元殺し屋がバイオ事件に巻き込まれる話   作:オッパッピー

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本日一度目の投稿です。


Chapter2 怒りの日 Part3

 「アリス、こっちよ!」

 

 聞き覚えのある声だった。

 

 次郎は咄嗟に振り向く。

 

 赤いジャケットを羽織った赤茶色の髪の女性が、ハンドガンを構えながら感染者を撃ち抜いていた。

 

 パンッ!

 

 パンッ!

 

 「クレアか」

 

 互いに驚く暇もない。

 

 クレアは感染者を撃ち倒しながら叫ぶ。

 

 「積もる話は後よ!」

 

 「逃げ道を確保したわ! 早く!」

 

 「了解」

 

 次郎はエレンの手を引き、クレアのもとへ駆け出す。

 

 「知り合いなの!?」

 

 エレンが息を切らしながら尋ねる。

 

 「ああ」

 

 次郎は短く答えた。

 

 「同じ地獄を生き抜いた仲だ」

 

 クレアは苦笑しながら頷く。

 

 「その通り。だから、腕は信用してくれていい」

 

 「付いてきて!」

 

 三人は感染者の群れを振り切るように裏路地へ飛び込んだ。

 

 

 

 クレアは何度も路地を曲がり、人通りのない裏道だけを選んで進む。

 

 感染者たちの咆哮は、すでに遠ざかっていた。

 

 そこでようやく足を止めると、小さく息を吐いた。

 

 「……ここまで来れば、しばらくは大丈夫ね」

 

 次郎も周囲を見渡す。

 

 感染者の姿はない。

 

 物音も聞こえない。

 

 どうやら完全に撒くことができたようだった。

 

 「こっちよ」

 

 クレアが案内した先にあったのは、一軒のバーだった。

 

 ネオンは消え、窓ガラスには板が打ち付けられている。

 

 一見すると、すでに廃墟となった店にしか見えない。

 

 クレアは迷いなく裏口から店内へ入る。

 

 三人が中へ入ると、次郎は素早く周囲を見回した。

 

 バーの店内は静まり返っていた。

 

 割れたグラスが床に散乱し、カウンターには埃が薄く積もっている。

 

 外の喧騒が嘘のように、この場所だけが時間から切り離されたようだった。

 

 クレアは店内を一瞥すると、迷いなくカウンター脇の床へしゃがみ込んだ。

 

 「ここに」

 

 囁き声とともに、彼女は床板の一枚へ指を掛ける。

 木材がわずかに軋み、隠し扉の輪郭が露わになる。

 

 次郎は周囲を警戒しながら近づいた。

 

 「地下室か?」

 

 「ええ。店主が昔、違法酒を隠すために作った抜け道よ。今は生存者の避難場所になってる」

 

 クレアは慎重に床板を持ち上げた。

 

 板はぴたりと嵌め込まれていたため、外から見ればただの床にしか見えない。

 

 床板が完全に開くと、暗い縦穴が姿を現した。

 

 冷たい空気がふわりと吹き上がり、地下の存在を静かに告げる。

 

 「エレン、悪いが先に降りてくれ」

 

 「俺は周りを警戒する」

 

 次郎が促すと、エレンは緊張した面持ちで頷き、梯子へ手を掛けた。

 

 ぎしり、と古い金属が鳴る。

 

 クレアが続き、最後に次郎がアサルトライフルを構えたまま降りていく。

 

 頭上の床板は、クレアが慎重に引き戻すと再び元の位置へぴたりと収まった。

 

 外から見れば、そこに地下室があるとは誰も気付かない。

 

 薄暗い地下通路の奥には、鉄製の扉が静かに佇んでいた。

 

 クレアは決められたリズムでノックした。

 

 コン、ココ、コン。

 

 数秒後、小窓が開き、中から男が顔を覗かせる。

 

 「クレア、無事で良かった」

 

 「新しい生存者を二人連れてきたわ」

 

 男は頷くと閂を外した。

 

 重い鉄扉が軋みながら開く。

 

 三人は地下室へ足を踏み入れた。

 

 ランタンに照らされた地下室では、十数人の生存者が一斉に顔を上げる。

 

