上げる。
木材に亀裂が走った。
「きゃあああっ!!」
体当たりは止まらない。
ドゴォン!!
鈍い破裂音とともに、扉の中央が大きくへこんだ。
割れた隙間から、血に濡れた指先がゆっくりと差し込まれる。
その指は隙間をさらに広げようと、異様な力で扉を軋ませた。
「い、いやあああああっ!!」
そして――
バキィッ!!
蝶番が耐えきれずに吹き飛び、扉が室内へ倒れ込んだ。
ロッカーも押しのけられ、静まり返っていた部屋へ外の空気が流れ込む。
暗い廊下の向こうには、充血した目で部屋の中を見渡す人影が立っていた。
その人影は獣のような唸り声を漏らし、エミリーへ向かって一歩を踏み出した。
――英国レイジウイルス事件・序章――
第二章プロローグをお読みいただき、ありがとうございました!
皆様をお待たせしないよう、第二章はすべて書き上げ済みとなっております!
エタる心配は一切ございませんので、どうぞご安心ください。
さらに、明日は、開幕の勢いそのままに【Chapter1を一挙にまとめて公開】いたします!