本日二度目の投稿。
夜の海を、水上バイクが切り裂いていく。
エイダは周囲を警戒しながら、巨大空母へと接近していた。
やがて艦体の一角に設けられたドックを発見する。
速度を落とし、警備の隙を突いて内部へ侵入。
水上バイクを隠すと、エイダはそのまま艦内へと足を踏み入れた。
内部は静かだった。
しかし、油断はできない。
銃を手にした警備兵の目を掻い潜り、監視カメラの死角を縫うように進んでいく。
何度も足を止め、警備の動きを確認する。
慎重に。
確実に。
そうして進んだ先で、エイダは一枚の重厚な扉に行く手を阻まれた。
「……随分と厳重ね」
扉の横に設置された電子パネルを確認する。
画面には、三つのパスコードを要求する表示。
一つではない。
三つすべてを入力しなければ開かないらしい。
「さて……どうしたものかしら」
エイダは周囲を見回す。
パスコードの手掛かりを探すため、周辺の端末や壁面を調べようとした。
その時だった。
――コツ。
背後から、足音が響いた。
「……!」
エイダは即座に振り返り、銃を構える。
暗い通路の向こう。
そこから、一人の男が歩いてくる。
「撃つな」
「……アリス?」
現れたのは、次郎だった。
「随分と早かったわね」
「港にもう一台、水上バイクが残っていたからな」
次郎は何事もなかったかのように答える。
「クリスたちは?」
「ああ。適当にあしらってきた」
「……」
エイダは思わず次郎を見る。
先ほどまでクリスたちと戦っていたはずなのに、もうここまで追いついてきた。
その行動力には、呆れるより先に感心してしまう。
「あなた、意外と執念深いわね」
「そうか?」
「ええ」
次郎は気にした様子もなく、セキュリティ扉へ歩み寄った。
「それより、これか」
「三つのパスコードが必要みたい」
「なるほど」
次郎はパネルを調べる。
入力欄。
認証装置。
そして、そのすぐ近くに。
「……あった」
「何が?」
「おそらく整備用かな、USBの挿入口だ」
エイダが目を向ける。
確かに、パネルの隅に小さな端子が設けられていた。
次郎は懐から一本のUSBメモリを取り出す。
公安が対特殊テロ任務のために用意した、専用のハッキングツールだった。
次郎はインカムを起動する。
「霧島、聞こえるか」
『聞こえている』
「USBを使う。ハッキングを頼む」
『了解』
次郎はUSBメモリを端子へ差し込む。
カチッ。
深くまで押し込む。
直後、パネルの表示が切り替わった。
『接続を確認。こちらから侵入する』
「頼む」
日本。
公安本部の情報分析班では、専用端末へ送られてきたデータの解析が始まっていた。
高性能サーバーによる演算処理。
そこへ霧島配下のハッキングチームがアクセスし、空母のセキュリティシステムへ侵入していく。
電子ロックの構造を解析。
認証プログラムを特定。
続いて、内部の制御コードを書き換えていく。
エイダは隣で、その様子を黙って見ていた。
やがて――。
ピッ。
一分もしない内に電子音が鳴る。
画面に表示されていたロック状態が変化した。
『認証システムの書き換え完了』
次郎がUSBを抜く。
そして。
――ガコン。
重々しい音を響かせ、セキュリティ扉が開いた。
「……開いたわね」
「ああ」
あまりにもあっさりした突破だった。
エイダは開いた扉を見る。
もし次郎がいなければ。
三つのパスコードを探すため、この巨大な空母の中を隈なく調べる必要があっただろう。
警備を避けながら。
端末を探し。
手掛かりを集め。
一つずつ謎を解いて。
「……」
エイダは小さく息を吐いた。
「……ずるいのはどっちよ。こっちは苦労して潜入したのに」
「何か言ったか?」
「何でもないわ」
エイダは肩をすくめる。
そして、開いた扉の向こうへ歩き出した。
「行きましょう、アリス」
「ああ」
二人は巨大空母のさらに奥へと進んでいった。
――ズルズルズル……。
不気味な音が、前方から聞こえてくる。
「……何かいるわね」
「ああ」
暗い通路の奥から、何かが這いずってくる。
やがて姿を現したのは、人間の形をした無数のヒルの集合体だった。
異形の肉塊が蠢きながら、通路を塞ぐように広がっている。
ラスラパンネ。
その数は一体ではない。
複数の個体が、二人を取り囲むように迫ってくる。
「面倒ね」
エイダが銃を構える。
しかし、次郎は一瞬だけラスラパンネを見て、すぐに判断した。
「相手をする必要はない」
「同感ね」
二人は同時に動いた。
エイダがフックショットを天井へ向けて撃ち込む。
――ガシュッ!
