らぶみーとぅー!~NTR性癖の幼馴染を満足させるため、僕は真実の愛を探す~ 作:大豆亭きなこ
「先輩、元気ないですね」
エレナさんの家に行った翌日の昼休み。僕は図書委員の仕事をやっていた。
僕の低いテンションを見かねたのか、つばめちゃんは普段よりも数段優しい声色で話しかけてくれる。
「まだ、傷が痛みますか?」
「いや、そうじゃないよ。傷の方はもう痒くなってきているから、順調に治ってきている」
「そうですか。……なら、上川瞳子ですか?」
「…………」
きっと図星なんだろう。
僕はここで初めて、自分が悩んでいることを言葉として理解した。
「うん。多分そうだね。瞳子のことだ。僕は僕が思っているよりも、自分のことを理解できてない気がするなぁ」
「そうですね、私から言わせてもらうと先輩は全然ですよ。ダメダメです。自分自身への理解が全く足りていません。……そもそもあなた上川瞳子のことそんなに好きではないじゃないですか」
「……え?」
いやいや、そんなはずはないじゃないか。僕は告白までしたんだぞ。それに僕は一年、瞳子のために頑張って……。
「あのですね、先輩。語弊があるかもしれないので正確に言うとですね、あなたは上川瞳子のことを恋愛的に、男女の関係として好きではない、愛してはいない。少なくとも私にはそう見えます」
「じゃあ、僕のこの感情は何だって言うんだ!」
思わず大きな声を出してしまう。
昼休みなので利用者は少ないが、それでも僕に注目が集まる。普段なら、恥じるところではあるが、今はどうだってよかった。
「ははっ、コンコルド効果ですねぇ。そりゃあ、あなたはあの幼馴染に特別な感情はあると思いますよ。あなたが世界のすべてだと思ってしまうだけの魅力もあると思います。しかしね、それは恋ですはないですよ。あなたが言う真実の愛ではないですよ。家族愛とか兄弟愛とかそんなのに近いもので、それにあなたが若い男であるから感じる性愛が混じって、感情を愛だと誤認しているんですよ。先輩はもともと狭い世界の人間なので、仕方ないことではありますが。でもどうです? 外の世界に目を向けてみて、そうやって今悩んで、揺れているところを見ると、思い当たる節はあるんじゃないですか?」
僕は思案する。
つばめちゃんの言うことの正当性を、僕の今の心のありかを。僕はつばめちゃんやエレナさんとの関係を切れという瞳子の言葉に対し、反発してしまった。エレナさんの生い立ちや感情に触れ、涙を流してしまった。僕の心にあった感情に気付いてしまった。瞳子のやることに疑問を抱いてしまった。
そもそも、なんで僕は瞳子のこと好きになったんだっけ?
そんな僕の目をつばめちゃんが覗き込んでくる。
「ウェスタ―マーク効果って知ってますか、先輩」
「……なんだよそれは」
意識したつもりはないが、語気が強まってしまう。
そんな僕の様子を意にも介さずにつばめちゃんは続ける。
「近親姦を抑制するための人間の機能でしてね、幼いころから多くの時間を共に過ごしてきた異性とは男女の仲になりにくいってのがあるんですよ。だってねぇ、姉や妹のことを好きになっちゃったら、生物的に良くないですからねぇ。上川瞳子は本来、先輩にとって姉や妹のような存在なのですが、先輩の世界に登場する人物は極端に少ないので、恋人や妻、母と言った役割すらも担っているんですよ。女性があなたに果たす役割のすべてをね。いやぁ、うまくやりますよね、先輩にとってのアニマを一人で担おうとしているんですから。それも意図的に」
「僕個人の問題だけでなく、瞳子が意図してやっているということか?」
「そうですよ、きっと寝取られの件もそうです。あなたに外の世界を味合わせ、排斥させ、孤立させ、自分のところに帰ってくるように誘導してるんですよ。先輩には自分しかいないってより強固に思わせるために。女性の本質ってのは支配ですよ、いい方向にそれが働けば、守護になりえますけどね。上川瞳子の場合、エゴが出過ぎている、悪いほうに作用しすぎている。あの人の類まれなる頭脳がそれを可能にしている。ひどい話ですよ。ああ、かわいそうな先輩」
「……なんで、なんでそんなことが言い切れるんだ」
「だって、先輩の悪い噂流しているのあの人ですよ」
「‼」
「私調べましたもん。ソースを示してもいいですよ。……それにほらこれ」
