カーラ視点です。
本日一度目の投稿。
――見破られた。
カーラは、目の前に突きつけられた銃口を見つめていた。
完璧だったはずだ。
顔も。
服装も。
声も。
仕草さえも、本物のエイダ・ウォンを再現していた。
それなのに。
たった一瞬で見抜かれた。
「昔から双子を見分けるのは得意だった」
男――アリスは、微動だにしない。
「単に、俺の目が節穴じゃないだけだ」
その言葉を聞いた瞬間、カーラは悟った。
言い訳は通じない。
ならば――。
ここから逃げるしかない。
カーラの指が、懐に隠していたフラッシュバンへ伸びる。
ピンを抜く。
次の瞬間、床へ叩きつけた。
――その刹那。
パンッ!
銃声が響いた。
「――ッ!」
腹部に衝撃が走る。
カーラの身体が後方へよろめいた。
撃たれた。
だが、フラッシュバンはすでに作動している。
カーラは咄嗟に顔を背け、目を閉じる。
強烈な爆音と閃光が甲板を包み込んだ。
カーラは閃光から目を守りながら、すぐにその場を離れる。
一方、目の前の男は反射的に目を閉じていた。
その隙を逃さない。
カーラは腹部を押さえながら、夜の甲板の奥へ走り出した。
数秒も経たないうちに、視界は正常に戻る。
だが、腹部から流れる血は止まらない。
「……っ」
傷口を押さえる。
思った以上に深い。
足が重い。
身体が思うように動かない。
それでも走る。
止まれば、あの男に追いつかれる。
カーラは血痕を甲板へ残しながら、夜の闇へと姿を消していった。
――まだ、終われない。
目的を果たすまでは。
カーラは負傷した腹部を押さえながら、必死に逃走を続けていた。
しかし、銃弾による負傷は確実に彼女の動きを鈍らせている。
足が重い。
踏み込みも、普段より明らかに遅い。
「……まだよ」
それでも走る。
甲板の連絡通路へ差し掛かった、その時だった。
「待て!」
背後から怒声が響いた。
カーラが振り返る。
クリスとピアーズが追いついてきた。
「エイダ!」
クリスが銃を構える。
カーラは足を止め、振り返った。
「……しつこいわね」
クリスとピアーズが、同時に銃口を向ける。
「今度こそ逃がさない!」
クリスの指が引き金に掛かる。
――その瞬間だった。
ダァン!
遠方から、一発の銃声が響いた。
「――ッ!」
カーラの身体が大きく揺れる。
銃弾が胸を撃ち抜いた。
予想外の方向からの一撃。
カーラはバランスを崩し、そのまま甲板へと落下する。
――ドサッ!
身体を打ちつけ、激痛が全身を駆け巡る。
「……っ!」
カーラは歯を食いしばる。
視線だけを動かす。
遠方。
闇に紛れるように、狙撃手の姿が見えた。
ファミリーの刺客。
自分を追い詰めるために放たれた一撃だった。
腹部の傷。
そして、今の狙撃と落下。
度重なる負傷によって、身体は完全に限界へ近づいていた。
カーラは立ち上がろうとする。
だが――。
体に力が入らない。
――まだ……死ねない。
甲板に叩きつけられた身体から、力が抜けていく。
口の端から鮮血が流れ、カーラはそれを吐き出した。
「……っ」
呼吸が苦しい。
腹部には、先ほどアリスから受けた銃撃による傷。
そして今度は胸を撃ち抜かれ、さらに高所から甲板へ叩きつけられた。
まともに動ける状態ではない。
指先から力が抜けていく。
視界が霞む。
音が遠ざかっていく。
このまま意識を手放せば、二度と目を覚ますことはない。
――その瞬間だった。
薄れゆく意識の中で、カーラの脳裏に一つの記憶が蘇った。
まだ、自分が自分だった頃。
まだ、シモンズを信じていた頃。
研究室に差し込む白い照明。
机の上に並べられた大量の研究資料。
試験管の中で揺れる薬液。
そして、その中央で研究に没頭する自分。
カーラ・ラダメス。
天才と呼ばれた研究者。
シモンズの期待を一身に受け、彼のために研究を続けていた。
C-ウイルス。
その完成を目指して、カーラは昼夜を問わず研究に没頭した。
眠ることさえ惜しかった。
食事を忘れることさえあった。
それでも苦痛ではなかった。
むしろ幸福だった。
自分の研究が、シモンズの役に立つ。
彼が求めるものを、自分の手で生み出す。
そのことが、何よりも嬉しかった。
「この数値なら、次の段階へ進めます」
そう報告した時。
シモンズが頷いてくれる。
その瞬間だけで、疲労など吹き飛んだ。
もっと期待に応えたい。
もっと彼の役に立ちたい。
そう思っていた。
自分は特別な存在なのだと、信じていた。
――だが。
