元殺し屋がバイオ事件に巻き込まれる話   作:オッパッピー

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本日一度目の投稿。


Chapter5 G線上のアリア Part1

 最後のゾンビが地面へ崩れ落ちた。

 

 次郎はその場に立ち尽くしたまま、荒い呼吸を繰り返していた。

 

「……はぁ……っ、はぁ……!」

 

 トマホークを握った手が震えている。

 

 周囲を見回す。

 

 倒れたゾンビの死体が、いくつも積み重なっている。

 

 それでも次郎は周囲を確認し続けた。

 

 店の陰。

 

 通路の奥。

 

 階段。

 

 物陰。

 

 何度も視線を走らせる。

 

 ようやく、周囲に動くゾンビが残っていないことを確認した。

 

 だが、呼吸は収まらない。

 

「はぁ……っ、はぁ……!」

 

「次郎さん!」

 

 一時的に退避させていた車の上から中岡が降りて、駆け寄ってくる。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 次郎は答えようとするが、うまく声が出ない。

 

「次郎さん、私を見てください!」

 

 中岡が次郎の肩へ手を置く。

 

「もう終わりました。周りに敵はいません」

 

 それでも次郎の呼吸は速いままだった。

 

 中岡は次郎の顔を両手で支える。

 

「大丈夫です」

 

 そして、唇を重ね、自分の呼気を次郎へ送り込む。

 

 呼吸を合わせるように、何度も繰り返す。

 

 しばらくして――。

 

「……はぁ……」

 

 次郎が大きく息を吐いた。

 

 肩の力が抜ける。

 

「……すまない」

 

「謝らないでください」

 

 中岡は心配そうに次郎を見る。

 

「もう大丈夫ですか?」

 

「ああ」

 

 次郎は頷く。

 

 中岡もようやく安心したように息を吐いた。

 

「これから、どうしましょう?」

 

 次郎は周囲を見回した。

 

「まずは、ここを離れる」

 

「どこへ?」

 

 次郎は少し考えた。

 

「東警察署へ向かおう」

 

「警察署?」

 

「ああ」

 

 次郎は中岡を見る。

 

「君の銃はもう弾切れだ」

 

 中岡も腰のホルスターへ目を向ける。

 

「……そうですね」

 

「この先も、俺が戦うことはできる」

 

 次郎はトマホークを握り直す。

 

「でも、あさみさんが自分の身を守るための武器は必要だ」

 

 中岡は頷いた。

 

「警察署なら、拳銃や弾薬が残っているかもしれない」

 

「分かりました」

 

「ああ」

 

 二人は歩き始めた。

 

 中岡は弾切れになったSAKURAをホルスターへ戻す。

 

 次郎はトマホークを手にしたまま、東警察署へ向かって歩いていった。

 

 

 

 幸い、警察署までの道中でゾンビと遭遇することはなかった。

 

 次郎と中岡は周囲を警戒しながら移動し、東警察署へ辿り着いた。

 

 正面玄関から署内へ入る。

 

 中は静まり返っていた。

 

 床には、すでに倒されたゾンビの死体がいくつも転がっている。

 

「……おそらく、誰かが先に来ていますね」

 

 中岡が周囲を見回す。

 

「ああ」

 

 次郎も死体を確認する。

 

 頭部を撃ち抜かれたもの。

 

 刃物で倒されたもの。

 

 どれも、つい先程処理されたようだった。

 

 二人は署内を進み、中岡の案内で拳銃格納室へ向かった。

 

 しかし、ドリリングで扉は開けられており、棚は空になっていた。

 

 拳銃も、弾薬も何一つ残っていない。

 

 尤も、これに関しては次郎たちが間違っていた。

 

 暴動で警察官が出動する以上、拳銃は必ず携行する。

 

 だからはじめから残っている訳がない。

 

 恐らくドリリングで扉を解錠した人物も部屋の中を見て愕然としたことだろう。

 

 続いて証拠品保管庫も確認する。

 

 こちらも同じくドリリングで開けられていた。

 

 銃器が保管されていた場所は、すでに空になっている。

 

「先を越されたな」

 

「誰かが持っていったんでしょうか」

 

「そう考えるのが自然だな」

 

 次郎は周囲を見回す。

 

「俺たちより先に、必要な物を確保した人間がいる」

 

 その時だった。

 

 ――コツ。

 

