本日二度目の投稿。
非常階段を下りる途中、次郎は足を止めた。
先ほど排除したテロリストたちの装備に視線を落とす。
次郎はその中から状態の良いアサルトライフルを一丁拾い上げた。
弾倉を確認し、残弾を確かめる。
「準備はいい?」
先に階段を下りていたエイダが振り返る。
「ああ」
次郎はアサルトライフルを手に、エイダと並んでビルの外へ出た。
――その瞬間。
「……」
二人の前に、異様な光景が広がった。
街中から悲鳴が響いている。
逃げ惑う人々。
道路を埋め尽くす車。
雑居ビルの陰から飛び出し、市民へ襲いかかる異形の兵士たち。
ジュアヴォ。
銃を手にした者もいれば、身体を変異させながら人々を追い詰めている者もいる。
局所的に発生したバイオテロが、街の一角を瞬く間に地獄へと変えていた。
銃声。
悲鳴。
逃げ惑う群衆。
倒れていく人々。
目の前で、一般市民が次々と犠牲になっていく。
普通なら、足が竦んでもおかしくない光景だった。
だが――。
「……またこういう展開か」
次郎は、驚くこともなく呟いた。
ラクーンシティ。
英国。
スペイン。
そして、日本の東京。
慣れたくはないが、すっかり見慣れてしまった光景。
だからこそ、目の前で起きている惨状を見ても、次郎は冷静だった。
「アリスは、もう驚かないのね」
エイダが意外そうに次郎を見る。
「まあな。最近、こういうのを見ても何とも思わなくなってきた」
次郎は周囲を見渡す。
ジュアヴォの数。
市民の避難状況。
銃声の方向。
逃走経路。
それらを瞬時に確認していく。
「一応、本部に報告しておく」
次郎はインカムへ手を伸ばした。
「霧島、聞こえるか」
『ああ。どうした?』
「ビルの外へ出たが、街で異常事態が発生している」
『異常事態?』
「ジュアヴォだ。局所的なバイオテロが発生している。一般市民も多数巻き込まれている」
『……ジュアヴォだと?』
霧島の声が僅かに険しくなる。
『分かった。こちらでも情報を集める。お前はどうする?』
「まずはこの場を離れて、供給元を追う任務を優先する」
『了解。無理はするな』
「ああ」
次郎は通信を切った。
「……ジュアヴォが出てくるなんて、随分と大掛かりになったわね」
エイダが街の様子を眺めながら言った。
「これは私が追っている連中の仕業よ」
「やっぱりそうか」
「ええ」
エイダは静かに頷く。
「偽物のエイダを使って、バイオテロを引き起こしている連中。今回の騒ぎも、その計画の一部でしょうね」
「つまり、俺が追っていた生物兵器の供給ルートと、お前が追っている連中は繋がっている可能性がある」
「その可能性は高いわ」
エイダは前方を見る。
「だから、ここから先は急いだ方がいい」
「同感だ」
二人は混乱する街を駆け抜けた。
ジュアヴォとの戦闘を避けながら、狭い路地へ入り、さらに大通りを横切る。
その途中だった。
「……あれは何かしら?」
エイダが足を止めた。
前方の道路。
建物の壁際に、巨大な白い塊が転がっている。
人間の身体を無理やり包み込んだような、不気味な繭。
表面は脈打つように蠢いている。
「C-ウイルスの変異体か?」
次郎が目を細める。
「おそらくね」
二人が警戒しながら近づく。
そのとき――。
繭の表面が、大きく震えた。
「……!」
エイダが身構える。
繭の内部から、何かが動いている。
肉を押し潰すような音。
骨が軋むような音。
そして――。
ギュイイイイイインッ!!
「!」
突然、繭の内部から凄まじい回転音が響いた。
「下がって!」
エイダが叫ぶ。
次の瞬間――。
ザシュッ!!
繭の表面が、内側から一直線に切り裂かれた。
白い組織が左右へ裂ける。
液体が飛び散る。
さらにもう一度。
ザシュッ!!
