本日一度目の投稿。
夜の海は静かだった。
崖から落ちた有栖次郎の身体は、荒波へ飲み込まれながら深く沈んでいく。
右肩にはレオンの放った銃弾が残した傷があった。
しかし――。
裂けた筋肉はすでに繋がり始めている。
崖下へ叩きつけられてできた傷も時間の問題だった。
切断された血管も修復され、流れ出た血液によって赤く染まった海水も、やがて薄れていった。
次郎は静かに目を開く。
水面の向こうで、月明かりが揺れている。
(頃合いか)
海面へ向かって泳ぐ。
やがて岩場へ辿り着くと、周囲を確認してから身体を引き上げた。
濡れたローブを脱ぎ捨てる。
腰のホルスターは空だった。
リボルバーもトマホークも、落下した際に海へ流されたらしい。
残っているのは、スーツの内側へ隠していた予備のコンバットナイフだけ。
次郎は刃を抜いた。
月明かりを受け、銀色の刃が僅かに輝く。
(これだけあれば十分だ)
短く結論を出す。
エレンはエイダが救出した。
ならば、こちらも動く。
問題は、その前に島から無事脱出するための手段を確保することだった。
次郎は岩場を離れ、森へ入った。
監視塔。
二人の教団員が、夜の島を眺めながら雑談していた。
「さっきの銃声、何だったんだ?」
「レオン・S・ケネディだろ」
「使徒様が相手をしているらしい」
「なら心配ないな」
男たちは笑う。
その背後。
木々の隙間から、黒い影が静かに近付いていた。
ヒュッ――。
一人目が振り返るが、遅かった。
次郎の投げたナイフが側頭部へ叩き込まれる。
「――ッ!」
声を上げる暇もなく男が崩れ落ちる。
もう一人が異変に気付き、振り返った。
しかし、その視界に次郎の姿は無い。
既に背後へ回り込んでいる。
左手が口を塞ぎ、右腕が首へ回る。
そして――。
ゴキッ。
身体から力が抜けた。
次郎は二人の装備を確認する。
拳銃。
予備弾薬。
無線機。
その中から必要なものだけを回収した。
拳銃へ弾倉を装填する。
無線機は地面へ置いた。
踏み潰す。
乾いた破砕音。
次郎は監視塔を見上げる。
ここから先は、隠れて進むだけでは難しい。
まず通信を潰し、その後で武器を確保する。
頭の中で手順を組み立てる。
そして再び歩き出した。
通信施設。
四人の教団員が通信機器を操作している。
「南地区、異常なし」
「西側巡回、異常なし」
「東側も異常なし」
淡々と報告が続く。
誰も気付いていない。
施設裏手。
次郎は分電盤の前へしゃがみ込んでいた。
内部を確認する。
主要回線。
予備回線。
通信設備。
どこを切れば復旧に時間が掛かるのか。
判断に迷いはない。
コンバットナイフを差し込み、配線を切断した。
――ブツン。
照明が消えた。
「停電だ!」
「非常灯を!」
「懐中電灯を出せ!」
怒号が響く。
完全な暗闇に教団員たちが慌てて動き始める。
その直後。
暗闇の中で、最初の男が倒れた。
「……え?」
返事はない。
続いて二人目。
「誰だ!」
銃を抜く音。
しかし、撃つ相手が見えない。
ヒュッ――。
何かが空気を切った。
ドスッ。
「ぐっ……!」
喉元を貫かれ、男が倒れる。
「敵だ!」
残った二人が発砲する。
銃声が暗闇を引き裂く。
しかし、弾丸は何もない場所へ飛んでいく。
次の瞬間。
背後から拳銃が突き付けられた。
パンッ。
最後の一人が倒れる。
静寂。
次郎は通信設備へ歩み寄った。
制御盤を確認する。
そして拳銃を向ける。
パンッ。
パンッ。
パンッ。
三発の銃弾が制御装置を破壊した。
