元殺し屋がバイオ事件に巻き込まれる話   作:オッパッピー

59 / 59

本日二度目の投稿です。


Chapter2 愛の夢

 夜の島を、一人の女が静かに駆けていた。

 

 冷たい潮風が黒い髪を揺らす。

 

 月明かりを背に受けながら、黒い戦闘服に身を包んだ女は、屋根から屋根へと音もなく飛び移っていく。

 

 エイダ・ウォン。

 

 誰にも気付かれることなく任務を遂行する潜入工作員。

 

 島全体が教団の支配下に置かれた今でさえ、その姿を捉えられる者はいなかった。

 

 フックガンを構える。

 

 圧縮ガスの音とともにワイヤーが射出され、向かいの建物へ食い込む。

 

 身体を軽々と宙へ躍らせ、着地と同時にワイヤーを回収する。

 

 その動きには一切の無駄がない。

 

 エイダは屋上の縁へ膝をつき、眼下の施設を見下ろした。

 

 巨大な研究施設。

 

 探照灯が一定の間隔で敷地を照らし、武装した教団員が巡回を続けている。

 

 昼間なら突破は難しい。

 

 だが、夜なら話は別だった。

 

 腰のホルスターから小型双眼鏡を取り出す。

 

 警備兵は八人。

 

 二分ごとに巡回交代。

 

 監視カメラは十六台。

 

 死角も確認済み。

 

 予定どおりだった。

 

「……悪くないわ」

 

 誰へ言うでもなく、小さく呟く。

 

 今回の目的は二つ。

 

 表向きは、ロス・イルミナドス教団が保有するプラーガ研究資料の回収。

 

 そして、もう一つ。

 

 一人の女性を、この島から連れ出すこと。

 

 エレン・クロフォード。

 

 英国レイジウイルス事件の生存者であり、現在はテラセイブの幹部として活動している。

 

 そして――有栖次郎が、命を懸けて助けようとしている女性。

 

 依頼ではない。

 

 組織の利益にもならない。

 

 それでも、見捨てることはできなかった。

 

 エイダは静かに息を吐く。

 

 そして建物の影へ飛び降りた。

 

     

 

 施設裏口。

 

 鉄扉の横には電子ロックが取り付けられている。

 

 エイダは腰のポーチから小型端末を取り出し、素早く接続した。

 

 画面へ数字が流れる。

 

 暗号解析。

 

 数秒後、小さな電子音が鳴った。

 

 カチリ。

 

 ロック解除。

 

 扉を数センチだけ開き、中を確認する。

 

 人影はない。

 

 そのまま身体を滑り込ませ、静かに扉を閉めた。

 

 コンクリート製の通路には、蛍光灯の白い光だけが落ちている。

 

 湿った空気。

 

 薬品の匂い。

 

 研究施設特有の静けさだった。

 

 足音を消しながら進む。

 

 やがて角の向こうから話し声が聞こえてきた。

 

「交代の時間だ」

 

「地下の見張りは?」

 

「異常なし」

 

 二人。

 

 歩幅は一定。

 

 会話に気を取られている。

 

 エイダは壁際へ身を寄せた。

 

 巡回ルートを頭の中で描く。

 

 交差する瞬間は三秒。

 

 十分だった。

 

 二人が角を曲がる。

 

 その背後へ、風のように滑り込む。

 

 一人目の口を左手で塞ぐ。

 

 右手のスタンガンを首筋へ押し当てた。

 

 バチッ!

 

 男の身体が震え、そのまま崩れ落ちる。

 

 異変に気付いたもう一人が振り返る。

 

「な――」

 

 最後まで言わせない。

 

 鳩尾へ掌底。

 

 体勢が崩れたところへ首筋への一撃。

 

 男もその場へ倒れ込んだ。

 

 エイダは二人の呼吸を確認する。

 

「眠っていて」

 

 壁際へ寄せ、物陰へ隠す。

 

 殺す必要はない。

 

 任務の邪魔をしない限り、無用な殺しは避ける。

 

 

    

 

 地下施設は迷路のように入り組んでいた。

 

 壁には研究資料を運搬するためのレール。

 

 鉄格子。

 

 隔壁。

 

 ところどころに監視カメラが設置されている。

 

 エイダはそのすべてを避けながら進んでいく。

 

 やがて、厚い鋼鉄製の扉が見えた。

 

 扉の両脇には教団員が二人。

 

 ライフルを持ち、周囲を警戒している。

 

 真正面からでは無理。

 

 エイダは天井を見上げた。

 

 配管が一本、扉の真上を通っている。

 

 フックガンを構える。

 

 シュッ!