巨大なチェーンソーが繭を切り開いた。
その奥から――。
巨大な人影が、ゆっくりと姿を現した。
全身を異様な筋肉と変異組織に覆われた巨体。
右腕には、大型のチェーンソー。
刃が凄まじい回転音を響かせている。
「……!」
エイダの表情が変わった。
次郎もアサルトライフルを構える。
「……新手か」
巨大な怪物は、ゆっくりと二人へ顔を向けた。
そして――。
その視線が、エイダへ固定される。
「……?」
次郎は僅かに眉をひそめた。
「……こいつ、俺は眼中にないらしいな」
「どうやら、私に何か恨みがあるみたいね」
エイダは苦笑する。
怪物――チェーンソー男のBOW。
その視線には、明確な敵意が宿っていた。
次の瞬間。
チェーンソー男が咆哮を上げ、同時に右腕のチェーンソーが唸りを上げた。
そして――。
二人へ向かって、一気に突進してきた。
「走るわよ!」
「言われなくても!」
二人は同時に駆け出した。
背後から、チェーンソーの轟音が迫ってくる。
壁が破壊される。
車が弾き飛ばされる。
道を塞ぐ遮蔽物が、次々と切り刻まれていく。
だが、二人は止まらない。
その先にあるのは、中国の街並みに組まれた竹製の足場だった。
「こっちよ!」
エイダが跳び、フックショットを撃ち出す。
上方の足場へ一気に飛び移った。
それと同時に、次郎は地面を強く蹴った。
身体が大きく跳ね上がる。
空中で身体を捻り、上方の竹へ手を伸ばし、足場へ着地しようとするが、着地の寸前――。
チェーンソー男の右腕が、足場の一部を切り飛ばした。
「……!」
足場が大きく傾く。
次郎は着地した瞬間に身体を沈め、崩れ落ちる竹を蹴ってさらに上へ跳んだ。
一本。
二本。
三本。
落下していく竹を足場代わりにしながら、次々と上方へ駆け上がっていく。
最後の一本を強く蹴る。
次郎の身体が宙を舞った。
そして――。
エイダが移動した足場へ、軽々と着地する。
「……!」
エイダが振り返った。
フックショットで移動している自分と――。
その隣を、足場から足場へと跳び移りながら追ってくる次郎。
完全に並走している。
「……相変わらず、人間離れしてるわね」
「そっちこそ」
次郎は着地と同時に前方へ跳ぶ。
「フックショットなんて反則だろ」
「あなたと違って、便利なものは使う主義なの」
背後では、チェーンソー男が竹の足場を次々と破壊している。
崩落する足場。
響き渡るチェーンソーの轟音。
竹の足場が次々と崩れていく。
それでも二人は止まらない。
エイダは目の前にあった看板へ飛び移り、そこからビルの外壁へと跳ぶ。
次郎も後を追う。
看板の縁を蹴り、外壁から突き出した配管へ着地。
さらに、その上に設置された足場へ跳ぶ。
背後からは、チェーンソー男の咆哮と破壊音が迫っていた。
「しつこいわね!」
エイダが振り返る。
チェーンソー男は、崩れ落ちる足場などものともせず、二人を追い続けていた。
その時だった。
エイダが足を踏み外した。
「――っ!」
足場を失った身体が宙へ投げ出される。
その瞬間。
次郎の身体が反射的に動いた。
腕を伸ばす。
落下していくエイダの手首を、次郎が掴んだ。
「……!」
次郎はそのまま身体を捻り、もう一方の手で外壁の突起を掴む。
全身の力でエイダを引き上げた。
「大丈夫か?」
「……ええ。助かったわ」
エイダが体勢を立て直す。
次郎は短く頷くと、腰のホルスターへ手を伸ばした。
拳銃からアサルトライフルへと持ち替えた瞬間、銃口を後方へ向ける。
「そろそろ、一度黙ってもらうか」
チェーンソー男が姿を現した。
次郎は即座に引き金を引く。
ダダダダダッ!
連続した銃声。
弾丸が正確にチェーンソー男へ叩き込まれる。
しかし――。
止まらない。
「……クソ、頑丈な奴だな」
次郎は眉をひそめた。
ならば、と視線を周囲へ走らせる。
そして――見つけた。
市街地のビルとビルの隙間。
そこに設置された大型のガスタンク。
「エイダ!」
「分かってる!」
チェーンソー男が迫る。
次郎が狙いを定め、引き金を引いた。
銃弾がガスタンクへ直撃する。
次の瞬間――。
ドゴォォォォォン!!
凄まじい爆発が起きた。
炎と爆風が一気に周囲を包み込む。
チェーンソー男の姿が、炎の向こうへ消えた。
「今よ!」
「ああ!」
二人は爆発の隙を突いて走り出した。
建物の間を抜け、地上へ降りる。
そして、そのまま入り組んだ裏路地へと滑り込んだ。
「こっちへ!」
エイダが先導する。
路地の途中に、重厚な鉄製の門が現れた。
二人は中へ入り、エイダが素早く門を閉める。
ガチャン!
次郎は閂を掛けた。
「これで少しは時間を稼げれば良いが」
だが――。
門の向こうから、異様な音が響いた。
ブォオオオンッ!
「……来たわね」
エイダが呟く。
次の瞬間。
ギャリギャリギャリギャリッ!!
