らぶみーとぅー!~NTR性癖の幼馴染を満足させるため、僕は真実の愛を探す~ 作:大豆亭きなこ
幼馴染ってのはどうにも不思議な関係だ。
友人でも、家族でも、恋人でもないのにお互いのことを知り尽くしている。
年とともに、思春期特有の自意識や、他にもっといい友人ができることによって、離れていく人達もいる。だけど僕らはそうはならなかった。僕らはお互いの存在が世界のすべてだったのだ。
僕は本当に瞳子のことが好きなんだろうか?
問われれば即答できる、好きだ。
でも、それが男女の好きかと言われれば少し違う気もする。
つばめちゃんに断定口調で言われたからではなく、授業中ずっと考え続け、自身の心に向き合い続け、そう結論付けたのだ。
この間まではそのあたりの混同もどうでもよかった。
でももう今はどうでもよくない。
僕は外とのかかわりができてしまったのだ。皮肉なことに瞳子の手によって。友情を知り、友愛を知り、友達ができた。僕はもっといろんなことを知りたくなった。外のこと、感情のこと、愛のこと。これからも人生をするなら、これからも人間として生きていくならば知るべきだ。少し遅いかもしれないけどね。
それに、はっきりさせておきたいこともある。
今日の、瞳子との話し合いでいろんなことが決まる。変わっていく。
それがいい方向であろうと、悪い方向であろうと、変化は喜ぶべきなのだ。
一年前の瞳子への告白だって、僕が変化を望んだから、決心したのだ。
とにかく、今日決まる。この河川敷で、一年前告白した大きな桜の木の下で。桜の時期なんてのはもうとっくに終わっていて、梅雨だってもうすぐ終わって、夏が来ようとしているのだけど。
夕暮れ時、街が朱に染まる。
夕焼けの反射光が、絶え間なく流れていく、変化している川を煌めかせる。
どこかから、子供の笑い声がする。
遠くから救急車の音が聞こえる。
青々と茂った大きな桜の下、風で髪を、ジャケットを、スカートを揺らしながら、僕の幼馴染、上川瞳子が立っていた。
「瞳子」
僕は彼女の背に呼びかける。
「……サダ」
瞳子が振り返る。いつもと変わらない微笑みがそこにあった。
「「…………」」
僕の後ろにいる二人は黙って、瞳子を睨んでいる。目を細め、眉を寄せ、同じような顔をしている。威嚇している犬みたいだ。
ここに来るまでの間、ぎゃあぎゃあ、言い合っていたが、何だ仲いいじゃん。
そんな二人の様子を見て、僕は思わず笑ってしまう。
「誰? その人たち? 何でついてきているの?」
瞳子は笑みを崩さずに、後ろの二人に目を向ける。
「ああ、とりあえず気にしなくていいよ。僕が無理言って連れてきたんだ、彼女たちを責めないでくれ。邪魔はしないように言っている」
ここに来るまでの間、とりあえず最初は何も口を出さないでくれと言っている。僕と瞳子がひとしきり話し終え、それで話がこじれた時に口を出してくれと頼んでいる。それに瞳子がオブザーバーに気を取られて、遅れをとるようなタマではないことは知っている。
「……ふ~ん、まあいいや。でもね、サダ。私には今日の君に一つだけ看過できないことがあるよ」
瞳子は僕に一歩近づき、鼻をすんすんとさせる。
「サダ、私は教えたよね。香水には適量があり、つけ方だってある。こんな量つけたんじゃ、どんないい香水も死んでしまうよ」
瞳子の香りに惑わされないため、一応手は打っておいた。念のためだ。つばめちゃんが普段使っている香水を借りて、これでもかってくらい全身に振りかけた。ほかの匂いの一切を受け付けず、マスキングされている。シャネルの五番なので、少しもったいない気もするが。
「うん、わかってる。でもこれは……」