つばめちゃんが懐から何かを取り出し、机の上に置く。それはジップロックに入った黒く小さな機械だった。
「GPS機能の付いた盗聴器ですよ。先輩が私の家に遊びに来た時、上着を預かったじゃないですか、その上着に付いていました。これ結構な値段して、高性能なのですぐ足がつきましたよ。購入者の名義は上川廉治、あの人の父親です。……上川瞳子は先輩のことずっと監視している、盗聴している」
そうか、合点がいった。僕が寝取られたかどうかをどうやって判定するか不思議だったんだ。こんな、シンプルな方法だったなんて。つばめちゃんの話が急速に説得力を帯びていく。
「でもまだ私にもわからないことがあるんですよ。先輩の感情を操っているものの正体がつかめない。先輩はほとんど奴隷とも言っていいくらい上川瞳子に付き従っている。本当の感情を殺されている。そんなの洗脳ですよ。でもメソッドが分からないんです、先輩は何か思い当たることありませんか、小さなしぐさとか、ジェスチャーとか。変化のバリエーションがあって気づかれにくいこと」
僕は考える、考えを巡らせる。
瞳子と僕は対等ではなかったのかとか、瞳子の行動の意味などの疑問点には一先ず目をつむる。今は関係がない、あとでいくらでも考えればいい。つばめちゃんの考えが真と前提して考える。
つばめちゃんの言っていることの細かいとこに目を向ければ粗がいくらでも出てくるだろうし、決定的な証拠が僕の目の前に示されていない。だが、そんな正当性だとかを気にしていると、時間がないので一旦信じることにする。今日の放課後には結論を出さねばならないのだ。
まずは瞳子の姿を思い浮かべる、幼いころからグラデーションに並べていく。それに付随する感情や、感覚、思い出を等間隔に並べ、一つ一つ吟味する。シナプスが焼ききれそうになる。だけど気にしない。そうすると、一つ思い当たることがあった。
「…………香りだ」
「ほぅ!」
つばめちゃんが目を大きく見開き、その口の両端が吊り上がっていく。
「瞳子は香りのエキスパート一家に生まれた。僕もいろいろ体験したし、教わった。香りには人間の感情を塗り替えるものもある」
「プルースト効果ですか」
「そうだ。香りをいい記憶と結びつけておけば、それがよりいいものであると誤認させることができる。……のかもしれない。しかしこうやって冷静に考えてみると、瞳子が意図的にそういうことしていたことが分かる」
「ずいぶんと長い視野でやる計画ですね。何年も前から香りを仕込んでいないとできない話です。脱帽ですよ。でも、やりそうだなぁ。あの人思いついたこと片っ端からやらないと気が済まないタイプでしょう。……でも、こうやってタネが分かったなら対策が打てますね」
「そうだ。……そうだけど、ああ! クソ。なんだって。……あああああ!」
僕は机に頭をぶつけ、ぐしゃぐちゃと頭を掻きむしる。
なんで!
なんでそんなに瞳子は回りくどいのだ!
そこまで僕を思ってくれているなら、素直に伝えてくれたらよかったのに!
人間は不正確だよ、感情一つ一つに名前なんかついていないんだ、白か黒かじゃない、グレーなんだ。僕の瞳子に対する、屈折し混同した感情だって、一つの愛であることには変わりない。一生知らずに、幸せに、何も考えず、何も知らずに過ごすことだってできた。でも、気づいてしまった、知ってしまった。それなら、それなら……!
なんだってつばめちゃんは僕にこんなことを教えたのだ。違う、つばめちゃんは悪くない。瞳子が悪い、──瞳子も悪くないだろ! 世界のすべてを失いたくない。嫌だ! くそくそくそくそ、僕はただ平穏に生きていたいのだ。心を乱したくないのだ。
すべて僕が不甲斐ないからダメなんだ!
「……先輩」
つばめちゃんがガリガリと頭を掻く僕の手を止め、包み込むように握ってくれる。──温かい。
僕は頭を上げる。つばめちゃんは優しく微笑んでいたが、その頬にはなみだが伝っていた。
──僕のために、泣いてくれているのか?
「ああ、大変でしたね。悩みますよね、絶望しますよね、狂ってしまいたくなりますよね。痛いほど分かりますよ。私も母が世界のすべてだった時期がありましたから。でもね、きっとこれは必要な痛みなんですよ。そりゃあ痛いことは痛いですし、悲しいですよ。泣いてしまいたくなりますがね、これを経て皆大人になるのです。だけどね、先輩、今のあなたには私がいますよ」
──え?
