サブタイトルはバッハの『トッカータとフーガ』から命名しています。
本日一度目の投稿。
前半はシェリーとジェイクの視点で始まります。
海へ落下したチェーンソー男、ウビストヴォはまだ死んではいなかった。
暗い海中を漂いながらも、その肉体は蠢いて変異していく。
やがて――。
水路へ流れ込んだ巨体が、岸へと這い上がった。
濡れた身体を引きずりながら、再び地上へ姿を現す。
そして。
その先にいたのは、シェリーとジェイクだった。
「……まだ来るのか!」
ジェイクが振り返る。
そこは艀の上。
逃げ場はない。
ウビストヴォが、ゆっくりと二人へ向かって歩き出す。
「ジェイク!」
「分かってる!」
二人は武器を構えた。
しかし――。
ウビストヴォは止まらない。
チェーンソーの駆動音が、夜の水路に響き渡る。
その時だった。
遠くから、別の音が聞こえてきた。
ローターの回転音。
「……何だ?」
ジェイクが空を見上げる。
シェリーも振り返った。
夜空の彼方から、一機の攻撃ヘリがこちらへ接近してくる。
「そんな……」
「ヘリ、ネオアンブレラのか?」
ジェイクが警戒する。
だが、そのヘリは二人を狙っている様子がない。
機体が大きく旋回する。
そして――。
ガンナー席のハッチが開く。
「アリス、行けるわよ」
「ああ」
次郎が身を乗り出す。
眼下に、ウビストヴォの巨体が見えた。
「……今度こそ終わらせる」
次郎がミニミ軽機関銃を構え、照準を合わせる。
――ダダダダダダダッ!!
凄まじい掃射が、ウビストヴォへ降り注ぐ。
肉体が次々と撃ち抜かれ、巨体が大きく揺れる。
ウビストヴォは苦しげに身をよじる。
だが――。
次郎は射撃を止めない。
――ダダダダダダダッ!!
さらに銃弾が叩き込まれる。
ウビストヴォの身体から大量の血飛沫が上がり、ついにその動きが止まった。
「アリス」
「分かってる」
次郎はミニミから手を離す。
エイダが操縦桿を操作する。
攻撃ヘリが大きく旋回し、ウビストヴォへ機首を向ける。
「終わらせるわ」
「ああ」
エイダがミサイル発射装置を操作する。
――シュゴォォォッ!!
放たれたミサイルが、ウビストヴォへ一直線に飛んでいく。
そして――。
――ドゴォォォォン!!
凄まじい爆発が艀を包み込む。
ウビストヴォの巨体が吹き飛び、そのまま艀へ叩きつけられた。
チェーンソーの回転が止まる。
身体も動かない。
今度こそ――。
完全に沈黙した。
「……終わったのか?」
ジェイクが呟く。
シェリーもウビストヴォを見つめる。
「……ええ」
二人はゆっくりと空を見上げた。
低空を飛ぶ攻撃ヘリ。
「一体、誰の援護だ?」
ジェイクが呟く。
機体は暗闇に紛れている。
操縦席の人物までは見えない。
ただ――。
ガンナー席から、誰かが身を乗り出している。
その姿を。
シェリーは見た。
「…………」
目を見開く。
遠い。
それでも。
忘れるはずがなかった。
十五年前。
ラクーンシティで、レオンと共に自分を守ってくれた男。
記憶の中のものと、ほとんど変わらない姿。
「……アリス……?」
声が震える。
そして。
「アリスさん!!」
シェリーが叫んだ。
大きく手を振る。
「アリスさん!」
満面の笑みを浮かべながら、何度も手を振った。
その声は、ローター音の中でも次郎の耳へ届いた。
「……!」
次郎が地上を見る。
そして――。
シェリーの姿を見つけた。
「…………シェリー」
十五年ぶり。
あの時はまだ幼かった少女が、今は一人の女性としてそこに立っている。
シェリーは、今もこちらへ向かって手を振っている。
次郎は静かに目を細めた。
口元に、柔らかな笑みが浮かぶ。
そして――。
ゆっくりと手を上げる。
シェリーへ向けて、優しく手を振り返した。
シェリーの笑顔が、さらに明るくなる。
「……」
エイダは操縦席から、その様子を見ていた。
そして、小さく笑う。
「……随分と優しい顔をするのね、アリス」
「……そう見えるか?」
次郎は地上から目を離さない。
「ええ、本当に良い顔よ」
エイダの声には、からかうような響きがあった。
けれど――。
その表情は、どこか温かかった。
「でも、もう行かないとね」
「ああ、分かってる」
次郎は最後にもう一度だけ、シェリーを見る。
シェリーもまた、こちらを見上げている。
今の次郎には公安の任務がある。
ここでヘリを降りて再会を喜ぶわけにはいかなかった。
それでも――。
互いの姿を確認できただけで十分だった。
「……元気でな」
次郎が小さく呟く。
その声が地上へ届くことはない。
だが。
シェリーは、最後まで笑顔で手を振っていた。
