本日一度目の投稿。
「降りる?」
紫藤の表情が変わる。
「なぜです?」
「この渋滞じゃ、バスは動かないでしょう」
高城は淡々と答える。
「それなら、自分たちで歩いた方がいい」
「ですが、今は皆で一致協力するべきです」
紫藤は穏やかな口調で言った。
「このような状況だからこそ、互いに助け合わなければなりません」
「それは分かってるわ」
高城は即答した。
「でも、あなたの指示に従うつもりはない」
「高城さん……」
紫藤が眉をひそめる。
「修学旅行じゃあるまいし。好きにさせてもらうわ」
車内の空気が凍る。
紫藤はしばらく高城を見つめていたが、やがて薄く笑う。
「そうですか」
そして肩をすくめた。
「日本は自由の国です。好きにすればいいでしょう」
あっさりと引き下がったように見えた。
しかし、次の言葉は鞠川へ向けられた。
「ただし――」
紫藤が鞠川を見る。
「鞠川先生に抜けられるのは困ります」
「え?」
「あなたは医師です」
紫藤は穏やかに続ける。
「これから先、怪我人が出る可能性はいくらでもある。あなたの医療知識は、この集団にとって非常に重要です」
「でも……」
「どうか残ってください」
紫藤はさらに言葉を重ねる。
「大勢の生徒が鞠川先生を必要としています」
周囲の生徒たちへ視線を向ける。
「そうですよね?」
「はい!」
「鞠川先生には残ってほしいです!」
「先生がいないと困ります!」
生徒たちから次々と声が上がる。
鞠川が困惑したように周囲を見る。
「ちょっと……」
「鞠川先生」
紫藤が優しく声を掛ける。
「この子たちのためにも、ここに残っていただけませんか?」
その瞬間。
パンッ!
乾いた音が車内に響いた。
全員が凍りつく。
平野が釘打機を紫藤へ向けていた。
「……外したんじゃない。手元が狂って外れたんだ」
平野の声には、明らかな怒気がこもっていた。
紫藤の表情から笑みが消える。
「平野くん……」
「鞠川先生を利用するな」
平野は釘打機を下ろさない。
「これ以上、先生を引き止めるなら……」
平野は紫藤を睨む。
「次は外さない!」
車内が静まり返る。
そして平野は次郎と毒島へ声を掛ける。
「佐藤さんと毒島先輩は先に行ってください」
二人が振り向く。
「僕が後衛をつとめます」
平野は釘打機を構え直した。
毒島は平野を見つめて微笑む。
「分かった。頼むぞ、平野くん」
「はい!」
次郎たちはバスを降り、平野も釘打機を手に最後にバスから降りる。
「これで全員ね」
高城が確認する。
バスの車内では、紫藤と一般生徒たちがこちらをじっと見ていたが、次郎たちは気にせずにその場を離れ、御別橋へ向かう。
しかし――。
橋の入口には、警察車両が並んでいた。
規制線も張られている。
平野が橋の様子を確認する。
「……あれは通常の規制じゃないですね」
「どういうことだ?」
毒島が尋ねる。
「ただ通行を止めているだけじゃありません。あれだけ厳重だと、正面から渡るのは無理です」
次郎が橋を見る。
「なら別の道を探すしかないな」
「川を渡れる場所を探そう」
一行は橋から離れ、川沿いへ向かった。
護岸。
堤防。
川へ下りられそうな場所。
周囲を確認しながら、渡河できそうな場所を探していく。
しばらく歩いたところで――。
遠くから、エンジン音が聞こえてきた。
次郎が顔を上げる。
川沿いの道を、一台のバイクが近づいてくる。
運転しているのは小室。
後ろには宮本が乗っていた。
「……小室くん!」
毒島が声を上げる。
小室もこちらに気づいた。
「毒島先輩!」
バイクが止まる。
「みんな、無事だった!」
宮本が驚いたように言う。
「小室くんたちが無事でよかった」
毒島が答える。
「二人は何をしていたんだ?」
「俺たちも御別橋を渡れないか探してたんです」
小室が答える。
「でも、あそこは無理そうだったので、川沿いを回ろうかと」
「こちらも同じだ」
毒島が言う。
「橋が使えないなら、川を渡れる場所を探すしかないと思ってな」
「どうする?」
小室が周囲を見る。
その時、夕暮れの空を見上げた鞠川が言った。
「川を渡るのはいいけど……もう少しで暗くなるわよ」
