元殺し屋がバイオ事件に巻き込まれる話   作:オッパッピー

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本日二度目の投稿です。
第三章は全体で見てもかなりの難産でした。
前半は次郎視点。
後半はレオン視点。


Chapter1 死の舞踏

 静寂を破ったのはクラウザーだった。

 

 床を蹴る。

 

 次の瞬間、鋭いナイフが次郎の喉元へ迫った。

 

 次郎は半歩だけ身を引く。

 

 刃先が首筋を掠める。

 

 同時に次郎の右手がクラウザーの手首を掴み、引き込む。

 

 クラウザーは逆らわず引き込まれ、左膝を次郎の腹部へ叩き込んだ。

 

 次郎は腕で受け止める。

 

 鈍い衝撃。

 

 クラウザーが着地すると同時、再びナイフを振るう。

 

 次郎は身体を捻って回避。

 

 刃が空を切り、次郎の拳がクラウザーの顔面へ迫った。

 

 クラウザーは僅かに首を逸らす。

 

 拳が頬を掠めた。

 

「……!」

 

 クラウザーの目が細くなる。

 

 速い。

 

 だが、クラウザーも止まらない。

 

 ナイフを逆手に持ち替え、今度は腹部を狙う。

 

 次郎は手首を掴み、そのまま腕を捻り上げた。

 

 クラウザーの体勢が崩れる。

 

 次郎は腰を落とした。

 

 そのまま腕を引き込み――。

 

 一本背負い。

 

 クラウザーの身体が宙を舞う。

 

 轟音とともに背中から床へ叩き付けられた。

 

「ぐっ……!」

 

 クラウザーはすぐに転がって距離を取る。

 

 次郎は追撃しようと一歩踏み込んだ。

 

 だが、クラウザーは床を蹴って立ち上がると同時にナイフを投げた。

 

 次郎は首を傾けて回避する。

 

 ナイフが背後の壁へ突き刺さった。

 

 その隙にクラウザーが懐へ飛び込む。

 

 拳を次郎は受け流す。

 

 肘をかわし、蹴りは身体を捻って避ける。

 

 そして――。

 

 カウンターで次郎の掌底がクラウザーの胸部へ入った。

 

「ぐっ!」

 

 クラウザーの身体が数メートル後退する。

 

 靴底が床を削った。

 

 クラウザーは息を整えながら次郎を見る。

 

「……なるほど」

 

 口元に笑みを浮かべる。

 

「確かに、普通じゃないな」

 

 次郎は無言だった。

 

 クラウザーが再び構えようとするが、次郎の方が行動が早い。

 

 一瞬で距離を詰めると、クラウザーがナイフを抜こうとしたその手首を掴んだ。

 

 捻る。

 

 ナイフが床へ落ちる。

 

 次郎はそのままクラウザーの腕を背中へ回し、床へ押さえ込んだ。

 

「……!」

 

 クラウザーの顔が床へ押し付けられる。

 

 次郎は懐からナイフを抜き、切っ先をクラウザーの喉元へ向けた。

 

 勝負は決まった。

 

 その時だった。

 

「動くな!」

 

 通路の奥から怒声が響く。

 

 次郎の視線がそちらへ向く。

 

 数名の教団員が銃を構えていた。

 

 そして、その中央には――。

 

 拘束されたエレンが立たされていた。

 

「……!」

 

 エレンの目が大きく見開かれている。

 

 口には猿轡を付けられ、両手は後ろ手に拘束されている。

 

 だが、意識ははっきりしていた。

 

 アリス……ごめんなさい!

 

 声にならない叫びが聞こえる。

 

 そのこめかみに、一人の教団員が拳銃を押し付ける。

 

「武器を捨てろ!」

 

 次郎は動かなかった。

 

 クラウザーもそれを見て状況を理解する。

 

「なるほど」

 

 クラウザーがゆっくりと立ち上がる。

 

「そういうことか」

 

 次郎は黙ってエレンを見る。

 

 目立たった外傷はない。

 

 少なくとも、今すぐ命を奪われるような状態ではなさそうだ。

 

「聞こえなかったのか!」

 

 教団員が怒鳴る。

 

「武器を捨てろ!」

 

 次郎は数秒だけ沈黙した。

 

 そして。

 

 ナイフを床へ落とした。

 

 続いて腰のトマホーク。

 

 最後にリボルバー。

 

 すべて床へ置く。

 

