元殺し屋がバイオ事件に巻き込まれる話   作:オッパッピー

72 / 73

本日一度目の投稿。


Chapter2 死の行進 Part2

「降りる?」

 

 紫藤の表情が変わる。

 

「なぜです?」

 

「この渋滞じゃ、バスは動かないでしょう」

 

 高城は淡々と答える。

 

「それなら、自分たちで歩いた方がいい」

 

「ですが、今は皆で一致協力するべきです」

 

 紫藤は穏やかな口調で言った。

 

「このような状況だからこそ、互いに助け合わなければなりません」

 

「それは分かってるわ」

 

 高城は即答した。

 

「でも、あなたの指示に従うつもりはない」

 

「高城さん……」

 

 紫藤が眉をひそめる。

 

「修学旅行じゃあるまいし。好きにさせてもらうわ」

 

 車内の空気が凍る。

 

 紫藤はしばらく高城を見つめていたが、やがて薄く笑う。

 

「そうですか」

 

 そして肩をすくめた。

 

「日本は自由の国です。好きにすればいいでしょう」

 

 あっさりと引き下がったように見えた。

 

 しかし、次の言葉は鞠川へ向けられた。

 

「ただし――」

 

 紫藤が鞠川を見る。

 

「鞠川先生に抜けられるのは困ります」

 

「え?」

 

「あなたは医師です」

 

 紫藤は穏やかに続ける。

 

「これから先、怪我人が出る可能性はいくらでもある。あなたの医療知識は、この集団にとって非常に重要です」

 

「でも……」

 

「どうか残ってください」

 

 紫藤はさらに言葉を重ねる。

 

「大勢の生徒が鞠川先生を必要としています」

 

 周囲の生徒たちへ視線を向ける。

 

「そうですよね?」

 

「はい!」

 

「鞠川先生には残ってほしいです!」

 

「先生がいないと困ります!」

 

 生徒たちから次々と声が上がる。

 

 鞠川が困惑したように周囲を見る。

 

「ちょっと……」

 

「鞠川先生」

 

 紫藤が優しく声を掛ける。

 

「この子たちのためにも、ここに残っていただけませんか?」

 

 その瞬間。

 

 パンッ!

 

 乾いた音が車内に響いた。

 

 全員が凍りつく。

 

 平野が釘打機を紫藤へ向けていた。

 

「……外したんじゃない。手元が狂って外れたんだ」

 

 平野の声には、明らかな怒気がこもっていた。

 

 紫藤の表情から笑みが消える。

 

「平野くん……」

 

「鞠川先生を利用するな」

 

 平野は釘打機を下ろさない。

 

「これ以上、先生を引き止めるなら……」

 

 平野は紫藤を睨む。

 

「次は外さない!」

 

 車内が静まり返る。

 

 そして平野は次郎と毒島へ声を掛ける。

 

「佐藤さんと毒島先輩は先に行ってください」

 

 二人が振り向く。

 

「僕が後衛をつとめます」

 

 平野は釘打機を構え直した。

 

 毒島は平野を見つめて微笑む。

 

「分かった。頼むぞ、平野くん」

 

「はい!」

 

 次郎たちはバスを降り、平野も釘打機を手に最後にバスから降りる。

 

「これで全員ね」

 

 高城が確認する。

 

 バスの車内では、紫藤と一般生徒たちがこちらをじっと見ていたが、次郎たちは気にせずにその場を離れ、御別橋へ向かう。

 

 しかし――。

 

 橋の入口には、警察車両が並んでいた。

 

 規制線も張られている。

 

 平野が橋の様子を確認する。

 

「……あれは通常の規制じゃないですね」

 

「どういうことだ?」

 

 毒島が尋ねる。

 

「ただ通行を止めているだけじゃありません。あれだけ厳重だと、正面から渡るのは無理です」

 

 次郎が橋を見る。

 

「なら別の道を探すしかないな」

 

「川を渡れる場所を探そう」

 

 一行は橋から離れ、川沿いへ向かった。

 

