元殺し屋がバイオ事件に巻き込まれる話   作:オッパッピー

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本日二度目の投稿です。
最後はオリジナルB.О.Wとのラスボス戦です。


Chapter7 魔王 Part1

 司令部の自動ドアは半開きのまま止まっていた。

 

 ガラスは砕け散り、床には無数の薬莢が転がっている。

 

 次郎はリボルバーを構えたまま、ゆっくりと建物へ足を踏み入れた。

 

 クレアとエレンも背中を預け合うように死角を警戒する。

 

 中は薄暗かった。

 

 非常電源だけが生きているらしく、廊下の非常灯が赤く点滅している。

 

 電子音だけが一定の間隔で鳴り続けていた。

 

 「……誰かいますか!」

 

 クレアが英語で呼び掛ける。

 

 返事はない。

 

 聞こえるのは、自分たちの声が廊下へ反響する音だけだった。

 

 三人は一部屋ずつ確認しながら奥へ進む。

 

 医務室、無人。

 

 通信室、無人。

 

 作戦会議室、無人。

 

 どの部屋にも戦闘の跡だけが残されている。

 

 机は倒れ、壁には弾痕が走り、書類が床一面へ散乱していた。

 

 そして、その先にも兵士たちの遺体があった。

 

 「また……」

 

 エレンが小さく呟く。

 

 一人は机へ突っ伏したまま。

 

 一人は拳銃を構えた姿勢のまま。

 

 もう一人は仲間を庇うように倒れている。

 

 しかし全員、傷は一つだけだった。

 

 額。

 

 あるいは心臓。

 

 致命傷は、そのどちらかしかない。

 

 次郎はしゃがみ込み、一人の兵士が握ったままのアサルトライフルを確認する。

 

 弾倉は空だった。

 

 周囲には大量の薬莢が散乱している。

 

 「撃ち尽くしてるな」

 

 クレアも薬莢を見つめる。

 

 「それなのに倒せなかった……」

 

 次郎は壁へ残った弾痕へ視線を移した。

 

 無数の銃痕。

 

 だが、その多くは一点へ集中していない。

 

 壁。

 

 天井。

 

 床。

 

 様々な方向へ散っている。

 

 「命中していない」

 

 「え?」

 

 エレンが振り返る。

 

 「兵士たちは狙って撃った」

 

 「それでも当たらなかった」

 

 クレアが眉をひそめる。

 

 「そんなこと……」

 

 「撃っても当てられない何か」

 

 次郎は静かに立ち上がる。

 

 「兵士の腕が悪かったんじゃない」

 

 「相手が異常だったんだろうな」

 

 三人はさらに司令部の奥へ進む。

 

 やがて通信室へ辿り着いた。

 

 壁一面に並ぶ通信機器。

 

 大型モニター。

 

 配電盤。

 

 その多くはまだ通電していた。

 

 「生きてる」

 

 クレアが操作卓へ駆け寄る。

 

 画面には赤い警告表示が点滅していた。

 

 《COMMUNICATION OFFLINE》

 

 《MAIN ANTENNA STANDBY》

 

 次郎はキーボードへ触れ、端末を操作する。

 

 基地の見取り図が画面へ表示された。

 

 配線図を見た次郎は、小さく息を吐く。

 

 「通信設備は壊れていない」

 

 「電力供給だけが止まってる」

 

 クレアが画面を覗き込む。

 

 「直せる?」

 

 「ああ」

 

 次郎は基地の見取り図を拡大する。

 

 「ただし、一人じゃ無理だな」

 

 画面には二つの赤い表示が点滅していた。

 

 《MAIN CONTROL》

 

 《SUB CONTROL》

 

 「基地の安全対策だ」

 

 「アンテナ再起動には、この二つの制御盤を十秒以内に同時操作しなければならない」

 

 エレンが地図を見る。

 

 「離れてるわね……」

 

 主制御盤は、この通信室。

 

 もう一つは地下整備区画。

 