火花が散る。
中継装置から黒煙が上がった。
島全域の通信網が沈黙する。
(これで、しばらくは増援を呼べない)
次郎は施設を後にした。
武器庫前にて教団員が崩れ落ちる。
夜気が戻り、銃声の余韻だけが、通路に薄く漂っていた。
次郎はゆっくりと拳銃を下ろし、周囲に倒れた七人の教団員を一瞥する。
誰も動かない。
呼吸もない。
完全に沈黙している。
次郎は一歩踏み出し、倒れた教団員の装備を確認する。
弾倉。
予備弾薬。
ナイフ。
無線機。
必要なものだけを回収し、無線機は足で踏み潰した。
乾いた破砕音が響く。
武器庫の扉へ向かう。
回収した鍵を静かに差し込む。
カチリ。
扉が開いた。
内部にはライフル、サブマシンガン、ショットガン、弾薬箱が整然と並んでいる。
だが次郎は大型武器へ手を伸ばさない。
これらの武器は暗殺には向かないので後回しだ。
拳銃用の弾薬だけを回収し、予備のコンバットナイフを一本追加する。
そして装備を確認する。
(最低限は整ったな)
次郎は武器庫を後にした。
その瞬間――。
通路の奥で、倒れた教団員の身体が痙攣した。
ピクリ。
首筋が膨れ上がる。
皮膚を突き破り、醜悪なプラーガが姿を現した。
気配に気づいた次郎は振り返ると同時に拳銃を抜く。
――パンッ。
露出したプラーガが弾け飛ぶ。
しかし、別の遺体も痙攣を始めた。
さらにもう一体。
次々とプラーガが姿を現す。
「ギィィィィィィッ!」
甲高い咆哮。
その瞬間、次郎の背筋に寒気が走った。
言葉ではない。
映像でもない。
ただ一つの認識を発信している。
プラーガ同士が情報を共有している。
――敵。
――裏切り者。
――アリス・ジロー。
次郎は状況を理解する前に拳銃を構え直す。
――パンッ。
――パンッ。
――パンッ。
三体のプラーガが沈黙した。
だが、すでに遅かった。
遠くから咆哮が響く。
一つ。
二つ。
三つ。
やがて島の各所から、無数の声が重なり始める。
ガナードたちが次郎を敵として認識したのだ。
(……そういう仕組みか)
ならば、もう隠れる意味はない。
次郎は拳銃をホルスターへ戻す。
(隠密は終わりだな)
そして、大型の武器を取り出しに再度武器庫へ向かう。
今度は誰にも隠れる必要はない。
教団本部。
礼拝堂。
オズムンド・サドラーは、異変を感じ取っていた。
突然、頭の奥へ大量の情報が流れ込んでくる。
映像。
感覚。
そして――殺意。
「……何だ?」
サドラーがこめかみを押さえる。
プラーガを介して送られてくる情報だった。
黒いスーツ。
拳銃。
ナイフ。
倒れていく教団員。
そして最後に映った男の顔。
「……アリス・ジロー」
サドラーの表情が変わった。
「まさか……」
教団員が恐る恐る尋ねる。
「サドラー様?」
サドラーは答えない。
次郎の姿を追っているプラーガたちから、断片的な情報が流れ込んでくる。
攻撃。
殺意。
そして――。
従属種からの命令に対する、完全な無反応。
「……あり得ん」
低い声が漏れる。
「なぜ支配命令を受け付けない……?」
教団員たちは互いに顔を見合わせる。
「まさか……支配に失敗したのですか?」
「違う」
サドラーは即座に否定する。
「従属種は確かに奴の体内へ侵入した」
「ならば……」
サドラーの顔から、初めて余裕が消えた。
「支配そのものが効いていない」
礼拝堂に沈黙が落ちる。
それは教団にとって、あり得ない事態だった。
従属種。
それは教団の支配の象徴。