 護岸。

 

 堤防。

 

 川へ下りられそうな場所。

 

 周囲を確認しながら、渡河できそうな場所を探していく。

 

 しばらく歩いたところで――。

 

 遠くから、エンジン音が聞こえてきた。

 

 次郎が顔を上げる。

 

 川沿いの道を、一台のバイクが近づいてくる。

 

 運転しているのは小室。

 

 後ろには宮本が乗っていた。

 

「……小室くん!」

 

 毒島が声を上げる。

 

 小室もこちらに気づいた。

 

「毒島先輩!」

 

 バイクが止まる。

 

「みんな、無事だった!」

 

 宮本が驚いたように言う。

 

「小室くんたちが無事でよかった」

 

 毒島が答える。

 

「二人は何をしていたんだ?」

 

「俺たちも御別橋を渡れないか探してたんです」

 

 小室が答える。

 

「でも、あそこは無理そうだったので、川沿いを回ろうかと」

 

「こちらも同じだ」

 

 毒島が言う。

 

「橋が使えないなら、川を渡れる場所を探すしかないと思ってな」

 

「どうする?」

 

 小室が周囲を見る。

 

 その時、夕暮れの空を見上げた鞠川が言った。

 

「川を渡るのはいいけど……もう少しで暗くなるわよ」

 

 高城が川を見る。

 

「そうね、この状況じゃ無理に渡るのも危ないわ」

 

 その時、毒島が少し離れた場所に見える建物へ目を向けた。

 

「……あの城にでも籠城するか?」

 

 半ば冗談めかした言葉だった。

 

 高城がそちらを見る。

 

「城って……」

 

 次郎もその建物、城を模した大人のホテルへ目を向ける。

 

「無理だな」

 

「ふふ、やはりそう思うか」

 

 毒島は笑った。

 

「ああ。この人数ではとても守りきれない」

 

 次郎は短く答える。

 

 かつて、自分も屋敷に立て籠もったことがある。

 

 そこは一時的には安全だった。

 

 だが、最後には崩壊した。

 

 事件が終わった後、次郎は何度も考えた。

 

 ――あの時、どうすればよかったのかと。

 

 何が足りなかったのか。

 

 どうしていれば、あの屋敷を守りきれたのか。

 

 答えを考え続けたが、結局未だに答えは出ていない。

 

「まあ、冗談だ」

 

 毒島が肩をすくめる。

 

「なら、別の場所を探そう」

 

「あっ」

 

 そこで鞠川が声を上げた。

 

「近くに友達の部屋があるわ」

 

 高城が振り向く。

 

「友達の部屋?」

 

「ええ。女友達なんだけど、今は留守にしているの」

 

 鞠川は続ける。

 

「部屋の空気を入れ替えるために、合鍵を預かっているのよ」

 

「それなら、今夜を過ごす場所として使えるかもしれませんね」

 

 平野が言った。

 

 次郎も頷く。

 

「確認してみる価値はあるな」

 

「ええ。場所はそれほど遠くないわ」

 

 小室がバイクを見る。

 

「それなら、鞠川先生」

 

「何?」

 

「後ろに乗ってください」

 

 鞠川が少し驚く。

 

「いいの?」

 

「はい。俺が連れていきます」

 

 小室の言葉を聞いて宮本がバイクから降りる。

 

「私はみんなと一緒に行くわ」

 

 小室が頷く。

 

「頼む」

 

 鞠川が後部座席へ乗る。

 

「じゃあ、お願いね」

 

「はい」

 

 小室がエンジンを掛ける。

 

 鞠川を後ろに乗せたバイクが、夕暮れの道路を走り出した。

 

 残された一同は、その場で待つことになった。

 

 高城が腕を組み、遠ざかっていくバイクを見つめる。

 

「……無事に帰ってくるといいけど」

 

「小室くんなら大丈夫だろう」

 

 毒島が答える。

 

 その隣で、次郎は周囲を警戒していた。

 

