Chapter4までは原作の流れで進みます。
本日一度目の投稿。
廊下の向こうから、次々とゾンビが姿を現す。
一体。
二体。
さらに、その後ろからも何体かが現れた。
「……思ったより早いな」
次郎は周囲を見回した。
現状、武器になり得る物は周囲にない。
素手でも戦えるが、可能であれば武器が欲しい。
そして次郎には、その当てがあった。
用務員室まで戻れば、そこには次郎が普段から薪割りに愛用しているトマホークがある。
薪を割るために手斧として使っている道具だが、本来は軍用で頑丈な造りをしている。
「……取りに向かうか」
次郎は廊下の先を見る。
用務員室までは、それほど遠くない。
問題は、その間にいるゾンビだった。
「仕方ない。片付けながら行こう」
最初の一体が次郎へ向かって歩み寄る。
次郎は伸びてきた腕と側頭部を掴んだ。
身体を半回転させ――。
ゾンビの頭を壁へ勢いよく叩きつける。
鈍い音が鳴り、ゾンビが床へ崩れ落ちた。
次郎は確認することなく、その横を通り過ぎる。
横から別のゾンビが走り寄る。
次郎は伸びてきた腕をかわし、すれ違いざまに足を払う。
ゾンビが前のめりに倒れる。
次郎はそのゾンビに歩み寄り、頭部を踏みつけた。
頭が潰れ、動かなくなる。
「……」
次郎は走る。
廊下の角を曲がったところで、三体のゾンビがこちらへ向かってきた。
「三体か」
最初の一体が腕を伸ばす。
次郎はその腕を受け流し、身体をぶつける。
ゾンビ同士がもつれた。
その隙に一体の頭を掴み、壁へ叩きつける。
続けて、もう一体の足を払い、転倒したゾンビの頭を踏み潰す。
最後の一体が背後から襲いかかるが、次郎は振り返りざまに裏拳をこめかみに叩き込んだ。
ゾンビの側頭部が大きく凹み、力が抜けた身体が崩れ落ちた。
「……これで三体」
息を整える。
ゾンビはまだ増えている。
このまま素手で戦い続ければ、いずれ数に押されるかも知れない。
やはり武器がいる。
「急ごう」
次郎は用務員室へ向かって走った。
廊下には、逃げ惑う生徒たちがいる。
「きゃあああ!」
「助けて!」
「誰か!」
生徒たちは我先にと逃げている。
次郎はその横を走り抜ける。
肩がぶつかりそうになれば身体をずらす。
進路を塞がれていれば、空いた隙間を抜ける。
だが、足を止めることはなかった。
今は構っている暇がない。
そして何より――。
次郎自身も生き残らなければならない。
「……悪いが、全員を助けるなんて事は、俺には無理だ」
次郎は呟いた。
それは諦めではない。
現実を理解しているだけだった。
明確に自分へ助けを求めている人間や自分で助かろうとしている人間。
そういう人間には手を貸せるが、自分では何もせず、誰かの助けを待っている人間まで救っている余裕はない。
ヒーローなんて柄じゃない。
自分はいつだって、ただ生き残るために必死で動いてきただけだ。
廊下の先に用務員室が見えた。
しかし、その扉の前にもゾンビがいた。
「邪魔だ」
次郎は速度を落とさない。
ゾンビが足音に振り返る。
次郎は真正面から踏み込んだ。
伸ばされた腕を掴む。
身体を捻り、頭を壁へ叩きつける。
ゾンビが倒れる横を通り抜け、次郎はそのまま扉を開ける。
用務員室へ入ると素早く内鍵を掛ける。
「……よし」
工具。
掃除道具。
備品。
それらが置かれている奥に、見慣れた一本の黒いトマホークが立てかけてある。
次郎はトマホークを手に取ると、柄を握り、重さを確かめる。
何度も薪割りに使ってきた道具だ。
手に馴染んでいる。
「こういう目的で振るうのは久しぶりだがな」
苦笑しながら軽く振る。
空気を切る音を聞いて、次郎の表情が変わった。
素手でも戦えるが、これならかなり戦いやすい。
その時。
廊下から、複数の唸り声が聞こえてきた。
ゾンビが次々と近づいてくる。
「……もう来たか」
次郎は扉へ向き直り、トマホークを構えた。
「悪いが――」
一歩、廊下へ出る。
「手荒くいくぞ」
先ほどまでとは違い、素手ではない。
使い慣れた道具が手の中にあり、安心感が違う。
ゾンビが一体、正面から近づいてくるが、次郎は足を止めない。
間合いに入った瞬間、トマホークを振り抜き、頭を割られたゾンビが倒れる。
その横から、もう一体。
次郎は身体を捻り、横薙ぎに振るった。
二体目の首が床に転がる。
「……やっぱり、楽だな」
次郎はトマホークを握り直した。
その時だった。
――パンッ!