「私、阿布都乃比つばめは、あなたの絶対の味方であることをここに誓います。先輩がこれからどんな選択をしようとね、私は先輩を肯定しますよ。必要とあれば、慰めますし、励ましますよ。上川瞳子の代わり、先輩の魂の伴侶となってもいいですよ。だから先輩、あなたはあなたの行動に、言動に、思考に自信を持ってください」
「……なんで」
「だって、私たちは友人じゃないですか。利益や打算抜きにその人のことを思って行動するのが友情ってもんですよ。……あなたかって、私が襲われていた時、自分を顧みず、一直線に助けてくれたじゃないですか。同じですよ。だから、私は先輩の味方です。未来永劫。誰に誓ったっていいですよ、私のとこの神じゃない神にでもね」
彼女は優しく微笑んでいる。
「……つばめちゃん」
「はい、何ですか?」
「今日の放課後、瞳子と話し合う約束をしているんだ」
「はい」
「……付いてきてくれないか?」
「はい、もちろんです!」
◇
授業がすべて終わり、生徒たちがぞろぞろと帰路に就く。部活に入っている者たちは青春の汗を流し、ただ一度の人生を全力で楽しんでいる。
僕はふと、一年前に入っていたバスケ部のことを思い出す。
顧問は厳しかったが、同級生、先輩たちは優しかったのだ。初心者で、運動音痴の僕を気遣ってくれて、丁寧に教えてくれて……。そんな彼らも、今は僕の噂を耳にしており、僕のことを嫌っているのだろう。
取り返しのつかないことをしてしまったと今になって思う。
瞳子のせいじゃない、僕のせいだ。
僕は何も分かっていなかったのだ。人の気持ちを、人の心を。
風がカーテンを揺らし、初夏の香りが教室中に満ちる。
昨日あれだけ降っていた雨も今は面影すらなく、空は嘘みたいに晴れていた。
朝のニュースによると、梅雨明けはもうすぐらしい。
瞳子との話し合いの時間はもう少し先だったので、僕はこうして放課後になってまでもまだ教室に残っていた。いくら考えても考え足りない気がした。
「おー、サダツネ。まだ帰っていなかったか」
ヒカリがスクールバックを肩にかけ、教室の前の扉から入ってくる。
僕は手を上げて返事をする。ヒカリが僕の方へ近づいてくる。僕の前の席に座ると、
「お前、大丈夫か?」
「え? 何が?」
僕の頭の中身を覗かれたのかと、一瞬ドキリとする。
「傷のことだよ、傷。そうやって平気そうにしてるけど、ホントはまだ痛むんじゃないのか?」
「え、あ、いや。これはもう大丈夫だ」
「……これは?」
──鋭いなぁ。
すべてを話して、アドバイスをもらいたいがよしておく。全部を説明する時間は今はないし、何より僕ばっかいろいろと心配かけたくはなかったからだ。ヒカリが女装するのにもきっと理由があるのだろう。それを僕は聞かなかった。だから、僕も話す権利はないと思っている。
ヒカリの鋭い視線が僕を貫いている。
「ヒカリ、一つ質問していいか?」
「なんだよ」
「なんで、僕と友達になってくれたの?」
ヒカリは女装こそしていれど、こうして話していれば面倒見がよく、さっぱりとした性格で顔もいい。僕みたいなひねくれものと友達になるより、うまくやれば彼にとってもっと居心地のいい場所にいられたのじゃないか?
