本日一度目の投稿
政府拠点内部の廊下を進み、四人は二階へ上がった。
エレンが端末の地図を確認する。
「この先よ」
廊下の突き当たりに、重厚な扉がある。
「紫藤はこの奥にいる」
カルロスが周囲を確認する。
「警備はいないのか?」
「この区画の警備は、別の場所に集中しているみたい」
エレンが答えた。
次郎は扉の前へ立つ。
中から人の気配がする。
「俺が開ける」
三人が身構える。
次郎がドアノブを回し、ゆっくりと扉を開いた。
広い控室が目に入る。
中央の机では、一人の男が用意された原稿を読んでいた。
紫藤一郎。
その横には、もう一人の男が立っている。
黒いスーツ姿。
手には何も持っていない。
次郎の視線が、その男へ向いた瞬間――。
足が止まった。
「……」
男も次郎を見る。
数秒間、互いに視線を交わす。
カルロスが次郎の様子に気づく。
「ジロー?」
次郎は答えない。
目の前の男を見つめていた。
やがて、男の口元に穏やかな笑みが浮かぶ。
「……久しぶりだな、次郎」
「……風間」
その名前を聞いた瞬間、次郎の脳裏に過去の記憶が蘇った。
射撃。
格闘。
ナイフ。
暗殺。
生き残るために必要な技術を、一つずつ叩き込まれた日々。
そのすべてを教えた男。
かつての教官、風間。
そして今は、暗部を統括する部長だった。
風間は次郎を見つめ、嬉しそうに笑う。
「元気そうだな」
「あんたもな」
そこに、組織を抜けたことへの非難はない。
風間はただ、かつての教え子との再会を喜んでいた。
エレンが一歩前へ出る。
「紫藤一郎」
紫藤が原稿から顔を上げる。
「あなたを東京で発生したバイオテロの首謀者として拘束します」
「……何のことやら」
紫藤は原稿を机へ置いた。
「私は東京の混乱を収束させ、国民を救おうとしているだけですよ」
「証拠は揃っているわ」
エレンが端末を掲げる。
「前総理の暗殺指示。アンブレラへの巨額の資金流出。そして、東京全域へのTウイルス散布計画」
紫藤の表情が僅かに固まる。
だが、すぐに笑みを浮かべた。
「そんなもの、いくらでも偽造できるでしょう」
「あなた自身のデジタル署名も残っている」
「……」
紫藤は黙った。
そして、隣に立つ風間を見る。
「風間」
「はい」
「役目を果たせ」
紫藤が四人へ視線を向ける。
「不審者を排除しろ」
風間は静かに頷いた。
「承知しました」
風間がスーツの内側へ手を入れる。
そこからリボルバーを取り出した。
続いて、腰からナイフを抜く。
刃を確認し、静かに構える。
「悪いが、これも俺の役目だ」
次郎もトマホークへ手を掛ける。
「分かっている」
風間が微笑んだ。
「そうか」
カルロスがアサルトライフルを構える。
中岡も拳銃を抜く。
エレンも端末を片手に銃を構えた。
風間は三人の銃口を一瞥し――最後に次郎を見る。
その視線が、僅かに細くなった。
「……では、まずはお前からだ」
風間がリボルバーを構える。
次郎の目が細くなる。
――来る。
風間の指が引き金へ掛かった。
銃口が僅かに動く。
次郎が身体を捻る。
――パンッ!
風間が放った銃弾を、次郎が身体を捻ってかわす。
だが、その直後だった。
カルロスがアサルトライフルを撃つ。
――ダダダッ!
風間は身体を僅かに沈め、銃弾の間を縫うように移動した。
さらに中岡が発砲する。
風間は一歩横へずれる。
弾丸が肩先を掠める。
それでも風間は姿勢を崩さない。
「……おいおい」
カルロスが目を見開いた。
次郎へ視線を向ける。
「ジロー。こいつもお前と同じなのか?」
「いや、違う」
次郎は即答した。
「え?」
カルロスが驚いた顔をする。
次郎は風間から視線を逸らさない。
「あれは正真正銘の技術だ」
「技術?」
「ああ」
次郎が短く答える。
「俺みたいに、銃弾そのものを見て避けているわけじゃない」
風間が再びリボルバーを構える。
「相手の銃口や身体の動き」
次郎が続ける。
「身体の重心……撃つ直前の動作を全部見て、弾道を予測している」
――パンッ!