乾いた音が響いた。
次郎の足が止まる。
「……銃声か?」
もう一度。
――パンッ!
銃器の発砲音に非常によく似た音だった。
次郎は音の方向を見る。
職員室の辺りだ。
さらに耳を澄ます。
何かが潰れる音。
床に何かが倒れる音。
そして、複数の人間が動き回る気配。
「……誰かが戦ってるな」
次郎はすぐに判断した。
逃げているだけではない。
誰かがゾンビと戦っている。
「様子を見てみるか」
次郎は職員室へ向かった。
廊下を曲がる。
すると――。
「孝!」
「任せろ、麗!」
職員室前の廊下で、数人の生徒がゾンビと戦っていた。
男子生徒が金属バットを振り下ろす。
その横では、女子生徒がモップの柄を槍のように振り回している。
眼鏡を掛けた男子生徒は、改造した釘打機を構えていた。
そして、木刀を手にした女子生徒が、冷静にゾンビと対峙している。
その先には職員室の扉がある。
どうやら、あそこへ向かおうとしているらしい。
しかし、その前をゾンビが塞いでいる。
そして少し離れた場所には、もう一人の女子生徒がいた。
床にへたり込んでいて、制服も顔も血で汚れていた。
両手で電動ドリルを握り、その目は、自分が倒したゾンビを見つめている。
「……」
少女は放心していた。
だが、ただ怯えているわけではない。
自分が人間を殺したという現実を、一時的に処理しきれていないだけだ。
次郎は一瞥した。
その時。
戦っている生徒たちの背後から、一体のゾンビが迫る。
「そこの生徒、後ろだ!」
声をかけるが、間に合わない。
次郎はトマホークを振りかぶる。
そして、モップの柄を持った女子生徒へ左手の人差し指を向けた。
「伏せろ!」
女子生徒は瞬時に意図を理解し、身体を低くした。
そして――。
回転しながら飛んだトマホークが、ゾンビの額へ突き刺さる。
ゾンビが倒れると、次郎は周囲を警戒しながら死体へ歩み寄り、頭部からトマホークを引き抜く。
「……間に合って良かった」
トマホークの血を払いながら呟いた。
戦っていた生徒たちは、次郎を見つめていた。
「あなたは……?」
木刀を持った女子生徒が尋ねる。
次郎はトマホークを下ろした。
「佐藤次郎。ここの用務員だ」
「用務員……?」
金属バットを持った男子生徒が目を丸くする。
「俺は小室孝」
男子生徒が名乗る。
「宮本麗です」
「さっきはありがとうございます」
隣の女子生徒が続けて礼を言う。
「平野コータです」
眼鏡の男子生徒が名乗る。
最後に木刀を持った女子生徒が頭を下げた。
「毒島冴子だ」
次郎は四人を見る。
そして、床にいる少女へ目を向ける。
「彼女は?」
次郎は高城を見る。
返り血にまみれた制服。
手にした電動ドリル。
だが、先ほどまでの放心は徐々に薄れている。
高城はゆっくりと立ち上がった。
「……高城沙耶よ」
自分から名乗る。
「見ての通り、ちょっと気分が悪いだけ」
声にはまだ僅かな震えがあった。
それでも、その目にはすでに理性が戻っていた。
「そうか」
次郎はそれ以上聞かなかった。
そこへ白衣姿の女性が近づいてくる。
「保健医の鞠川静香です」
「佐藤次郎。ここの用務員だ」
簡単に自己紹介を交わす。
廊下の奥から、また唸り声が聞こえた。
次郎が職員室を見る。
「……あとの話は中でしよう」
小室たちも頷き、全員で職員室へ入る。