 見知らぬ男女の姿に警戒の色を浮かべる者もいたが、クレアが静かに告げた。

 

 「安心して。この二人は私が保証する」

 

 その言葉を聞き、生存者たちはようやく張り詰めた表情を少しだけ緩めた。

 

 クレアは次郎とエレンへ向き直る。

 

 「二人とも、ここにいる人たちにはもう説明してあるわ」

 

 「だから、今から話すのは二人のための確認よ」

 

 生存者たちは静かに頷く。

 

 誰も口を挟まない。

 

 クレアは真剣な表情で話し始めた。

 

 「まず街にいる連中は普通の暴徒じゃない」

 

 「多分、なんらかのウイルスに感染している」

 

 「噛まれたり、感染者の血液が傷口や口、目に入ると、短時間で感染する可能性があるわ」

 

 エレンは思わず自分の腕を抱きしめた。

 

 「そんな……」

 

 クレアは続ける。

 

 「感染すると理性を失って、見境なく人を襲うようになる」

 

 「痛みも恐怖も感じていないみたいに突っ込んでくるから、とても普通の人間とは戦い方が違う」

 

 次郎は静かに頷いた。

 

 「俺も確認した」

 

 「連中は普通の人間と同じように致命傷を受ければ倒れる」

 

 「だが、痛みを気にせず襲ってくる。腕や脚に当てても、その勢いのまま飛びかかってくることがある」

 

 「ええ、確実に止めるなら、頭か心臓を狙うのがいい」

 

 クレアも同意するように頷いた。

 

 「それと、連中はゾンビと違って走る」

 

 「しかも物音にすごく敏感よ。銃声や大きな音を聞きつけると、一斉に集まってくる」

 

 地下室は静まり返っていた。

 

 クレアは最後に二人を見据える。

 

 「一人で外へ出るのも絶対に駄目」

 

 「食料や水を取りに行く時も、必ず複数人で行動する」

 

 話が終わると、生存者たちは黙って頷くだけだった。

 

 彼らにとっては、すでに何度も聞かされた現実だったからだ。

 

 一方、エレンだけは震える手を握り締めたまま俯いていた。

 

 次郎はそんな彼女の様子を横目に、地下室の構造を静かに観察する。

 

 出入口は一か所。

 

 物資の量。

 

 人員の配置。

 

 元暗殺者の習性なのか、彼は無意識のうちに地下室全体を頭の中で把握していた。

 

 

 クレアは次郎へ視線を向けた。

 

 「今度はそっちの番ね」

 

 「何があったの?」

 

 次郎は短く頷き、静かに口を開いた。

 

 「暴動の報道を聞いて、エレンと孤児院へ向かった」

 

 「だが、孤児院はすでに感染者で溢れていた」

 

 エレンは俯き、小さく拳を握る。

 

 「子どもたちも、職員も……みんな感染していました」

 

 地下室に重苦しい空気が流れる。

 

 次郎は続けた。

 

 「孤児院からは何とか脱出したが、避難中に運転手が感染した」

 

 「発症したため、仕方なく俺が撃った」

 

 誰も言葉を発しない。

 

 「車も使えなくなった」

 

 「武器を回収して徒歩で逃げ続け、そこでクレアと合流した」

 

 クレアは静かに頷く。

 

 「……大体の事情は分かったわ」

 

 地下室には、重い沈黙だけが残る。

 

 

 そして重苦しい沈黙を破ったのは、クレアだった。

 

 「これからのことを決めましょう」

 

 地下室にいる全員の視線が彼女へ集まる。

 

 「食料はまだ数日は持つ。でも、このままずっとここへ隠れているわけにはいかない」

 

 一人の男性が恐る恐る口を開く。

 

 「でも……外へ出るなんて無理だ」

 

 「昨日だって、物音を立てただけで何十人も集まってきただろ」

 

 「俺はもう、外へ出たくはない……」

 

 女性も青ざめた顔で頷く。

 

 「私も……」

 

 「またあんな連中に追われるなんて耐えられない」

 

 地下室には同意する声が広がった。

 

 誰も彼らを責めなかった。

 

