本日一度目の投稿。
エレンはノートPCを開いた。
先ほど確保したデータを画面に表示する。
「これを見て」
表示されたのは、暗号化された政府内部の記録だった。
「まずは、日本政府からアンブレラの生物兵器研究へ流れた資金の記録よ」
エレンは次々とファイルを開いていく。
「元総理の暗殺命令」
「東京各地へのウイルス同時散布計画」
さらに別のファイルを開く。
「そして、東京散布の実行命令……」
いずれのデータにも、同じ名前が残されていた。
――紫藤一郎。
電子署名まで一致している。
「これが、奴を地獄へ引きずり落とす決定的な証拠よ」
エレンの声には、怒りが滲んでいた。
「これだけの証拠があれば、紫藤の政治生命は終わる。それどころか、奴自身の人生そのものを終わらせることだってできる」
「問題は、どうやって奴を捕まえるかだな」
カルロスが言った。
「警察に持ち込めばいいんじゃないんですか?」
あさみが尋ねる。
カルロスは首を横に振った。
「無理だ」
「どうしてですか?」
「警察や検察の上層部には、紫藤の息がかかった連中がいる」
カルロスは淡々と説明する。
「正式な手続きを踏んで動けば、証拠を握り潰されて不起訴。俺たちの命も危ない」
「……それでは、紫藤を逮捕できませんね」
あさみが呟く。
「ああ」
カルロスが頷く。
「だから、別の方法を考える必要がある」
あさみはしばらく黙っていた。
そして、壁に掲げられている警察の標語へ目を向けた。
市民を守る。
犯罪を取り締まる。
そんな当たり前の言葉。
今までなら、それを疑うことなどなかった。
だが――。
今の自分たちは、正規の手続きを踏めば守るべきものを守れない。
「……だったらもう、手順に従う必要はありません」
三人があさみを見る。
「紫藤を、直接捕まえに行きましょう」
「直接?」
エレンが聞き返す。
「ええ」
あさみは頷いた。
「この男を生きたまま捕らえて、これまで何をしてきたのか洗いざらい全部吐かせるんです」
「俺は反対だ」
カルロスが口を挟んだ。
あさみがカルロスを見る。
「どうしてですか?」
「紫藤のいる場所は敵の本拠地だ」
「暗部だけでなく、自衛隊や警察もいるだろう」
カルロスは腕を組む。
「そんな場所へ四人だけで乗り込んで、紫藤を生きたまま捕まえる。いくら何でも危険すぎる」
「でも、他に方法がありません」
「それは分かってる」
カルロスはあさみを見る。
「だが、証拠を持っているなら、まずは安全な場所へ持ち出すべきだ」
「それでは紫藤を裁けません」
「それでも、俺は直接捕まえに行くことには反対だ」
カルロスの言葉には、はっきりとした警戒があった。
エレンは二人のやり取りを黙って聞いていた。
「エレンはどう思う?」
次郎が尋ねる。
「私は……どちらが正しいとも言えない」
エレンは肩を竦めた。
「紫藤を捕まえること自体には賛成。でも、ここで直接乗り込むのが正しいかどうかまでは判断できない」
エレンはノートPCへ視線を戻す。
「でも私は、どちらを選んでも全力を尽くすと誓うわ」
あさみはしばらく考えた。
そして、次郎を見る。
「次郎さんの意見を聞かせてください」
逮捕か、脱出か。
次郎は三人を見て、数秒黙考する。
「俺は紫藤逮捕に賛成だ」
「エレンとカルロスを捕らえるために、相当数の暗殺部隊を送り込んでいる」
「おそらく、二人が逃げることも想定して、各脱出地点にも待ち伏せを配置しているはずだ」
「上手くすれば、脱出を狙うより手薄かもしれない」
「紫藤は自分が安全だと思っている場所にいる。警備もゾンビの侵入を防ぐ為に配置されているはずだ」
「だから、元凶を直接捕まえた方が早い」
「私は行きます」
あさみが言った。
カルロスはしばらく黙っていた。
「……分かった」
カルロスは深く息を吐く。
