らぶみーとぅー!~NTR性癖の幼馴染を満足させるため、僕は真実の愛を探す~ 作:大豆亭きなこ
中学校生活最後の日、つまり卒業式。
僕こと、時田サダツネは幼馴染の上川瞳子に告白した。もちろん愛の告白。
市と市を隔てる緩やかな流れの川の河川敷。満開とはいかなかった半咲きの桜の木の下(この桜の木は僕と瞳子の思い出の場所でもあるのだがそれは割愛)、これから始まるきらめく高校生活に思いをはせ、彼女との青春の日々を思い描きながら、一世一代の大告白。
「瞳子、君のことが好きだ。ずっと好きだった。付き合ってくれ」
結局、何事もシンプルな方がいいのだ。
いろいろな機能をつけずともシャーペンは書ければいいのだし、アウターだって季節に合えば無地で良い、ハンバーグは塩コショウだけで良いし、パソコンも光らなくていい。卒業式の日に告白することを決心してからひと月の間、考えに考え抜いた結果、こういった結論に落ち着いた。どんな美辞麗句も修飾もレトリックも、本物の思いの前には無力なのだ。
二人の間に風が吹く。春の風だ。僕は花粉症ではないので、ただの気持ちいい風でしかない。その風は瞳子の香りを僕の元まで運んでくれる。白檀と柑橘に混じる、梨のような甘い香り。愛おしい香りだ。
「…………」
目の前の幼馴染、上川瞳子は僕の告白に面食らった様子もなく、ただの日常の延長として、答えることに時間を要する雑談中の問いのように、和やかな笑顔を浮かべながら、顎に手をやり思案している。
編み込みの入った洒脱的な黒髪のボブに、白いリボンが上品に巻かれている。タレ気味ながらに知性の光を内包した鳶色の瞳、触ったら崩れてしまいそうな華奢で小柄な体格。そんな瞳子に、僕の胸は高鳴っている。彼女が幼馴染で良かった。
──ああ、やきもきする。
皆、こういうことを経てカップルになったり夫婦になったりするのだろう?
どうかしている。こんなドキドキは二度と味わいたくない。僕はなるたけ、心を平静に保っていたいのだ。と、いってもきっとこの告白が人生最後の告白になるだろうことも分かっていた。
僕は人間として何かが欠落している。
その僕の感覚は明確に言葉で示すことができないが、自覚はしていた。他の人とあまり話が合わないし、集団生活も苦手だ。僕にしては当たり前のことが他の人にとっては非常識であったり、僕からしては非常識なことを、他の人間は平然と行っていることに驚くことがある。
どうしてこうなったかと問われれば、きっと初めからこうだったのだ。つまり僕は生まれながらに欠陥品と言うわけだった。
それは目の前の彼女も同じで、僕の幼馴染、上川瞳子も人間として何かが欠落している。彼女には友達がいない、家族とも事務的な会話しかしない。──かと思えば弁舌を振るいに振るい、親や教師をめためたに言い負かすこともある。
僕にとっての唯一の社会との接点が彼女で、彼女にとっての唯一の社会との接点が僕なのだ。家が隣同士なことはあまり関係なく、僕たちはそういった関係なのだった。
お互いの欠落を埋め合うことはできないが、寄り添いあうことはできる。いい関係だと思う。今後もし僕に恋人ができて、万が一にも結婚するのならば、それは瞳子しかいないだろう。
その予定を少し早めて、音に聞く青春ってやつを瞳子と楽しんでみようと思った。それがこの告白に至る経緯だ。
まだ答えは返ってこない。瞳子は顔に微笑みを張りつけ、石のように微動だにしない。
僕が告白してからすでに何分が経ったのだろうか? あるいは数秒しか経っていないのかもしれない。
──それにしても、彼女は何を長考することがあるのだろう。
答えはシンプルじゃないか。良かったらイエス、ダメならノー。二択なのだ。
「瞳子?」「サダ」
僕が沈黙に耐え兼ね、瞳子の長考の内容を問おうとすると、声が被ってしまった。
目でお互い譲り合う。
僕の問いよりも、彼女の答えの方が重要だと思ったので「先に言ってくれ」の視線を送ると、彼女はふふっと柔らかく微笑んだ。
「サダ、ごめんね、長いこと考えこんじゃって。不安にさせちゃったね」
瞳子が長いまつ毛を揺らし、目を細める。
「いや」
「結論から言おう。イエスだ。私もサダのことが好きだ。私もサダと同じようにずっと好きだった、幼いころから。もちろん異性としてね。そもそも好きじゃなかったら、お互いこんな年になるまでずっと一緒にいないよね。だからサダがこうして告白してきてくれて、とてもうれしい」