 

 ワイヤーが配管へ絡み付く。

 

 身体が一気に持ち上がった。

 

 二人の真上を音もなく通過する。

 

 着地。

 

 教団員が振り返るより早く、一人目の首筋へ手刀。

 

 続いて二人目の鳩尾へ膝蹴り。

 

 息が詰まったところへ掌底。

 

 二人とも声を上げることなく崩れ落ちた。

 

 エイダは鍵束を拾い上げる。

 

 最も大きな鍵を差し込む。

 

 重い音とともに扉が開いた。

 

 部屋の中央。

 

 一脚の椅子。

 

 そこへ一人の女性が拘束されていた。

 

 金色の髪。

 

 疲労の色は濃い。

 

 それでも、その瞳にはまだ力が残っていた。

 

 エレンだった。

 

 エイダは素早く猿轡を外す。

 

「大丈夫?」

 

 エレンは何度も頷いた。

 

「あなたは……?」

 

「話は後」

 

 縄を切る。

 

 両手。

 

 両足。

 

 拘束具が床へ落ちる。

 

 手首には赤い痕が残っていた。

 

「立てる?」

 

「はい……」

 

 エレンはゆっくりと立ち上がる。

 

 足元が少しふらついた。

 

 エイダが肩を支える。

 

「無理はしないで」

 

「ありがとうございます」

 

 その時だった。

 

 遠くから乾いた銃声が響く。

 

 パンッ!

 

 エレンが反射的に身体を強張らせる。

 

 数秒後。

 

 もう一発。

 

 パンッ!

 

 エイダは静かに目を閉じた。

 

「始まったわね……」

 

 予定どおり。

 

 すべては、この瞬間のために動いていた。

 

 エイダは腕時計へ視線を落とす。

 

 時刻は予定どおり。

 

 ここから先は、一つでも歯車が狂えば全てが崩れる。

 

「急ぎましょう」

 

 エレンは頷いた。

 

 しかし、数歩進んだところで、エレンが不安そうに口を開く。

 

「……あの、アリスは?」

 

 エイダは一瞬だけエレンを見る。

 

「信じなさい」

 

 短い一言だった。

 

 エレンは黙って海のある方向へ目を向ける。

 

 不安が消えたわけではない。

 

 それでも――。

 

「……はい」

 

 小さく頷く。

 

 あの人なら戻ってくる。

 

 それだけは疑わなかった。

 

 二人は部屋を出る。

 

 廊下は依然として静まり返っていたが、遠くでは警報が鳴り始めている。

 

 施設内のどこかで戦闘が始まったのだ。

 

     

 

 エイダは角で足を止めた。

 

 耳を澄ませる。

 

 足音。

 

 三人。

 

 こちらへ向かってくる。

 

 エイダは壁際へ身を寄せ、エレンを背後へ下がらせた。

 

「動かないで」

 

 教団員が角を曲がる。

 

「地下の様子は――」

 

 最後まで言葉は続かなかった。

 

 エイダの拳が男の喉元を打ち抜く。

 

 呼吸を失った男が崩れ落ちる。

 

 二人目がライフルを向けようとした瞬間、エイダが銃口を蹴り上げた。

 

 引き金が引かれる。

 

 乾いた銃声。

 

 弾丸は天井へ突き刺さった。

 

 その隙にエイダは肘打ちを叩き込み、男を壁へ打ち付ける。

 

 三人目がナイフを抜く。

 

 だが、エイダは身体を半回転させ、その腕を掴んだ。

 

 勢いを利用して床へ叩き付ける。

 

 男は苦悶の声を漏らし、そのまま意識を失った。

 

「行きましょう」

 

 エレンは驚いた表情を浮かべていた。

 

 無駄がない。

 

 まるで踊るような戦い方だった。

 

 エイダは倒れた男たちを一瞥する。

 

 全員生きている。

 

 それだけ確認すると歩き出した。

 

     

 

 施設を抜けると、夜風が頬を撫でた。

 