宿主の肉体だけでなく、精神までも掌握する。
その絶対的な力が――。
一人の人間には通用しなかった。
「アリス・ジロー……」
サドラーは拳を握り締める。
「最初から我々を欺いていたのか」
怒り。
驚愕。
そして、僅かな恐怖。
様々な感情が入り混じる。
しかし、すぐに表情を引き締めた。
「総員へ伝達」
低く、冷たい声が響く。
「アリス・ジローは我々の敵だ」
「発見次第、総力を挙げて排除せよ」
「単独で挑むな」
「必ず複数で包囲しろ」
「生死は問わん」
「はっ!」
教団員たちが一斉に礼拝堂を飛び出していく。
サドラーは一人、祭壇の前に残った。
そして静かに目を閉じる。
「……最強の使徒だと?」
先ほどまでの言葉を思い出す。
口元が僅かに歪む。
「ならば、貴様が本当にこの島を敵に回して生き残れるのか」
「とくと見せてもらおう」
◇
クラウザーとの戦いを終えたレオンは、荒い息を吐きながら廊下を進んでいた。
身体中に傷がある。
それでも止まるわけにはいかなかった。
アシュリーを救出する。
それが自分の任務だ。
「待ってろ、アシュリー」
レオンは礼拝堂へ続く扉を開いた。
重い扉が軋む。
その先には、巨大な礼拝堂が広がっていた。
祭壇。
無数の蝋燭。
そして――。
「アシュリー!」
祭壇の上には、アシュリーが横たわっていた。
意識はある。
だが、身体を自由に動かすことができない。
「レオン……」
弱々しい声。
「今、助ける」
レオンは祭壇へ駆け寄った。
アシュリーへ手を伸ばす。
その瞬間だった。
「……ククク」
低い笑い声が響く。
「そこまでだ」
レオンの動きが止まった。
祭壇の奥。
そこにオズムンド・サドラーが立っていた。
「ようこそ、レオン・S・ケネディ」
「随分と苦労したようだな」
レオンは拳銃を構える。
だが――。
「ぐっ……!」
突然、身体が動かなくなった。
指一本動かせない。
「何だ……これ……!」
サドラーが手を掲げる。
「貴様の身体には、すでに我らの神の力が宿っている」
「ならば、その身体を操ることなど造作もない」
レオンの身体が意志に反して動き始める。
「くそっ……!」
腕が勝手に動く。
膝が床へ落ちる。
アシュリーへ伸ばした手も、途中で止まった。
「レオン!」
アシュリーが叫ぶ。
「逃げろ……!」
だが、レオンにはどうすることもできない。
サドラーがゆっくりと近付いてくる。
「どうした?」
「ラクーンシティを生き延びた英雄が、この程度か?」
レオンは歯を食いしばる。
(動け……!)
必死に身体へ命令する。
しかし、指一本すら動かない。
万事休す。
その時だった。
――ダダダダダダッ!!
凄まじい銃声が礼拝堂へ響き渡った。
「――ッ!」
サドラーの身体が大きく揺れる。
黒いローブが弾丸に撃ち抜かれ、鮮血が飛び散った。
「ぐっ……!」
サドラーが咄嗟に身体を捻る。
だが、銃撃は止まらない。
――ダダダダダッ!!
弾丸が次々とサドラーの身体へ叩き込まれる。
肩。
胸部。
腹部。
確実にサドラーの動きを封じるように撃ち込まれていく。
「誰だ!」
サドラーが怒鳴る。
礼拝堂の入口。
そこに、一人の男が立っていた。
黒いスーツ。
片手には敵から奪ったアサルトライフル。
冷たい瞳がサドラーを見据えている。
「……アリス?」
レオンの目が大きく見開かれる。
「お前……生きていたのか!」
次郎は答えない。
ただ、サドラーから目を離さない。
そして再び引き金を引く。
――ダダダダダッ!!