「瞳子……」
僕の脳内にこれまでの瞳子との思い出が、走馬灯のように駆け巡る。
電車を乗り継いで海まで冒険に出た日。野生のカエルを捕まえてきて一緒に解剖した日。焦げたパンケーキを苦い表情をしながら食べた日。お互いずっと無言で本を読んだ日。クソ映画の感想を語り合った日、五十話近くもある古いアニメを徹夜で見た日。
──それまでの愛しき日々の光景に、僕は思わず涙ぐんでしまう。
瞳子が僕から顔を背け申し訳なさそうに言った。
「サダ。でもね、私はサダのことが好きだけどね。サダと付き合ってカップルになるには条件があるんだ。面倒くさいかもしれないけどね。ごめんね。でもこれだけは譲れないし、きっとこんなことサダにしか頼めないしさ」
なるほど。先ほどの長考は、その条件とやらについて考えていたのかと合点がいく。
それでも、彼女も僕のことが好きだったとわかってうれしいのだ。気持ちが通じ合うってこんなにも気分がいいのか。そりゃあ世の若人達はバンバン、ズケズケ告白するよなぁ。こんな幸福感に比べたら、きっと瞳子の言う条件なんて屁の河童だろう。なんでも任せてくれ。
「条件って?」
「うん、あのね。その、言いにくいんだけどね」
「何でも言ってよ。きっと僕なら大丈夫だ」
「うん、そう言ってもらえるとありがたいよ。だからね、その言うね」
瞳子が腰のあたりで手を組み、肩を揺らしてもじもじとしている。その頬は紅潮していた。
「私たちの間にはもうほとん隠し事なんかないと思うんだ。これだけ長い時間を一緒に過ごせばそうなるに決まってるよね。だけどさ、申し訳ないんだけどサダには一つだけ、隠してたことがあるんだ」
「──え?」
驚愕だった。僕に瞳子のことで知らないことなんかないと思っていた。
「うん、驚くよね。私もサダに同じこと言われたら驚くと思うし。でね、その隠し事なんだけどね」
「うん……」
「私の性癖のことなんだよ」
「性癖?」
「うん、性癖。もったいぶっても仕方ないから言うけどね、私NTR趣味なんだ」
「…………NTR」
僕は思考してもその言葉の発音が意味と一致しなかったので、自分に言い聞かせるように小さく呟いてみた。エヌティーアール。NTR。ねとられ。寝取られ。……寝取られ⁉
「うん、そう寝取られ。知らなかったでしょ?」
「あ、え、うん」
「まあ、絶対に隠さなきゃと思って頑張っていたからね。徹底的に隠してた」
「うん、その、それで条件って」
どうにも嫌な予感がする。ダム決壊。嫌な予感が濁流のように押し寄せてくる。
「サダには、私以外の女に寝取られてほしいの」
「………………ぇ?」
一瞬瞳子が言ったことが理解できなかった。いや、一瞬どころじゃない、まだ理解できていない。僕が? 瞳子以外の女性に? 寝取られる? ──意味が分からない!
「あ! 違う違う! 何もセックスをしろって言ってるんじゃないんだよ。その、ニュアンス的にっていうか。BSS……いや、WSSかな。そのほうが近いか。つまりね、サダには私以外の女を心から愛して、愛されて、私の脳をそれはもう粉っごなに破壊してほしいんだよ……。そしたらね、そんなことを人生でただ一度でもしてくれたらね、私は君に後の人生全部捧げるよ。……ね? どうかな?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。僕が瞳子以外の人を好きにならなきゃダメってことか?」
僕の声が動揺で震えている。
「うん、それも心からね」
「いや……、え? 僕今、瞳子のこと好きだって告白したよね? 瞳子も僕のこと好きって……」
「うん」
「え?」
「だめ、かな?」
瞳子が上目遣いで僕に訴えかける。
「いや、ダメとかじゃなくて、ん? え?」
「お願いだよ、ね? 本当に一生のお願い。サダ、私のために寝取られて」
瞳子が僕の方へ数歩踏み出し、ほとんど密着と言っていいくらいまで接近する。瞳子の匂いが僕の鼻孔を侵し、その甘く愛おしい香りにくらくらとしてしまう。
僕は混乱する脳のまま、曖昧にうなずいてしまっていた。
こうして、僕の無謀で無残な挑戦の日々が始まったのである。