元殺し屋がバイオ事件に巻き込まれる話   作:オッパッピー

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本日二度目の投稿。


Chapter4 安息日 Part2

 十一日目。

 

 朝食を終えた次郎は、エレンとクレアを伴い、屋敷の地下へ続く階段を下りていた。

 

 石造りの通路には、非常用発電機の低い駆動音が響いている。

 

 地下倉庫の一角まで来ると、次郎は立ち止まった。

 

 そこには木材や砂袋が積み重ねられ、壁には木製の標的が固定されている。

 

 「ここだ」

 

 エレンが辺りを見回し、小さく首を傾げた。

 

 「この場所、昨日まではただの倉庫だったはずだけれど……」

 

 「昨日のうちに改造した」

 

 次郎は簡潔に答える。

 

 「外で撃てば銃声が感染者を引き寄せる」

 

 「だから地下を使う」

 

 クレアは周囲を見渡し、感心したように頷いた。

 

 「一晩でここまで作ったの?」

 

 「ああ」

 

 「砂袋で弾を受け止める。石壁なら音も外へ漏れにくい」

 

 必要最低限の説明だけをすると、次郎は棚から拳銃と弾薬を取り出した。

 

 安全を確認してから、エレンへ手渡す。

 

 「今日は実際に撃つ」

 

 「昨日まで覚えたことを思い出せ」

 

 エレンは静かに頷き、標的の前へ立った。

 

 両手で拳銃を構え、ゆっくりと照準を合わせる。

 

 地下室は静まり返っていた。

 

 「撃て」

 

 次郎の声に合わせ、エレンは引き金を引いた。

 

 ――パンッ!

 

 乾いた銃声が石壁へ反響する。

 

 弾丸は標的の左を逸れ、砂袋へ突き刺さった。

 

 「外れたわ……」

 

 「焦るな」

 

 次郎は落ち着いた口調で言う。

 

 「狙うことより、同じ構えを維持することを意識しろ」

 

 エレンはもう一度深呼吸をし、拳銃を構え直した。

 

 ――パンッ!

 

 二発目。

 

 今度は標的の端を弾丸がかすめ、小さな木片が飛び散る。

 

 「当たった……!」

 

 その声に、クレアも自然と笑みを浮かべた。

 

 「上出来よ」

 

 次郎も小さく頷く。

 

 「その感覚を忘れるな」

 

 「今の目標は中心を撃ち抜くことじゃない」

 

 「当てる感覚を身体に覚え込ませることだ」

 

 エレンは力強く頷き、再び標的へ向き直った。

 

 

 

 訓練を終えた頃には、エレンの額にはうっすらと汗が浮かんでいた。

 

 初めの頃こそ標的を大きく外していたものの、繰り返し引き金を引くうちに、弾痕は少しずつ中央へ集まり始めている。

 

 次郎は標的へ歩み寄り、残された弾痕を静かに見つめた。

 

 「悪くない」

 

 その一言に、エレンは安堵したように微笑む。

 

 「本当?」

 

 「ああ」

 

 「だが、今はまだ偶然当たっているだけだ」

 

 「狙った場所へ確実に当たるようになって、初めて身を守る武器になる」

 

 エレンは真剣な表情で頷いた。

 

 「もっと練習するわ」

 

 「焦る必要はない」

 

 次郎は空になった薬莢を拾い集めながら言う。

 

 「一日に覚えられることには限界がある」

 

 「積み重ねればいい」

 

 クレアは二人のやり取りを見ながら、小さく笑った。

 

 「アリスって、先生みたいね」

 

 「昔、教える仕事でもしてたの?」

 

 次郎は首を横に振る。

 

 「いや」

 

 「覚えるのに必要だっただけだ」

 

 それ以上は語らない。

 

 クレアも深くは聞かなかった。

 

 

 地下射撃場を片付け終えると、三人は地上へ戻る。

 