「アリスさん……!」
エイダが操縦桿を操作する。
攻撃ヘリがゆっくりと機首を上げた。
高度が上がっていく。
シェリーの姿が、少しずつ小さくなる。
次郎は最後まで視線を外さなかった。
やがて――。
攻撃ヘリは夜空へ消えていった。
シェリーは、その姿が見えなくなっても、しばらく空を見上げていた。
十五年ぶりの再会。
それはほんの僅かな時間だった。
それでも。
シェリーにとって、その時間は確かなものとして残った。
◇
攻撃ヘリは、夜の蘭祥上空を飛んでいた。
操縦席ではエイダが前方を見据え、ガンナー席では次郎が周囲を警戒している。
しばらくして、次郎が口を開いた。
「……なあ、エイダ」
「何?」
「今回の事件について、そろそろ知っていることを話してくれ」
エイダは前方を見たまま答える。
「私も、まだ分からないことが多いわ」
「それでもいい」
「この街で私の偽物がバイオテロを指揮している。そして、その背後にはアメリカ政府の高官――ディレック・C・シモンズがいる」
「まさかの大統領補佐官か……大物だな」
「ええ」
次郎は黙って考える。
シモンズが背後にいる。
それだけでも十分に重大な話だった。
「偽物の目的も、まだ確証はないわ。ただ……」
「ただ?」
「私には、世界を巻き添えにした自滅を狙っているように思える」
「……自滅?」
「ええ。自分だけが死ぬつもりじゃない。世界そのものを巻き込んで、すべてを壊すつもりなんじゃないかしら」
次郎の表情が険しくなる。
「……それは、流石に放っておけないな」
「そう思う?」
「日本まで巻き込まれる可能性があるなら、放置する訳にはいかない」
次郎はエイダを見る。
「俺も、この件に介入する」
「そう」
エイダは短く答えた。
「それで、俺たちはこれからどこへ向かう?」
「蘭祥の港よ」
「港?」
「ええ。そこから、ネオアンブレラの巨大空母へ向かうつもり」
「分かった」
次郎は前方へ視線を戻した。
「なら、そこまで付き合おう」
「助かるわ」
ヘリの中に、再び静かな時間が流れる。
その時――。
次郎のインカムから通信音が入った。
『アリス』
「霧島か」
『ああ。現在地は?』
「蘭祥上空。これから港へ向かう」
『何かあったのか?』
「この街で起きているバイオテロについて、追加情報を得た」
次郎はエイダから聞いた情報を霧島へ伝える。
ただし――。
誰から聞いたのかだけは伏せた。
『……了解した』
霧島の声が低くなる。
『絶対に阻止しろ』
「ああ」
次郎は即答する。
「分かってる」
『頼んだぞ、アリス』
「了解」
通信を切る。
次郎は再び前方へ視線を戻した。
攻撃ヘリは、そのまま蘭祥の港へ向かっていく。
やがて――。
二人はヘリを降りた。
港の船着き場を歩いていると――。
「止まれ!」
前方から声が響いた。
次郎とエイダが足を止める。
銃を構えた二人の男が、こちらへ向かってくる。
「……BSAAか」
次郎が呟く。
先頭に立つ男。
その顔には、隠しきれない怒りが浮かんでいる。
クリス・レッドフィールド。
その隣には、ピアーズ・ニヴァンス。
「見つけたぞ、エイダ・ウォン!」
クリスが銃口を向ける。
「よくも……!」
エイダは冷静に答えた。
「人違いよ」
「ふざけるな!」
クリスの怒声が港に響く。
次郎は二人の間へ歩み出た。
「こう言っているが?」
クリスの銃口が、次郎へ向けられる。
次郎は動じない。
そして、隣にいるエイダへ視線を向けた。
「因みに、こいつは誰だ?」
「クリス・レッドフィールドよ」
「……そうか」
その名前を聞いた瞬間。
次郎の脳裏に、一人の女性の顔が浮かんだ。
クレア・レッドフィールド。
知り合いの顔だった。
(話に聞くクレアの兄か)
次郎は心の中だけで呟く。
(……殺すのは、まずいよな)
だが、その感情を表情には出さない。
プロのエージェントとして。
次郎は不敵な笑みを浮かべた。
「ラクーンシティ事件の英雄か」
クリスの表情が僅かに変わる。
「……何?」
「まるで、同窓会みたいだな」
その言葉に、クリスとピアーズが一瞬だけ動きを止める。
次郎は二人を見据えたまま、エイダへ告げた。
「エイダ」
「何?」
「先に行け」
「……分かったわ」
エイダは迷わなかった。
次郎がこの二人を相手に時間を稼ぐ。
それだけで十分だと理解している。
エイダが後退する。
クリスが銃口を向け直す。
「待て!」
しかし――。
次郎が一歩前へ出る。
「悪いが、お前たちの相手は俺だ」
クリスとピアーズの前に立ちはだかる。
その隙に――。
エイダがフックショットを放った。
ガシュッ!
