本日一度目の投稿。
高城邸を出発してから、しばらく経った。
目的地は宮本の家だった。
一行は新床方面へ向けて進んでいる。
鞠川が慎重に車を走らせていた。
車内では、必要なこと以外ほとんど会話がない。
窓の外には、昨夜よりも酷くなった街の光景が広がっていた。
放置された車。
道路脇に倒れた人間。
建物から立ち上る黒煙。
そして、街中を徘徊する大量のゾンビ。
「……渋滞?」
小室が前方を見る。
道路が完全に塞がっていた。
事故によるものではない。
逃げようとした人々が車を乗り捨て、そのまま道路へ置き去りにした結果だった。
何十台もの車が無秩序に並び、車一台が通れる隙間すらほとんど残っていない。
「これじゃ通れないわね」
鞠川がブレーキを踏む。
高城が周囲を見回す。
「別の道は?」
「この先にも道はあるけど……」
宮本が窓の外を見る。
「そっちも同じような状態になっている可能性が高いわ」
次郎も周囲を確認する。
このまま車で進むのは難しい。
無理に突破すれば、車体を傷つけるだけでなく、立ち往生する危険もある。
「歩いた方が早そうだな」
次郎が言った。
「そうね」
鞠川が頷く。
一行は車を降り、必要な荷物だけを持ち出した。
その時だった。
道路の向こうから、一体のゾンビがこちらへ近づいてくる。
いつものように、ふらつきながら歩いている。
小室がショットガンを構えた。
だが、ある程度まで距離を詰めたところで、ゾンビが突然身体を前へ投げ出した。
短い距離だけ、一気に走る。
「来るぞ!」
小室が叫ぶ。
次郎はすでに動いていた。
横へ身体をずらし、伸ばされた腕をかわす。
そのまま側頭部へトマホークを叩き込んだ。
ゾンビが倒れる。
「……またか」
次郎が周囲を見る。
この動きをする個体は、以前から稀に存在していた。
遠くから走り続けるわけではなく、普段は他のゾンビと同じように歩いている。
だが、獲物へ掴みかかろうとする瞬間だけ、短い距離を走って間合いを詰めてくる。
これまでにも何度か遭遇している。
ただ――。
「なんか、だんだん増えてない?」
高城が周囲を見回した。
「私もそう思う」
宮本も頷く。
少し離れた場所でも、一体のゾンビが別の人間へ掴みかかろうとしていた。
歩いていた身体が、突然前へ跳ねる。
その動きも、同じだった。
「前は、たまに見かける程度だったのに」
平野が呟く。
「かなり多いですね」
次郎が周囲を見渡す。
「この街そのものが、変わってきているみたいだ」
小室がショットガンを構え直した。
「だったら、今まで以上に気をつけないとな」
「ああ」
次郎は短く答えた。
「走る個体を計算に入れて近距離で戦うか、遠距離で戦って間合いに入らせるな」
「分かった」
小室が頷く。
別のゾンビがこちらへ近づいてくる。
歩いている。
まだ走らない。
小室は距離を保ちながら照準を合わせる。
ゾンビが腕を伸ばした。
その瞬間――。
短い距離を走り出した。
小室は引き金を引いた。
――銃声。
至近距離まで迫ったゾンビが倒れる。
「……やっぱり、走る奴が増えてる」
小室が呟く。
驚きはない。
ただ、以前よりも遭遇する頻度が増していることへの警戒だけがあった。
毒島も村田刀を構えながら周囲を見回す。
「数が増えている以上、以前と同じ感覚で相手をするのは危険だな」
「そうですね」
平野が答える。
「距離を取っているから安全、とは言い切れません」
「その通りだ」
次郎がトマホークを握り直す。
「気をつけて進もう」
一行は車を置き、徒歩で先へ進み始めた。
道路を抜けても、ゾンビの数は減らなかった。
むしろ、進めば進むほどその数は増えていく。
建物の陰。
路地の奥。
放置された車の間。
至るところからゾンビが姿を現す。
「また来た!」
小室がショットガンを構える。