フックが天井に食い込む。
ワイヤーが張り詰めると同時に、エイダの身体が宙へ舞った。
ラスラパンネの頭上を飛び越える。
その横では、次郎が壁へ足を掛けた。
「――ッ!」
一度、壁を蹴る。
そのまま反対側の壁へ飛び移り、さらにもう一度蹴り返す。
人間離れした跳躍力で、ラスラパンネの包囲を軽々と飛び越えた。
着地。
二人は一度も攻撃することなく、そのまま通路の奥へ駆け抜けていく。
背後では、ラスラパンネが二人を追おうと蠢いていたが、すでに二人の姿は通路の先へ消えていた。
さらに奥へ進む。
その時――。
『安心して。殺しはしないわ』
艦内スピーカーから、女の声が流れ始めた。
二人が足を止める。
『ただ……永遠に変異し続けるだけよ』
エイダの表情が変わった。
この声には聞き覚えがある。
自分の名を騙り、バイオテロを指揮している偽エイダ。
『元から人でなしのあなたには、お似合いの末路ね』
憎悪と執念が滲んだ声。
エイダは黙ってスピーカーを見上げる。
「……この声は、ネオアンブレラのエイダね」
「偽物か、随分と似た声だな」
「ええ。顔も似ているから困っているのよ」
次郎も周囲を警戒する。
この艦内で、何かが進行している。
そして、その中心が近い。
「急ぎましょう」
「ああ」
二人は再び歩き出す。
しかし、警戒は先ほどよりも強くなっていた。
何が待ち受けているのか分からない。
その時だった。
二人が通路を進んでいると、正面にエレベーターが見えてきた。
その手前、左手側には重厚な水密扉が設けられている。
次郎が水密扉へ歩み寄り、ハンドルに手を掛ける。
――ウィィィン……。
正面のエレベーターが動き出し、停止した。
扉が開く。
そこから姿を現したのは、クリスとピアーズだった。
「……!」
クリスが次郎とエイダを見つける。
「止まれ、ウェスカー!エイダ!」
銃口を向けながら、クリスが怒鳴る。
またしても人違いだ。
次郎には、クリスが誰と勘違いしているのか分からない。
だが、わざわざ説明している時間は惜しかった。
次郎はクリスを無視し、水密扉を開く。
「行くぞ、エイダ!」
「ええ!」
二人は水密扉を通り抜けると同時、勢いよく水密扉を閉め直す。
そして振り返ると、さらに奥へ続く通路があった。
しかし――。
通路の奥では、重厚な隔壁が警報音とともに下降している。
――ゴゴゴゴゴ……!
「……急いで!」
「分かってる!」
二人は全力で駆ける。
隔壁は容赦なく下降していく。
残された隙間は、急速に狭まっていた。
エイダが身を低くする。
次郎も同時に身体を沈める。
二人は床を滑るようにして、閉まりかけた隔壁の下へ飛び込んだ。
背後では、クリスたちが水密扉をこじ開ける音が響いた。
「待て、ウェスカー!」
クリスの怒声が迫るが、もう遅い。
――ガンッ!
直後、隔壁が完全に閉じる。
クリスたちの追跡は、そこで遮断された。
エイダが立ち上がり、次郎を見る。
「なんとか、間に合ったわね」
「ああ」
次郎は閉ざされた隔壁を一瞥する。
隔壁が完全に閉じたことを確認すると、エイダは次郎へ視線を向けた。
「それにしても、随分と怒っていたわね」
「ああ」
「しかも、あなたのことをウェスカーと呼んでいたわ」
次郎は一瞬だけ黙った。
「知らん、誰だそれ」
「知らないの?」
「知らんものは知らん、人違いだ」
次郎はそれだけ言って、再び歩き始める。
エイダはその背中を見つめる。
クリスがなぜ次郎をウェスカーと呼んだのか。
詳しい理由までは分からない。
ただ、あれほど激昂していたことを考えれば、次郎の何かが、クリスの記憶にあるウェスカーと重なったのだろう。
「……まあ、何となく勘違いの理由は分かるけど」
「何か言ったか?」
「何でもないわ」
エイダはそれ以上追及せず、次郎の後を追った。
二人はそのまま、空母のさらに奥へと進んでいった。
そして二人は艦内を抜け、広大な空母の甲板へと出た。
夜の海風が吹き抜ける甲板には、ネオアンブレラの兵士たちが巡回している。
完全武装した兵士。
そして、上空を照らす無数のサーチライト。
光が甲板を縦横に走り、わずかな動きさえ見逃さない。
さらに、上空には戦闘ヘリが待機していた。
サーチライトに発見されれば、機銃掃射を受けることになる。
「……厄介ね」
エイダが呟く。
「別々に行こう」
「分かったわ」
二人はその場で分かれた。
エイダはフックショットを取り出す。
――シュッ!
フックが上方のキャットウォークへ突き刺さる。
ワイヤーが張ると同時に、エイダの身体が宙へ舞った。
サーチライトの死角を縫うように、上空の足場を軽やかに移動していく。
一方、次郎は地上を進む。
コンテナや艦載機の陰を利用しながら、闇の中を進んでいく。
巡回する兵士の背後へ接近。
気配を完全に消し、相手が振り返るよりも早く無力化する。
一人。
また一人。
声を上げる暇すら与えない。
国家最高峰の対テロ要員として磨き上げられた技術。
それを駆使し、次郎は警備網を静かに抜けていった。
やがて、事前に決めていた合流地点へ到着する。
次郎が周囲を確認した、その時だった。
「アリス」
物陰から、エイダが姿を現した。
何事もなかったかのように、次郎のもとへ歩み寄ってくる。
しかし――。
次郎は一歩も動かなかった。
腰の拳銃を抜く。
そして、目の前の女へ銃口を向けた。
「……誰だ、お前」
声には一切の感情がない。
銃口も微動だにしない。
女の足が止まった。
エイダ・ウォンと寸分違わぬ姿。
服装も。
声も。
表情さえも。
完璧に本物を再現している。
それでも。
次郎は迷わなかった。
女――カーラは目を見開く。
「……なぜ分かったの?」
次郎の口元に、僅かな笑みが浮かぶ。
銃口は揺れない。
「昔から双子を見分けるのは得意だった」
次郎は目の前の女を真っ直ぐに見据える。
「単に、俺の目が節穴じゃないだけだ」
傲岸とも取れる余裕を滲ませながら、そう言い放った。
――Chapter3・完――
影武者を見抜く能力といえば分かりやすいですかね。
五等分の花嫁の中野姉妹を多分次郎は初見で見分けられます。本人にとっては当たり前すぎて誇ることすらない、なんてことの無いただの特技です。
次郎の才能は戦闘、暗殺に特化しています。
平和な環境では恐らく開花しなかった才能です。