 直線距離でもかなり離れている。

 

 次郎は静かに頷いた。

 

 「別行動になるな」

 

 

 通信室に沈黙が流れる。

 

 誰もすぐには口を開かなかった。

 

 基地へ入ってから、感染者は一体も見ていない。

 

 しかし、兵士たちは全滅している。

 

 何が基地内にいるのかも分からない状況で別行動をするのは、あまりにも危険だった。

 

 最初に口を開いたのはクレアだった。

 

 「私が地下へ行く」

 

 次郎は首を横に振る。

 

 「いや」

 

 「補助制御盤までの経路は複雑だ」

 

 画面へ表示された基地の見取り図を指差す。

 

 地下整備区画へは司令部の地下を経由し、さらに格納庫を抜けなければならない。

 

 途中には非常隔壁もいくつかある。

 

 「道を覚えて行ける俺が行った方が速い」

 

 クレアは少し考え、小さく頷いた。

 

 「……分かった」

 

 次郎は端末の横に置かれた基地内無線機を手に取る。

 

 電源を入れると、小さなノイズが流れた。

 

 「これなら基地内は通信できそうだな」

 

 クレアも一台受け取る。

 

 「定時連絡は?」

 

 「十分ごとに」

 

 次郎は即答した。

 

 「異変があれば時間を待たずに連絡してくれ」

 

 「了解」

 

 次郎はリボルバーのシリンダーを開き、残弾を確認する。

 

 六発。

 

 問題ない。

 

 静かにシリンダーを閉じる。

 

 「じゃあ行ってくる」

 

 そう言って通信室を出ようとした時だった。

 

 クレアが呼び止める。

 

 「アリス」

 

 次郎が振り返る。

 

 「必ず戻ってきてね」

 

 短い言葉だった。

 

 次郎は小さく笑う。

 

 「ああ」

 

 「通信が繋がる頃には戻る」

 

 エレンも一歩前へ出る。

 

 「約束だからね」

 

 「勝手に一人で死んじゃ駄目よ」

 

 次郎は穏やかに頷いた。

 

 「言ったこと無かったか?」

 

 「俺は自己犠牲で終わる話が嫌いだ」

 

 それだけ言い残すと、通信室を後にした。

 

 重い防火扉が閉まる。

 

 ガァン――。

 

 鈍い音が廊下へ響いた。

 

 クレアはしばらく閉じた扉を見つめていたが、やがて深く息を吸う。

 

 「私たちも準備しましょう」

 

 「ええ」

 

 二人は主制御盤の前へ立ち、それぞれ操作手順を確認し始めた。

 

 一方その頃。

 

 次郎は地下整備区画へ続く階段をゆっくりと下りていた。

 

 赤い非常灯だけが薄暗い階段を照らしている。

 

 コツ……。

 

 コツ……。

 

 革靴の音だけが静かに響いた。

 

 地下へ近付くにつれ、空気が冷たくなる。

 

 油と鉄の臭いが鼻をついた。

 

 やがて階段を下り切ると、長い通路が真っ直ぐ奥まで続いていた。

 

 非常灯は所々で切れ、暗闇がいくつも口を開けている。

 

 次郎は歩みを止めず、ゆっくりと前へ進む。

 

 その視線は通路の先だけではない。

 

 天井。

 

 配管。

 

 左右の物陰。

 

 逃げ道まで同時に確認していく。

 

 静かだった。

 

 あまりに静かすぎる。

 

 時々見かける兵士の遺体以外に人は見当たらない。

 

 その異様な静けさに、次郎は無意識にリボルバーを握る右手へ力を込めた。

 

 

 そのまま数分ほど歩く。

 

 通路の左右には整備室や倉庫が並んでいた。

 

 どの部屋も扉が開きっぱなしになっている。

 

 次郎は一室ずつ中を確認していく。

 

 生者は何処にもいない。

 

 感染者もいない。

 