高城が川を見る。
「そうね、この状況じゃ無理に渡るのも危ないわ」
その時、毒島が少し離れた場所に見える建物へ目を向けた。
「……あの城にでも籠城するか?」
半ば冗談めかした言葉だった。
高城がそちらを見る。
「城って……」
次郎もその建物、城を模した大人のホテルへ目を向ける。
「無理だな」
「ふふ、やはりそう思うか」
毒島は笑った。
「ああ。この人数ではとても守りきれない」
次郎は短く答える。
かつて、自分も屋敷に立て籠もったことがある。
そこは一時的には安全だった。
だが、最後には崩壊した。
事件が終わった後、次郎は何度も考えた。
――あの時、どうすればよかったのかと。
何が足りなかったのか。
どうしていれば、あの屋敷を守りきれたのか。
答えを考え続けたが、結局未だに答えは出ていない。
「まあ、冗談だ」
毒島が肩をすくめる。
「なら、別の場所を探そう」
「あっ」
そこで鞠川が声を上げた。
「近くに友達の部屋があるわ」
高城が振り向く。
「友達の部屋?」
「ええ。女友達なんだけど、今は留守にしているの」
鞠川は続ける。
「部屋の空気を入れ替えるために、合鍵を預かっているのよ」
「それなら、今夜を過ごす場所として使えるかもしれませんね」
平野が言った。
次郎も頷く。
「確認してみる価値はあるな」
「ええ。場所はそれほど遠くないわ」
小室がバイクを見る。
「それなら、鞠川先生」
「何?」
「後ろに乗ってください」
鞠川が少し驚く。
「いいの?」
「はい。俺が連れていきます」
小室の言葉を聞いて宮本がバイクから降りる。
「私はみんなと一緒に行くわ」
小室が頷く。
「頼む」
鞠川が後部座席へ乗る。
「じゃあ、お願いね」
「はい」
小室がエンジンを掛ける。
鞠川を後ろに乗せたバイクが、夕暮れの道路を走り出した。
残された一同は、その場で待つことになった。
高城が腕を組み、遠ざかっていくバイクを見つめる。
「……無事に帰ってくるといいけど」
「小室くんなら大丈夫だろう」
毒島が答える。
その隣で、次郎は周囲を警戒していた。
道路には相変わらず、逃げようとする人々の車が溢れている。
クラクション。
人の怒鳴り声。
遠くから聞こえる悲鳴。
そして、その間を歩き回る感染者。
いつまでもここに留まっていられる状況ではない。
「佐藤さん」
高城が声を掛ける。
「何だ?」
「さっきの話だけど……本当にあの城は駄目だと思う?」
「ああ、駄目だ」
次郎は即答した。
「建物そのものが悪いわけじゃない」
「じゃあ、何が問題なの?」
「守る側の人数に対して、守る範囲が広すぎる」
それだけ言って、次郎は口を閉じる。
高城もそれ以上は聞かなかった。
「……なるほどね」
毒島が少し笑う。
「佐藤さんは、籠城そのものが嫌いというわけではないのだな」
「状況次第だ」
「そうか」
毒島は頷く。
「ならば、鞠川先生の友人宅が安全であることを祈るしかないな」
「そうですね」
平野も頷いた。
しばらくして――。
遠くからエンジン音が聞こえてきた。
「あ、戻ってきた!」
平野が顔を上げる。
一台のバイクがこちらへ近づいてくる。
小室が運転していて、後ろには鞠川が乗っていた。
バイクが一同の前で停止する。
「お帰り」
高城が声を掛ける。
「ただいま」
鞠川がバイクから降りる。
「どうだった?」
毒島が尋ねる。
「部屋は無事よ」
鞠川が答えた。
「外から見ただけではあるけど、荒らされた形跡はなかったわ」
「それはよかった」
高城が安堵する。
鞠川は続けた。
「一日過ごすだけなら、十分だと思う」
「なら、今夜はそこを使わせてもらおう」
毒島が言う。
「問題は、どうやって全員で移動するかだな」
小室がバイクから降りる。
「歩いても、それほど遠くないですよ」
「奴らは?」
次郎が尋ねる。
「途中で何体か見ました。でも、こっちまで来ている様子はありません」
「なら、移動するなら今だな」
次郎が言う。
夕暮れは、先ほどよりも濃くなっている。
完全に暗くなる前に、今夜の拠点を確保した方がいい。
小室が頷いた。
「分かりました」
全員が静かに移動を始める。
