元殺し屋がバイオ事件に巻き込まれる話   作:オッパッピー

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本日一度目の投稿。


Chapter1 死と乙女 Part1

「――あぁ、報告書については分かっている。で、トールオークスの件はどうなった?」

 

 次郎は左耳に装着したインカムから手を離さず、霧島の報告を聞いていた。

 

『米軍によるミサイル攻撃は終わった。トールオークスは……街ごと焼却された』

 

「……」

 

 次郎の表情が僅かに曇る。

 

「生存者は?」

 

『確認できたのは、ごく僅かだ』

 

「……感染者だけじゃなく、生き残っていた人間まで巻き込んだのか」

 

『そういうことになる』

 

 霧島の声も重かった。

 

『感染拡大を防ぐためとはいえ、酷い話だ』

 

「……そうだな」

 

 次郎は短く答えた。

 

「生きている人間までまとめて焼く奴があるか」

 

 しばらく沈黙が続く。

 

『現地の詳しい被害状況については、まだ情報を集めている。だが、かなりの犠牲が出ていることは間違いない』

 

「分かった。こっちの件も終わったら、詳しい報告を上に送ってくれ」

 

『了解』

 

「それと、今回の件で使われたC-ウイルスについて、何か新しい情報は?」

 

『今のところ大きな進展はない。ただ、お前が追っている生物兵器のルートと繋がっている可能性もある。十分に警戒してくれ』

 

「分かっている」

 

 次郎は小さく息を吐いた。

 

「また何か分かったら連絡してくれ」

 

『ああ。そっちも無茶はするなよ』

 

「分かった。また連絡する」

 

 次郎はインカムから手を離すと、ため息混じりに霧島との通話を終了した。

 

 東京にいる霧島には極めて冷静に、いつもの「公務員のトーン」で話していた。

 

 だが――通話を終えた瞬間。

 

 その双眸から、一切の温度が消えた。

 

 床に転がり、必死に這いずろうとしている現地のブローカーを、虫を見るような目で見下ろす。

 

 次郎は無造作に愛銃を向けた。

 

 銃口が、男の右太ももへ向く。

 

 パンッ!

 

 乾いた銃声が、狭い室内に響き渡った。

 

「ぎゃあああああッ!」

 

 男の絶叫が鼓膜を震わせる。

 

 右太ももから鮮血が流れ落ちる。

 

 男は傷口を押さえながら、憎悪に満ちた目で次郎を睨みつけた。

 

「がっ……あああぁッ! お、お前……! 俺を誰だと思ってやが――」

 

「それも含めて今から聞くんだよ」

 

 遮るように、低く冷徹な声が男の言葉を叩き落とす。

 

 次郎は一歩踏み出した。

 

 銃口が、今度は男の左太ももへ向けられる。

 

「お前が日本の国内テロ組織に生物兵器を横流ししていたのは、すでに調べがついている」

 

 次郎の声には、感情がほとんどなかった。

 

「言え、供給元はどこだ?」

 

「だ、誰が……! 誰がそんなこと、教えるかよ……ッ!」

 

 男が怒鳴り散らした。

 

 次の瞬間。

 

 パンッ!

 

 二発目の銃声。

 

「ギャあああああッ!!」

 

 左太ももからも鮮血が噴き出した。

 

 男は床を転げ回り、必死に傷口を押さえる。

 

「頼むから、無駄な時間を取らせないでくれ」

 

 次郎は心底うんざりしたように言った。

 

 しかし、その瞳の奥にある怒りは本物だった。

 

「こっちはな……二人目の娘が産まれたばかりなんだ」

 

 次郎は銃を構えたまま、淡々と言葉を続ける。

 

「喜びの絶頂だったのに妻を家に残して、なんで俺がこんな所まで出張させられてると思う?」

 

 男が震えながら次郎を見上げる。

 

「早く家に帰って娘の世話をしたいし、妻を労いたいんだよ」

 

 銃口がゆっくりと男の額へ移動する。

 

「だから頼むよ」

 

 銃口が、額に触れた。

 

「なるべく早く、供給元の名前を吐いてくれ」

 

 男の顔が恐怖で引き攣った。

 

 

 ――その時だった。

 

 通路の向こうから、複数の足音が聞こえてきた。

 

 こちらへ向かってくる。

 

 しかも、明らかに一人や二人ではない。

 

 次郎が顔を音の方向へ向ける。

 

 足音は次第に大きくなり、こちらへ近づいてくる。

 

 同時に、廊下のドアが荒々しく蹴り破られた。

 

 現れたのは、奇怪なマスクを被ったテロリストたち。

 

 その手にはアサルトライフルが握られている。

 

 次郎は即座に身を翻した。

 

 銃弾が室内を駆け抜ける。

 

 だが、次郎の身体はすでにその軌道から外れていた。

 

 一歩。

 

 身体を捻る。

 

 銃撃を紙一重で躱しながら、次郎は反撃へ移った。

 

 パンッ!