 ただ、作業台の上には工具が散乱し、床には血痕が点々と続いている。

 

 逃げる途中で放り出したようなヘルメット。

 

 倒れた工具箱。

 

 壁へめり込んだ銃弾。

 

 激しい戦闘があったことだけは分かる。

 

 しかし、その中心にいるはずの敵だけが存在しなかった。

 

 「……」

 

 次郎は足を止める。

 

 床へ視線を落とした。

 

 血痕。

 

 そして、その横に一本の細い線が刻まれている。

 

 まるで鋭利な金属を引きずったような傷だった。

 

 しゃがみ込み、指先でそっと触れる。

 

 浅い。

 

 だが一直線だった。

 

 銃弾ではない。

 

 ナイフでもない。

 

 何か細長い刃物がコンクリートを擦った跡だった。

 

 次郎はゆっくり立ち上がる。

 

 そのまま傷を目で追っていく。

 

 線は通路を真っ直ぐ奥へ続き、やがて角を曲がって消えていた。

 

 「……」

 

 嫌な予感がした。

 

 だが、補助制御盤はその先にある。

 

 引き返す選択肢はなかった。

 

 無線機を取り上げる。

 

 「クレア」

 

 『聞こえるわ』

 

 すぐに返事が返ってきた。

 

 「こちらは異常なし」

 

 「あと少しで補助制御盤へ着く」

 

 『こっちも問題ない』

 

 『主制御盤の準備は終わってる』

 

 『いつでも操作できるわ』

 

 「了解」

 

 通信を切る。

 

 再び歩き始めた、その時だった。

 

 カン……

 

 どこか遠くで、金属同士が軽く触れ合うような澄んだ音が響いた。

 

 次郎は反射的に立ち止まる。

 

 音は一瞬だった。

 

 すぐに静寂が戻る。

 

 耳を澄ませる。

 

 何も聞こえない。

 

 配管から水が落ちる音すらない。

 

 「今度は何だ?」

 

 次郎がそう呟いた直後。

 

 カン……

 

 今度は少しだけ近い。

 

 乾いた金属音。

 

 まるで細い刃先が床へ触れたような音だった。

 

 次郎の表情が変わる。

 

 リボルバーを構え直し、ゆっくりと周囲へ視線を巡らせる。

 

 右。

 

 左。

 

 天井。

 

 物陰。

 

 どこにも誰もいない。

 

 それでも。

 

 誰かに見られているような。

 

 そんな感覚だけが背中へまとわりついていた。

 

 次郎は深く息を吸う。

 

 「……いるな」

 

 誰へ向けた言葉でもない。

 

 その一言だけが、静まり返った地下通路へ吸い込まれていく。

 

 返事はない。

 

 地下通路には静寂だけが広がっていた。

 

 次郎は構えを崩さず、一歩ずつ前へ進む。

 

 足音を殺し、呼吸まで一定に保つ。

 

 暗殺者だった頃に身体へ染み付いた習慣だった。

 

 やがて通路の突き当たりへ到着する。

 

 右へ曲がれば補助制御盤。

 

 見取り図ではそうなっていた。

 

 次郎は壁へ身体を寄せる。

 

 ゆっくりと角の先を覗く。

 

 誰もいない。

 

 そのまま通路へ足を踏み出した。

 

 ――カツ。

 

 革靴が床を叩く。

 

 その瞬間。

 

 ゾクリ。

 

 全身を悪寒が駆け抜けた。

 

 反射的に身体を半歩だけ左へずらす。

 

 ヒュンッ!!

 

 視界の端、暗闇の中から黒い影が一直線に飛び出してきた。

 

 人影を認識した時には、すでに細身のレイピアが次郎の胸元へ迫っている。

 

 ガギィィン!!