次郎が最後に入って扉を閉め、内鍵をかける。
室内を確認する。
机。
椅子。
書類棚。
ロッカー。
そして――。
「……誰もいないな」
職員室は無人だった。
次郎はすぐに近くのロッカーへ手を掛けた。
「塞ぐぞ」
小室が頷く。
「手伝います」
二人でロッカーを動かす。
宮本と毒島も加わり、もう一つのロッカーを移動させる。
ロッカーが扉の前に置かれる。
さらにもう一つ。
扉は完全に塞がれた。
廊下から足音が近づいてくる。
ペタ。
ペタ。
ペタ。
全員の動きが止まる。
次郎が人差し指を口元に当てる。
「……静かに」
全員が頷く。
足音が扉の前を通り過ぎる。
やがて、遠ざかっていく。
誰も口を開かなかった。
しばらくして、ようやく次郎が小声で言う。
「……これで少しは時間が稼げる」
「この学校、完全に封鎖されたわね」
職員用の湯茶室で顔を洗い終わった高城が戻ってくる。
先ほどまでの動揺は、すでにかなり収まっている。
高城が周囲を見回す。
「問題は、ここからどうするかよ」
次郎は彼女を見る。
さっきまで放心していた少女とは思えない。
その目はもう、状況を分析する目をしていた。
次郎は少しだけ口元を緩める。
どうやら、この集団には頭を使える人間もいるらしい。
扉の向こうからは、時折、ゾンビの唸り声が聞こえてくるが、今のところロッカーで塞いだ扉を破ろうとする気配はない。
全員が緊張を解かないまま、それぞれの場所で息を整えていた。
そんな中、木刀を手にした毒島が静かに口を開く。
「皆 息が上がっている。少し休んでいこう」
小室たちが毒島を見る。
「ここなら、しばらくは安全だと思う」
毒島は周囲を見回す。
「体力を温存しておいた方がいい」
「そうだな」
小室も頷いた。
ここまで休む暇もなく逃げ続けてきた。
宮本も壁に背を預ける。
平野は釘打機を抱えたまま、窓の外を覗いている。
高城も近くの壁に背を預け、一息つく。
そして鞠川は、職員室に置いてあった自分の鞄を確認していた。
「あ、あった」
何かを見つけた鞠川が鞄の中から手を出す。
「車の鍵、あったわ」
手にした鍵を皆に見せる。
小室たちの視線が集まったが、毒島が少し考える。
「その車には、私たち全員が乗れるのか?」
「え?」
鞠川が固まる。
そして、職員室にいる人数を数える。
「……無理ですね」
鍵を見つめる。
「全員は乗れません」
「それでは意味がない」
毒島はあっさりと切り捨てる。
「それよりは、遠征用のマイクロバスを使うのを提案する」
「壁の鍵掛けにキーがある」
「マイクロバス、まだあります」
窓から外を覗いていた平野が即座に答える。
「移動できる状態かどうかまでは分かりませんけど、少なくとも駐車場に残っています」
「それなら、移動手段は確保できそうだな」
毒島が言った。
鞠川も少し安心した表情になる。
「バスなら、みんなで乗れるわね」
だが、すぐに首を傾げる。
「でも……」
鞠川が小室を見る。
「バスはいいとして、どこへ行くの?」
その問いに、小室は黙った。
誰も答えられない。
安全な場所など、今の段階では分からない。
学校の外がどうなっているのかすら、正確には分からないのだ。
やがて小室が口を開く。
「まずは家族の安否を確認したい」
宮本が小室を見る。
「家族……」
「ああ」
小室は頷いた。
「俺は家に戻る」