 

 先頭のテロリストの頭部に銃弾が撃ち込まれる。

 

 男が崩れ落ちる。

 

 次郎はそのまま間合いを詰め、押し寄せてくる敵を次々と撃ち抜いていく。

 

 その動きには一切の無駄がない。

 

 照準。

 

 射撃。

 

 移動。

 

 次の標的へ。

 

 ――わずか数秒。

 

 室内へ侵入したテロリストたちは、全員が床へ倒れていた。

 

「チッ、邪魔が入った……!」

 

 次郎は周囲を確認する。

 

 その一瞬だった。

 

 ブローカーが動いた。

 

 震える手を懐へ伸ばす。

 

 そして、一本のシリンジ(注射器)を取り出した。

 

「これで……!」

 

 男は震える手でシリンジを握り締め、自分の首筋へ突き立てようとする。

 

 その瞬間。

 

 次郎が振り返った。

 

 殺気に対して反射的に身体が動く。

 

 指が引き金を引いた。

 

 パンッ。

 

 軽い銃声。

 

 ブローカーの額に、小さな赤黒い穴が開いた。

 

 男は目を見開いたまま、シリンジを握り締めている。

 

 そして――そのまま床へ崩れ落ちた。

 

 ピクリとも動かない。

 

「…………あ」

 

 静まり返った室内。

 

 次郎は銃口から立ち上る硝煙を見つめた。

 

 そして、倒れたブローカーを見る。

 

 呼吸はない。

 

 反応もない。

 

「……完全に死んでる」

 

 次郎は頭を抱えた。

 

「クソッ……何やってんだ」

 

 自分でも分かっている。

 

 あれは完全に、身体が勝手に動いた。

 

 長年染みついた、殺し屋としての条件反射。

 

 殺気を感じた瞬間、考えるより先に引き金を引いていた。

 

「唯一の証人を……自分で消しちまった」

 

 次郎は深いため息を吐いた。

 

 目の前には、もう供給元を知る男はいない。

 

 そして床には――男が最後に使おうとしたシリンジだけが残されていた。

 

 

 

 次郎はもう一度ため息を吐きながら、再びインカムのスイッチを入れた。

 

「……あー、すまん。霧島」

 

『こちら霧島。どうした、まだビルを出ていない時間のはずだが』

 

「……すまん。ブローカーの男だが、確保に失敗した。完全に死亡している」

 

『……は?』

 

 インカムの向こうで、霧島が絶句するのが分かった。

 

 いつも冷静な同僚の声が、わずかに尖る。

 

『失敗した、とはどういうことだ。日本のテロ組織にウイルスを流したルートの特定は、今回の最優先事項だぞ。お前の腕で、生け捕りを仕損じたというのか』

 

「急襲してきたテロリストを排除した直後、男が不審な動きをした。……こちらへの攻撃と感知して、身体が条件反射で動いた。額への一撃で即死だ」

 

『チッ……お前ほどの男が、焦って引き金を引くとはな。らしくない』

 

「すまんな。こっちだって、早く終わらせて家に帰りたいよ」

 

 次郎は床に転がるブローカーへ目を向けた。

 

「……とにかく、男が持っていた『シリンジ』は回収した。念のため、こいつも持って帰る」

 

『……分かった。お前自身も速やかに脱出しろ』

 

「了解」

 

 通信を切る。

 

 次郎は床に落ちていたシリンジを拾い上げ、慎重にポケットへ収めた。

 

 そして部屋を出る。

 

 瓦礫と硝煙が漂うビルの廊下を進む。

 

 外からは、遠くで爆発音や銃声が響いていた。

 

 非常階段の扉へ手をかけた。

 

 その時だった。

 

「相変わらず、せっかちなのね。アリス」

 

 背後から、静かで、しかし酷く艶のある声が鼓膜を叩いた。

 

 次郎の身体が、一瞬で極限の警戒状態へと跳ね上がる。

 

