元殺し屋がバイオ事件に巻き込まれる話   作:オッパッピー

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本日二度目の投稿です。


Chapter5 禿山の一夜 Part6

 研究室を後にした三人は、実験区画へ続く通路を進んでいた。

 

 天井の蛍光灯はすべて消えている。

 

 研究所へ入ってから、一度も明かりが戻ることはなかった。

 

 次郎とクレアが持つ懐中電灯の光が、暗闇の中を細く照らしている。

 

 その後ろでは、エレンが手にしたランタンの明かりが三人の足元をぼんやりと照らしていた。

 

 床には書類やカルテが散乱している。

 

 壁際には横倒しになったワゴン。

 

 開け放たれた薬品棚。

 

 研究員たちが慌ただしく避難した痕跡が、そのまま残されていた。

 

 エレンは懐中電灯の光が届かない暗闇を気にしながら、次郎へ尋ねた。

 

 「アリス……リッカーって、どんな生物なの?」

 

 次郎は前方へ視線を向けたまま答える。

 

 「人間がT-ウイルスによって変異したB.O.W.の一種だ」

 

 「視力が退化している代わりに、聴覚が異常なほど発達している」

 

 「大きな物音を立てれば、一直線にこちらへ向かってくる」

 

 エレンは無意識に歩幅を小さくした。

 

 「じゃあ、静かに進めば見つからないの?」

 

 次郎は一度だけエレンへ視線を向けた。

 

「見つからない可能性はあるが、絶対じゃない」

 

 クレアも銃を構えたまま口を開く。

 

 「ラクーンシティでも遭遇したけど、本当に厄介な相手よ」

 

 「壁や天井を這い回るから、どこから襲ってくるか分からない」

 

 エレンは唇を結び、ランタンを持つ手に力を込めた。

 

 「そんなものが、この施設のどこかにいるのね」

 

 「ああ」

 

 次郎は短く答えた。

 

 「だから警戒しながら進む」

 

 三人は再び歩き始めた。

 

 しばらく進むと、通路の先に半開きの扉が見えてきた。

 

 扉の横には研究室を示すプレートが取り付けられている。

 

 次郎が足を止める。

 

 懐中電灯を扉の隙間へ向ける。

 

 中は暗い。

 

 だが、床には何かが引きずられたような跡が残っていた。

 

 さらに、その先には赤黒いものが点々と続いている。

 

 血痕だった。

 

 クレアが小声で尋ねる。

 

 「……入る?」

 

 次郎は答える代わりに、銃を構え直した。

 

 そして扉へ手を掛け、音が鳴らないように慎重に押し開けた。

 

 三人が中へ入る。

 

 研究室の中央には、いくつもの実験台が並んでいた。

 

 床には割れたガラス容器。

 

 壁際には倒れた椅子。

 

 その奥に、白衣を着た研究員が倒れている。

 

 しかし、次郎はすぐには近づかなかった。

 

 何かを聞き取ろうとするように、じっと耳を澄ませる。

 

 研究室の奥から、何かを引きずるような音が聞こえた。

 

 ――ズッ。

 

 三人の足が止まる。

 

 次郎はすぐに人差し指を唇へ当てた。

 

 声を出すな。

 

 それだけを視線で伝える。

 

 クレアもエレンも黙って頷いた。

 

 次郎は懐中電灯の光を床へ落とし、音のする方向へ視線を向ける。

 

 実験台の向こう。

 

 何かが動いている。

 

 次郎は足音を殺しながら、ゆっくりと回り込んだ。

 

 そして、その姿を確認した。

 

 全身の皮膚が剥がれ落ち、赤黒い筋肉を露出させた異形。

 

 肥大化した前脚。

 

 鋭い鉤爪。

 

 大きく裂けた口から伸びる長い舌。

 

 リッカーだった。

 

 床に倒れた研究員の遺体を貪っている。

 

 エレンは息を呑んだ。

 

 だが、声にはしなかった。

 

 クレアも銃へ手を添えたまま動かない。

 

 次郎はリッカーの動きを観察する。

 

 食事に集中している。

 

 頭部が僅かに動く。

 

 それでもこちらには気付いていない。

 

 次郎は腰からコンバットナイフを抜いた。

 

 金属音すら立てない。

 

 ゆっくりと、一歩。

 

 また一歩。

 

 リッカーとの距離を詰める。

 

 あと三メートル。

 

 あと二メートル。

 

 あと一メートル。

 

 リッカーはまだ遺体を貪っている。

 

 次郎は背後へ回り込んだ。

 

 そして――。

 

 ザッ!