「あくまで俺は反対だが、お前たちだけで行かせるわけにもいかない」
エレンもノートPCを閉じた。
「じゃあ、私はあなたたちの判断に合わせるわ」
こうして、四人は紫藤一郎を捕らえるために動くことになった。
しかし――。
まだ幾つか、問題が残っていた。
エレンはノートPCを操作する。
「周辺の施設情報と政府側のデータから、ある程度の警備区域までは推測できるわ」
「ただ、暗部の人員配置までは完全には分からない。巡回のタイミングもね」
「それなら――」
次郎が口を開いた。
「俺に任せてくれ」
カルロスが次郎を見る。
「何か分かるのか?」
「暗部がどこに配置するかなら、ある程度予測できる」
「それは、どうしてだ?」
カルロスの視線が鋭くなる。
「前から気になってたんだ」
ラクーンシティを生き抜いた男の鋭い視線が、次郎を射抜く。
「お前、本当は何者だ?」
警察署の一室に沈黙が落ちた。
隠す必要はなかった。
これから同じ場所へ向かい、命を預け合うのならば、今さら取り繕う必要もない。
「そういえば、言ってなかったな」
次郎は静かに答えた。
「俺は、暗部の元殺し屋だ」
空気が止まった。
カルロスが目を見開く。
中岡の身体も僅かに強張った。
しかし――。
「……やっぱりね」
最初に口を開いたのはエレンだった。
エレンは小さく息を吐く。
「薄々そうじゃないかと思っていたわ」
次郎がエレンを見る。
「分かっていたのか?」
「普通の人間が、あれだけ冷静にゾンビや感染者を殺せるとは思えないもの」
エレンは肩を竦める。
「それに、あなたの戦い方は明らかに普通じゃない」
次郎は何も言わなかった。
「だから、何かあるとは思っていたわ」
エレンが続ける。
そして、中岡へ視線を向ける。
彼女は黙ったまま次郎を見ていた。
「……あさみさん」
「はい」
「俺を軽蔑するか?」
中岡の表情が僅かに揺れた。
しばらく沈黙した後、中岡は自分の手を見つめる。
血と泥で汚れた手。
その手で、これまで何体ものゾンビを殺してきた。
そして、その一体一体は、少し前まで人間だった。
「……いいえ」
中岡はゆっくり顔を上げた。
「私に、あなたを軽蔑する資格はありません」
次郎は黙って聞く。
「私も、この事件が始まってから何人もの感染者を撃ちました」
中岡は自分の手を握る。
「元々は市民だった人たちです」
声が僅かに震える。
「それでも、撃たなければ自分が殺されていた」
中岡は次郎の目を見る。
「私も、もう以前の私ではありません」
それでも、目を逸らさない。
「だから……あなたが過去に何をしていたとしても、それだけで軽蔑することはできません」
次郎は黙ってあさみを見つめた。
カルロスが苦笑する。
「元殺し屋に、元傭兵に、警察官にテラセイブの幹部か」
「……そう並べると、とんでもない組み合わせですね」
エレンが苦笑する。
次郎はそれ以上、自分の過去について語らなかった。
過去を語るためにここに集まっているわけではない。
目的は一つ。
紫藤一郎を捕らえること。
「まずは、紫藤のいる場所を探そう」
エレンがノートPCへ向き直る。
千代田区周辺の情報を画面に表示する。
そこには、地域ごとの電力使用量と通信量が表示されていた。
「政府の臨時防衛拠点がどこにあるのかは分からない。でも、これだけ大規模な施設なら、周辺とは違う特徴が出るはずよ」
エレンは複数のデータを照らし合わせていく。
しばらく画面を見つめた後、エレンの指が止まった。
「……あった」
「何か分かったのか?」
次郎が尋ねる。
「ここだけ、電力使用量と通信量が異常に集中しているわ」
エレンが地図上の一点を指す。
「大量の通信機器や電子機器、それに非常用設備が同時に稼働しているみたい」
「政府の施設か?」
カルロスが尋ねる。