 金属音が静かな通路へ響いた。

 

 クラウザーは小さく笑う。

 

「最初からそうしてくれていれば、俺も痛い思いをせずに済んだんだがな」

 

 次郎は答えない。

 

 教団員たちが一斉に次郎を取り囲む。

 

 両腕を拘束され、膝をつかされる。

 

 それでも次郎は抵抗しなかった。

 

 視線だけはエレンから離れない。

 

 クラウザーが教団員へ命じる。

 

「その娘を別室へ戻せ」

 

「はっ!」

 

 二人の教団員がエレンを連れていく。

 

「んーっ! んーっ!」

 

 エレンは必死に抵抗する。

 

 だが、拘束された身体ではどうすることもできない。

 

 重い鉄扉が閉まる。

 

 エレンの姿が消えた。

 

 次郎は閉じられた扉を静かに見つめる。

 

 クラウザーはそんな次郎を見て、僅かに笑った。

 

「安心しろ」

 

「殺すつもりはない」

 

「お前には生きてもらわなければ困る」

 

 その言葉とともに、教団員が透明なカプセルを運んできた。

 

 内部では、小さな生物が蠢いている。

 

 次郎の視線がそれへ向く。

 

(……寄生生物か)

 

 クラウザーがカプセルを受け取った。

 

「歓迎するぜ、アリス・ジロー」

 

「これでお前も、俺たちの仲間だ」

 

 教団員たちが次郎の身体を押さえ付ける。

 

 透明なカプセルが開かれた。

 

 器具の先端が首筋へ当てられる。

 

 次郎は抵抗しない。

 

 やがて、鋭い痛みとともに異物が体内へ侵入した。

 

「……っ」

 

 次郎の表情が僅かに歪む。

 

 しかし、それ以上は何も見せなかった。

 

 クラウザーは満足そうに笑う。

 

「監禁室へ運べ」

 

「拘束は解くな」

 

「目覚めたらサドラー様へ報告しろ」

 

「了解!」

 

 教団員たちが次郎を連れていく。

 

 クラウザーはその背中を見送った。

 

 そして、床に落ちていた次郎のトマホークを拾い上げる。

 

「……とんでもない奴だった」

 

 そう呟きながら、口元には笑みが浮かんでいた。

 

 純粋な戦闘では勝てなかったが、それで構わない。

 

 クラウザーにとって重要なのは、勝負に勝つことではない。

 

 任務を達成することだ。

 

 そして今。

 

 次郎は自ら教団の手中へ落ちた。

 

 重い鉄扉が閉じるその向こうで、次郎は静かに目を伏せた。

 

 

 ◇

 

 アメリカ合衆国大統領の娘、アシュリー・グラハムが何者かに誘拐された事件にて、政府はあらゆる情報網を使って行方を追い、その末に一つの有力な手掛かりを掴む。

 

 誘拐されたアシュリーは、スペイン北部の山岳地帯にある閉鎖的な村で目撃されたという。

 

 任務を命じられたのは、アメリカ政府直属エージェント、レオン・S・ケネディ。

 

 六年前、ラクーンシティ壊滅事件を生き延びた元警察官である。

 

 単独でスペインへ潜入したレオンを待っていたのは、人とは思えない狂気に支配された村人たちだった。

 

 銃弾を受けても怯まず、農具を手に襲い掛かる住民。

 

 村を支配する宗教組織――ロス・イルミナドス教団。

 

 さらに、その裏で暗躍する謎の寄生生物『プラーガ』。

 

 村を突破し、古城へ潜入したレオンは、アシュリーと出会う。

 

 しかし、その体内にもプラーガが寄生していることが判明した。

 

 その後、アシュリーは再度教団によって攫われ島の研究施設へ移送され、レオンもその後を追った。

 

 島へ潜入したレオンは、一度はアシュリーの救出に成功する。 

 

 しかし、教団の執拗な追撃により、彼女は再び連れ去られてしまった。

 

 ヘリコプターによる救援は望めない。

 

 島全体が敵の支配下にある以上、脱出するには教団を壊滅させるしかなかった。

 

 通信機からハニガンの声が聞こえる。

 

『レオン、クラウザーの位置を特定するわ。少しだけ待って』

 

「ああ。了解」

 

 短く答え、通信を切る。

 

 ジャック・クラウザー。

 

 かつて同じ部隊に所属し、今は教団へ協力している男。

 

 今回の事件でも重要な役割を担っている。

 