 恐怖は、この場にいる全員が味わったものだった。

 

 その時、次郎が静かに口を開く。

 

 「そうか」

 

 「悪いが、俺たちは街を出る」

 

 全員の視線が集まる。

 

 「エレンを屋敷まで送り届ける。それが俺の役目だ」

 

 エレンも頷いた。

 

 「屋敷には食料も備蓄水もあります」

 

 「発電機も動いているし、警備員や使用人もいます」

 

 生存者たちの表情に希望が浮かぶ。

 

 しかし、一人の男性は首を横に振った。

 

 「……俺たちには無理だ」

 

 「街を抜ける前に殺される」

 

 地下室は再び静まり返る。

 

 クレアは腕を組み、静かに考え込んだ。

 

 「私も、ここに留まり続けるつもりはない」

 

 「でも、この人たちを置き去りにはしたくない」

 

 次郎は小さく頷く。

 

 「まずは夜明けを待とう」

 

 「明るくなれば外の様子も確認しやすい」

 

 クレアも同意した。

 

 「ええ。その間に、脱出できる方法を考えましょう」

 

 地下室にいた誰もが黙って頷く。

 

 希望はまだ見えない。

 

 それでも、生き延びるためには前へ進むしかなかった。

 

 

 夜明けが近づくにつれ、地下室には再び重苦しい空気が漂い始めていた。

 

 クレアは立ち上がり、生存者たちを見回す。

 

 「明るくなったら出発しましょう」

 

 「この場所も、いつまでも安全とは限らない」

 

 その一言で、地下室の空気が一変した。

 

 「何を言ってるんだ!」

 

 一人の男性が立ち上がる。

 

 「俺達に外へ出ろっていうのか!?」

 

 「そんなことをしたら全員殺される!」

 

 別の女性も怯えた声を上げた。

 

 「嫌よ……」

 

 「ここならまだ生きていられるのよ」

 

 「どうして危険を冒さなきゃいけないの!」

 

 クレアは冷静に答える。

 

 「食料にも限りがある」

 

 「感染者に隠れ家が見つかる可能性だってある」

 

 「動けるうちに脱出した方が、生き残れる可能性は高いわ」

 

 しかし、その言葉は恐怖に支配された彼らには届かなかった。

 

 「だったら、あんた一人で行けばいい!」

 

 誰かが怒鳴った。

 

 「俺たちはここを動かない!」

 

 「外へ出たいなら勝手に出て行け!」

 

 その声に何人もの生存者が頷く。

 

 「そうよ!」

 

 「ここへ感染者を連れて来られたら困る!」

 

 「出て行って!」

 

 地下室は次第に険悪な空気へ変わっていった。

 

 クレアは反論しようとしたが、途中で口を閉じる。

 

 恐怖から出た言葉だと理解していたからだ。

 

 その時、次郎が静かに歩み寄る。

 

 「行こう」

 

 短い一言だった。

 

 クレアは次郎を見る。

 

 「……いいの?」

 

 「ああ」

 

 「ここに残るかどうかは、本人たちが決めることだ」

 

 「俺たちが強制することじゃない」

 

 エレンも静かに頷いた。

 

 「みんな……どうか無事でいて」

 

 誰も返事はしなかった。

 

 地下室の奥では、不安と恐怖に満ちた視線だけが三人へ向けられていた。

 

 クレアは最後に隠し扉を振り返る。

 

 「気が変わったら、すぐにここを離れて」

 

 「ここが永遠に安全な場所じゃないことだけは忘れないで」

 

 それだけ言い残し、三人は地下室を後にした。

 

 床板を元に戻すと、隠れ家は再び静寂に包まれる。

 

 バーの店内へ出た次郎は、ライフルを構えながら周囲を確認した。

 

 異常はない。

 

 「行こう」

 

 次郎を先頭に、中央にエレン、最後尾をクレアが警戒しながら歩き始める。

 

 三人は静まり返った街へ足を踏み出した。

 

 目指すのは街の外。

 

 そして、使用人たちの待つ屋敷だった。

 

 

――DAY5・終了――

 

 




この場に残った彼らがどうなったのかについては、敢えて語りはしません。
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