 警報は島全体へ広がり、各所で探照灯が動き始めている。

 

 教団員たちが慌ただしく走り回っていた。

 

「侵入者だ!」

 

「地下を封鎖しろ!」

 

「逃がすな!」

 

 だが、その混乱こそが好機だった。

 

 誰もが別の敵を追っている。

 

 エイダはエレンを連れ、建物の影から影へ移動していく。

 

 やがて島の断崖を見下ろせる高台へ辿り着いた。

 

 エイダはライフルケースを開く。

 

 静かに狙撃銃を組み立てる。

 

 スコープを覗くと、崖沿いの一本道がはっきりと見えた。

 

 そこには二人の男がいた。

 

 レオン・S・ケネディ。

 

 そして――有栖次郎。

 

 レオンは防戦一方だった。

 

 銃撃を見切って躱され、接近戦でも押し込まれている。

 

 次郎の動きには一切の迷いがない。

 

 教団の使徒として、完璧な戦士を演じ切っていた。

 

 エレンも息を呑む。

 

「アリス……」

 

 エイダは何も答えない。

 

 まだ終わっていない。

 

 タイミングは一度しかない。

 

 レオンが後退する。

 

 次郎が追う。

 

 距離。

 

 角度。

 

 風向き。

 

 すべてが揃った。

 

 エイダはライフルを僅かに動かした。

 

 狙うのは二人ではない。

 

 レーザーサイトだけを、次郎の胸元へ一瞬だけ走らせる。

 

 赤い光が黒いスーツを横切る。

 

 一秒にも満たない短い合図。

 

 次郎の視線が、ほんの一瞬だけこちらを向いた。

 

 気付いた。

 

 エレン救出完了。

 

 その直後だった。

 

 次郎は突然、苦しそうに咳き込んだ。

 

「ゴホッ……!」

 

 肩を震わせ、口元を押さえる。

 

 あまりにも自然な動きだった。

 

 レオンがその隙を逃すはずがない。

 

 一気に間合いを詰める。

 

 渾身の回し蹴り。

 

 そして拳銃を構える。

 

 狙いは右肩。

 

 ――パンッ!

 

 銃声が夜空へ響く。

 

 弾丸が次郎の右肩を撃ち抜いた。

 

 身体が大きく仰け反る。

 

 そのまま次郎は崖際まで後退する。

 

 だが、抵抗はしない。

 

 そのまま重力へ身を任せるように、静かに海へ落ちていった。

 

 大きな水柱が上がる。

 

 レオンは崖際へ駆け寄った。

 

 海面を見下ろしたまま動かない。

 

 エイダはライフルを静かに下ろした。

 

「……予定どおり」

 

 エレンが不安そうな表情を向ける。

 

「本当に大丈夫なんですか……?」

 

「ええ」

 

 エイダは短く答えた。

 

「あの人は、あれで終わる人じゃない」

 

 その声には、不思議な確信があった。

 

 エイダはライフルを分解し、ケースへ戻す。

 

「行きましょう」

 

 エレンはもう一度だけ海を見つめる。

 

 そして小さく頷いた。

 

 二人は闇へ紛れるように高台を離れていった。

 

     

 

 一方、崖の上。

 

 レオンは通信機を取り出した。

 

『レオン、クラウザーの反応を確認したわ。あなたのすぐ近くよ』

 

「ああ、了解」

 

 通信を切る。

 

 レオンは最後にもう一度だけ海を見下ろした。

 

「……生きていろよ、アリス」

 

 小さく呟く。

 

 そして拳銃を構え直し、クラウザーの待つ施設へ向かって走り出した。

 

     

 

 教団本部。

 

 最上階の礼拝堂には、重苦しい空気が漂っていた。

 

 祭壇の前に立つオズムンド・サドラーのもとへ、一人の教団員が駆け込む。

 

「サドラー様!」

 

「申し上げます!」

 

「申せ」

 

「人質のエレン・クロフォードが、何者かによって救出されました!」

 

「各施設からの報告では、監視兵二十七名が戦闘不能!」

 

「侵入者は現在も逃走中です!」

 

 サドラーは表情を変えない。

 

「追撃隊を出すべきかと……」

 

「不要だ」

 

 教団員は驚いたように顔を上げる。

 

「ですが、人質を――」

 

「娘の役目は終わった」

 