 外では穏やかな日差しが庭を照らし、使用人たちは洗濯物を干したり、屋敷の清掃をしたりと、それぞれの仕事に励んでいた。

 

 警備員たちは交代で休憩を取りながらも、巡回を欠かさない。

 

 その光景を見たエレンは、小さく息をついた。

 

 「皆、本当に頑張ってくれているわね」

 

 次郎も同じ方向へ視線を向ける。

 

 「ああ」

 

 それだけ答える。

 

 しばらく三人は、黙って庭を眺めていた。

 

 風が木々を揺らし、使用人たちの穏やかな笑い声が微かに聞こえてくる。

 

 クレアは小さく微笑んだ。

 

 「こんな時間が続けばいいのに」

 

 誰もその言葉に返事はしなかった。

 

 ただ、それぞれが胸の内で同じ願いを抱きながら、静かな屋敷の風景を見つめ続けていた。

 

 

 

 昼食を終えると、屋敷は再び穏やかな時間に包まれた。

 

 執事長は使用人たちへ午後の仕事を割り振り、料理長は保存食の在庫を確認している。

 

 庭師たちは庭木の手入れを続け、警備員たちは交代で休憩を取りながら屋敷の外周を巡回していた。

 

 次郎は地下射撃場へ戻り、散乱した薬莢を一つ残らず回収していく。

 

 床に残った鉛の破片を拾い集め、砂袋に埋まった弾丸も可能な限り取り除いた。

 

 クレアがその様子を眺めながら尋ねる。

 

 「そこまでやる必要があるの?」

 

 「ああ」

 

 次郎は作業の手を止めない。

 

 「薬莢も弾も限りがある」

 

 「使えるものは使う」

 

 「それに、訓練する場所は常に同じ状態にしておく」

 

 「次に撃つ時、余計なものがあると事故の原因になる」

 

 「なるほどね」

 

 クレアは納得したように頷いた。

 

 やがて地下室の片付けが終わると、次郎とクレアは二階へ向かう。

 

 応接室ではエレンが執事長から報告を受けていた。

 

 「飲料水、食料ともに現状の消費量であれば、しばらくは問題ございません」

 

 「発電機の燃料も予定どおりです」

 

 「そう」

 

 エレンは静かに頷く。

 

 「引き続き節約をお願いします」

 

 「承知いたしました」

 

 執事長は一礼して部屋を後にした。

 

 それを見届けた次郎は、窓際へ歩み寄る。

 

 厚いカーテンを少しだけ開け、屋敷の外へ目を向けた。

 

 門の向こうには、誰の姿もない。

 

 風が草を揺らし、雲がゆっくりと流れていく。

 

 「何か異常はある?」

 

 エレンが尋ねる。

 

 「いや、ないな」

 

 次郎はカーテンを閉める。

 

 「今日も静かだ」

 

 その一言に、部屋の空気が少しだけ和らいだ。

 

 静かな一日。

 

 何も起こらないことが、今は何よりも価値のある時間だった。

 

 ◇

 

 十二日目の朝。

 

 食堂には温かなスープの湯気が静かに立ち上っていた。

 

 保存食の缶詰と乾パン、乾燥野菜を使った簡素な朝食。

 

 決して豊かではない。

 

 それでも、皆が同じ食卓を囲み、朝を迎えられること自体が、この世界では贅沢だった。

 

 「おはようございます、エレンお嬢様」

 

 「おはよう」

 

 穏やかな挨拶が交わされる。

 

 数日前まで張り詰めた空気が流れていた食堂には、少しずつ人の笑顔が戻り始めていた。

 

 食事中も、以前のような張り詰めた空気はなかった。

 

 「このスープも、あと少し塩気があればもっと美味しくなるんですがね」

 

 料理長が苦笑しながら呟く。

 

 「贅沢は言えませんよ」

 

 向かいに座る使用人が笑って返した。

 

 「温かいものが食べられるだけでも十分です」

 

 「そうですね」

 

 短いやり取りに、食堂のあちこちから小さな笑みがこぼれる。

 