 振り返ると同時に銃口を向けた。

 

 だが――相手もまた、完璧な射線上にクロスボウの狙いを定めていた。

 

 真紅のシャツ。

 

 夜の闇に溶けるような黒髪。

 

 自由奔放で、すべてを見透かしたような不敵な微笑。

 

 その顔を見た瞬間、次郎は相手の正体を理解した。

 

「……国際指名手配犯が、何の用だ?」

 

 次郎の声は低く、刺すような警戒に満ちていた。

 

「久しぶりね、アリス」

 

「質問に答えろ」

 

 次郎は銃口を下ろさない。

 

「エイダ・ウォン。お前がこんなところで俺を待ち伏せしている理由は何だ?」

 

 エイダは向けられた銃口を恐れる様子もなく、やがて、ふっと肩の力を抜いた。

 

 クロスボウを下げる。

 

「そう警戒しないで」

 

 エイダは微笑む。

 

「今のあなたには、私が必要なはずよ」

 

「……何?」

 

「せっかくの『証人』を、あなた自身の手で消しちゃったんだから」

 

 次郎の目が細くなる。

 

「……見ていたのか」

 

「ええ」

 

 エイダは悪びれる様子もなく答えた。

 

「あなたが『可愛い娘のために早く帰りたい』って、ブローカーを脅しているところからね」

 

 次郎の眉間が、わずかに動いた。

 

「いいお父さんじゃない」

 

「おしゃべりをしに来たわけじゃないだろう」

 

 次郎は銃を下ろさない。

 

「用件を言え。俺は今、機嫌が悪いんだ」

 

「ビジネスの提案よ」

 

 エイダは一歩、次郎へ歩み寄った。

 

「協力を持ちかけにきたの」

 

 その瞳には、冗談ではない確かな光が宿っていた。

 

「この街で、ある連中が私の名前を使って、とんでもないバイオテロを仕掛けようとしているわ」

 

「偽のエイダ、ということか」

 

「そういうこと」

 

 エイダは懐からスマートデバイスを取り出した。

 

「私はその『偽物』を追っているの」

 

 画面を操作する。

 

 そこには、蘭祥の地下に張り巡らされた巨大な施設の構造図が表示された。

 

「そして、あなたの目的は日本に生物兵器を流した供給元の特定」

 

 次郎は画面へ目を向ける。

 

「……どうしてそこまで知っている?」

 

「あなたが思っているより、私は耳がいいのよ」

 

 エイダはさらりと答えた。

 

「それに、あのブローカーが誰と繋がっていたのかも調べていた」

 

「……」

 

「あなたが死んだ男から聞き出せなかった『供給元の情報』」

 

 エイダはスマートデバイスをしまった。

 

「私がナビゲートしてあげる」

 

「条件は?」

 

 即座に次郎が尋ねた。

 

 エイダは口元を吊り上げる。

 

「話が早くて助かるわ」

 

 そして、クロスボウを肩へ掛け直した。

 

「私一人じゃ、少し手が足りないの」

 

「つまり、俺に手を貸せと?」

 

「ええ」

 

 エイダは次郎を真っ直ぐ見つめる。

 

「あなたは現場で戦える。私はこの街の情報と、目的地までの道を知っている」

 

 互いの利害を確認するように、一瞬の沈黙が流れた。

 

「取引成立かしら?」

 

 エイダが微笑む。

 

「……」

 

 次郎は小さく息を吐いた。

 

 確かに、今の自分には彼女の持つ情報が必要だった。

 

 ブローカーを失った以上、別の手掛かりを一から探す必要がある。

 

 それには時間がかかる。

 

 そして次郎には――早く帰らなければならない理由があった。

 

「……分かった」

 

 次郎は銃を下ろした。

 

「協力する」

 

「賢明な判断ね、パパさん」

 

「ただし、その呼び方はやめろ」

 

「もちろん」

 

 エイダは楽しそうに微笑んだ。

 

「普通に呼ぶわ、アリス」

 

 次郎は非常階段の扉へ視線を向けた。

 

「なら、さっさと行こう」

 

「せっかちなのは相変わらずね」

 

「家族が待ってるんでな」

 

 そう言って、次郎は非常階段へ足を踏み入れた。

 

 その後ろを、エイダが静かについていく。

 

 こうして――。

 

 二人の利害が、一時的に交差した。

 

 




今回の相棒はエイダです。


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