弾丸がサドラーの肩を撃ち抜く。
「ぐおっ!」
サドラーが後退する。
その隙に、次郎がレオンへ視線を向けた。
「レオン」
「その娘を連れて行け」
「……!」
「今なら行ける」
レオンは次郎を見る。
「だが、お前は……」
「俺のことはいい」
次郎は淡々と言った。
「ここは俺が抑える」
サドラーが血を流しながら立ち上がる。
「貴様……!」
「あれだけの教団員を相手に、なぜ生きている!」
次郎はサドラーを見る。
「残念だったな」
アサルトライフルを構え直す。
「俺は、あんたが思っているほど簡単には死なない」
――ダダダダダッ!!
再び銃弾がサドラーへ叩き込まれる。
サドラーは身体を捻って回避しながら、次郎へ向かって腕を伸ばす。
しかし、その動きを次郎の銃撃が阻む。
「今だ!」
レオンは迷わなかった。
「分かった!」
祭壇へ駆け寄る。
アシュリーを抱き起こす。
「アシュリー、行くぞ!」
「レオン……」
「大丈夫だ」
レオンはアシュリーを抱きかかえ、礼拝堂の入口へ向かっていた。
だが、その前にサドラーが立ちはだかる。
「逃がすな!」
サドラーが叫んだ。
その瞬間。
礼拝堂の天井や柱の陰から、黒い影が次々と飛び出した。
「キィィィィィッ!」
羽虫のような姿。
キペペオだった。
一匹。
二匹。
三匹。
無数のキペペオが一斉にレオンへ襲い掛かる。
アシュリーを抱えているレオンには、まともに迎撃する余裕がない。
「くっ……!」
その時だった。
礼拝堂の入口付近にいた次郎が動いた。
手にしていたアサルトライフルを下ろし、ホルスターへ手を伸ばす。
自動拳銃が一瞬で抜かれた。
――パンッ!
――パンッ!
先頭を飛んでいたキペペオが空中で弾け飛ぶ。
次郎の銃口が僅かに横へ滑る。
――パンッ!
――パンッ!
二匹目。
――パンッ!
――パンッ!
三匹目。
キペペオは不規則な軌道を描きながら飛び回る。
それでも次郎は一匹も見失わない。
飛行速度。
距離。
軌道。
すべてを瞬時に見切る。
乾いた銃声が礼拝堂へ連続して響く。
キペペオが次々と床へ落下していく。
最後の一匹が次郎の背後から迫った。
次郎は振り返らず、銃口だけを僅かに後方へ向ける。
――パンッ!
――パンッ!
キペペオが落下した。
静寂。
襲い掛かってきたキペペオは、すべて撃ち落とされた。
レオンはその隙を逃さない。
「今だ!」
アシュリーを抱えたまま、入口へ向かって走る。
次郎が叫んだ。
「レオン!」
レオンの足が止まる。
「そのまま行け!」
「さっさと、ここを出ろ!」
「分かった!」
レオンは頷いた。
そのまま正面入口へ向かって走り出す。
だが。
サドラーがそれを追おうとした。
「待て!」
その進路へ、次郎が割って入る。
今度はアサルトライフルを構える。
――ダダダダダッ!!
銃弾がサドラーの体へ撃ち込まれる。
「ぐっ!」
サドラーがよろめいた。
次郎はさら数発撃つ。
――ダダダダダッ!!
サドラーが咄嗟に腕で体を庇う。
その間に、レオンはアシュリーを抱えたまま正面入口を抜けていく。
重い扉が閉まった。
礼拝堂に残ったのは、次郎とサドラーだけ。
「……貴様」
サドラーが低く呟く。
「追いかけるか?」
サドラーの視線が細くなる。
「貴様を先に始末する」
「そうしてくれると助かる」
次郎は銃口を向けたまま、静かに笑った。
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