 道路には相変わらず、逃げようとする人々の車が溢れている。

 

 クラクション。

 

 人の怒鳴り声。

 

 遠くから聞こえる悲鳴。

 

 そして、その間を歩き回る感染者。

 

 いつまでもここに留まっていられる状況ではない。

 

「佐藤さん」

 

 高城が声を掛ける。

 

「何だ?」

 

「さっきの話だけど……本当にあの城は駄目だと思う?」

 

「ああ、駄目だ」

 

 次郎は即答した。

 

「建物そのものが悪いわけじゃない」

 

「じゃあ、何が問題なの?」

 

「守る側の人数に対して、守る範囲が広すぎる」

 

 それだけ言って、次郎は口を閉じる。

 

 高城もそれ以上は聞かなかった。

 

「……なるほどね」

 

 毒島が少し笑う。

 

「佐藤さんは、籠城そのものが嫌いというわけではないのだな」

 

「状況次第だ」

 

「そうか」

 

 毒島は頷く。

 

「ならば、鞠川先生の友人宅が安全であることを祈るしかないな」

 

「そうですね」

 

 平野も頷いた。

 

 しばらくして――。

 

 遠くからエンジン音が聞こえてきた。

 

「あ、戻ってきた!」

 

 平野が顔を上げる。

 

 一台のバイクがこちらへ近づいてくる。

 

 小室が運転していて、後ろには鞠川が乗っていた。

 

 バイクが一同の前で停止する。

 

「お帰り」

 

 高城が声を掛ける。

 

「ただいま」

 

 鞠川がバイクから降りる。

 

「どうだった?」

 

 毒島が尋ねる。

 

「部屋は無事よ」

 

 鞠川が答えた。

 

「外から見ただけではあるけど、荒らされた形跡はなかったわ」

 

「それはよかった」

 

 高城が安堵する。

 

 鞠川は続けた。

 

「一日過ごすだけなら、十分だと思う」

 

「なら、今夜はそこを使わせてもらおう」

 

 毒島が言う。

 

「問題は、どうやって全員で移動するかだな」

 

 小室がバイクから降りる。

 

「歩いても、それほど遠くないですよ」

 

「奴らは?」

 

 次郎が尋ねる。

 

「途中で何体か見ました。でも、こっちまで来ている様子はありません」

 

「なら、移動するなら今だな」

 

 次郎が言う。

 

 夕暮れは、先ほどよりも濃くなっている。

 

 完全に暗くなる前に、今夜の拠点を確保した方がいい。

 

 小室が頷いた。

 

「分かりました」

 

 全員が静かに移動を始める。

 

 

 

 鞠川の案内で、一行は目的のマンションへ辿り着いた。

 

「ここよ」

 

 鞠川が合鍵を取り出し、扉を開ける。

 

 中は暗く、物音もしない。

 

「俺は二階を見てくる」

 

 次郎がトマホークを手にする。

 

「私は一階を確認しよう」

 

 毒島も木刀を構える。

 

 次郎は階段へ向かい、毒島は一階の奥へ進んでいく。

 

 足音を抑えながら、次郎は二階へ上がる。

 

 廊下。

 

 寝室。

 

 物置。

 

 各部屋を一つずつ確認する。

 

 人の気配はない。

 

 隠れている者もいない。

 

 一階でも、毒島が各部屋を確認していく。

 

 やがて二人が玄関へ戻ってきた。

 

「二階は問題ない」

 

 次郎が言う。

 

「一階も問題ない。誰もいないようだ」

 

 毒島も頷く。

 

「それなら、ここを使いましょう」

 

 鞠川が安堵したように息を吐く。

 

 高城が浴室へ目を向けた。

 

「……お風呂、借りてもいい?」

 

「私も入りたい」

 

 宮本が続く。

 

 毒島も木刀を壁へ立て掛ける。

 

「私も汗を流しておきたいな」

 

「もちろんいいわよ」

 

 鞠川が答える。

 

「じゃあ、みんなで入りましょう」

 