 静かな声が礼拝堂へ響く。

 

「従属種はすでにアリス・ジローへ植え付けてある」

 

「娘は奴を誘き寄せるための餌に過ぎん」

 

 教団員たちは安堵したように頭を垂れる。

 

「はっ!」

 

 その時、礼拝堂の扉が再び勢いよく開いた。

 

「サドラー様!」

 

 別の教団員が息を切らしながら駆け込んでくる。

 

「レオン・S・ケネディと我らの使徒が交戦!」

 

「使徒は崖下の海へ転落!」

 

「現在、行方不明です!」

 

 一瞬だけ静寂が流れた。

 

 だが、サドラーは不敵な笑みを浮かべる。

 

「案ずるな」

 

「従属種に逆らえる者など存在せん」

 

「たとえ海へ落ちようと、やがて我が前へ跪くだろう」

 

 祭壇の奥に掲げられた紋章を見上げる。

 

「アリス・ジロー」

 

「我が最強の使徒よ」

 

「神の御意思に従い、再び我らのもとへ戻るのだ」

 

 サドラーはそう呟き、静かに笑みを深めた。

 

 この時の彼はまだ知らない。

 

 絶対の支配を確信していた「最強の使徒」が、すでにその支配から解放されていることを。

 

 




テレビ番組のドッキリでたまに本当に殴る芸人がいますよね。あんな感じです。
一応言うと次郎も本気の速度ではないです。
そうでないとレオンが最初の銃弾を避けれずに死んでしまうので。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

Good Luck , Raccoon City 【第二部始動】(作者:持麻呂)(原作:バイオハザード)

とにかく自意識の消失という死を受け入れたくなかったVは、蜂の巣にされて死ぬかもしれないという矛盾を抱えながら、単身アラサカタワーに乗り込んだ。▼なんとか《神輿》に辿り着いたものの、ジャックインした瞬間に意識を失ってしまう。▼気付いた時には知らない街のゴミ捨て場にひっくり返っており、職質を受ける始末。▼一先ず死ぬ危機から逃れられたので、今はスローライフを楽しも…


総合評価:3277/評価:8.96/連載:32話/更新日時:2026年07月05日(日) 12:00 小説情報

我輩は寄生虫である(作者:ナスの森)(原作:バイオハザード)

名は「Ne-α」寄生体プロトタイプである。


総合評価:4292/評価:8.59/連載:9話/更新日時:2026年08月23日(日) 00:31 小説情報

健康な体を願ったら不健康な存在にされた(作者:匿名希望の読み専)(原作:バイオハザード)

 病気で死んだと思ったら、アンブレラの研究所でB.O.W.になっていた。▼ そんな難易度ベリーハードな状態から、生き延びようとするお話。▼ あと不健康な存在といったけど、テムウェスカーことゼノは関係なかったりする。▼ 小説を書くのは初めてで俗にいう処女作というものになりますが、おかしな箇所があっても笑って流して頂けると幸いです。▼ バイオレクイエムをプレイす…


総合評価:3382/評価:8.5/連載:5話/更新日時:2026年04月05日(日) 23:43 小説情報

日本からアベンジャーズ入りしました。尊敬する人?五代さんと一条さんです(作者:ken4005)(原作:MARVEL)

▼クウガとアベンジャーズのクロスです。▼マーベルは完全ににわかです。▼原作を Avengers から MARVEL に変えました。▼短編から連載に変えました。


総合評価:7881/評価:8.32/連載:46話/更新日時:2026年08月26日(水) 06:05 小説情報

【推しの子】もしも星野アイの隣人が天才外科医だったら〜命を救う、その先へ〜(作者:ペンギンって可愛いですよね)(原作:推しの子)

表紙イラスト↓▼【挿絵表示】▼世界的な名声を得た天才外科医は、数え切れない命を救った末、過労によりその生涯を終えた。▼――しかし、目を覚ますと彼は記憶を持ったまま、日本で赤ん坊として転生していた。▼二度目の人生でも迷うことなく外科医の道を選び、再び天才と呼ばれるまでに成長した彼は、都内の大学病院へ勤務することになる。▼病院の近くへ引っ越し、新たな生活を始めた…


総合評価:5468/評価:6.06/連載:35話/更新日時:2026年08月25日(火) 21:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>