元殺し屋がバイオ事件に巻き込まれる話   作:オッパッピー

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お待たせしました。
本日一度目の投稿です。


第五章 中国・蘭祥バイオテロ事件
Prologue アヴェ・マリア Part1


 二〇一一年。

 

 テラセイブの施設が何者かによって襲撃され、多数の職員が拉致された。

 

 その中には、エレン・クロフォードの姿もあった。

 

 目を覚ました時、エレンは見知らぬ部屋に閉じ込められていた。

 

「……ここは?」

 

 周囲を見回す。

 

 簡素な部屋だ。

 

 窓には鉄格子が取り付けられ、扉には外側から鍵が掛けられている。

 

 クレアやモイラたちとは引き離されたらしい。

 

 エレンは扉を調べた。

 

 しかし、簡単には開きそうにない。

 

「まったく……何が目的なのよ」

 

 その時だった。

 

 廊下の奥から、何かを引きずるような音が聞こえた。

 

 エレンは身を低くし、扉の近くで息を潜める。

 

 やがて、遠ざかっていく足音。

 

 今なら動ける。

 

 エレンは部屋の中を慎重に調べた。

 

 そして――床下に地下へ続く隠し階段を見つけた。

 

 階段を下りて通路を進む。

 

 そこには、いくつもの牢屋が並んでいた。

 

 その一つから、小さな物音が聞こえる。

 

「……誰かいるの?」

 

 エレンが近づく。

 

 牢屋の奥。

 

 薄暗い部屋の隅に、一人の少年が蹲っていた。

 

「子供……?」

 

 エレンの表情が強張る。

 

 少年は怯えた目でエレンを見上げた。

 

 痩せている。

 

 服は汚れ、髪も伸びている。

 

 明らかに、まともな環境で生活していなかった。

 

「大丈夫よ」

 

 エレンはゆっくりと腰を下ろした。

 

「もう、あなたを傷つける人はいないわ」

 

 少年は答えない。

 

 ただ警戒するように、エレンを見つめている。

 

「ここから出たい?」

 

 しばらくして、少年が小さく頷いた。

 

「……分かった」

 

 エレンは牢屋の鍵を探す。

 

 幸い、近くに鍵束が置かれていた。

 

 扉を開ける。

 

「おいで」

 

 エレンが手を差し出す。

 

 少年は恐る恐る、その手を握った。

 

「……名前は?」

 

 少年は答えない。

 

「分からないの?」

 

 少年が小さく首を横に振った。

 

 そして、少年が小さな声を漏らした。

 

「……チャーリー」

 

「チャーリー?」

 

 少年が頷く。

 

「それがあなたの名前?」

 

「……博士が、そう呼んでた」

 

 エレンの眉が寄る。

 

「博士?」

 

 少年は頷いた。

 

「犬の名前から付けたって……」

 

「……犬?」

 

 エレンの顔から、表情が消えた。

 

 こんな場所に子供を閉じ込めておいて。

 

 まともな名前すら与えず、犬の名前から名前を付けた。

 

 その博士という人物に、エレンは強い怒りを覚えた。

 

 その博士がどんな顔をしているのか。

 

 何を企んでいたのかは、まだ分からない。

 

 それでも、エレンはその博士という人物を許せなかった。

 

「チャーリー」

 

 エレンは少年の手を握り直した。

 

「もう大丈夫よ」

 

 少年の小さな手を引く。

 

「ここから出ましょう」

 

 二人は牢屋を後にした。

 

 その後、エレンは施設内を進みながら、別の場所で行動しているクレアたちの存在を知った。

 

 通信を確保し、クレアと連絡を取る。

 

『エレン!? 無事だったの?』

 

「ええ。私は別の場所に閉じ込められていたみたい」

 

 エレンは隣にいる少年を見る。

 

「それと……子供を一人見つけて保護したわ」

 

『子供?』

 

「チャーリーっていうの。ずっと地下の牢屋に閉じ込められていた」

 

『分かった。こっちも脱出方法を探してる。合流できる場所を探しましょう』

 

「了解」

 

 それからエレンはチャーリーを連れ、クレアたちとの合流を目指した。

 

 途中、何度も異形の怪物に襲われた。

 

 それでもエレンはチャーリーを守りながら進んだ。

 

 やがて、クレアたちと合流する。

 

「エレン!」

 

「クレア!」

 

 二人は互いの無事を確認した。

 

 モイラもエレンの隣にいる少年へ目を向ける。

 

「その子が?」

 

「ええ。チャーリーよ」

 

 エレンが答える。

 

「地下の牢屋に閉じ込められていたの」

 

「……ひどい」

 

 モイラが少年を見る。

 

 チャーリーは怯えた様子でエレンの服を掴んでいた。

 

「この子も一緒に連れていく」

 

