元殺し屋がバイオ事件に巻き込まれる話   作:オッパッピー

70 / 73

本日一度目の投稿。


Chapter1 学園黙示録 Part4

 次郎は、ガラス扉の取っ手を握った。

 

 力を込めすぎれば、金具が鳴る。

 

 扉そのものを動かす際にも、蝶番が音を立てる可能性がある。

 

 次郎は暗殺者時代に培った感覚で、扉の状態を指先から確かめた。

 

 そして――。

 

 ほんの僅かずつ、扉を開いていく。

 

 ギ……。

 

 微かな音が鳴り、次郎は動きを止めた。

 

 周囲を見る。

 

 ゾンビたちは反応していない。

 

 ペンの落ちた場所へ、まだ意識を向けている。

 

 次郎はさらに扉を開いた。

 

 今度は音を立てない。

 

 人一人が通れるだけの隙間を作り、次郎は屋外へ出た。

 

 振り返り、小さく手招きする。

 

 最初に毒島が動いた。

 

 木刀を握ったまま、慎重に扉を抜ける。

 

 続いて小室。

 

 宮本。

 

 平野。

 

 高城。

 

 鞠川。

 

 全員が足音を殺し、一人ずつ玄関を抜けていく。

 

 誰も喋らない。

 

 誰も走らない。

 

 靴音すら立てないよう、慎重に足を運ぶ。

 

 次郎は最後尾に残り、全員が屋外へ出たことを確認する。

 

 あと少し。

 

 このままいけば――。

 

 静かに突破できる。

 

 そう思われた。

 

 その時だった。

 

「逃げろおおおおっ!」

 

「早く! こっちだ!」

 

 校舎の奥から突然、叫び声が響いた。

 

 全員の身体が強張る。

 

 ドタドタドタッ!

 

 階段を駆け下りてくる複数の足音。

 

 次郎が振り返る。

 

「……まずいな」

 

 別の生徒たちが階段から正面玄関へ駆け込んできた。

 

「あっちだ!」

 

「外へ逃げろ!」

 

 叫び声と足音が、静まり返っていた正面玄関に響き渡る。

 

 その瞬間。

 

 それまで大人しかったゾンビたちが、一斉に振り返った。

 

 そして数秒後。

 

「うわああああっ!」

 

 生徒たちへ複数のゾンビが群がる。

 

 別のゾンビも、その横から襲いかかる。

 

 さらに後方から何体ものゾンビが殺到する。

 

 悲鳴が響き渡り、床へ倒れた生徒にゾンビが群がる。

 

 正面玄関が一瞬にして血に染まった。

 

「……!」

 

 小室が周囲を見る。

 

 そして、校庭側へ視線を向けた。

 

 先ほどまで離れた場所にいたゾンビたちが、こちらへ向かって歩き始めている。

 

 玄関から聞こえた悲鳴と足音に反応したのだ。

 

 正面にも背後にもゾンビ。

 

 逃げ道を塞がれつつある。

 

「走れ!」

 

 小室が叫んだ。

 

「みんな、走れ!」

 

 全員が即座に走り出す。

 

 高城が走りながら小室を見る。

 

「小室! なに大声出してんのよ、手近な奴らだけ倒せばやり過ごせたかもしれないのに!」

 

「でも、校庭からも来てる!」

 

 小室が前方を指差す。

 

 校庭側から、ゾンビが次々とこちらへ向かっている。

 

「このままじゃ挟まれる!」

 

「……!」

 

 高城も前を見る。

 

 確かに、校庭からゾンビが迫っている。

 

 宮本が近くに来たゾンビをモップの柄で倒し叫ぶ。

 

「あんなに音が響くなら仕方ないわよ!」

 

「……分かってる!」

 

 高城も走る。

 

 次郎が最後尾から叫ぶ。

 

「他人を責めてる暇はないぞ!」

 

 トマホークを握り直す。

 

「死にたくないなら、全力で走れ!」

 

 全員がさらに速度を上げた。

 

 先頭は毒島と小室。

 

 迫ってくるゾンビを避けられない場合だけ迎撃する。

 

 毒島の木刀がゾンビの頭部を捉えた。

 

 ゾンビが倒れる。

 

 小室も金属バットを振り抜く。

 

 ゾンビを倒し、前へ進む。

 

 その後ろでは、宮本と平野が続く。

 

 宮本がモップの柄でゾンビを押して転倒させる。

 

 平野も釘打機を構え、迫ってきたゾンビを撃つ。

 

 高城と鞠川も必死に走る。

 

 そして最後尾。

 

 次郎は走りながら周囲を確認する。

 

 玄関から。

 

 校庭から。

 

 ゾンビが次々とこちらへ向かっている。

 