「おいおい、ようやく友達として認めてくれたと思えば、今度は情けないセンチメンタルか?」
そう言って笑いながら、僕のことひとしきりをからかうと、
「う~ん、でもそうだな。……多分さ理由なんてないよ。ていうかそもそも人を好きになったり、嫌ったりするのに明確な理由があるか? そりゃあお前みたいなのはいちいち言葉にして、うだうだ考えるのかもしれないが、俺にはそんなまだるっこしいことはできないね。なんとなくサダツネと気が合いそうだと思って近づいた、そんで、実際気が合った。それだけだよ」
そこまで言って恥かしくなったのか、ヒカリは僕から目をそらし、頭をぼりぼりと掻く。
「そうか」
様々な言葉が、感情が僕の脳内を駆け巡ったが、出力されたのはこれだけだった。でもこれでいいのだ、この三文字でヒカリはきっとわかってくれる。
「そうさ。……気分が沈んでるなら、この後どっか行くか? 前みたいに遊ぼうぜ、ラーメンまだ食ってないしな」
「いや、今日はやめとくよ。この後用事があるんだ。ラーメンはまた今度行こう」
「そうかい、でもまあ無理すんなよ。何かあったら言えよ」
「うん、ありがとう」
「じゃあ、またな。帰るわ」
そう言って、ヒカリは踵を返し教室を出ていこうとする。
「ヒカリ」
僕は彼を呼び止める。
「今度さ、教えてくれよ、その格好のこと。言いたくなかったら良いんだけどさ、話したかったら話してくれ」
ヒカリは歩みを止め、振り返らずに小さく、
「おう」
と言って、手を上げる。ひらひら振る。そしてまた歩き出す。
教室には、バラの香りが満ちている。
◇
時間になり、下駄箱に行くと、柱にもたれるようにしてエレナさんが立っていた。
「時田」
今日はエレナさんは学校をさぼっていたはずだ。僕に会いにわざわざ登校してきたのだろうか。
「時田、昨日はありがとうな。私の話を聞いてくれて。……それでよォ、今から時間あるか? お前と一緒に帰りたいと思ってさ。昨日話足りないこともあったし……。私さ、たくさん勉強したんだよ。少女漫画とか、ドラマとかたくさん見てさ。私は普通ってのを知った、もっと知りたい。なぁ時田、私はお前と話したいよ」
その気持ちは嬉しいし、僕も同じ気持であったが今日は先約があるのだ。昨日の今日で申し訳ないけど。
「ごめんね、今日は用事があってさ、明日でもいいかな?」
「……そうか。なんの用事?」
嘘をついても仕方がないので、正直に話すことにする。
「瞳子と話し合うんだよ」
「何を?」
「今後のこと、僕と瞳子はまだ付き合っていないんだ。でも、僕の気持ちは別の方に向いてしまっている。そこら辺をすり合わすための話し合い。僕から瞳子に聞きたいこともあるしね」
「それって、私も関係ある話か?」
「まあ、そうだね。無関係ではない。……瞳子は強敵だから気合を入れなきゃ。じゃあ、また明日」
僕がエレナさんに軽く手を振り、通り過ぎようとすると。
「時田、その話し合い、私も付いて行っていいか?」
「え?」
「強敵なんだろ? なら、きっと私は役に立つ」
「……暴力はなしだよ?」
「わかってるって! でも私だって黙ってみてられないんだ! なぁ、いいだろう?」
僕は少し思案する。僕の殻を破るきっかけの一つとなったエレナさんだ。つばめちゃんとはまた別軸に役に立ってくれそうだ。それに本人も望んでいる。
「……わかったよ。じゃあ、頼むね」
「おし! 任せとけ」
そうして僕らは、校門へと歩いていく。なんか桃太郎みたいになってきたな。
校門では、つばめちゃんが待ってくれていた。校門を待ち合わせ場所にしたのだ。つばめちゃんはいつもの芋い女学生風ではなく、きっちりと身だしなみを整えていた。一度家に帰ったのだろうか?
「あっ! 先輩! ……ん? 海老原エレナ? なんで?」
「だれだこいつ」
エレナさんとつばめちゃんはお互い訝しみ合い、ぶしつけな視線をぶつけあっている。
「えーっと、つばめちゃん。今日は強力な助っ人として、エレナさんも付いてきてくれることになりました」
「えーっ⁉ 何で⁉ 先輩! 私だけじゃ不足ですか?」
「それで、エレナさん。こちら僕の図書委員の後輩にして、友人の阿布都乃比つばめちゃん。瞳子との話し合いのために僕が呼んだ助っ人です」
「あ?」
「せんぱ~い、めっちゃ睨んできますよこの人! 一番の敵は足を引っ張る味方ですよ! やめましょう! 今からでもお引き取り願いましょう!」
「つばめちゃん、そんなこと言わないでくれ。エレナさんも僕の大事な友人なんだ。それにエレナさんはいてくれるだけで心強いんだ。ほら、この前の加害者を捕まえたのもエレナさんだよ」
「それはそうですけど、う~~」
「え~、これから僕たち友人連合は対幼馴染戦に挑みます。相手は強力ですが僕たちは力を合わせて立ち向かいましょう。そして、二人はほぼ初対面ですがが仲良くしましょう。二人とも僕の友人なんだ、きっと仲良くなれるはずだよ。ね?」
「「……」」
お互いがお互いを図るようにジロジロ見る。ガンをつけ合っているようにも思える。
僕はいくばくかの不穏さを感じたが、無視して出発する。
きっと大丈夫、友情はすべてを超越するのだ!