風間が撃つ。
次郎がかわす。
風間はすぐにカルロスへ身体を向ける。
カルロスが撃つ。
風間は銃口が向くより早く身体を動かしている。
「だから、あれだけ避けられる」
カルロスが呆れたように呟く。
「……それを人間ができるのかよ」
「風間だからできる」
次郎の声には、僅かな敬意が混じっていた。
「俺が暗部にいた頃から、あの人はそういう戦い方をしていた」
風間が笑う。
「よく見ているな、次郎」
次郎はトマホークを構え直した。
「散々教えられたからな」
「そうだったな」
風間は嬉しそうに笑った。
そして、再びリボルバーを次郎へ向ける。
「だが、お前の方も昔とは別人だ」
次郎は答えない。
風間の銃口を見据える。
次の一発が来る。
その瞬間を待つ。
そして、風間の指がゆっくりと引き金へ掛かる。
次郎は銃口ではなく、風間の目を見ていた。
肩の位置。
重心。
腕の角度。
風間が何を狙っているのかを読む。
――パンッ!
次郎が横へ跳ぶ。
銃弾が肩を掠めた。
同時に、次郎が踏み込む。
今までより速い。
「おっ……!」
カルロスが声を漏らす。
風間が一歩下がる。
次郎のトマホークが振り下ろされる。
――キンッ!
風間がナイフを抜き、刃で受け止めた。
金属音が響く。
次郎が力を込める。
風間は正面から受け止めず、刃を滑らせてトマホークの軌道を逸らした。
次郎の身体が僅かに流れる。
その瞬間、風間の膝が腹部へ飛んできた。
次郎が身体を引く。
蹴りが空を切った。
風間は距離を取る。
「さすがだな」
「あんたもな」
次郎はトマホークを構え直す。
風間がリボルバーを持ち直した。
だが、今度はすぐに撃たない。
次郎も踏み込まない。
互いに相手の動きを待っている。
カルロスが小声で呟く。
「……あの二人、完全に相手の動きを読んでやがる」
「撃つタイミングまで分かっているみたいね」
エレンも二人を見ながら言う。
その瞬間、風間が動いた。
銃口が次郎へ向く。
――パンッ!
次郎は銃弾を見切り、身体を捻る。
弾丸が横を抜けた。
しかし風間は、次郎が避ける方向まで読んでいた。
すでにナイフを逆手に持ち替えている。
「!」
次郎がトマホークを横へ振る。
風間のナイフが弾かれた。
そのまま次郎が踏み込む。
風間が後退する。
間合いが縮まる。
ついにトマホークが届く距離に入った。
次郎が振り下ろす。
風間は身体を横へ滑らせる。
刃が床を叩いた。
次郎がすぐに振り返る。
風間はすでにリボルバーを構えていた。
至近距離。
回避は間に合わない。
――パンッ!
次郎は反射的に顔を逸らした。
銃弾が耳元を抜ける。
そのまま次郎が風間の腕を掴む。
リボルバーの銃口を外側へ向ける。
「昔より、速くなったな」
風間が笑う。
「そっちもな」
次郎が腕を捻る。
風間は逆らわず身体を回転させ、その勢いを利用して次郎の拘束から抜ける。
そしてナイフを突き出す。
次郎がトマホークの柄で受ける。
刃と柄がぶつかる。
風間はそのままナイフを引き、二撃目を放つ。
次郎が避ける。
三撃目。
今度は次郎の頬を掠めた。
血が一筋流れる。
風間が僅かに笑った。
「いい顔になった」
「昔からそう言ってたな」
「昔より、ずっといい顔をしている」
次郎がトマホークを振る。
風間はナイフで受ける。
互いの武器が何度もぶつかる。
その間にも、カルロスたちは射撃の機会を探していた。
だが、二人が近すぎる。
下手に撃てば次郎まで巻き込む。
「くそ……撃てねぇ!」
カルロスが歯噛みする。
エレンも同じだった。
「近すぎる……!」
中岡は拳銃を構えたまま、次郎を見つめる。
そして――。
次郎と風間の間に、一瞬だけ距離が開いた。
風間がリボルバーを構える。
次郎が身を低くする。
――パンッ!
銃弾が頭上を抜けた。
次郎はそのまま踏み込んだ。
トマホークが大きく振り上げられる。
「風間!」
次郎が叫ぶ。
風間は笑った。
「来い、次郎!」
二人の間合いが、再び一気に縮まった。
次郎のトマホークと風間のナイフが、何度目かの激突を迎えた。
――キィンッ!
鋭い金属音が控室に響く。
風間が刃を引き、すぐさま横薙ぎに振るう。
次郎は身体を逸らしてかわし、返すようにトマホークを振り下ろした。
風間はナイフを立てて受ける。
――ガキィンッ!
金属音と同時に、ナイフの刃に走っていた亀裂が一気に広がった。
――パキンッ!