 

 ナイフが頸部へ深々と突き刺さった。

 

 リッカーの身体が跳ねる。

 

 次郎は離れない。

 

 右腕へ力を込め、刃をさらに押し込む。

 

 リッカーが鉤爪を振り上げた。

 

 次郎は身体を僅かにずらし、その攻撃をかわす。

 

 同時にナイフを引き抜く。

 

 そして、再び振るった。

 

 ザシュッ!

 

 頸部を横へ切り裂く。

 

 リッカーの巨体が激しく痙攣した。

 

 次郎はそのまま背後から押さえ込み、逃れようとする身体へ刃を突き立てる。

 

 もう一度。

 

 さらに一度。

 

 動きが弱まっていく。

 

 最後に頸部へ深く刃を通す。

 

 リッカーの身体から力が抜けた。

 

 床へ崩れ落ちる。

 

 次郎はすぐには動かなかった。

 

 倒れた巨体を見下ろし、完全に動かなくなったことを確認する。

 

 それから、ゆっくりとナイフを引き抜いた。

 

 刃から滴る血を白衣の端で拭う。

 

 クレアがようやく小さく息を吐いた。

 

 「……リッカーを一瞬で」

 

 声は低く、ほとんど囁きだった。

 

 次郎はナイフを鞘へ戻す。

 

 「気づかれていなかったからな」

 

 エレンは倒れたリッカーを見つめた。

 

 「……あれが、リッカー」

 

 次郎は頷く。

 

 「そうだ」

 

 クレアが死骸へ視線を向ける。

 

 「本来はこんな簡単に倒せる相手じゃないんだけど」

 

 「ああ」

 

 次郎は周囲を確認する。

 

 「ただ、他にもいる可能性はある」

 

 その言葉に、三人は再び表情を引き締めた。

 

 次郎は研究員の遺体の脇へ視線を落とす。

 

 そこに、一枚のカードキーが落ちていた。

 

 血で汚れているが、破損はない。

 

 次郎は拾い上げる。

 

 表面には、LEVEL 2 SECURITY CARDと印字されていた。

 

 「カードキーね」

 

 クレアが小声で言う。

 

 「念のため持っておく」

 

 次郎はジャケットの内ポケットへカードをしまった。

 

 三人はそれ以上、この場所に留まらなかった。

 

 研究室を出る。

 

 扉が閉じると、ようやく三人は普通に息をすることができた。

 

 次郎は通路の先へ懐中電灯を向ける。

 

 その先には、実験区画Bへ続く大型の扉があった。

 

 扉には認証装置が取り付けられている。

 

 しかし、ランプは消えていた。

 

 次郎はカードを取り出しかけたが、すぐに手を止めた。

 

 「……意味がないな」

 

 クレアが認証装置を見る。

 

 「電源が落ちてるものね」

 

 「ああ」

 

 次郎はカードをしまった。

 

 そして扉へ手を掛ける。

 

 ギギギ……。

 

 重い金属扉が軋む。

 

 次郎が力を込めて押し開ける。

 

 その先には、さらに長い通路が続いていた。

 

 三人は実験区画Bへ入った。

 

 そこには、強化ガラスで仕切られた実験室が並んでいる。

 

 どの部屋も暗い。

 

 床には書類が散乱し、薬品棚の扉も開け放たれていた。

 

 誰かが最後まで仕事をしていた形跡だけが残っている。

 

 だが、人の姿はない。

 

 エレンはガラス越しに室内を見つめた。

 

 「……みんな、逃げられたのかな」

 

 クレアは少し考えてから答える。

 

 「分からないわ」

 

 「避難できた人もいるでしょうけど……全員とは限らない」

 

 エレンは小さく頷いた。

 

 しばらく歩くと、通路の奥に大きな扉が見えてきた。

 

 扉には、ARCHIVE ROOMと記されている。

 

 その脇にも認証装置があるが、電源は落ちていた。

 

 次郎は扉へ手を掛ける。

 

 「ここも手動か」

 

 「お願いするわ」

 

 クレアが苦笑する。

 

 次郎は扉を押し開けた。

 

 ギィィ……。

 

 薄暗い資料保管室が姿を現す。

 

 天井まで届く書架が、何列も並んでいた。

 

 保存箱。

 

 分厚いファイル。

 

 研究記録。

 

 それらが整然と並べられている。

 

 三人は室内へ入った。

 

 次郎は周囲を見回す。

 

 「ここなら施設について何か分かるかもしれない」

 