鞠川の案内で、一行は目的のマンションへ辿り着いた。
「ここよ」
鞠川が合鍵を取り出し、扉を開ける。
中は暗く、物音もしない。
「俺は二階を見てくる」
次郎がトマホークを手にする。
「私は一階を確認しよう」
毒島も木刀を構える。
次郎は階段へ向かい、毒島は一階の奥へ進んでいく。
足音を抑えながら、次郎は二階へ上がる。
廊下。
寝室。
物置。
各部屋を一つずつ確認する。
人の気配はない。
隠れている者もいない。
一階でも、毒島が各部屋を確認していく。
やがて二人が玄関へ戻ってきた。
「二階は問題ない」
次郎が言う。
「一階も問題ない。誰もいないようだ」
毒島も頷く。
「それなら、ここを使いましょう」
鞠川が安堵したように息を吐く。
高城が浴室へ目を向けた。
「……お風呂、借りてもいい?」
「私も入りたい」
宮本が続く。
毒島も木刀を壁へ立て掛ける。
「私も汗を流しておきたいな」
「もちろんいいわよ」
鞠川が答える。
「じゃあ、みんなで入りましょう」
女四人は、そのまま浴室へ向かっていった。
残されたのは次郎、小室、平野の三人。
「俺たちは使えるものを探そう」
小室が言った。
「ああ」
平野も頷く。
次郎も室内を見回す。
「何か役に立つものがあるかもしれない」
三人は室内の棚や収納を調べ始めた。
浴室の方からは、女性陣の楽しそうな声が聞こえてくる。
時折、弾むような笑い声が響く。
先ほどまで生死の境を彷徨っていたとは思えないほど、和やかな雰囲気だった。
小室が一瞬だけ浴室の方へ視線を向ける。
「……元気だな」
「今のうちに休めるなら、それでいいさ」
次郎はそう言いながら、棚の中を確認していく。
タオル。
救急用品。
日用品。
そして――。
「……これは」
平野が棚の奥から箱を取り出した。
「弾薬だ」
「銃の?」
小室が近づく。
「うん。種類もいくつかある」
平野が箱を確認していく。
「これだけ弾があるなら、銃もどこかにあるはずだ」
平野が室内を見回す。
その視線が、部屋の奥に置かれた金庫で止まった。
「……あれじゃないか?」
小室も金庫へ近づく。
「中に銃が入ってるのか?」
「可能性は高い」
次郎も金庫を確認する。
しかし、鍵は見当たらない。
「鍵がないな」
小室が周囲を探す。
「もしかしたら、本人が持っているのかも」
平野が言う。
「静香先生の友だちが?」
「うん。警察の特殊部隊の人だって話だけど」
「これだけの銃や弾薬を管理しているなら、鍵を持ち歩いていてもおかしくない」
「そうなると、こじ開けるしかないか」
小室が金庫を見る。
「ちょっと待て」
こじ開けると聞いて次郎が二人を止めに入る。
そんな大音量が鳴れば、大量のゾンビをこの家に引きつけかねない。
次郎は金庫の鍵穴を覗いて確認する。
「普通のシリンダー錠だな」
次郎は右胸のポケットへ手を入れた。
取り出したのは、小さな工具だった。
「……それ、何です?」
小室が尋ねる。
「ただのピッキングツールだ」
「なんでそんなもの持ってるんだよ……」
平野が呆れたように呟く。
次郎は答えず、鍵穴へ工具を差し込む。
僅かに手を動かす。
カチッ。
「よし、開いた」
「……」
「……」
小室と平野が次郎を見る。
次郎は何事もなかったように金庫を開けた。
中には複数の銃器が収められていた。
「うおお、すげえ……」
平野の目が輝く。
平野は一丁を手に取った。
「伊坂M37ディフェンダー」
小室を見る。
「小室、これ使えよ」
「俺が?」
「うん。これなら使いやすいと思う」
「分かった」
小室が受け取る。
平野はさらに別の銃を取り出した。
「スプリングフィールドM1Aスーパー・マッチ」
そして、もう一丁。
「M16A4」
平野は嬉しそうに銃を眺める。
「これは俺が使いたい」
「二丁とも?」
「状況に応じて使い分ける」
さらに金庫の奥から一丁を取り出す。
「バトラー・クリークのルガー10/22ライフル」
「これは麗に使ってもらおう」
小室が言う。
「そうだな」
平野も頷く。
その間も浴室からは女性陣の楽しそうな声が聞こえていた。
次郎は銃を使えますが、自分にはトマホークがあるので学生たちに譲っています。