本日から朝と夜の2回投稿を行う予定です。
レオンが拳銃を構えたまま駆け出そうとする。
「俺が先頭に立ちます!」
しかし、次郎が左腕を軽く伸ばして制した。
「待ってくれ」
レオンが足を止める。
「先頭は俺が行く」
「でも……」
次郎は短く言う。
「後ろには一般人がいる」
「何かあった時、助ける人間が必要だ」
レオンは一瞬だけ迷い、小さく頷いた。
「……分かりました」
次郎は隊列を見回す。
「俺が先頭」
「客のみんなは真ん中」
「店長は客の後ろで後方警戒」
「レオンは最後尾」
店長が頷く。
「ああ」
レオンもすぐに返事をした。
「了解です」
隊列を組み直した一行は、警察署へ続く坂道を駆け上がる。
途中、道路脇に倒れていたゾンビがゆっくりと起き上がる。
「ガァァ……」
次郎は足を止めない。
リボルバーを素早く構え、照準を頭部へ合わせる。
パンッ!
乾いた銃声。
ゾンビは坂道を転がり落ちた。
レオンが目を見開く。
(なんて正確さだ……)
走りながら、あれだけ落ち着いて頭を撃ち抜ける人間を見たことがなかった。
その時だった。
一人の女性が瓦礫へ足を取られた。
「きゃっ!」
体勢を崩し、その場へ倒れ込む。
隊列の最後尾にいたレオンは、その様子をいち早く目にした。
「危ない……!」
女性へ最も近いゾンビが唸り声を上げながら向きを変える。
「アァァ……」
レオンは迷わず女性とゾンビの間へ飛び込み、拳銃を構えた。
迫るゾンビの頭部へ照準を合わせる。
パンッ!
乾いた銃声が響き、ゾンビは頭部を撃ち抜かれてその場へ崩れ落ちた。
レオンはすぐに女性へ左手を差し伸べる。
「立ってください!」
「は、はい!」
女性は震える手でその手を掴み、立ち上がる。
「ありがとうございます……」
「礼は後です。急ぎましょう」
レオンは女性を庇うように隊列へ戻した。
「レオン! 急いでくれ!」
先頭を走る次郎の声が飛ぶ。
「了解!」
レオンは短く返事をすると、最後尾へ戻りながら周囲を警戒する。
一行は再び隊列を整え、放置車両の間を縫うように駆け抜け、ラクーンシティ警察署の正門へ辿り着いた。
次郎は真っ先に正門をくぐり、内側の安全を確認する。
「全員、中へ!」
客たちが次々と警察署の敷地へ駆け込む。
店長が人数を確認しながら最後の客を押し込んだ。
「最後だ! 急げ!」
レオンが最後に門をくぐる。
その直後、次郎は重い鉄門を押して、勢いよく閉めた。
ギィィィン――。
門が大きな音を立てて閉じると、閂を持ち上げ、一気にはめ込んだ。
ガシャンッ!
鉄の閂が深く噛み合う。
それとほぼ同時だった。
ガンッ!!