「可能性が高いわ」
エレンは周辺の施設情報と照合する。
「国会議事堂の東側。内閣府庁舎に隣接する政府所有施設よ」
「そこに紫藤がいるのか?」
「あくまで可能性だけど、かなり高いと思う」
エレンは画面を拡大する。
「ただ、電力使用量や通信量から分かるのは、施設の位置と活動規模まで。中で誰が何をしているかまでは分からないわ」
「それでも十分だ」
次郎が言った。
「場所が分かれば、あとは俺たちが確かめる」
カルロスが腕を組む。
「問題は、どうやって中へ入るかだな」
「正面からは難しいでしょうね」
あさみが言った。
「なら、別の侵入経路を探すしかない」
次郎が答える。
出発の前に次郎は腰に携えていたトマホークを取り出した。
これまでの戦闘で、刃には血や汚れが付着している。
次郎は布で刃を丁寧に拭き、付着した汚れを落としていく。
続いて、装備の中から砥石を取り出した。
砥石を手に持ち、トマホークの刃へ当てる。
一定の角度を保ちながら、ゆっくりと刃を滑らせていく。
シャリ……。
静かな音が室内に響く。
次郎は刃の状態を確認しながら、何度も砥石を動かした。
刃先を丁寧に整えていく。
最後に指先で刃の状態を確認する。
「……よし」
次郎は砥石を片付け、トマホークを手に取った。
刃は綺麗に整えられている。
これで、いつでも戦える。
次郎はトマホークを腰へ戻した。
「行こう」
エレン、カルロス、中岡が頷く。
四人は警察署を後にする準備を整えた。
その時だった。
次郎が足を止めた。
「……待ってくれ」
三人が振り返る。
「近くに誰かいる」
次郎は廊下の先へ視線を向けた。
気配を殺して、ゆっくりと進む。
角を曲がった先。
そこに、一人の男がいた。
暗部の工作員だった。
男がこちらに気づくより早く、次郎が背後から距離を詰めた。
工作員は次郎に首を絞められ、数秒もしない内に床へ倒れた。
次郎は周囲を確認する。
他に敵の姿はない。
工作員が所持していた装備を確認すると、アサルトライフルの他に拳銃が見つかった。
次郎はアサルトライフルをカルロスへ渡し、拳銃を中岡へ差し出した。
「使えるか?」
カルロスがアサルトライフルを確認する。
「問題ない」
中岡も受け取った拳銃を確認する。
「こちらも大丈夫です」
これで、二人の装備も整った。
エレンはノートPCを持ち、あさみも出発の準備を整えた。
「それじゃあ――」
エレンが言った。
「紫藤を捕まえに行きましょう」
「ああ」
次郎が頷いた。
四人は警察署を後にした。
しかし、床主市から千代田区にある国会議事堂までは距離がある。
感染者によって道路が寸断され、放置された車両も多かったため、四人は車両を使える場所では車で移動し、通行が困難な場所では徒歩で進んだ。
それからしばらくして――。
四人は千代田区近辺まで移動していた。
ここから先は、警備区域に近づくため車両を使うことができない。
四人は車両を目立たない場所へ停め、建物の間を縫うように進んでいた。
目的地までは、あと少しだった。
エレンがノートPCで周囲の地図を確認する。
「この先を抜ければ、目的地に近づけるわ」
その時――。
次郎が足を止めた。
「止まれ」
次郎は曲がり角の手前まで進むと、壁から僅かに顔を出して先を覗き込んだ。
その先の道路を、一人の男が塞いでいる。
暗部の工作員だった。
Chapter6は過去一で難産でした。
どう推理パートを展開しようかと苦労したものです。
因みにゲーム的な視点で言うと、あさみの意見に賛成するか反対するかの選択次第で難易度が変わります。
反対すると東京から脱出を目指す流れになり、暗部に追跡されながらゾンビやリッカーと戦い、暗部が待ち構える脱出地点を突破する事になります。
脱出ルートのラスボスはネメシスです。