門の向こうに現れたチェーンソー男の刃が鉄製の門へ食い込んだ。
火花が散る。
分厚い鉄板が、まるで紙のように切り裂かれていく。
「……冗談だろ」
次郎が呆れたように呟く。
「普通は、あれで諦めるものよ」
「お前、よっぽど恨まれてるな」
「知らないわよ、そんな恨み」
門が大きく揺れる。
このままでは突破される。
「走るぞ!」
二人は路地の奥へ駆け込んだ。
しかし――。
「……行き止まり?」
エイダが足を止めた。
路地の先には、頑丈な扉が立ちはだかっている。
左右にも逃げ道はない。
完全な袋小路だった。
背後から、門が破壊される音が響いている。
そして――。
あのチェーンソーの爆音が、ゆっくりと近づいてくる。
次郎は扉を確認した。
鍵が掛かっている。
しかも、簡単な錠ではない。
「エイダ」
「分かってる」
エイダも扉を確認する。
「……かなり複雑ね」
「開けられるか?」
次郎はアサルトライフルを構えながら尋ねた。
「道具はあるけれど」
エイダは懐からピッキングツールを取り出す。
「お願い、時間を稼いで」
「了解した」
次郎は扉の前から離れた。
「お前はピッキングに集中しろ」
次郎はアサルトライフルを構える。
路地の向こうから、チェーンソーの轟音が近づいてくる。
巨大な影が現れる。
チェーンソー男。
全身を炎と爆風に晒されながらも、まだ動いている。
次郎はそれを見て――。
不敵に笑った。
「……悪いが、ここから先は行き止まりだ」
銃口を向ける。
エイダは背後で、扉の鍵へピッキングツールを差し込んだ。
「急いでくれよ」
「あなたこそ、死なないでね」
「誰に物を言っている」
チェーンソー男が咆哮を上げた。
次郎は一歩、前へ出る。
そして――。
「来いよ」
次郎は引かなかった。
むしろ、自ら距離を詰めていく。
アサルトライフルを構え、引き金を引き絞る。
ダダダダダダダッ!!
凄まじい銃弾の雨がチェーンソー男へ叩き込まれる。
頭部。
胸部。
そして、チェーンソーを支える腕。
次郎は狙いを外さない。
弾丸が次々と肉を穿ち、装甲を削り、チェーンソーの関節部へ集中していく。
チェーンソー男の身体が大きく揺れた。
それでも前へ進もうとする。
「まだ来るか……!」
次郎はさらに踏み込む。
ダダダダダッ!!
最後の数発が胸部へ集中した。
巨体が大きくのけぞる。
――止まった。
ほんの一瞬であるが、それで十分だった。
次郎の姿が消える。
いや――。
それほどの速度で踏み込んだのだ。
チェーンソーの刃が届く死角へ、一気に潜り込む。
次郎は身体を低く沈める。
巨大な刃が頭上を通過した。
「遅い」
足を踏み締める。
地面を砕くほどの勢いで踏み込み、腰を回す。
腰から生まれた力が、背中を通り、肩へ伝わる。
そして――。
拳へ集約された。
T-ウイルス適応者としての怪力。
レイジウイルス適応者としての瞬発力。
常人なら到底耐えられないほどの力が、一点へ凝縮される。
「――おおおッ!」
次郎の拳が、チェーンソー男の胸部へ突き刺さる。
ドゴォォォンッ!!
轟音。
拳が肉体へめり込み、胸部が大きく陥没した。
凄まじい衝撃波が裏路地を駆け抜け、周囲の壁を震わせる。
「――ッ!」
背後でピッキングを続けていたエイダが、思わず振り返った。
次郎の拳が生み出した衝撃。
その余波だけで、彼女の髪が大きく揺れる。
そして――。
エイダが目を見開く。
チェーンソー男の巨体はそのまま後方へ吹き飛び――。
ドゴォンッ!!
路地の壁を突き破った。
大量の瓦礫が崩れ落ちる。
チェーンソー男の姿が、その向こうへ消えた。
轟音が止む。
チェーンソーの回転音も聞こえない。
完全な沈黙を確認し、次郎は拳を下ろした。
「……これで、少しは静かになったか」
「……」
エイダはしばらく次郎を見つめていた。
「……見事なものね」
だが、すぐに視線を扉へ戻す。
カチャリ。
小さな音が響いた。
鍵が外れる。
エイダが立ち上がる。
「お待たせ。道が開いたわよ」
次郎が振り返る。
「助かった」
「こちらこそ」
エイダは扉を開ける。
二人は素早くその先へ飛び込んだ。
次郎が最後に一度だけ、背後の壁へ視線を向ける。
瓦礫の向こうからは、何の音も聞こえてこない。
「行くわよ」
「ああ」
二人はその場を後にした。
こうして、チェーンソー男の追撃を一時的に振り切った。
――Chapter1・完――
BОW解説
ウビスタヴォ
C-ウィルスによる変異で生まれた最終変異体の一つ。
その名はセルビア語で「殺害」を意味する。
右腕に肋骨と動脈が集結してチェーンソーのようになっており、骨の刃で相手をズタズタに切り刻む。
心臓が内部にあるため、チェーンソーの右腕は武器であり弱点でもある。
心臓を破壊されると即死するが、有り得ないほどの生命力と再生力を持ち、一回やそこら心臓を破壊されてもすぐに再生して蘇る。
因みに竹製の足場を駆け上がるシーンは昔のジャッキー映画をイメージしています。