「入れ知恵か」
そう言って、瞳子はつばめちゃんを鋭くにらむ。僕も見たことのない凍てつくような視線だった。
つばめちゃんはその視線をエレナさんを盾にすることでやり過ごす。
「おい」
「サダは、私のこと疑っているんだね。悲しいよ。その子、カルト宗教の巫女だろう?」
「そうだけど、ちがう! 僕は僕の意思で行動している。それにつばめちゃんは僕の友人だ。傷つけるのは許さない」
「そうか。やっぱり優しいねサダは。あんな目にあっておいて、まだ懲りてない。だから私を疑うなんて愚行に走る。サダのその優しさは美点ではあるが、時にこうして弱点になりうる。付け込まれ、利用される。よくないよ、私と共にあれば、そんなことはさせないのに」
瞳子はそう言いながら、僕にさらに近づく。
「ごめんね」
瞳子が僕にハグをした。
「責めているわけじゃないんだ。君の友人のことだって、君の好きにすればいいよ。ただ私は自分の不甲斐なさを悔いていたのさ」
「おいコラ、時田から離れろ。今日は話し合いだろ。余計なことしてんじゃねぇ」
エレナさんが、声色に怒気を滲ませ、瞳子を僕から引きはがす。
「おいおい、このお嬢さんは、幼馴染同士のささやかなスキンシップすら許してくれないのか。ははっ、やはり君はサダにふさわしくないよ、心の機微が分かっていないのだろう。幼いころの家庭環境ってのはやはり成長後の情緒の発達を左右するね。実感を持って学んだよ……!」
「瞳子!」
「なぁ、サダ。何怒っているんだ。君はそんな奴じゃなかっただろう? もったいないよ、君のその心の動きは私のために使うべきだ、君の心に生じるすべての感情は私のためにあったはずだ。無駄使いしないでおくれよ、もったいない」
「今のはダメだ。瞳子、謝れ。僕は僕の友人を傷つける人間を許さない。どんな奴であろうとも!」
「嫌だね、事実だ」
「瞳子‼」
「時田、もういいよ。うれしいけどさ、今はそんなことどうだっていいだろ? 話し合いを始めろよ」
エレナさんが僕の肩に手を置いて言う。
「そうだ、その情緒欠落女の言うとおりだ。私と君はここに話し合いに来たのだろう。ほらはじめよう。どっちから話す? サダも言いたいことがあるのだろう?」
「……瞳子が僕をここに呼んだ。だから、先に瞳子が話すべきだ。僕は後でいい」
「そうかい、懸命だよ。……まあ、こんな雰囲気じゃさ話辛いから、少し昔話をしようか。あ、飲み物も用意したんだ。紅茶、サダ好きだろう?」
そういって、瞳子は午後ティーを渡してくれる。
「君たちの分はないよ。来ることを知らなかったからね」
瞳子が近くのベンチに腰を下ろす。彼女に促され僕も座る。
「もうさ、私たちが出会って十年以上たつんだよ。すごいよね。昔の君はトーコちゃん、トーコちゃんって私の後ろをついてくるだけの、かわいい弟の様な存在だったんだけど、あっという間に私の背を越して、筋肉も付いて、かっこよくなって、ふふっ、立派な青年に、男になったよね。私が君をそうやって意識し始めたのは、中学に上がりたての頃だ。たまに触れ合う手がさ、思ったよりごつごつしていたり、一緒に買い物行ったとき重いものを持ってくれたり、転びそうになった私を支えてくれたり、そのたびにさ私はドキドキしていたよ。でも当時はその感情が何かわからなかった。だから、それを知るために私はその感情を様々な角度から観察したり、図書館で調べたり、時には人に聞いたりもしてみた。今だから言えるけど愚かだったね、当時の私は。そのころの私が感じていた君への感情は、特別だと、唯一無二だと思っていた。でもねその感情は、誰もが知るありふれた物だったんだ」