 廊下の向こうから足音が聞こえた。

 

 次郎が顔を上げる。

 

 続いて、もう一つ。

 

 ――コツ、コツ。

 

 二人分の足音。

 

 歩き方からして、ゾンビではない。

 

 次郎はトマホークを構え、中岡もSAKURAを構えた。

 

 弾はないが、威嚇には使える。

 

 やがて、廊下の角から二つの光が差し込んでくる。

 

 こちらへ向けられたライト。

 

 次郎もすぐにライトを向け返した。

 

 互いのライトが相手の顔を照らし、眩しさで顔が見えない。

 

「止まれ!」

 

 男の声が響く。

 

「そ、そっちこそ!」

 

 中岡が応じる。

 

 次郎はトマホークを構えたまま、相手の姿を観察する。

 

 男と女。

 

 二人とも武装している。

 

 ただの生存者とは思えない。

 

 しばらく、互いにライトを向け合ったまま動かなかったが、やがて男がライトを少し下げる。

 

 次郎も同じようにライトの角度を変えた。

 

 そこで初めて、相手の顔が見えた。

 

 男の表情が驚きに変わる。

 

「……アリス?」

 

 次郎の眉が動いた。

 

 隣の女も次郎を見つめる。

 

「……アリスなの?」

 

 次郎は二人の顔を見比べた。

 

「……カルロスか」

 

「やっぱり、あんたか!」

 

 カルロスが目を見開く。

 

 次郎は次に女へ視線を移す。

 

「エレンも一緒か」

 

「……うん」

 

 エレンが頷く。

 

 次郎は二人を見たあと、静かに口を開いた。

 

「悪いが、アリスの名前は、もう俺の名前じゃない」

 

「え?」

 

「今は佐藤次郎と名乗っている」

 

 次郎は二人を見据える。

 

「呼ぶなら、佐藤か次郎のどちらかで呼んでくれ」

 

 カルロスはしばらく次郎を見つめていた。

 

「……ジロー」

 

「ああ」

 

 次郎は頷いた。

 

 中岡は三人のやり取りを聞きながら、まだ警戒を解いていない。

 

 カルロスとエレンも同様だった。

 

 

 次郎はトマホークを下ろしたまま、カルロスへ視線を向けた。

 

「それで、カルロスにエレン」

 

「ん?」

 

「どうして二人が日本にいる?」

 

 カルロスが一瞬、エレンを見る。

 

 エレンは少し考えてから口を開いた。

 

「その話は、場所を移してからにしましょう」

 

「ここじゃまずいか?」

 

「落ち着いて話せる場所の方がいいわ」

 

 エレンは中岡へ視線を向ける。

 

「それに、そちらの方の紹介もしてほしい」

 

 中岡が少し驚いたように目を瞬かせる。

 

 次郎は頷いた。

 

「分かった」

 

 四人は武器を下ろし、近くの会議室へ移動した。

 

 会議室に入ると、カルロスが椅子へ腰を下ろす。

 

「その前に……何か飲み物が欲しいな」

 

「確かにそうだな」

 

 次郎も同意する。

 

「ちょっと待っててくれ」

 

 そう言って、次郎は一人で会議室を出ていった。

 

「……?」

 

 カルロスと中岡が顔を見合わせる。

 

 しばらくすると、廊下から金属が歪むような音が聞こえた。

 

 ガンッ。

 

 ガシャッ。

 

「何をしてるんだ?」

 

 カルロスが呟く。

 

 やがて次郎が戻ってきた。

 

 両手にはペットボトルの飲料が抱えられている。

 

「多めにあるから、好きなやつを取ってくれ」

 

「……」

 

 中岡が目を丸くしていた。

 

 カルロスも呆気に取られる。

 

「サトウ……じゃなかった、ジロー」

 

「何だ?」

 

「まさかお前、自販機を……?」

 

「ああ」

 

 次郎は何でもないことのように答えた。

 

「金を入れて買う状況でもないからな」

 

「いや、そういう問題じゃないだろ……」

 

 カルロスが苦笑する。

 

 その隣で、エレンが小さく笑った。

 

「ふふっ……相変わらずね」

 

「そうか?」

 

「そうよ」

 

 次郎は気にした様子もなく、ペットボトルをテーブルへ並べた。

 

「それじゃあ、紹介する」

 

 次郎はまずエレンとカルロスを見る。

 

