元殺し屋がバイオ事件に巻き込まれる話   作:オッパッピー

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本日一度目の投稿。


Chapter3 悪魔のトリル

 夜の海は静かだった。

 

 崖から落ちた有栖次郎の身体は、荒波へ飲み込まれながら深く沈んでいく。

 

 右肩にはレオンの放った銃弾が残した傷があった。

 

 しかし――。

 

 裂けた筋肉はすでに繋がり始めている。

 

 崖下へ叩きつけられてできた傷も時間の問題だった。

 

 切断された血管も修復され、流れ出た血液によって赤く染まった海水も、やがて薄れていった。

 

 次郎は静かに目を開く。

 

 水面の向こうで、月明かりが揺れている。

 

(頃合いか)

 

 海面へ向かって泳ぐ。

 

 やがて岩場へ辿り着くと、周囲を確認してから身体を引き上げた。

 

 濡れたローブを脱ぎ捨てる。

 

 腰のホルスターは空だった。

 

 リボルバーもトマホークも、落下した際に海へ流されたらしい。

 

 残っているのは、スーツの内側へ隠していた予備のコンバットナイフだけ。

 

 次郎は刃を抜いた。

 

 月明かりを受け、銀色の刃が僅かに輝く。

 

(これだけあれば十分だ)

 

 短く結論を出す。

 

 エレンはエイダが救出した。

 

 ならば、こちらも動く。

 

 問題は、その前に島から無事脱出するための手段を確保することだった。

 

 次郎は岩場を離れ、森へ入った。

 

 

 

 監視塔。

 

 二人の教団員が、夜の島を眺めながら雑談していた。

 

「さっきの銃声、何だったんだ?」

 

「レオン・S・ケネディだろ」

 

「使徒様が相手をしているらしい」

 

「なら心配ないな」

 

 男たちは笑う。

 

 その背後。

 

 木々の隙間から、黒い影が静かに近付いていた。

 

 ヒュッ――。

 

 一人目が振り返るが、遅かった。

 

 次郎の投げたナイフが側頭部へ叩き込まれる。

 

「――ッ!」

 

 声を上げる暇もなく男が崩れ落ちる。

 

 もう一人が異変に気付き、振り返った。

 

 しかし、その視界に次郎の姿は無い。

 

 既に背後へ回り込んでいる。

 

 左手が口を塞ぎ、右腕が首へ回る。

 

 そして――。

 

 ゴキッ。

 

 身体から力が抜けた。

 

 次郎は二人の装備を確認する。

 

 拳銃。

 

 予備弾薬。

 

 無線機。

 

 その中から必要なものだけを回収した。

 

 拳銃へ弾倉を装填する。

 

 無線機は地面へ置いた。

 

 踏み潰す。

 

 乾いた破砕音。

 

 次郎は監視塔を見上げる。

 

 ここから先は、隠れて進むだけでは難しい。

 

 まず通信を潰し、その後で武器を確保する。

 

 頭の中で手順を組み立てる。

 

 そして再び歩き出した。

 

 

 

 通信施設。

 

 四人の教団員が通信機器を操作している。

 

「南地区、異常なし」

 

「西側巡回、異常なし」

 

「東側も異常なし」

 

 淡々と報告が続く。

 

 誰も気付いていない。

 

 施設裏手。

 

 次郎は分電盤の前へしゃがみ込んでいた。

 

 内部を確認する。

 

 主要回線。

 

 予備回線。

 

 通信設備。

 

 どこを切れば復旧に時間が掛かるのか。

 

 判断に迷いはない。

 

 コンバットナイフを差し込み、配線を切断した。

 

 ――ブツン。

 

 照明が消えた。

 

「停電だ!」

 

「非常灯を!」

 

「懐中電灯を出せ!」

 

 怒号が響く。

 

 完全な暗闇に教団員たちが慌てて動き始める。

 

 その直後。

 

 暗闇の中で、最初の男が倒れた。

 

「……え?」

 

 返事はない。

 

 続いて二人目。

 

「誰だ!」

 

 銃を抜く音。

 

 しかし、撃つ相手が見えない。

 

 ヒュッ――。

 

 何かが空気を切った。

 

 ドスッ。

 

「ぐっ……!」

 

 喉元を貫かれ、男が倒れる。

 

「敵だ!」

 

 残った二人が発砲する。

 

 銃声が暗闇を引き裂く。

 

 しかし、弾丸は何もない場所へ飛んでいく。

 

 次の瞬間。

 

 背後から拳銃が突き付けられた。

 

 パンッ。

 

 最後の一人が倒れる。

 

 静寂。

 

 次郎は通信設備へ歩み寄った。

 

 制御盤を確認する。

 