瞳子が息を吸う。僕の目を見る。微笑む。
「恋、だよ。簡単なことだったんだ。私は君を異性として好きになっていたんだ。今になっても変わらないよ、その感情は」
「…………」
「だからね、あの時、君が告白してくれて、本当にうれしかったんだ。あの時はにやつきを抑えるのに必死だったよ。君の前ではかっこつけていたかったからね。でもさ、君を愛しているからこそさ、このままじゃだめだとも思ったんだ。私たちはもっと外に目を向けなければならないと思った。だってそうだろう? 私たちは私たち二人だけが世界に存在していればいいが、世の中はそんなきれいごとで回っていない。生きるためには、働かねばならないし、働くならば人と関わらないとやっていけない。私たち二人は少し変わっているからね、荒療治が必要だと思ったんだ。本当に、本当に心苦しかったけど、私は君に嘘をついてまで、試練を与えた。寝取られ云々とか脳内麻薬とかどうでもいいんだ。……この一年間苦しかったよね、大変だったよね。でもさ、君は友達ができて、感情のいくばくかを手に入れたし、私もいろんなことを学べた、渡世や集団での立ち振る舞いとかね。成長できた。欲しいものは手に入った。だからもう終わりにしようか。私は本当は君をだれにも渡したくないんだよ、寝取られなんてもってのほかだ。ごめんね、騙してしまって」
瞳子が紅茶を一口飲む。
「……あの時私が言ったことは忘れてくれ、試練は終わりだ。あの時の告白、一年越しだけど受け入れるよ。なぁ、サダ。私たち付き合おう」
「瞳子、ごめんだけど、取り消させてくれ」
「……え?」
「そのさ、申し訳ないんだけど、あの時の告白はなかったことにさせてくれ」
「は?」
「僕たちはさ、多分、もっと時間が必要なんだ。僕には友達ができたけど、瞳子のようにまだ満足していない。もっといろいろなことを知りたい。それにさ、瞳子、僕はあの時のように君のことが好きではなくなってしまったんだ。いや、少し違うか、君に対する感情自体は変わっていない。でもその感情が、真実の愛っていうものかが分からなくなってしまったんだ。それを知るために僕はもっと外に目を向けていきたい。ここにいる二人と、ここにはいないけど、僕の同性の唯一の友人のヒカリとも」
「はぁ? いやいやいやいやいや、おかしいよ、それは。サダ、おかしいって、変わっていないなら私のこと好きなんだろ、それでいいじゃないか。必要ないよ。この前も言ったけど、私が友達の代わりも果たすって、友達としたいことは私とやりゃあいいじゃん! サダ、ダメだよ。それに何? 告白を取り消す? 馬鹿言ってんじゃない! そんなことはできない! 選択権やイニチアシブは告白された私にある。君が取り消すことなんてできない。許されない!」
「……瞳子も嘘をついていたからお互い様じゃないか」
「それについては謝ったじゃん!」
「じゃあ、これは?」
僕は懐から盗聴器を取り出す。瞳子はそれを見てギリと歯を鳴らし、
「だって、本当に君が寝取られたら嫌じゃないか! 私もその解析に難儀したんだから相殺だ!」
「香りで、僕の感情をコントロールしていたのは?」
「保険だ! なんにしてもリスクヘッジは必要だろう! 別に君のことを支配しようとしたわけじゃない、あんなクソみたいな家に生まれた唯一のメリットなんだ! それを利用して何が悪い‼」
瞳子が立ち上がり、胸に手を当てながら、叫ぶ。
「うわぁ、先輩、この人開き直りましたよ」
「黙れ! とにかくだめだ! サダはこれから私と付き合う。恋人になる。カップルになる。他の女とは付き合わない。私と共に素晴らしい人生を歩む。そうじゃなきゃダメなんだ!」