刃が折れる。
だが、風間の手は止まらなかった。
折れたナイフを握ったまま、次郎へ踏み込もうとする。
次郎も止まらない。
振り下ろしていたトマホークの軌道を、そのまま横へ切り返した。
――ザンッ!
鈍い音。
トマホークの刃が風間の胴体を深く切り裂いた。
「……っ」
風間の身体が僅かによろめく。
次郎が目を見開く。
「風間……」
風間は自分の胴体へ視線を落とした。
血が滲んでいる。
それでも倒れない。
折れたナイフを握ったまま、ゆっくりと次郎を見る。
「見事…だ」
そう呟くと、風間は膝をついた。
床へ倒れ込む。
カルロスが息を吐く。
「終わったのか?」
次郎は答えなかった。
風間の様子を見ている。
その時だった。
「この、役立たずが」
紫藤の冷たい声が響いた。
全員が振り返る。
「暗部の部長ともあろう者が、こんな小僧に敗れるとはな」
紫藤は風間を見下ろしていた。
「昔からそうだ。所詮、お前は使い捨ての駒に過ぎない」
風間の指が僅かに動いた。
床に落ちていたリボルバーへ伸びる。
次郎が気づいた。
「風間!」
だが、止めるより早く――。
風間がリボルバーを拾い上げた。
紫藤へ銃口を向ける。
「……なに?」
――パンッ!
銃声が響いた。
紫藤の身体が大きく揺れる。
弾丸は胴体を貫いた。
「ぐっ……!」
紫藤が胸元を押さえる。
血が指の隙間から流れ出す。
「心臓を……」
エレンが息を呑む。
「撃ったの?」
中岡も驚いた表情を浮かべる。
「くそ、口封じか!?」
カルロスが風間を見る。
風間は床に倒れたまま、かすかに笑った。
「いいや、違う」
血を吐きながら、風間が答える。
「本当の雇い主からの……依頼だ」
「本当の……?」
エレンが眉を寄せる。
風間はそれ以上を語らなかった。
ただ、次郎へ視線を向ける。
「……最後に、お前の成長を見られて……よかった」
「……元気で、な」
その言葉を最後に、風間の目から光が消えた。
「風間……」
次郎は動かなかった。
かつて自分へ戦う術を叩き込んだ男。
その最期を、黙って見届ける。
一方、撃たれた紫藤は壁に手をつきながら、荒い呼吸を繰り返していた。
胸を撃ち抜かれている。
出血量も多い。
どう見ても助からない。
「……馬鹿な……」
紫藤が震える手で胸を押さえる。
「私が……こんなところで……」
エレンが銃を向ける。
「もう終わりよ、紫藤」
「終わり……?」
紫藤の顔に、歪んだ笑みが浮かんだ。
「まだだ……」
震える手がスーツの内側へ伸びる。
何かを取り出した。
「何をする気!?」
エレンが叫ぶ。
紫藤の手に握られていたのは、一本の注射器だった。
透明な液体。
その中には、異様な光を放つ何かが蠢いている。
「あれは……」
エレンの表情が変わる。
「まさか……?」
紫藤は笑った。
「そうだ……」
震える手で注射器を自分の首元へ当てる。
「私が……こんなところで終わるものか……!」
針が皮膚へ突き刺さる。
「やめろ!」
次郎が踏み出す。
だが、間に合わない。
紫藤が注射器の中身をすべて注入した。
「これが……私の……未来だ……!」
直後。
紫藤の身体が大きく痙攣した。
「――がぁぁぁぁぁっ!」
絶叫が控室を震わせる。
身体の筋肉が異常な速度で膨張していく。
骨が軋む。
皮膚が裂ける。
人間の姿が、急速に崩れていく。
「何だ……あれ……」
カルロスが後退する。
エレンも端末を握り締めた。
「支配種プラーガを……自分に……」
紫藤の身体はさらに巨大化する。
腕が異常なほど太くなり、背中が大きく盛り上がる。
人間だった顔も歪み、口から獣じみた咆哮が響き渡った。
――グォォォォォッ!!
控室の床が震える。
次郎はトマホークを握り直した。
目の前にいるのは、もう紫藤一郎という一人の政治家ではない。
巨大な化け物だった。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。
今回のラストバトルは、バイオシリーズでおなじみの「ラスボスが第1形態から第2形態へ変異する二連戦」というシステムをベースにしています。
ただ、通常のゲームと異なるのは、その二連戦を同一人物の変異ではなく、「1戦目は人間の風間」「2戦目は支配種プラーガで巨人になる紫藤」という、別の人物での連続戦闘として表現した点です。