「……数が多いな」

 

 次郎は足を止めない。

 

 側面から走り寄ってきた一体が手を伸ばす。

 

 次郎は身体を捻ってかわし、そのままトマホークを振り抜く。

 

 ゾンビの首が転がり、体が倒れる。

 

 血飛沫にかからないように次郎は再び走る。

 

 立ち止まれば、そこで終わる。

 

 静かに突破するはずだった正面玄関周辺は、完全な戦場と化していた。

 

 今はただ――。

 

 全員が駐車場へ向かって走っていた。

 

 目指す先には、藤美学園のマイクロバスが停まっている。

 

 だが、バスの周囲にもゾンビがいた。

 

「先に片付けよう!」

 

 小室が叫ぶ。

 

 毒島が木刀を構える。

 

「ああ」

 

 二人が前へ出る。

 

 小室が金属バットをゾンビの頭に振り下ろす。

 

 毒島も木刀を振るい、別の一体を倒した。

 

 宮本と平野も続く。

 

 宮本がモップの柄を槍のように振り回し、ゾンビの頭を凹ませ、平野が釘打機を撃つ。

 

 高城と鞠川は、二人の後ろから周囲を警戒している。

 

 次郎も周囲を確認する。

 

 駐車場の奥から近づいてきたゾンビが一体、次郎はトマホークで頭を割る。

 

 倒れる。

 

 さらに一体。

 

 踏み込んで頭部へ叩き込む。

 

 ゾンビが崩れ落ちた。

 

「これでバスの周辺は大丈夫だな」

 

 次郎が周囲を確認する。

 

 少なくとも、すぐに襲いかかってくるゾンビはいない。

 

 鞠川が鍵を取り出す。

 

「開けるわ!」

 

 ロックを解除。

 

 扉が開く。

 

 鞠川が先に乗り込み、運転席へ向かう。

 

「えっと……」

 

 運転席に座った鞠川が、ハンドル周辺を見回す。

 

「……私の車と違うわね」

 

 キーを差し込み、計器類を確認する。

 

「どこがどうなってるの……?」

 

 平野が車内へ乗り込む。

 

「僕は窓から外を見張ります!」

 

 窓を開け、釘打機を構える。

 

 宮本と高城も乗り込む。

 

 毒島と小室も続く。

 

 次郎は最後まで外に残り、周囲を確認し続ける。

 

 新たなゾンビは近づいていない。

 

「佐藤さん、もう出せるわ」

 

「了解」

 

 鞠川の声を聞き、次郎もバスへ乗り込もうとする。

 

 乗降口へ足をかけた。

 

 その時だった。

 

「待ってくれ!」

 

 駐車場の向こうから声が響いた。

 

 次郎が振り返る。

 

 複数の生徒を引き連れた男が、こちらへ向かっている。

 

「待ってくれ! そのバスに乗せてくれ!」

 

 教師――紫藤浩一だった。

 

 その背後には、彼についてきた生徒たち。

 

 さらに、その周囲からゾンビが集まり始めている。

 

「待って!」

 

 小室が声を上げる。

 

「先生、まだ出さないでください!」

 

 鞠川はアクセルから足を離す。

 

「分かったわ」

 

 次郎は車外を見る。

 

 さっき片付けたはずの駐車場に、またゾンビの姿が増えている。

 

 校舎側。

 

 校門側。

 

 あちこちから集まってきている。

 

「小室くん」

 

 次郎が言う。

 

「周囲をよく見ろ」

 

 小室が窓の外を見る。

 

「……また奴らが集まってきてる」

 

「そうだ」

 

 次郎はトマホークを握り直す。

 

「バスの前に集まりすぎると動かせなくなるぞ」

 

「なら、踏み潰せばいいじゃないですか」

 

 小室が鞠川を見る。

 

「バスで突っ込めば道を作れるでしょ!」

 

「駄目よ!」

 

 鞠川が即座に否定する。

 

「この車で何人も踏み潰したら横転するわ!」

 

「く……」

 

 小室が黙る。

 

 その横で、宮本が紫藤を睨みつけていた。

 

「……なんで待つのよ」

 

「麗?」

 

「あんな奴、助ける必要なんてない!」

 

 宮本の声には、明らかな敵意があった。

 

「でも、あの中には生徒もいるんだぞ」

 

 小室が言う。

 

「それでもよ」

 

 宮本は紫藤を睨み続ける。

 

「あんな奴、死んじゃえばいいのよ!」

 

 次郎は宮本を見る。

 

 ただの意見の食い違いではない。

 

 宮本は、紫藤という男を明らかに憎悪している。

 

「……」

 

 どうやら二人の間には、何かあるらしい。

 