 エレンは迷わず言った。

 

「もちろん」

 

 クレアも頷いた。

 

「私たちで守りましょう」

 

 こうしてエレンもクレアたちと行動を共にすることになった。

 

 島を支配する計画。

 

 実験。

 

 監禁されていた人々。

 

 そして、事件の裏で暗躍していた者たち。

 

 エレンたちは数々の危機を乗り越えながら、事件の全貌へと迫っていった。

 

 最後の戦いを終えた時。

 

 長かった悪夢は、ようやく終わりを迎えた。

 

 事件解決後。

 

 チャーリーは保護され、改めて詳しい身体検査を受けることになった。

 

 エレンも、その結果を待っていた。

 

 しかし――。

 

「エレンさん」

 

 検査を担当した医師が、複雑な表情で彼女を呼んだ。

 

「少し、お話があります」

 

「チャーリーに何か?」

 

「身体的には、現在のところ大きな問題はありません」

 

 医師は検査結果を確認する。

 

「ただ……遺伝子検査だけではなく、感染状況についても非常に重大な結果が出ています」

 

「感染状況?」

 

 エレンの表情が変わった。

 

「はい」

 

 医師が画面を切り替える。

 

「チャーリーの体内から、二種類のウイルスが確認されました」

 

「二種類?」

 

「T-ウイルスと、レイジウイルスです」

 

「……!」

 

 エレンの目が見開かれる。

 

「待って」

 

 声が低くなる。

 

「それって……」

 

「……感染させられたの?」

 

「はい。その可能性が高いと見ています」

 

 医師は画面を確認しながら続けた。

 

「チャーリーは、すでに両方のウイルスに感染し、適応しています」

 

「適応……?」

 

 エレンは息を呑んだ。

 

 T-ウイルスとレイジウイルス。

 

 その二つに適応した人間がいることを、エレンは知っていた。

 

 かつて自分を何度も救ってくれた男。

 

 アリス・ジロー。

 

「通常なら、この二つのウイルスに感染すれば、身体に重大な影響が出る可能性があります」

 

 医師は慎重に説明を続ける。

 

「しかし、チャーリーには致命的な拒絶反応や変異は確認されていません。T-ウイルス、レイジウイルス、その両方に適応していると考えられます」

 

「……」

 

 エレンは拳を強く握り締める。

 

「……酷い」

 

 声が震える。

 

「酷すぎるわ……」

 

 人工的に生まれたことが問題なのではない。

 

 この子自身には、何の罪もない。

 

 それなのに――。

 

 誰かがこの小さな身体へ、T-ウイルスとレイジウイルスを意図的に感染させた。

 

 アリス・ジローを再現するかのように。

 

 その結果を確認するために。

 

 実験するために。

 

 この子を一人の人間ではなく、ただの研究材料として扱った。

 

「なんて酷い事を……」

 

 エレンの目に怒りが宿る。

 

 医師は何も答えられなかった。

 

 やがて、エレンはもう一つの検査結果へ目を向ける。

 

「……それで、この遺伝子検査っていうのは?」

 

「その件も、重大な結果が出ています」

 

 医師が画面を切り替える。

 

「チャーリーの遺伝情報を解析したところ、既存のデータベースに登録されていた人物との非常に高い一致が確認されました」

 

 エレンは息を呑んだ。

 

 T-ウイルスとレイジウイルス。

 

 その両方に適応している少年。

 

 そして、自分が知る限り、その条件に当てはまる人間は一人しか知らない。

 

「……ジローなのね」

 

 エレンが呟く。

 

 医師が画面に表示された名前を確認する。

 

「はい。アリス・ジロー氏です」

 

「……」

 

 やはり、そうだった。

 

 エレンは静かに画面を見つめる。

 

「遺伝情報から判断すると、チャーリーはアリス氏の遺伝子を強く受け継いでいます」

 

「……そう」

 

 英国で出会い、東京で再会した男。

 

 自分を何度も助けてくれた男。

 

 そして――。

 

 結ばれる事はなかったが、今でも好きな人。

 

「この子は……ジローの遺伝子を使って?」

 

「その可能性が非常に高いです」

 

 医師は続ける。

 

「通常の親子関係とは異なり、アリス氏の遺伝子を利用して人工的に生み出された可能性があります」

 

「……」

 

 エレンはチャーリーを見る。

 

 眠っている。

 

 彼は自分が誰の遺伝子を受け継いでいるかなど、何も知らない。

 

 なぜT-ウイルスとレイジウイルスに感染させられたのか。

 

 なぜ牢屋に閉じ込められていたのか。

 

 何も知らない。

 

 エレンは静かに立ち上がった。

 

 そして、病室へ向かった。

 

 ベッドの上で、チャーリーが眠っている。

 