 そして拳銃を向ける。

 

 パンッ。

 

 パンッ。

 

 パンッ。

 

 三発の銃弾が制御装置を破壊した。

 

 火花が散る。

 

 中継装置から黒煙が上がった。

 

 島全域の通信網が沈黙する。

 

(これで、しばらくは増援を呼べない)

 

 次郎は施設を後にした。

 

 

 

 武器庫前にて教団員が崩れ落ちる。

 

 夜気が戻り、銃声の余韻だけが、通路に薄く漂っていた。

 

 次郎はゆっくりと拳銃を下ろし、周囲に倒れた七人の教団員を一瞥する。

 

 誰も動かない。

 

 呼吸もない。

 

 完全に沈黙している。

 

 次郎は一歩踏み出し、倒れた教団員の装備を確認する。

 

 弾倉。

 

 予備弾薬。

 

 ナイフ。

 

 無線機。

 

 必要なものだけを回収し、無線機は足で踏み潰した。

 

 乾いた破砕音が響く。

 

 武器庫の扉へ向かう。

 

 回収した鍵を静かに差し込む。

 

 カチリ。

 

 扉が開いた。

 

 内部にはライフル、サブマシンガン、ショットガン、弾薬箱が整然と並んでいる。

 

 だが次郎は大型武器へ手を伸ばさない。

 

 これらの武器は暗殺には向かないので後回しだ。

 

 拳銃用の弾薬だけを回収し、予備のコンバットナイフを一本追加する。

 

 そして装備を確認する。

 

(最低限は整ったな)

 

 次郎は武器庫を後にした。

 

 その瞬間――。

 

 通路の奥で、倒れた教団員の身体が痙攣した。

 

 ピクリ。

 

 首筋が膨れ上がる。

 

 皮膚を突き破り、醜悪なプラーガが姿を現した。

 

 気配に気づいた次郎は振り返ると同時に拳銃を抜く。

 

 ――パンッ。

 

 露出したプラーガが弾け飛ぶ。

 

 しかし、別の遺体も痙攣を始めた。

 

 さらにもう一体。

 

 次々とプラーガが姿を現す。

 

「ギィィィィィィッ!」

 

 甲高い咆哮。

 

 その瞬間、次郎の背筋に寒気が走った。

 

 

 言葉ではない。

 

 映像でもない。

 

 ただ一つの認識を発信している。

 

 プラーガ同士が情報を共有している。

 

 ――敵。

 

 ――裏切り者。

 

 ――アリス・ジロー。

 

 

 次郎は状況を理解する前に拳銃を構え直す。

 

 ――パンッ。

 

 ――パンッ。

 

 ――パンッ。

 

 三体のプラーガが沈黙した。

 

 だが、すでに遅かった。

 

 遠くから咆哮が響く。

 

 一つ。

 

 二つ。

 

 三つ。

 

 やがて島の各所から、無数の声が重なり始める。

 

 ガナードたちが次郎を敵として認識したのだ。

 

(……そういう仕組みか)

 

 ならば、もう隠れる意味はない。

 

 次郎は拳銃をホルスターへ戻す。

 

(隠密は終わりだな)

 

 そして、大型の武器を取り出しに再度武器庫へ向かう。

 

 今度は誰にも隠れる必要はない。

 

     

 

 教団本部。

 

 礼拝堂。

 

 オズムンド・サドラーは、異変を感じ取っていた。

 

 突然、頭の奥へ大量の情報が流れ込んでくる。

 

 映像。

 

 感覚。

 

 そして――殺意。

 

「……何だ?」

 

 サドラーがこめかみを押さえる。

 

 プラーガを介して送られてくる情報だった。

 

 黒いスーツ。

 

 拳銃。

 

 ナイフ。

 

 倒れていく教団員。

 

 そして最後に映った男の顔。

 

「……アリス・ジロー」

 

 サドラーの表情が変わった。

 

「まさか……」

 

 教団員が恐る恐る尋ねる。

 

「サドラー様?」

 

 サドラーは答えない。

 

 次郎の姿を追っているプラーガたちから、断片的な情報が流れ込んでくる。

 

 攻撃。

 

 殺意。

 

 そして――。

 

 従属種からの命令に対する、完全な無反応。

 

「……あり得ん」

 

 低い声が漏れる。

 

「なぜ支配命令を受け付けない……?」

 

 教団員たちは互いに顔を見合わせる。

 

「まさか……支配に失敗したのですか?」

 

「違う」

 

 サドラーは即座に否定する。

 

「従属種は確かに奴の体内へ侵入した」

 

「ならば……」

 

 サドラーの顔から、初めて余裕が消えた。

 

「支配そのものが効いていない」

 