ワイヤーが高所へ伸びる。
エイダの身体が宙へ舞う。
「じゃあね、アリス」
そのまま夜の港へ消えていく。
「逃がすか!」
クリスが追おうとする。
だが。
「行かせると思うか?」
次郎が不敵に笑う。
クリスが銃を構える。
ピアーズも即座に照準を合わせた。
――ダダダダダダッ!!
二人が一斉に引き金を引く。
銃弾が次郎へ殺到する。
しかし――。
次郎の身体が僅かに揺れた。
紙一重。
弾丸が次郎の身体を掠めることすらなく、次々と背後へ飛んでいく。
「なっ……!」
クリスが目を見開く。
次郎はそのまま一気に距離を詰め、懐へ潜り込む。
「くっ!」
クリスが銃を振る。
次郎はそれを躱し、腰の刀へ手を伸ばした。
抜刀する必要はない。
鞘ごと振り抜く。
――ゴッ!!
「ぐっ!」
クリスの腕を打ち据える。
そのまま身体を回転させ、柄でピアーズの銃を弾き飛ばす。
「く、速い……!」
ピアーズが後退する。
次郎は追う。
拳。
蹴り。
肘。
そして刀の鞘。
次郎の攻撃が次々と二人へ襲いかかる。
クリスは必死に防御し、ピアーズも援護に入ろうとする。
だが――。
二人の動きが、次郎には手に取るように見えていた。
銃を向ければ懐へ潜り、拳を振れば、その軌道を紙一重で躱す。
反撃を繰り出そうとした瞬間には、すでに次郎の攻撃が叩き込まれている。
「くそっ!」
クリスが渾身の拳を繰り出す。
次郎は僅かに身体を逸らした。
拳が空を切る。
その瞬間――。
次郎の掌底がクリスの胸へ叩き込まれた。
「ぐあっ!」
クリスの身体が後方へ吹き飛ぶ。
「隊長!」
ピアーズが駆け寄ろうとする。
しかし、次郎が先に回り込む。
「なっ……!」
ピアーズの腕を掴み、捻る。
そのまま背中へ回り、関節を極める。
「ぐっ……!」
ピアーズが膝をつく。
次郎は力を抜いた。
殺すつもりはない。
あくまで足止め。
それだけで十分だった。
クリスが立ち上がる。
荒い息を吐きながら、次郎を睨みつける。
「……お前は……何者だ……?」
次郎は答えない。
ただ、不敵な笑みを浮かべている。
その表情、態度。
そして、先ほどの言葉。
『ラクーンシティ事件の英雄か』
『まるで、同窓会みたいだな』
そして――。
人間離れした動き。
銃弾すら見切る身体能力。
クリスの脳裏に、最悪の記憶が蘇る。
ラクーンシティ。
ロックフォート島。
そして――。
火山。
あの男。
アルバート・ウェスカー。
「…………」
クリスの目が大きく見開かれる。
荒い呼吸。
震える手で、再び銃を構える。
「……まさか、蘇ったのか」
次郎が眉を動かす。
「……?」
クリスは銃口を次郎へ向けた。
「蘇ったのか、ウェスカー……!」
決死の覚悟で叫ぶ。
「今度は何が目的だ!」
次郎は困惑した。
「……ウェスカー?」
「とぼけるな!」
「今度こそ本当に神になるつもりか!」
「…………」
次郎はクリスを見る。
あまりにも話が噛み合わない。
だが、クリスは止まらない。
「また世界を巻き込むつもりか!」
「…………」
次郎は冷静に状況を分析する。
(こいつ……完全に人違いをしているな)
それ以外に考えられない。
だが、訂正する必要もない。
そもそも――。
エイダを先に行かせている。
あまり彼女を待たせるわけにはいかなかった。
次郎は小さく息を吐く。
「……勝手に言ってろ」
構えを直す。
クリスとピアーズが身構える。
次郎は一歩踏み込んだ。
「悪いが、あまり時間がない」
次の瞬間、次郎が刀を鞘から抜き放つ。
「手加減はここまでだ」
再び、戦闘が始まった。
クリスからすれば銃弾を避ける + ラクーンシティ同窓会メンバー = アルバート・ウェスカーという数式が脳に焼き付いているので仕方がない勘違いです。
この場でクリスを止めるべきピアーズも隊長が警戒する人物として次郎を見ています。
正直、この勘違いを書きたいが為にバイオ5を飛ばしました。