追い付いてきたゾンビが門へ激突する。
「ガァァァッ!」
続いて二体、三体と鉄格子へ群がる。
だが門はびくともしない。
次郎は息を整えながら外へ目を向けた。
正門前の広場は凄惨な光景だった。
横転したパトカー。
弾痕だらけのパトカー。
割れたフロントガラス。
無数の薬莢。
そして――。
警官たちの亡骸。
拳銃を握ったまま倒れている者。
散弾銃を抱えたまま動かない者。
仲間を庇うように折り重なって倒れている者。
最後まで市民を守ろうと戦ったことだけは、その光景が物語っていた。
店長が帽子を脱ぐ。
「……」
誰も言葉を発せない。
レオンは拳を強く握り締めた。
「間に合わなかった……」
次郎は静かに署舎へ目を向けた。
建物自体に大きな損傷はない。
外壁には無数の弾痕が残り、窓ガラスの一部は割れているものの、建物そのものは辛うじて原形を保っていた。
だが、それがかえって不気味だった。
つい先ほどまで外では銃声や悲鳴が絶え間なく響いていたというのに、警察署だけはまるで時間が止まってしまったかのような静けさに包まれている。
次郎はレオンと視線を交わした。
「行こう」
「ああ」
レオンは拳銃を構え直し、小さく頷く。
次郎がゆっくりと正面玄関へ近付き、ドアノブへ手を掛けた。
ゆっくりと押し開く。
ギィィ……。
重い扉が軋みながら開き、冷たい空気が流れ出した。
誰も飛び出してくる気配はない。
次郎は銃口を左右へ向けながら一歩踏み込み、慎重に内部を確認する。
「……行こう」
一行は周囲を警戒しながら警察署へ足を踏み入れた。
巨大なメインホールは、不気味なほど静まり返っていた。
高い吹き抜けの天井。
正面には巨大な女神像が静かに佇み、その足元にはラクーン市警の紋章が刻まれている。
中央には受付カウンター。
散乱した書類。
倒れた椅子。
点々と続く血痕。
つい先ほどまで激しい混乱があったことだけが伝わってくる。
それ以外に、人の気配はなかった。
「おい! 誰かいないのか!?」
レオンの呼びかけに応える者はいない。
「レオンと店長たちはここにいてくれ」
「俺は周囲を確認してくる」
次郎はホールから順番に全体を確認していく。
受付裏。
女神像の周囲。
二階の通路。
物音や人影はない。
「少なくとも、このホールは安全そうだ」
店長が客たちを見渡す。
「みんな、受付カウンターの近くへ集まってくれ」
「勝手に動かないようにしよう」
客たちは小さく頷き、固まって身を寄せ合った。
次郎が周囲を確認している間、レオンは受付カウンターの端末を操作していた。
机の上には数台のモニターとキーボードが並び、非常用電源によって最低限の電力だけが供給されているらしい。
「良かった……まだ動く」
レオンがキーボードを操作する。
ノイズ混じりの監視カメラ映像が次々と映し出された。
正面玄関。
西側廊下。
二階通路。
留置場前。
どこも荒れ果てている。
画面を切り替えた、その時だった。
「アリスさん! こっちに来てください!」
レオンの声に、ホールを見回っていた次郎が駆け寄る。
画面には、一人の警官が必死に走る姿が映っていた。
制服は血に汚れ、肩で荒く息をしている。
背後から数体のゾンビが迫っていた。
警官は監視カメラの真下まで駆け寄ると、胸ポケットから一冊の青い手帳を取り出し、高く掲げる。
『デビット! マービン! 見てるか!?』
必死の叫びがメインホールへ響く。
『脱出路が分かった! この手帳に――』
そこまで言い掛けた瞬間、ゾンビが目前まで迫った。
「くそっ!」
警官は拳銃を立て続けに発砲する。
パンッ!
パンッ!
しかし、弾丸は胸や肩へ命中するだけだった。
ゾンビは勢いを止めることなく歩み寄ってくる。
「駄目だ……頭を!」
レオンが思わず声を漏らす。
だが、その声が届くはずもない。
警官は後退しながら再び監視カメラを見上げた。
『応援を頼む!』
『東の廊下だ!』
そこで警官は画面の外へ走り去った。
レオンは監視映像を一時停止すると、すぐ横に置かれていた署内見取り図へ目を走らせた。
「東側廊下の……警備員室前か。」
監視カメラの映像に映った壁の掲示板や非常灯の位置と見取り図を照らし合わせ、警官のおおよその現在地を割り出す。
「ここなら、このシャッターを抜ければ最短で向かえます!」
次郎も静かに頷く。
「ああ」
「助けに行こう」
店長が立ち上がる。
「俺も――」
「駄目だ」
次郎は首を横に振った。
「ここの安全は確認できた」
「だから、みんなを頼む」
店長は少し迷った末、力強く頷く。
「……分かった」
レオンは東側の壁へ駆け寄った。
『KEEP OUT』と貼り紙されたシャッターの横には非常用レバーが設置されている。
「これですね」
レバーを力いっぱい引き下ろす。
ガコンッ。
モーター音と共に、東側通路を塞ぐシャッターがゆっくりと持ち上がる。
しかし、途中で停止した。
地面との隙間は、人が一人やっと匍匐前進で通れる程度しかない。
「故障か……」
レオンが呟く。
次郎は床へ伏せた。
「十分だ」
「俺から行く」
リボルバーを前へ押し出しながら、シャッターの下へ身体を滑り込ませた。
反対側へ抜けると、すぐに立ち上がり銃を構える。
「クリア」
レオンがシャッターを抜けると、すぐに身を起こして拳銃を構えた。
二人は互いに頷き合い、東側通路へ足を踏み出す。
薄暗い廊下には非常灯だけが灯り、床は浸水しており、壁には大量の血痕が残されていた。
倒れた机。
散乱した資料。
撃ち尽くされた薬莢。
ここでも激しい戦闘が行われたことは一目で分かった。
倒れたロッカーをどかして廊下を進む。
その先――警備員室の方からシャッターを叩く音と声が響く。
「開けてくれ!速く!」
「頼むからシャッターを開けてくれ!」
ドンッ!