 エレンもその様子を見渡し、静かにスプーンを置いた。

 

 「皆さんのおかげで、この屋敷は今日も落ち着いています」

 

 「本当にありがとう」

 

 その言葉に、使用人たちは照れくさそうに顔を見合わせた。

 

 「もったいないお言葉です」

 

 執事長が代表して頭を下げる。

 

 「我々は、それぞれの務めを果たしているだけでございます」

 

 「それでも、感謝しています」

 

 エレンは穏やかに微笑んだ。

 

 朝食を終えると、屋敷はいつもの日課へ移っていく。

 

 食器を片付ける者。

 

 掃除を始める者。

 

 厨房で昼食の準備に取り掛かる者。

 

 誰もが自分の役目を理解し、落ち着いて行動していた。

 

 次郎はコートを羽織り、リボルバーを腰に収める。

 

 警備主任も無線機を確認しながら近付いてきた。

 

 「それでは、いつもどおり巡回へ向かいます」

 

 「ああ」

 

 二人は玄関を出る。

 

 朝の空気はひんやりとして心地よく、屋敷を囲む森は静寂に包まれていた。

 

 正門から西側へ行き裏門へ、と決められた順路を歩きながら、次郎は石壁の向こうへ視線を向け続ける。

 

 風で揺れる草木以外に動くものは見当たらない。

 

 「異常ありません」

 

 警備主任が周囲を見回しながら報告する。

 

 次郎は短く頷いた。

 

 「ああ」

 

 静かな朝だった。

 

 この平穏が、いつまでも続くように思えるほどに。

 

 

 

 やがて、昼食の準備が整ったことを知らせるベルが館内で静かに鳴った。

 

 応接室にいたエレンは本を閉じ、立ち上がる。

 

 「行きましょう」

 

 「ああ」

 

 次郎が短く応じ、クレアも椅子から腰を上げた。

 

 三人は食堂へ向かう。

 

 昼食も朝と同じく質素なものだった。

 

 乾燥野菜を煮込んだスープに、保存していた魚の缶詰、それに固い乾パン。

 

 豪華とは程遠い。

 

 それでも、温かな料理が並ぶ食卓には自然と人が集まり、食事を囲んで言葉を交わせる。

 

 その光景だけで十分だった。

 

 「備蓄の消費は予定どおりです」

 

 執事長がエレンへ報告する。

 

 「食料も飲料水も、今の配分であれば問題なく維持できます」

 

 「そう」

 

 エレンは安心したように頷いた。

 

 「皆さんの協力のおかげね」

 

 「いえ、エレンお嬢様が率先して節約してくださっておりますので」

 

 料理長が穏やかに笑う。

 

 「私たちも見習わなくては」

 

 食堂には和やかな空気が流れた。

 

 昼食を終えると、それぞれが午後の仕事へ戻っていく。

 

 警備員は交代で外周の巡回へ向かい、使用人たちは館内の清掃や洗濯を進める。

 

 厨房では夕食の仕込みが始まり、執事長は帳簿を片手に備蓄品の数量を確認していた。

 

 次郎は応接室へ戻ると、壁際の椅子へ静かに腰を下ろす。

 

 リボルバーをホルスターから抜き、布で丁寧に手入れを始めた。

 

 弾倉を確認し、可動部に異常がないかを一つひとつ確かめる。

 

 その様子を見たクレアが苦笑する。

 

 「毎日武器の手入れを欠かさないのね」

 

 「ああ」

 

 「使わない日ほど整備する」

 

 短い返答だった。

 

 クレアは肩をすくめながら笑う。

 

 「その几帳面さが、あなたらしいわね」

 

 次郎は何も答えず、再び黙々と整備を続けた。

 

 応接室には、本のページをめくる音と、リボルバーを手入れする小さな金属音だけが静かに響いていた。

 

 

――DAY12・終了――

 

 




エレン視点でのチュートリアルでした。
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