 礼拝堂に沈黙が落ちる。

 

 それは教団にとって、あり得ない事態だった。

 

 従属種。

 

 それは教団の支配の象徴。

 

 宿主の肉体だけでなく、精神までも掌握する。

 

 その絶対的な力が――。

 

 一人の人間には通用しなかった。

 

「アリス・ジロー……」

 

 サドラーは拳を握り締める。

 

「最初から我々を欺いていたのか」

 

 怒り。

 

 驚愕。

 

 そして、僅かな恐怖。

 

 様々な感情が入り混じる。

 

 しかし、すぐに表情を引き締めた。

 

「総員へ伝達」

 

 低く、冷たい声が響く。

 

「アリス・ジローは我々の敵だ」

 

「発見次第、総力を挙げて排除せよ」

 

「単独で挑むな」

 

「必ず複数で包囲しろ」

 

「生死は問わん」

 

「はっ!」

 

 教団員たちが一斉に礼拝堂を飛び出していく。

 

 サドラーは一人、祭壇の前に残った。

 

 そして静かに目を閉じる。

 

「……最強の使徒だと?」

 

 先ほどまでの言葉を思い出す。

 

 口元が僅かに歪む。

 

「ならば、貴様が本当にこの島を敵に回して生き残れるのか」

 

「とくと見せてもらおう」

 

 ◇

 

 クラウザーとの戦いを終えたレオンは、荒い息を吐きながら廊下を進んでいた。

 

 身体中に傷がある。

 

 それでも止まるわけにはいかなかった。

 

 アシュリーを救出する。

 

 それが自分の任務だ。

 

「待ってろ、アシュリー」

 

 レオンは礼拝堂へ続く扉を開いた。

 

 重い扉が軋む。

 

 その先には、巨大な礼拝堂が広がっていた。

 

 祭壇。

 

 無数の蝋燭。

 

 そして――。

 

「アシュリー!」

 

 祭壇の上には、アシュリーが横たわっていた。

 

 意識はある。

 

 だが、身体を自由に動かすことができない。

 

「レオン……」

 

 弱々しい声。

 

「今、助ける」

 

 レオンは祭壇へ駆け寄った。

 

 アシュリーへ手を伸ばす。

 

 その瞬間だった。

 

「……ククク」

 

 低い笑い声が響く。

 

「そこまでだ」

 

 レオンの動きが止まった。

 

 祭壇の奥。

 

 そこにオズムンド・サドラーが立っていた。

 

「ようこそ、レオン・S・ケネディ」

 

「随分と苦労したようだな」

 

 レオンは拳銃を構える。

 

 だが――。

 

「ぐっ……!」

 

 突然、身体が動かなくなった。

 

 指一本動かせない。

 

「何だ……これ……!」

 

 サドラーが手を掲げる。

 

「貴様の身体には、すでに我らの神の力が宿っている」

 

「ならば、その身体を操ることなど造作もない」

 

 レオンの身体が意志に反して動き始める。

 

「くそっ……!」

 

 腕が勝手に動く。

 

 膝が床へ落ちる。

 

 アシュリーへ伸ばした手も、途中で止まった。

 

「レオン!」

 

 アシュリーが叫ぶ。

 

「逃げろ……!」

 

 だが、レオンにはどうすることもできない。

 

 サドラーがゆっくりと近付いてくる。

 

「どうした?」

 

「ラクーンシティを生き延びた英雄が、この程度か?」

 

 レオンは歯を食いしばる。

 

(動け……!)

 

 必死に身体へ命令する。

 

 しかし、指一本すら動かない。

 

 万事休す。

 

 その時だった。

 

 ――ダダダダダダッ!!

 

 凄まじい銃声が礼拝堂へ響き渡った。

 

「――ッ!」

 

 サドラーの身体が大きく揺れる。

 

 黒いローブが弾丸に撃ち抜かれ、鮮血が飛び散った。

 

「ぐっ……!」

 

 サドラーが咄嗟に身体を捻る。

 

 だが、銃撃は止まらない。

 

 ――ダダダダダッ!!

 

 弾丸が次々とサドラーの身体へ叩き込まれる。

 

 肩。

 

 胸部。

 

 腹部。

 

 確実にサドラーの動きを封じるように撃ち込まれていく。

 

「誰だ!」

 

 サドラーが怒鳴る。

 

 礼拝堂の入口。

 

 そこに、一人の男が立っていた。

 

 黒いスーツ。

 

 片手には敵から奪ったアサルトライフル。

 

 冷たい瞳がサドラーを見据えている。

 

「……アリス?」

 

 レオンの目が大きく見開かれる。

 

「お前……生きていたのか!」

 

 次郎は答えない。

 

 ただ、サドラーから目を離さない。

 

 そして再び引き金を引く。

 

 ――ダダダダダッ!!