ドンッ!
「レオン!」
「シャッターを!」
「了解!」
レオンが駆け出す。
次郎もすぐ後に続いた。
全身の力を込めると、シャッターが少しずつ持ち上がった。
しかし壊れているのか、途中でシャッターが止まってしまう。
するとシャッターの向こうから警官が声を上げる。
「助けて!頼む!助けてくれ!」
警官が必死に両手を伸ばす。
シャッターの向こうからは不気味な唸り声が直ぐ側まで聞こえている。
「レオンはそっちの手を!」
「了解!」
レオンと次郎が協力して片方ずつの手を掴んで全力で引っ張る。
間一髪、警官の救出に成功する。
「助かった……」
そう言って力なく笑おうとした、その時。
次郎の視線が警官の左腕で止まる。
制服の袖は裂け、そこには真新しい噛み跡が深く刻まれていた。
傷口から流れた血が、肘まで赤く染めている。
レオンもそれに気付き、表情を曇らせた。
「その傷……」
警官は視線を落とし、自嘲するように笑った。
「やっぱり……隠せなかったか」
その笑顔には、自分がもう助からないことを悟っている諦めが滲んでいた。
警官は壁にもたれながら、小さく息を吐いた。
「……もう分かってる」
震える右手を胸ポケットへ入れる。
取り出したのは、監視カメラ越しに掲げていた青い手帳だった。
「これを……受け取ってくれ」
レオンは静かに受け取る。
表紙にはラクーン市警のエンブレムが刻まれていた。
「これは?」
「署内の……調査記録だ」
警官は苦しそうに呼吸を整えながら続ける。
「封鎖された場所……非常通路……」
「それと……見つけた鍵の場所も全部書いてある」
レオンが息を呑む。
「さっき言っていた脱出路って……」
警官は小さく頷いた。
「ああ……」
「まだ確証はない」
「でも、このまま署に閉じ込められるよりは希望がある」
レオンは手帳を大切そうに胸ポケットへしまった。
「必ず役立てます」
警官は安堵したように笑みを浮かべる。
「……頼んだ」
「マービンに会ったら伝えてくれ」
「最後まで持ち場を離れなかったってな」
レオンは真っ直ぐ警官を見つめる。
「あなたも一緒に行きましょう」
「まだ助かる方法があるかもしれません」
警官はゆっくりと首を横へ振った。
「無理だ」
そう言って左腕の傷へ目を落とす。
「俺は……もう駄目だ」
傷口の周囲には黒ずんだ血管が浮かび始めていた。
全身は小刻みに震え、額からは脂汗が流れ落ちる。
次郎はその様子を静かに見つめる。
交差点で見た男。
J's Barのマーク。
どちらも同じ経過をたどった。
警官は二人へ視線を戻し、小さく笑った。
「せっかく助けてもらったのに……悪いな」
その笑顔は、自分の運命を受け入れた人間のものだった。
上げて落としました。
ご不快でしたらすいません。