そして、静かに続ける。
「家族の無事を確認したら、その後で安全な場所を探す」
宮本も頷いた。
「私も一緒に行く」
平野は二人を見た後、窓の外へ目を向けた。
毒島は何も言わず、話を聞いている。
次郎は壁にもたれながら、黙って彼らの会話を聞いていた。
まだ、具体的な行き先は決まっていない。
それでも、目的地を決めるための最初の話し合いは始まっていた。
「……テレビ、つけてみない?」
突然、宮本が言った。
「外の状況が分かるかもしれない」
職員室の隅にはテレビが置かれている。
宮本がテレビの電源を入れる。
音量は小さめに調整する。
画面が砂嵐からニュース番組へ切り替わる。
『――現在、東京都内の複数地域で、原因不明の暴動が発生しています』
スタジオの女性アナウンサーが緊張した表情で原稿を読む。
『警視庁によりますと、床主市を含む都内の複数の区・市で同時多発的に被害が発生しており、多数の負傷者が出ている模様です』
画面が切り替わる。
新宿区。
渋谷区。
千代田区。
世田谷区。
江戸川区。
そして――床主市。
それぞれの街で逃げ惑う人々。
道路には放置された車。
炎を上げる建物。
救急車やパトカーが走り回っている。
さらに別の映像。
駅前。
商店街。
住宅街。
高速道路。
どこも混乱していた。
『現在、警察や消防、自衛隊などが各地で対応に当たっていますが、被害は拡大を続けています』
高城が画面を見つめる。
「……東京のあちこちで」
『現時点で被害の発生していない地域もありますが、床主市を含む複数の地域で深刻な状況が続いています』
職員室の空気が重くなる。
小室が呟く。
「じゃあ……学校の外も……」
「安全とは限らないな」
次郎が答える。
画面が現場中継へ切り替わる。
『こちら現在、東京都内の現場です。先ほどから周辺では非常に激しい混乱が続いています』
カメラの向こうでは、大勢の人間が道路を走っている。
『現在も大勢の方がこちらへ避難してきています。警察によりますと、暴徒の一部には――』
その瞬間。
画面の奥から一人の男が現れた。
宮本が息を呑む。
男は近くにいた女性へ飛びかかる。
『ちょっと! 何をしてるんですか!』
カメラが大きく揺れる。
女性の悲鳴。
現場スタッフの怒鳴り声。
『やめてください! こちらへ来ないで――』
そして。
『きゃあああああ――!』
中継が途切れた。
スタジオへ映像が戻る。
女性アナウンサーは動揺しながらも原稿を読む。
『……失礼しました。現在、東京都内で発生している事件について、さらに情報が入っています』
画面が切り替わる。
『先ほど、国内の複数の報道機関に対し、国際的なテロ組織を名乗るグループから声明が送られてきました』
画面に声明文が表示される。
『我々は、現在東京で発生している一連の事件について、その責任を負う』
平野が息を呑む。
「テロ組織……」
高城は画面を睨む。
「つまり東京をテロに巻き込んだってこと……?」
次郎は答えなかった。
床主市を含む東京の複数地域で同時に異常事態が起きている。
そして、その原因をテロ組織が自らの犯行だと主張している。
しかし――。
次郎には、それだけでは説明がつかないように思えた。
「……嫌な感じだな」
次郎は小さく呟いた。
テレビの中では、テロ組織の声明が尚も読み上げられていた。