瞳子は髪を乱し、体をくの字にして叫ぶ。
「……瞳子、すまないけど」
「ふざけんなァ!」
瞳子が僕に飛び掛かり、胸倉につかみかかる。
「おかしいだろ! 僕らの十年は、たった一年で、こんな女二人に潰されるのか! 違うだろ! 君は私だけを思っていなければならないし、君の世界には私しかいらない! 何のために私がこんなに頑張ってきたと思ってんだ! 誰が君をここまで育てたと思ってんだ! 私だ! 私だろ! その情緒も感情も容姿も将来も人生も私のために使うべきだ、私のためにあるべきだ!」
「おいおい」
エレナさんが瞳子を羽交い締めにし、僕から引きはがしてくれる。それでもなお暴れるが、エレナさんに力では敵わないと気づき、次第に落ち着いてゆく。
瞳子の荒い呼吸だけが、場を支配する。
瞳子は未だに目に怒りを宿し、僕を睨んでいる。
幼馴染のこんな姿は見たことないし、こんな表情をさせたくなかった。
「すごいなぁ、女のすべてだ」
「──はぁ、──はぁ。良いのか、サダ。ここで私を逃すと、ひどいぞ。君の人生は悲惨なものになる。誰が君のことを私以上に理解できる? 私以上に君に尽くすことができる? 君と私は欠落している、本来、あるはずの部品がない。なぁ? 考え直してくれよ。こんな二人、どうでもいいだろ、ただの同情だろ? それか性欲。若さ故の過ちってのは今後の長い人生、君をずっと苦しめ続けるぞ」
「ひど」
「時田」
「瞳子、もうやめようよ。人間ってのは簡単なものじゃないんだ。デジタルじゃないだ。計算だけで導き出せるものじゃない。そんなに合理的な物じゃないんだ。思うがまま生きてもいいし、それで失敗したっていいんだ。僕らがいくら欠落してようが、足りない部品を探す努力は怠っちゃいけない。瞳子とそうやって傷をなめ合うように生きるのもきっと楽しいよ、でもさ、もっと自由でもいいんじゃないか。きっと今ならどう転ぼうが僕は僕の人生を楽しめる、愛することができる」
「……後悔するよ」
「うん、まあそうなっても仕方ないよ」
「それに、私はまだ諦めない」
「うん、それも瞳子の自由だ」
「…………」
瞳子が図るように僕を見る。
「……おい、もういい、もう暴れない。落ち着いた。だから離してくれ」
瞳子が振り返り、エレナさんに向かって言う。エレナさんは僕の方を見る。僕が頷くと、瞳子を開放した。
「はあ、損な役回りだ。制服も皺になった」
瞳子が制服を手で払いながら言う、
「あ、すまん」
「うるさい、お前、覚えてろよ、いつか殺してやる」
「瞳子」
「わかってるって! 冗談だよ、冗談。……ほら、話し合いはもう終わりだろう。君たち三人は早く帰れ」
「いや、瞳子」
「うるさいなぁ、一人にしてくれって言ってるんだよ」
「…………」
こうして、瞳子との決着はついた。
太陽はもう沈んでおり、山の輪郭に面影を残すばかりとなっている。
僕ら三人が河川敷を上がり、堤防道路を歩き、帰路に付く。その間一度だけ瞳子の方を振り返ったが、彼女は顔を手で覆い、震えていた。
僕はとても心が痛くなって、瞳子のもとへ駆けつけようとしたが、エレナさんに止められた。曰く、泣かせておいてやれ、だそうだ。
つばめちゃんにこれでよかったのかと問われたが、いいと答えた。
瞳子にも罪があるし、僕にも罪がある、痛み分けだ。成長ってのはどうにも痛みをともなうらしい。それが実感を持って知った。
かなり、遅くなってしまったな。おなかがぐうとなる。
僕はこれからに思いをはせる。
やらねばならないことがたくさんある。忙しくなるなぁ。
瞳子のセリフが長い。
次回最終回、エピローグです。