一体のゾンビがこちらへ歩いてくる。
小室が距離を取る。
ゾンビが腕を伸ばした。
次の瞬間、短い距離を走る。
「くっ!」
小室が横へ飛び退く。
その隙を突くように、別のゾンビが横から迫ってきた。
宮本がライフルを向ける。
――銃声。
頭部を撃ち抜かれたゾンビが倒れる。
「麗!」
「分かってる!」
宮本はすぐに周囲へ視線を走らせる。
毒島も村田刀を構え、近づいてきた個体を斬り伏せる。
平野が援護射撃を行い、次郎は前へ出た。
トマホークが振り下ろされる。
一体。
二体。
三体。
次郎は足を止めない。
掴みかかろうとゾンビが短い距離を走るが、その動きを予測して身体をかわし、すれ違いざまに頭部へ刃を叩き込む。
さらに一体。
トマホークが横薙ぎに振られ、頭部を砕く。
「道が開いたぞ!」
小室が叫ぶ。
「今だ!」
一行が走り出す。
だが、数十メートル先にもゾンビが群れていた。
「まだいる!」
高城が叫ぶ。
「こっちよ!」
宮本が脇道を指差した。
一行はそちらへ駆け込む。
しかし、そこにもゾンビがいた。
逃げる。
曲がる。
また走る。
どこへ進んでもゾンビがいる。
街そのものが、ゾンビに占領されているようだった。
「はぁ……はぁ……!」
宮本の呼吸が乱れる。
小室も息を切らしている。
平野はライフルを抱えながら、何度も周囲を確認していた。
毒島も呼吸こそ乱れているものの、足取りを止めない。
鞠川はありすの手を握って走っている。
「もう少し……!」
「先生……」
「大丈夫よ」
鞠川がありすへ声を掛ける。
「もう少しだけ頑張りましょう」
「うん……!」
ありすは小さな身体で必死に走る。
その後ろを次郎が進んでいた。
ただ一人、呼吸が乱れていない。
周囲を警戒しながら、追いついてくるゾンビを処理していく。
その動きにも迷いはなかった。
小室は一瞬だけ次郎を振り返る。
自分たちは走るだけで精一杯だ。
それなのに次郎は、誰より戦いながら平然としている。
「……なんなんだよ、あの人は」
小室は心の中で呟いた。
恐ろしい。
それと同時に、悔しかった。
自分だって、みんなを守れるようになりたい。
だが、今は目の前の仲間についていくことで精一杯だった。
「小室くん!」
毒島が呼ぶ。
「ああ!」
小室は前を向き直った。
その時だった。
「……あれ?」
平野が前方の右側へ目を向けた。
大きな建物が見える。
「ショッピングモール……?」
高城も目を向ける。
「そうみたいね」
「入れるかもしれない!」
小室が言った。
全員が建物へ向かって走る。
次郎も最後尾から追いついた。
「まず出入口を確認しよう」
「分かった」
小室が答える。
ショッピングモールの入口へ近づく。
だが、周囲にもゾンビがいる。
「先に片付ける」
次郎がトマホークを構える。
小室たちも武器を構えた。
数体のゾンビがこちらへ向かってくる。
次郎が一体の懐へ踏み込む。
ゾンビが腕を伸ばした。
その瞬間、短い距離を走る。
次郎は動きを読んで身体をずらし、トマホークを振り下ろした。
頭部が縦に割れる。
小室がショットガンを発砲する。
別の一体が倒れる。
平野がライフルで頭部を撃ち抜く。
毒島も刀を振るい、一体を斬り伏せる。
残ったゾンビを次郎が倒した。
「これでいい」
次郎が周囲を確認する。
「急ごう」
一行は入口へ駆け寄った。
しかし――。
扉は閉まっている。
「くそ、開かない!」
小室が扉へ手を掛ける。
外からでは開けられない。
その間にも、遠くからゾンビが近づいてくる。
「まずい! もう来てる!」
宮本が振り返る。
次郎が右胸のポケットへ手を伸ばす。
ピッキングツールを取り出そうとした、その時だった。
――ガチャリ。
目の前の扉の鍵が外れる。
「え?」
扉が内側へ開いた。
「早く!」