 「手分けして調べよう」

 

 「「分かったわ」」

 

 クレアとエレンが、それぞれ別の書架へ向かう。

 

 静寂の中、紙をめくる音だけが響く。

 

 数分後。

 

 「二人とも、これを見て」

 

 クレアの声が響いた。

 

 次郎とエレンが振り返る。

 

 クレアの手には、一冊の黒いファイルがある。

 

 表紙には赤い文字でこう書かれていた。

 

 WESKER CHILDREN PROJECT

 

 その下には、TOP SECRETの文字。

 

 「……ウェスカー」

 

 次郎が近づく。

 

 「察するに人の名前みたいだが、知っている人物か?」

 

 クレアはファイルを見つめたまま答える。

 

 「ええ。ラクーンシティの事件のあと、別の事件で遭遇したアンブレラの男よ」

 

 「アルバート・ウェスカー」

 

 「普通の人間じゃなかった」

 

 「この資料との関係は分からないけど、何か分かるかも知れない」

 

 次郎は頷いた。

 

 「なるほど、じゃあ開けてみよう」

 

 クレアは頷くと、慎重に表紙をめくった。

 

 最初の数ページには、計画の概要が記されていた。

 

 クレアは黙って読み進めていたが、やがて眉をひそめる。

 

 「……ウェスカー計画、アンブレラが極秘に進めていた人間選別計画みたいね」

 

 次郎が隣から資料を覗き込む。

 

 「人間選別?」

 

 「ええ」

 

 クレアはページを戻した。

 

 「複数の候補者を選び出して、特殊なウイルスへの適性を調べる」

 

 「その中から、優れた能力を持つ人間だけを生き残らせる……」

 

 次郎は資料へ目を落とす。

 

 そこには、候補者の選定基準が細かく記されていた。

 

 身体能力。

 

 知能。

 

 精神的な適性。

 

 そして、ウイルスへの耐性。

 

 「ただ感染させるだけじゃないのね」

 

 エレンが尋ねる。

 

 クレアは首を横に振った。

 

 「違うみたい」

 

 「感染に耐えられるかだけじゃなく、その後にどんな能力を得るかまで調べてる」

 

 ページの端には、複数の被験者について記された評価表が並んでいた。

 

 適応。

 

 拒絶。

 

 変異。

 

 死亡。

 

 生存。

 

 その大半は、途中で記録が途切れている。

 

 クレアは次のページをめくった。

 

 「……かなりの数が死んでる」

 

 エレンの表情が曇る。

 

 「そんな……」

 

 クレアは資料から目を離さない。

 

 「この計画で重要なのは、単純に強い人間を作ることじゃないみたい」

 

 「ウイルスを受け入れながら、人間としての能力を失わないこと」

 

 次郎が低く呟く。

 

 「感染による変異を制御するか……」

 

 「そう」

 

 クレアは頷いた。

 

 「そして、最終的に計画へ適合した人間だけを残す」

 

 資料の後半には、計画の目的について短く記されていた。

 

 『優秀な遺伝的資質を持つ人間を選別し、ウイルスとの完全な適応を可能とする個体を確立する』

 

 その下には、さらに短い一文があった。

 

 『次世代を担う優良個体の創出』

 

 クレアはその一文を読んだところで、ページを止めた。

 

 「……次世代、ね」

 

 声には嫌悪が滲んでいた。

 

 次郎は黙って資料を見つめる。

 

 「つまり、最初から一人を選ぶための計画だったわけか」

 

 「たぶん違うわ」

 

 クレアは資料の別のページを開いた。

 

 「候補者は複数」

 

 「同じ条件で試験を繰り返して、その中から適合者を見つける」

 

 「誰が生き残るかは、最初から決まってなかったみたい」

 

 エレンは黙ったまま資料を見つめていた。

 

 自分が知らないところで、誰かが人生そのものを選別しようとしていた。

 

 その事実だけが、重く胸へ沈んでいく。

 

 クレアはさらにページをめくる。

 

 やがて、「生存者一覧」と書かれた項目が現れた。

 

 クレアの指が止まる。

 

 「……生存者?」

 

 次郎も隣から資料を覗き込んだ。

 

 そこに記されていた名前は三人だけだった。

 

 Albert Wesker

 

 Alex Wesker

 

 そして――

 

 Ellen Wesker

 

 室内に沈黙が落ちる。

 

 「……エレン?」

 

 次郎が思わず名前を口にする。

 

 エレンは首を横に振った。

 

 「違う……」

 