 まずはクラウザーを倒す。

 

 その先でサドラーを止める。

 

 それが今の任務だった。

 

 

 

 冷たい海風が島を吹き抜ける。

 

 夜空を覆う雲の切れ間から月明かりが差し込み、岩肌を青白く照らしていた。

 

 施設各所では今も爆発音と銃声が響いている。

 

 レオンは拳銃を構えたまま、崖沿いの細い通路を慎重に進んだ。

 

 岩壁の向こうは断崖絶壁。

 

 下では荒れた海が黒く波打っている。

 

 いつ敵が現れてもおかしくない。

 

 その時だった。

 

 前方の闇から、一人の男が静かに姿を現した。

 

 黒いスーツの上に教団員の黒いローブを羽織っている。

 

 右手にはリボルバー。

 

 左手には漆黒のトマホーク。

 

 月明かりに照らされた顔を見た瞬間、レオンの動きが止まる。

 

「……アリス?」

 

 思わず声が漏れた。

 

 有栖次郎。

 

 ラクーンシティで行動を共にし、生還した男。

 

 数々の修羅場を潜り抜けた、信頼できる仲間。

 

 そのはずだった。

 

 だが、目の前の次郎には、かつての穏やかな雰囲気がまるでない。

 

 感情を感じさせない瞳。

 

 無表情のまま、レオンだけを見据えている。

 

「どうして、あんたがここにいる」

 

 返事はない。

 

 静寂だけが流れる。

 

 レオンはゆっくりと拳銃を下ろさず問い掛ける。

 

「テラセイブからの依頼なのか?」

 

 それでも何も答えない。

 

 まるで言葉そのものを失ったようだった。

 

「……まさか」

 

 嫌な予感が脳裏をよぎる。

 

「教団についたのか」

 

 その瞬間だった。

 

 次郎の右腕が動く。

 

 リボルバーが一瞬で持ち上がる。

 

 ――パンッ!

 

 乾いた銃声。

 

 レオンは反射的に身を翻した。

 

 弾丸が肩口を掠め、背後の岩へ火花を散らす。

 

(速い……!)

 

 照準に迷いがない。

 

 次の瞬間には、次郎の姿が視界から消えていた。

 

 左。

 

 いや、違う。

 

 右から風を切る音。

 

 レオンは咄嗟に身を沈める。

 

 頭上を黒い刃が通過し、そのまま岩へ深々と突き刺さった。

 

 トマホークだった。

 

 同時に次郎がトマホークから手を離し、踏み込む。

 

 銃床による一撃。

 

 レオンはそれに対し一歩踏み込み、次郎の手首を腕で受ける。

 

 重い衝撃に骨が折れたのではと錯覚する。

 

 続く膝蹴りを身体を捻って受け流す。

 

 だが、その直後には左手での貫手が右目を狙っている。

 

 紙一重で回避に成功するが、反撃する暇がない。

 

 一撃ごとに距離を詰められ、防戦一方へ追い込まれていく。

 

(強い……!)

 

 ラクーンシティの頃より、さらに研ぎ澄まされている。

 

 しかも迷いが一切ない。

 

 次郎の攻撃は、相手を無力化するためではなく、確実に仕留めるために組み立てられていた。

 

 レオンは後方へ跳び、ようやく間合いを取る。

 

 すぐさま拳銃を構え、二発、三発と連射した。

 

 しかし次郎は最小限の動きだけで弾道を見切り、上半身を傾けるだけで回避していく。

 

 最後の一発だけが頬を掠めた。

 

 赤い線が走る。

 

 それでも表情は変わらない。

 

 次郎は静かにリボルバーを構え直した。

 

 レオンは息を整える。

 

 目の前にいるのは、間違いなく本気の有栖次郎だった。

 

 教団に味方する理由は分からないが、生き残るためにはこちらも本気で戦うしかない。

 

 夜の断崖に、再び緊張が張り詰めた。

 

 

 

 先に動いたのは次郎だった。

 

 パンッ!

 

 リボルバーが火を噴き、レオンは横へ飛び退く。

 

 着弾。

 

 岩肌が砕ける。

 

 着地する頃にはすでに次郎が間合いを詰めている。

 

 回収したトマホークを握る左腕が閃く。

 

 レオンはナイフを抜き、刃を受け止めた。

 

 甲高い金属音が夜へ響く。

 

 ギィンッ!