「こちらは中岡あさみさん。東警察署の巡査だ」

 

「中岡あさみです」

 

 中岡が立ち上がり、二人に敬礼する。

 

「よろしくお願いします」

 

 次に二人へ向き直る。

 

「こっちがカルロス・オリヴェイラ」

 

「よろしく」

 

 カルロスが手を上げる。

 

「それから、エレン・クロフォード」

 

「よろしくお願いします」

 

 エレンも頭を下げた。

 

 中岡が二人を見る。

 

「カルロスさんとエレンさん……ですね」

 

「ああ」

 

 次郎が頷く。

 

「二人はテラセイブの職員で、以前からの知り合いだ」

 

 中岡は二人の顔を改めて確認した。

 

 先ほどまで武器を向け合っていた相手。

 

 だが、次郎が知っている人物なら、少なくとも今すぐ敵と判断する必要はない。

 

「それで……」

 

 中岡が口を開く。

 

「お二人は、どうして日本に?」

 

 カルロスとエレンが顔を見合わせる。

 

 先ほどまでの緊張が、再びわずかに戻った。

 

 そして、エレンはペットボトルに手を伸ばすことなく、テーブルの上に置いたまま、三人の顔を見回した。

 

「その前に、一つだけ言っておきます」

 

 エレンの表情から、先ほどまでの柔らかな雰囲気が消える。

 

「これから私が話すことには、一切の偽りはありません」

 

 カルロスも表情を引き締めた。

 

 中岡は黙ってエレンを見る。

 

 次郎も口を挟まず、話を聞く姿勢を取った。

 

「事件が起きる前日、私は床主市のホテルに宿泊していました」

 

 エレンは、事件発生前に日本を訪れていた経緯から語り始めた。

 

 テラセイブの幹部として、日本の首相との会談を予定していたためだ。

 

 カルロスと、もう一人の護衛も同行していた。

 

 しかし翌日――。

 

 東京全体を巻き込む異常事態が発生した。

 

 人々が突然凶暴化し、次々と他人へ襲いかかる。

 

 そして、死んだはずの人間が動き出した。

 

 首相との会談は当然、中止となった。

 

 事件発生後、テロ組織から犯行声明も出された。

 

 声明だけを見れば、今回の事件はテロ組織による犯行と考えることもできた。

 

 だが、エレンはその声明に違和感を覚えた。

 

 事件の規模。

 

 実行方法。

 

 そして、犯行声明が出されたタイミング。

 

 何かがおかしい。

 

 そう考えたエレンは、カルロスたちとともに床主市で独自の捜査を開始した。

 

 三人は襲いかかってくるゾンビを倒しながら、事件の痕跡を追っていき、やがて事件の背後に別の存在がいることが分かってきた。

 

 テロ組織の犯行声明だけでは説明できない、別の計画。

 

 そして、その計画に関わっている謎の組織。

 

 彼らは事件の首謀者と協力し、東京全体を混乱に陥れることで、何らかの目的を達成しようとしていた。

 

 エレンはさらに捜査を進め、ハッキングによって関係者のコンピューターへ侵入。

 

 内部に残されていたデータを入手した。

 

 そこには、事件の計画を裏付ける証拠が残されていた。

 

 そして、その中には首謀者へ繋がる決定的な情報も含まれていた。

 

 しかし、証拠を掴んだことで、エレンたちは狙われることになった。

 

 暗殺部隊が差し向けられたのだ。

 

 その襲撃の際、もう一人の護衛はエレンを庇った。

 

 最後まで彼女の盾となり、命を落とした。

 

 残されたのはエレンとカルロスだけだった。

 

 二人は彼の犠牲を無駄にしないためにも、捜査を続けた。

 

 そして現在も、二人は暗殺部隊から追われている。

 

 事件の表向きの犯人は、すでに犯行声明を出したテロ組織だが、その裏には別の組織が存在する。

 

 さらに、その組織と手を組んだ首謀者がいる。

 

 エレンたちは、その証拠を握っている。

 

 そして――。

 

 その首謀者が誰なのか。

 

 いよいよ明かされる時が来た。

 

 




中岡あさみの見た目です。

【挿絵表示】


第四章は二部構成です。

前半は小室たちの「王道サバイバル」
後半はエレン、カルロスたちの「大人の政治・陰謀劇」

敵がゾンビだけではなく「国家権力」へとシフトします。

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