 エレンは、その顔をじっと見つめた。

 

「……あなたは何も悪くない」

 

 ベッドの脇に腰を下ろす。

 

「生まれ方も」

 

 小さな手を握る。

 

「持っている遺伝子も」

 

 そして――。

 

「身体に入れられたウイルスも」

 

 チャーリーは眠ったままだった。

 

「全部、あなたのせいじゃない」

 

 エレンの声が優しくなる。

 

「あなたは、ただ生きているだけだもの」

 

 しばらく少年を見つめた後――。

 

 エレンは決意した。

 

「……私があなたを育てる」

 

 医師が驚く。

 

「エレンさん?」

 

「この子を、私の養子にします」

 

 エレンは迷いなく言った。

 

「この子には帰る場所が必要なの」

 

 チャーリーの手を、もう一度優しく握る。

 

「学校へ行って、友達を作って、好きなものを食べて」

 

 小さく微笑む。

 

「笑って、泣いて……普通の人生を送ってほしい」

 

 エレンはチャーリーの顔を見つめた。

 

「誰かの実験材料としてじゃない」

 

「誰かの道具としてでもない」

 

「一人の人間として」

 

 そして――。

 

「私の息子として」

 

 エレンは微笑んだ。

 

「今日から、この子は私の息子よ」

 

 チャーリーは眠ったままだった。

 

 それでも、その小さな手がエレンの指をほんの少しだけ握り返した。

 

 エレンは目を細める。

 

「……大丈夫」

 

 優しく語りかける。

 

「もう、あなたを誰かの道具にはさせない」

 

 こうして――。

 

 次郎の遺伝子を受け継ぎ、T-ウイルスとレイジウイルスに感染しながらも、その両方に適応していた少年チャーリーは、エレン・クロフォードの養子となった。

 

 それからしばらくして。

 

 テラセイブの関係者たちは、エレンのもとを訪れていた。

 

「エレンさん」

 

「何?」

 

「今回の事件を見て、私たちは改めて確信しました」

 

 代表の一人が、真剣な表情で言う。

 

「やはり、あなたにテラセイブを率いてもらいたい」

 

「私に?」

 

 エレンは驚いた。

 

「ええ」

 

 別の幹部が頷く。

 

「そもそも、テラセイブを立ち上げたのはあなたでしょう」

 

「……」

 

 エレンは黙って聞いていた。

 

「発足当時、あなたはまだ十八歳でした」

 

 テラセイブを立ち上げた時。

 

 エレンはまだ少女だった。

 

 その年齢で組織を率いることは現実的ではないと判断され、発起人であるエレンは幹部の一人として組織の運営に携わることになった。

 

 だが――。

 

「あなたが若かったから、リーダーにしなかっただけです」

 

 代表が続ける。

 

「能力が不足していたからではありません」

 

「……」

 

「発起人としての理念だけではない。あなたの判断力、行動力、人をまとめる力は、当時から高く評価されていました」

 

 別の幹部も頷く。

 

「だからこそ、十八歳という年齢を考慮して幹部という立場にした」

 

「そして今は――」

 

 代表がエレンを見る。

 

「もう、あの頃の少女ではありません」

 

「……」

 

「今回の事件でも、あなたはチャーリーを守りながら戦い、多くの人々を救った」

 

「クレアたちと協力して事件を解決へ導いたことも含め、あなたが組織を率いる姿を私たちは見てきました」

 

 エレンは何も言わずに聞いていた。

 

「テラセイブを作った人間だからこそ、これからのテラセイブを誰よりも理解している」

 

 代表は、はっきりと言った。

 

「私たちは、あなたがリーダーになるべきだと考えています」

 

 エレンはしばらく考えた。

 

 かつて、自分が作った組織。

 

 人々を助けるために始めた活動。

 

 それを、これから自分自身の手で導いていく。

 

「私はそんな器じゃ――」

 

「いいえ」

 

 代表は首を横に振った。

 

「私たちは、最初からあなたにその資格があると思っています」

 

「……」

 

 エレンは静かに目を伏せる。

 

 そして――。

 

「……分かったわ」

 

「本当に?」

 

「ええ」

 

 エレンは顔を上げた。

 

「二度と、同じことを繰り返さないために」

 

「私がテラセイブを導きます」

 

 こうしてエレンは、テラセイブの新たなリーダーとなった。

 

 その傍らには、養子となったチャーリーがいる。

 

 仕事を終わらせたエレンは少年の頭を優しく撫でた。

 

「帰りましょう、チャーリー」

 

「……うん」

 

 二人は並んで歩き出した。

 

 




後から考えたら、なぜ私はこの話を飛ばそうと思っていたのかと疑問に思います。

サブタイトルの意味はアヴェ・マリアを検索してもらえると分かると思います。
実はエレンの名前の由来です。


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