 

 鍔迫り合いになる間もなく、次郎の蹴りが腹部へ突き刺さる。

 

「がっ……!」

 

 肺の空気が一気に押し出される。

 

 レオンの身体が浮き、そのまま数メートル吹き飛ばされた。

 

 地面を転がりながら体勢を立て直す。

 

 拳銃を構える。

 

 しかし、照準を合わせるより早く、次郎の姿が消えた。

 

(まただ……!)

 

 死角からの攻撃に反射的に身体を捻る。

 

 掌底が脇腹を掠めた。

 

 続けざまの膝蹴りをレオンは腕で受ける。

 

 鈍い痛みが両腕を走った。

 

 受け止めたはずなのに、そのまま押し切られる。

 

 体勢を崩した瞬間、次郎はレオンの腕を掴み、地面へ叩き付けようとする。

 

 レオンは転倒する寸前に身体を回転させ、辛うじて受け身を取った。

 

 距離を取る。

 

 息が乱れる。

 

(勝てない……)

 

 目の前の男は、レオンにとって最悪の敵だった。

 

 射撃。

 

 近接戦。

 

 体術。

 

 感情を抜きにしても全く隙がない。

 

 レオンは再び引き金を引く。

 

 ――パンッ!

 

 ――パンッ!

 

 二発。

 

 次郎は半歩だけ身体をずらし、弾丸を避ける。

 

 三発目。

 

 四発目。

 

 ようやく一発が肩口を掠める。

 

 それでも動きは止まらない。

 

 次郎は一定の速度で歩み寄ってくる。

 

 一歩。

 

 また一歩。

 

 まるで勝敗は決したと言わんばかりだった。

 

 レオンは無意識に後退する。

 

 残弾は少ない。

 

 距離もない。

 

 追い詰められている。

 

 その時だった。

 

「……っ」

 

 次郎の身体が小さく震えた。

 

「ゴホッ……!」

 

 突然、苦しそうに咳き込む。

 

 右手で口元を押さえ、僅かに前屈みになる。

 

(何だ?)

 

 一瞬だけ疑問がよぎる。

 

 だが、次の瞬間には身体が動いていた。

 

(今しかない!)

 

 レオンは地面を蹴る。

 

 一気に間合いを潰す。

 

 次郎はなおも咳き込み、反応が僅かに遅れる。

 

 レオンは全身の力を右脚へ乗せた。

 

 渾身の回し蹴り。

 

 鈍い衝撃が伝わる。

 

 だが。

 

(軽い?)

 

 蹴りが当たる直前、次郎は自ら後方へ飛んでいた。

 

 衝撃を逃がしながら距離を取る。

 

 それでも勢いは殺し切れず、後退する。

 

 靴底が岩肌を削った。

 

 止まった場所は、崖の縁だった。

 

 次郎は静かにレオンを見ている。

 

 レオンは迷わなかった。

 

 拳銃を構える。

 

 ――パンッ!

 

 銃声が夜空へ響く。

 

 弾丸が次郎の右肩を正確に撃ち抜いた。

 

 鮮血が舞う。

 

 衝撃で次郎の身体が大きく仰け反る。

 

 足元の岩が砕け、小石が闇へ落ちていく。

 

 次郎は身体を支えようともしなかった。

 

 そのまま重力へ身を預けるように後方へ倒れる。

 

 その瞬間、レオンと視線が交わる。

 

 何も語らない。

 

 何も訴えない。

 

 そのまま闇へ吸い込まれるように落下していった。

 

 数秒後。

 

 遥か下から大きな水柱が上がる。

 

 レオンは崖際まで歩み寄り、海を見下ろした。

 

 荒れた波だけが岩へ打ち付けている。

 

 人影は見えない。

 

「……何故だ、アリス」

 

 小さく呟く。

 

 答えは返ってこない。

 

 その時、通信機からハニガンの声が響いた。

 

『レオン、クラウザーの位置を特定したわ。あなたのすぐ近くよ。急いで』

 

「ああ、了解」

 

 通信を切る。

 

 レオンはもう一度だけ海を見下ろした。

 

 やがて拳銃を構え直し、クラウザーの待つ施設へ向かって走り出す。

 

 この戦いの裏で、有栖次郎が命を懸けて何を守ろうとしていたのか――。

 

 その真実を知るのは、まだ少し先のことだった。

 

 

――Chapter1・完――

 

 




前作で味方だった男がなぜか敵として現れる。
そんな展開が私は大好きです。
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