 

 弾丸がサドラーの肩を撃ち抜く。

 

「ぐおっ!」

 

 サドラーが後退する。

 

 その隙に、次郎がレオンへ視線を向けた。

 

「レオン」

 

「その娘を連れて行け」

 

「……!」

 

「今なら行ける」

 

 レオンは次郎を見る。

 

「だが、お前は……」

 

「俺のことはいい」

 

 次郎は淡々と言った。

 

「ここは俺が抑える」

 

 サドラーが血を流しながら立ち上がる。

 

「貴様……!」

 

「あれだけの教団員を相手に、なぜ生きている!」

 

 次郎はサドラーを見る。

 

「残念だったな」

 

 アサルトライフルを構え直す。

 

「俺は、あんたが思っているほど簡単には死なない」

 

 ――ダダダダダッ!!

 

 再び銃弾がサドラーへ叩き込まれる。

 

 サドラーは身体を捻って回避しながら、次郎へ向かって腕を伸ばす。

 

 しかし、その動きを次郎の銃撃が阻む。

 

「今だ!」

 

 レオンは迷わなかった。

 

「分かった!」

 

 祭壇へ駆け寄る。

 

 アシュリーを抱き起こす。

 

「アシュリー、行くぞ!」

 

「レオン……」

 

「大丈夫だ」

 

 レオンはアシュリーを抱きかかえ、礼拝堂の入口へ向かっていた。

 

 だが、その前にサドラーが立ちはだかる。

 

「逃がすな!」

 

 サドラーが叫んだ。

 

 その瞬間。

 

 礼拝堂の天井や柱の陰から、黒い影が次々と飛び出した。

 

「キィィィィィッ!」

 

 羽虫のような姿。

 

 キペペオだった。

 

 一匹。

 

 二匹。

 

 三匹。

 

 無数のキペペオが一斉にレオンへ襲い掛かる。

 

 アシュリーを抱えているレオンには、まともに迎撃する余裕がない。

 

「くっ……!」

 

 その時だった。

 

 礼拝堂の入口付近にいた次郎が動いた。

 

 手にしていたアサルトライフルを下ろし、ホルスターへ手を伸ばす。

 

 自動拳銃が一瞬で抜かれた。

 

 ――パンッ!

 ――パンッ!

 

 先頭を飛んでいたキペペオが空中で弾け飛ぶ。

 

 次郎の銃口が僅かに横へ滑る。

 

 ――パンッ!

 ――パンッ!

 

 二匹目。

 

 ――パンッ!

 ――パンッ!

 

 三匹目。

 

 キペペオは不規則な軌道を描きながら飛び回る。

 

 それでも次郎は一匹も見失わない。

 

 飛行速度。

 

 距離。

 

 軌道。

 

 すべてを瞬時に見切る。

 

 乾いた銃声が礼拝堂へ連続して響く。

 

 キペペオが次々と床へ落下していく。

 

 最後の一匹が次郎の背後から迫った。

 

 次郎は振り返らず、銃口だけを僅かに後方へ向ける。

 

 ――パンッ!

 ――パンッ!

 

 キペペオが落下した。

 

 静寂。

 

 襲い掛かってきたキペペオは、すべて撃ち落とされた。

 

 レオンはその隙を逃さない。

 

「今だ!」

 

 アシュリーを抱えたまま、入口へ向かって走る。

 

 次郎が叫んだ。

 

「レオン!」

 

 レオンの足が止まる。

 

「そのまま行け!」

 

「さっさと、ここを出ろ!」

 

「分かった!」

 

 レオンは頷いた。

 

 そのまま正面入口へ向かって走り出す。

 

 だが。

 

 サドラーがそれを追おうとした。

 

「待て!」

 

 その進路へ、次郎が割って入る。

 

 今度はアサルトライフルを構える。

 

 ――ダダダダダッ!!

 

 銃弾がサドラーの体へ撃ち込まれる。

 

「ぐっ!」

 

 サドラーがよろめいた。

 

 次郎はさら数発撃つ。

 

 ――ダダダダダッ!!

 

 サドラーが咄嗟に腕で体を庇う。

 

 その間に、レオンはアシュリーを抱えたまま正面入口を抜けていく。

 

 重い扉が閉まった。

 

 礼拝堂に残ったのは、次郎とサドラーだけ。

 

「……貴様」

 

 サドラーが低く呟く。

 

「追いかけるか?」

 

 サドラーの視線が細くなる。

 

「貴様を先に始末する」

 

「そうしてくれると助かる」

 

 次郎は銃口を向けたまま、静かに笑った。

 

 

 




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