その認識は、ある日を境に粉々に砕かれた。
C-ウイルスへの適合性。
それが判明した瞬間だった。
カーラは、自分自身が実験対象として価値を持つことを知った。
そして同時に。
シモンズが自分を見る目が変わった。
それまで向けられていた視線とは違う。
そこにあったのは、研究者を見る目ではなかった。
まして、一人の人間を見る目でもない。
ただ、目的を達成するための材料を見る目。
そして、その目的とは――。
エイダ・ウォン。
カーラは、初めて自分が何者として扱われていたのかを知った。
自分は、カーラとして必要とされていたのではない。
エイダの代用品。
ただ、それだけだった。
「待って……」
突然、研究施設の人間たちに拘束された。
「何をするつもりなの……?」
答えは返ってこない。
抵抗する暇も与えられない。
連れて行かれた先にあったのは、巨大な実験用カプセルだった。
「そんな、嫌……」
扉が開く。
カーラの身体が中へ押し込まれる。
「待って!」
扉が閉じられた。
「シモンズ!」
ガラス越しに見えた男へ、必死に手を伸ばす。
「どうして……!?」
しかし。
シモンズは何も答えなかった。
ただ、冷たい目でカーラを見ていた。
その目を見た瞬間。
何かが崩れた。
「いや……!」
薬液が注入される。
身体の内側を何かが駆け巡る。
激痛。
皮膚が崩れる。
肉が溶ける。
骨が軋む。
自分の身体が、自分の意思とは無関係に変質していく。
「いやああああああっ!」
叫ぶ。
泣き叫ぶ。
助けを求める。
誰でも良いから助けて。
だが、誰も止めない。
誰も助けない。
自分という存在が、少しずつ壊れていく。
カーラ・ラダメスという人間が消えていく。
そして、その代わりに与えられたのは――。
エイダ・ウォンの姿だった。
目を覚ました時。
カーラは鏡の前に立っていた。
そこに映っていた女を見て、言葉を失う。
見慣れない顔。
見慣れない身体。
そこに映っているのは、自分ではなかった。
「……誰?」
震える声。
鏡の中の女も、同じように口を動かす。
だが、その顔は知っている。
自分が何度も見てきた顔。
エイダ・ウォン。
シモンズが求めた女。
そして――。
自分からすべてを奪った女。
「……あ……」
膝から力が抜ける。
床へ崩れ落ちる。
あれほど信じていた。
あれほど尊敬していた。
あれほど、彼のために尽くしてきた。
なのに。
自分が愛したものは、最初から自分自身ではなかった。
シモンズが欲しかったのはカーラではない。
エイダだった。
自分は、その代用品だった。
その事実が、何よりも苦しかった。
そして。
その苦しみは、やがて憎しみへ変わった。
シモンズへの信頼が消える。
敬愛が消える。
憧れが消える。
残ったのは、ただ一つ。
憎悪。
――私のすべてを奪った。
ならば。
――私も、お前からすべてを奪ってやる。
シモンズが愛するもの。
シモンズが守ろうとするもの。
シモンズが信じる世界。
そのすべてを壊す。
自分をエイダに作り替えたのなら、その顔を使ってやる。
エイダ・ウォンとして生きる。
エイダ・ウォンとして世界を欺く。
そして。
最後にシモンズの目の前で、その世界が崩壊する瞬間を見せてやる。
それが、自分に残された唯一の生きる理由になった。
カーラは動き始めた。
自分と同じようにシモンズを憎む者を集める。
彼の計画を利用する。
彼の権力を逆手に取る。
そして、彼が守ろうとする世界そのものへ牙を剥く。
やがて、その憎悪は一つの組織へと形を変えていった。
ネオアンブレラ。
すべてはシモンズを絶望させるため。
自分を踏みにじった男に、自分が味わった絶望を与えるため。
そのためだけに、カーラは生き続けた。
――そして、意識が現実へ引き戻される。
「……まだ……死ねない」
甲板に倒れたまま、カーラは震える手を懐へ伸ばした。
指先に触れたもの。
一本のシリンジ。
強化型C-ウイルス。
これを使えばどうなるのか。
そんなことは分かっている。
人間としての自分が、完全に消えるかもしれない。
それでも構わない。
もう、カーラ・ラダメスとして生きることなど望んでいない。
ただ一つ。
シモンズの世界が壊れるところを見たい。
「彼の世界が壊れるのを……」
震える手でシリンジを握る。
キャップを外す。
「この目で見るまでは……!」
カーラは自らの肉体へシリンジを突き立てた。
そろそろクラシック曲からのサブタイトル命名が苦しくなってきました。