 

 突きをかわされたレイピアが、その勢いのまま鉄製の隔壁へ深々と突き刺さった。

 

 火花が散る光で、攻撃を放った人物が初めて姿を現した。

 

 漆黒のロングコート。

 

 つばの広い黒い帽子。

 

 右手には細身のレイピア。

 

 充血した赤い瞳だけが、暗い地下通路で異様な存在感を放っている。

 

 互いの距離は十メートルにも満たない。

 

 男はレイピアをゆっくりと隔壁から引き抜く。

 

 ギィ……

 

 金属が軋む音だけが静まり返った地下へ響いた。

 

 その姿には一切の焦りがない。

 

 まるで最初の一撃をかわされることすら計算していたかのように、静かにフェンサーの構えを取り直した。

 

 その瞬間。

 

 無線機からクレアの声が響く。

 

 『アリス?』

 

 『今の音、何が――』

 

 男の視線が一瞬だけ無線機へ向く。

 

 次の瞬間だった。

 

 暗がりを蹴った男の姿が一直線に飛び出す。

 

 床を蹴る音よりも速く距離が縮まる。

 

 レイピアの切っ先が一直線に胸へ迫る。

 

 次郎は反射的に身体を捻った。

 

 刃先がスーツの胸元を裂き、そのまま脇腹を浅く抉る。

 

 鮮血が飛び散る。

 

 だが、致命傷ではない。

 

 男はその勢いのまま数メートル先まで駆け抜けると、床を滑るように減速した。

 

 そして流れるような動作で振り返る。

 

 レイピアを静かに構え直した。

 

 隙はない。

 

 次郎は距離を取りながらリボルバーを構える。

 

 今の一撃。

 

 見えてはいた。

 

 しかし、完全には避けられなかった。

 

 Tウイルスによる動体視力。

 

 レイジウイルスによる反射速度と瞬発力。

 

 その全てを使ってなお紙一重だった。

 

 普通の兵士なら、心臓を貫かれて終わっている。

 

 男は何も喋らない。

 

 荒々しい呼吸だけが地下通路へ響く。

 

 それでも構えだけは、美しいほど洗練されていた。

 

 次郎は引き金へ指を掛ける。

 

 その瞬間だった。

 

 男の身体が僅かに横へ流れる。

 

 パンッ!

 

 銃声が響く。

 

 弾丸は男がいた場所を通り過ぎ、背後の壁へ命中した。

 

 金属音が地下へ反響する。

 

 「……」

 

 次郎は黙って男を見る。

 

 やはりそうだ。

 

 引き金を引く前。

 

 こちらの肩。

 

 視線。

 

 指先。

 

 その僅かな変化だけで回避している。

 

 男は再び構えた。

 

 切っ先が微動だにせず、次郎の心臓を指している。

 

 次の瞬間。

 

 床を蹴った。

 

 爆発的な踏み込み。

 

 レイピアが一直線に走る。

 

 次郎は半歩だけ身体を逸らす。

 

 銀色の切っ先が脇を掠める。

 

 その瞬間だった。

 

 男の腕は、もう軌道を変えられなかった。

 

 レイピアはそのまま一直線に突き抜け、背後のコンクリート壁へ深々と突き刺さる。

 

 地下通路へ轟音が響いた。

 

 次郎はその様子を見逃さなかった。

 

 男はレイピアを引き抜き、再び距離を取る。

 

 次郎は静かに呼吸を整える。

 

 発砲前なら回避される。

 

 だが。

 

 一度突きに入れば、あの速度では軌道修正できない。

 

 だから壁へ突き刺さる。

 

 だから兵士たちの遺体も、一撃で急所だけを貫かれている。

 

 外せば、そのまま一直線に突き抜けるしかない。

 

 次郎の口元に僅かな笑みが浮かんだ。

 

 「……ようやく、一つ見つけたぞ」

 

 男が再び構える。

 

 地下通路へ緊張が張り詰める。

 

 まだ勝機とは言えないが、絶望だけだった戦いに、初めて攻略の糸口が見え始めていた。

 

 

 




ラスボスのイメージです。

【挿絵表示】


明日の投稿2話でラストです。
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