 だが、それを深く聞いている場合ではない。

 

 バスの周囲には、さらにゾンビが集まってきている。

 

 紫藤たちも、まだこちらへ向かっている途中だ。

 

 次郎はトマホークを構えた。

 

「……仕方ない。俺がもう一度、片付けてくる」

 

 次郎が扉に手をかける。

 

「一人で、ですか?」

 

 小室が尋ねる。

 

「ああ。君たちは乗っていろ」

 

 次郎はトマホークを手に、バスを降りた。

 

 後ろ手に扉を閉めながら、次郎は周囲を見回した。

 

 正面から一体。

 

 横からも一体。

 

 その奥から、さらに何体も近づいてくる。

 

 次郎はトマホークを構え、迷わず正面の一体に駆け寄る。

 

 刹那、振り下ろされた刃が頭部を割る。

 

 次の一体が腕を伸ばしてくる。

 

 次郎は身体をずらしてかわし、側頭部へトマホークを叩き込む。

 

 倒れたゾンビを跨ぎ、さらに近づいてくる一体へ踏み込む。

 

 トマホークが閃き、また一体が倒れた。

 

 次郎は止まらない。

 

 バスへ近づこうとするゾンビを、一体ずつ確実に仕留めていく。

 

 その間に、紫藤が連れてきた生徒たちも次々とバスへ乗り込んでいく。

 

 生徒たちが車内へ駆け込む。

 

 平野は窓を開け、外を警戒している。

 

 宮本と高城も車内から周囲を確認する。

 

 毒島は入口付近で、最後まで外を見ていた。

 

「全員、乗りました!」

 

 平野が告げる。

 

 小室が窓の外を見る。

 

 次郎がまだ戦っている。

 

 バスの周囲に残っていたゾンビを次々と倒している。

 

 やがて最後の一体が倒れた。

 

「佐藤さん!」

 

 小室が声を飛ばす。

 

「もう大丈夫です! 乗ってください!」

 

 次郎が顔を上げる。

 

「分かった!」

 

 次郎は周囲をもう一度確認してから、バスへ走る。

 

 車内へ飛び込み、すぐに扉を閉める。

 

「鞠川先生、お願いします!」

 

「分かったわ」

 

 鞠川がハンドルを握り、小さく息を吐いた。

 

 正面の道路には、まだゾンビがいる。

 

「……あれはもう人間じゃない」

 

 自分自身に言い聞かせるように呟く。

 

「人間じゃない……」

 

 アクセルを踏み込む。

 

 マイクロバスが勢いよく動き出した。

 

 正面にいたゾンビを撥ね飛ばす。

 

 さらに一体。

 

 車体が大きく揺れる。

 

 それでも鞠川は速度を落とさない。

 

 バスは駐車場を抜け、藤美学園の敷地から道路へ飛び出した。

 

 車内に、わずかな安堵が広がる。

 

 だが、それも長くは続かなかった。

 

「ところで」

 

 紫藤が口を開いた。

 

「このグループのリーダーは、どなたですか?」

 

 誰も答えない。

 

 紫藤は周囲を見渡す。

 

 すると毒島が答えた。

 

「そのような者はいない」

 

「いない?」

 

「ああ」

 

 毒島は淡々と答える。

 

「逃げる為に協力しあっただけだ」

 

 紫藤の目が細くなる。

 

 そして――。

 

 その目が怪しく光った。

 

「それはいけませんね」

 

 紫藤は穏やかな口調で言う。

 

「このような状況で生き残るためには、リーダーが絶対に必要です」

 

 毒島は紫藤を見つめる。

 

「そうだろうか」

 

「ええ」

 

 紫藤は微笑む。

 

「指揮を執る者がいなければ、いずれ意見が割れます。そうなれば、全員が危険に晒される」

 

 次郎は黙って紫藤を観察していた。

 

 言っていることだけを聞けば、もっともらしい。

 

 しかし――。

 

 何か引っ掛かる。

 

 その目だ。

 

 紫藤という男が、何を考えているのか。

 

 次郎にはまだ分からないが、あの目が気に入らない。

 

 その時。

 

 宮本が小室へ顔を寄せた。

 

 声を潜める。

 

「……孝」

 

「何だ?」

 

「紫藤を乗せたこと、必ず後悔するわよ」

 

 次郎の耳には、その言葉が聞こえていた。

 

 小室は何も答えない。

 

 ただ前方を見つめている。

 

 次郎は紫藤へ視線を戻した。

 

 そして宮本を見る。

 

 やはり――。

 

 この二人の間には、何かあるようだ。

 

 しかも、単なる相性の悪さではない因縁がありそうだった。

 

 

――Chapter1・完――

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。