 女四人は、そのまま浴室へ向かっていった。

 

 残されたのは次郎、小室、平野の三人。

 

「俺たちは使えるものを探そう」

 

 小室が言った。

 

「ああ」

 

 平野も頷く。

 

 次郎も室内を見回す。

 

 「何か役に立つものがあるかもしれない」

 

 三人は室内の棚や収納を調べ始めた。

 

 浴室の方からは、女性陣の楽しそうな声が聞こえてくる。

 

 時折、弾むような笑い声が響く。

 

 先ほどまで生死の境を彷徨っていたとは思えないほど、和やかな雰囲気だった。

 

 小室が一瞬だけ浴室の方へ視線を向ける。

 

「……元気だな」

 

「今のうちに休めるなら、それでいいさ」

 

 次郎はそう言いながら、棚の中を確認していく。

 

 タオル。

 

 救急用品。

 

 日用品。

 

 そして――。

 

「……これは」

 

 平野が棚の奥から箱を取り出した。

 

「弾薬だ」

 

「銃の?」

 

 小室が近づく。

 

「うん。種類もいくつかある」

 

 平野が箱を確認していく。

 

「これだけ弾があるなら、銃もどこかにあるはずだ」

 

 平野が室内を見回す。

 

 その視線が、部屋の奥に置かれた金庫で止まった。

 

「……あれじゃないか?」

 

 小室も金庫へ近づく。

 

「中に銃が入ってるのか?」

 

「可能性は高い」

 

 次郎も金庫を確認する。

 

 しかし、鍵は見当たらない。

 

「鍵がないな」

 

 小室が周囲を探す。

 

「もしかしたら、本人が持っているのかも」

 

 平野が言う。

 

「静香先生の友だちが?」

 

「うん。警察の特殊部隊の人だって話だけど」

 

「これだけの銃や弾薬を管理しているなら、鍵を持ち歩いていてもおかしくない」

 

「そうなると、こじ開けるしかないか」

 

 小室が金庫を見る。

 

「ちょっと待て」

 

 こじ開けると聞いて次郎が二人を止めに入る。

 

 そんな大音量が鳴れば、大量のゾンビをこの家に引きつけかねない。

 

 次郎は金庫の鍵穴を覗いて確認する。

 

「普通のシリンダー錠だな」

 

 次郎は右胸のポケットへ手を入れた。

 

 取り出したのは、小さな工具だった。

 

「……それ、何です?」

 

 小室が尋ねる。

 

「ただのピッキングツールだ」

 

「なんでそんなもの持ってるんだよ……」

 

 平野が呆れたように呟く。

 

 次郎は答えず、鍵穴へ工具を差し込む。

 

 僅かに手を動かす。

 

 カチッ。

 

「よし、開いた」

 

「……」

 

「……」

 

 小室と平野が次郎を見る。

 

 次郎は何事もなかったように金庫を開けた。

 

 中には複数の銃器が収められていた。

 

「うおお、すげえ……」

 

 平野の目が輝く。

 

 平野は一丁を手に取った。

 

「伊坂M37ディフェンダー」

 

 小室を見る。

 

「小室、これ使えよ」

 

「俺が?」

 

「うん。これなら使いやすいと思う」

 

「分かった」

 

 小室が受け取る。

 

 平野はさらに別の銃を取り出した。

 

「スプリングフィールドM1Aスーパー・マッチ」

 

 そして、もう一丁。

 

「M16A4」

 

 平野は嬉しそうに銃を眺める。

 

「これは俺が使いたい」

 

「二丁とも?」

 

「状況に応じて使い分ける」

 

 さらに金庫の奥から一丁を取り出す。

 

「バトラー・クリークのルガー10/22ライフル」

 

「これは麗に使ってもらおう」

 

 小室が言う。

 

「そうだな」

 

 平野も頷く。

 

 その間も浴室からは女性陣の楽しそうな声が聞こえていた。

 

 

 




次郎は銃を使えますが、自分にはトマホークがあるので学生たちに譲っています。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。