女性の声が響く。
制服姿の婦警が、扉を押さえていた。
「中へ!」
小室たちは急いで中へ入る。
最後に次郎が入ると、婦警がすぐに扉を閉め、鍵を掛けた。
直後、外からゾンビが扉を叩き始める。
だが、もう追いつかれることはない。
全員がようやく足を止めた。
婦警は一行を見回す。
「間に合ってよかった……」
そして、改めて姿勢を正した。
「床主東署交通課、中岡あさみ巡査であります」
中岡は扉から離れた。
「こちらへ。少し休んでください」
一行は中岡の案内に従い、モールの奥へ移動した。
広い通路には、営業を停止した店舗が並んでいる。
店内には、まだ商品が残されていた。
「ここに、他に避難している人は?」
高城が尋ねる。
「何人かいます」
中岡が答える。
「食料も水も、まだ十分にあります。ショッピングモールですから」
その言葉に、小室たちの表情が少し緩んだ。
少なくとも、すぐに飢える心配はなさそうだった。
「それなら、少し休めそうですね」
平野が言う。
「ええ」
中岡が頷く。
小室たちは近くのベンチや壁際に腰を下ろした。
宮本はベンチに座り、大きく息を吐く。
「……疲れた」
「私もよ」
高城も腰を下ろす。
平野はライフルを抱えたまま壁に背を預けた。
小室もショットガンを傍らに置き、ようやく身体の力を抜く。
毒島も静かに腰を下ろした。
鞠川はありすの様子を確認する。
「ありすちゃん、大丈夫?」
「うん……」
ありすは頷く。
それでも疲労は隠せない。
「少し休みましょうね」
「うん」
鞠川がありすの髪を撫でる。
中岡はそんな二人を見たあと、次郎へ視線を向けた。
「あなたも休んだらどうですか?」
「その前に、周りを確認してくる」
「分かりました」
次郎は一人でモール内を歩き始めた。
非常階段。
従業員用通路。
別の出入口。
順番に確認していく。
外部から侵入される可能性。
万が一の際に逃げられる経路。
最低限、それだけは把握しておきたかった。
しばらくして次郎が戻ると、小室たちは食事を始めていた。
「佐藤さんも食べます?」
小室がパンを差し出す。
「ああ。もらおう」
次郎は受け取った。
ショッピングモールには食料品が豊富に残っている。
飲料水も十分に確保できる。
これまでの移動で削られた体力を回復するには、悪くない場所だった。
そう思った時だった。
――パッ。
一瞬だけ照明が消えた。
「停電?」
平野が顔を上げる。
直後、非常灯が点灯し、続いて店内の照明が再び戻った。
「復旧した?」
小室が周囲を見回す。
中岡は天井を見上げた。
「いえ。外部からの電力供給が止まったんだと思います」
「でも、電気はついているわね」
宮本が尋ねる。
「この規模の施設なら、予備電源がありますから」
中岡が答える。
「今はそちらに切り替わったんでしょう」
鞠川が周囲を見回す。
「じゃあ、まだ大丈夫なのね」
「すぐには問題ないと思います」
中岡はそう答えた。
しかし、次郎は黙って照明を見上げていた。
予備電源がある。
それは、この場所にとって大きな助けになるが、いつまでも使えるわけではない。
「……燃料が切れれば終わりだがな」
次郎の言葉に中岡が頷く。
「はい。発電機が動いている間は大丈夫ですが、燃料には限りがあります」
食料も水もある。
だが、電気まで無限に使えるわけではない。
この場所に留まり続けるなら、いずれ別の問題が出てくる。
次郎はそれ以上何も言わなかった。
今すぐに出る必要はない。
だが、ここも永遠に安全な場所ではなかった。
――Chapter3・完――
中盤が近づいてきたので、難易度が上がりました。
本作では、執筆および読みやすさの都合上、中岡巡査の一人称を「私」に変更しております。
原作の自分の名前で呼ぶ一人称を期待されていた方には申し訳ありません。