 「私の名前は、エレン・クロフォードよ」

 

 クレアは何も言わず、次のページを開いた。

 

 そこには一枚の写真が貼られていた。

 

 幼い少女。

 

 金色の髪。

 

 蒼い瞳。

 

 誰が見ても、エレン本人だった。

 

 写真の下には、簡潔な記録が並んでいる。

 

 被験者名 エレン・ウェスカー

 

 ウェスカー計画第三生存者

 

 エレンは写真を見つめたまま動かなかった。

 

 クレアは静かに次のページをめくる。

 

 そこには精神適性、身体能力、ウイルス適性についての評価記録が綴じられていた。

 

 「精神適性評価……」

 

 クレアが読み上げる。

 

 「被験者E-03は極めて高い共感性を有する」

 

 「他者への情愛が強く、ウェスカー計画の理念に適合せず」

 

 ページをめくる。

 

 身体能力。

 

 知能指数。

 

 遺伝子解析。

 

 どの項目にも、他の被験者を大きく上回る数値が並んでいた。

 

 さらに一枚めくると、「ウイルス適性評価」と書かれた報告書が現れる。

 

 クレアは眉をひそめた。

 

 「T-ウイルス曝露実験……感染反応なし」

 

 「その後の各種ウイルス適性試験……すべて陰性」

 

 次郎が資料を覗き込む。

 

 「感染しないのか」

 

 クレアは小さく頷いた。

 

 「評価にはこう書かれてる」

 

 『被験者E-03は、アルバート・ウェスカーおよびアレックス・ウェスカーを上回る適性を示す』

 

 『既知のウイルスでは感染が成立しない』

 

 資料保管室に静かな沈黙が流れる。

 

 エレンは自分の名前が記された資料を見つめていた。

 

 クレアは最後の綴じ込み資料を開く。

 

 他の報告書とは異なり、それは一人の研究者による意見書だった。

 

 『被験者E-03は計画の理念には適合しない』

 

 『しかし、その資質は計画史上最高である』

 

 『このまま計画を継続すれば、被験者は生涯にわたり研究対象となるだろう』

 

 『よって、被験者E-03は死亡したものとして計画記録から抹消する』

 

 『記憶処置を施し、表向きは私の養女として保護する』

 

 『本施設との関係は秘匿し、出生の事実も知らせない』

 

 『管理責任者として監視を継続し、アンブレラ本部には死亡報告を提出する』

 

 クレアは読み終えると、静かに紙を下ろした。

 

 「……これが真相みたいね」

 

 「あなたのお父さんは、この計画からあなたを消したのよ」

 

 次郎は報告書を受け取り、署名欄へ目を向ける。

 

 「死亡扱いにして存在を隠すか……」

 

 「そこにどんな思惑があったにせよ、アンブレラの目を欺くには、それしか方法がなかったんだろうな」

 

 エレンはしばらく黙っていた。

 

 やがて、小さく口を開く。

 

 「……だから、お父様は何も話してくれなかったのね」

 

 誰に向けた言葉でもなかった。

 

 クレアも次郎も、それ以上は何も言わない。

 

 資料が示したのは、憶測ではなく記録された事実だった。

 

 クレアは静かにファイルを閉じ、元の棚へ戻す。

 

 次郎は部屋を見渡した。

 

 「他にめぼしいものはなさそうだ」

 

 クレアも周囲へ視線を巡らせ、小さく頷く。

 

 「ええ。先へ進みましょう」

 

 三人は資料保管室を後にした。

 

 しばらく施設内を進む。

 

 途中、いくつかの研究室や管理室を調べたものの、残されているのは避難した形跡ばかりだった。

 

 やがて、通路の先に大きな金属製の扉が見えてくる。

 

 扉の上には、EMERGENCY EXITの文字が刻まれていた。

 

 「出口だな」

 

 次郎が呟く。

 

 クレアも頷く。

 

 「やっと……」

 

 エレンも安堵しかけた。

 

 その時だった。

 

 ――ガァァンッ!!

 

 頭上の換気ダクトが激しくひしゃげた。

 

 金属板が落下する。

 

 三人が反射的に身を引いた次の瞬間。

 

 ダクトの奥から、一体のリッカーが飛び出した。

 

 




本日も18時・19時の連投をお読みいただきありがとうございます!
お気づきの方もいらっしゃるでしょうが、第二章はエレンの成長物語でもあります。
逃げ場のない地獄の中で、彼女がどう変わり、何を胸に抱くようになるのか。
ラストまでお見逃しなく。
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